
この器に同居する姉へ
三浦透子の朗読が気になってハン・ガンの「すべての、白いものたちの」をオーディブルで聴いた。
良過ぎて3回聴いた。
あたしとおんなじ事考えてる人がいたんだ。
とノーベル賞受賞者に失礼な親近感を覚えてしまった。
内容は出産後2時間で亡くなって姉の事を思い、彼女の生があった場合は自分の生が無かったのでは無いかと言う事から思いを巡らせていくと言ったものであった。
表現については、もうハン・ガンのそれなので、あたしがどうこう言える事じゃないんだが。
無くなった姉に思いを巡らせると言う行為に親近感を覚えた。
noteにも書いたと思うし、あたしの口癖みたいなもんだから聞いた事あるかもしれないが、
一日何者かになれるなら「吉高由里子似の丸の内OL」になりたいと言っていたり、もしくはtoeのレイテストナンバーのPVに5人目の女子として出たい!と言う願望を良く口にしている。
女友達にお願いしてOL風のディナーを食べて小物雑貨のプレゼント交換をしてもらってもいる。
「吉高由里子になって何したいの?」
そう聞かれたら、居酒屋のトイレの前で男の子に通せんぼして「行かせないぞ」って言ってドキマギさせたい!って言っている。
コレらは半分冗談ではあるが半分本気な部分もある。
そう。半分。
あたしの母は、あたしの事を身籠る1年前に流産を経験している。
女の子であったらしい。
男3人兄弟の長男だった事もあって、初めてその話しを聞いた時は無邪気に「そのお姉ちゃんに居て欲しかった」なんて言ってしまったが、母は「その子が産まれてたら、あんたは産まれてないよ」とあっけらかんと答えた。
そして母はこうも言った。
「たぶんその子の力ではこの世界を生きていくのは難しいと思ったから、産まれて来なかったのかもしれないし、そう思ってあんたに生まれ変わって来たのかもしれない」
それを聞いて感じたのは生まれ変わりよりも同じ器の中にいる様な感覚だった。
人の意識は3〜4つの集合体だと言うような事を南方熊楠も言っていたが、その一つにその姉が居るような気がしていたし、妙な安心感も覚えた。
それが一番しっくり来たので、以来同じ器に姉が居ると思っている。
なんとなく存在を感じるからこそ吉高由里子似の丸の内OLみたいな願望があるのかもしれないし、
姉を喜ばせたい気持ちが美術館やオシャレな場所に足を向かわせるのかもしれない。
推しの落語家の影響だと思っている1人称で使う「あたし」も、姉が言わせているのかもしれない。
女性と話してる時も姉が喜んでいる気がする。
お付き合いしていた女性と別れる時は姉の女友達を奪ってしまった様な気がして申し訳ない様な気持ちにもなる。
踊ってばかりの国の名曲「ghost」のサビでこう歌われていれる。
「ghost
乗っ取って 僕を乗っ取って
身体はいらないから...」
ghostを聴くと、もう十分に楽しい事は経験した気もするし、ちょっとだけ現代社会に疲れて交代してほしいから、もし居るのであれば1日ぐらいこの身体を乗っ取って遊んでくれて良いよと、姉を思う。
サイケな曲調も相まってライブでは本当にそんな気持ちになるから不思議だ。
今週末、横浜で踊ってばかりの国のツアー公演がある。
下っちゃんはたぶん「ghost」やってくれるはずだからさ、姉よ!化けて出ろ!!!