メインコンテンツへスキップ
見出し画像

AIに渡せないものは科学の天才たちが教えてくれた

    正直に言うと、諦めてきたことが、いろいろあります。

    中学受験は、第一志望に落ちました。東大は、3回受けて3回落ちました。大学院まで行って、研究者には、なりませんでした。新卒で入った会社は1年で辞め、報告した親は、膝から崩れ落ちました。フリーランスになってからは、YouTubeばかり見て働かない時期すらありました。やるぞと意気込んで始めたYouTube、ブログ、アプリ開発——静かに辞めたものなら、数えきれません。

    そういう諦めのたびに、成功している人を見て、僕らはこう言います。

    「あの人は特別なんだな」。

    メッシやロナウドのプレイに熱狂した夜にも、僕らはこの言葉を使います。便利です。諦めを正当化してくれる。

    でも、この言葉でフタをしてきた夢は、消えてなくなったわけではありません。

    そして最近、僕らは、とんでもない味方を手にしました。

    そう、AIです。

    一人ではたどり着けなかった場所に、AIとなら行けるかもしれない。フタをした夢に、もう一度、手を伸ばせるかもしれない。

    そう聞いて、しらけた人もいるはずです。AIは、そんな夢のツールではなかった。返ってくるものは使い物にならない。結局、使う側の能力で差がつく。これはむしろ、格差を拡大する装置なんじゃないか。使い込んだ人ほど、痛いほど知っています。

    でも、自分の能力のせいにして、AIまであの諦めのリストに足すのは、まだ早い。大きな夢の前に、まず、目の前のAIをちゃんと動かせるようになること。必要なのは、新しい操作の知識ではなく、丸投げをやめて、天才の脳みそを借りることでした。

    天才といえば、誰を思い浮かべますか。

    僕は科学史が好きなので、科学の偉人たちに頼ることにしました。

    プロローグ ヒントは、科学史にあった

    画像

    時は少し戻って、高校2年生の頃。恩師が一冊の本を教えてくれます。『ぼくらはガリレオ』。教科書なら一行で終わる「発見」の裏側で、科学者ガリレオが仮説を立て、実験し、うまくいかず、また試す──その試行錯誤の記録がそこには書かれていました。僕は夢中になりました。気づけば物理が大好きになり、大学は物理学科を選んでいました。

    研究者への道を諦めた僕は、いま、ビジネスの現場でAIの導入を進める側にいます。AIには、ずいぶん助けられています。一人なら数日かかった調べものが、一晩で形になる。「一人ではたどり着けない場所」は、確かに近くなったんです。

    その一方で、同じ現場で、うまくいかない光景も数えきれないほど見ました。資料作成を依頼するも、いまいちいい資料にならず、ぜんぶ自分で直す。リサーチをさせるが、調べて欲しい観点が網羅されておらず、自分で調べ直す。サイトを作ってみたが、いまいち思ったようなものにならず、何度もAIとラリーをする。あの二度手間を、何度やったか分かりません。

    どうしたものか、と考えていたときに思い出したのが、かつて夢中になった科学史でした。彼らは、誰も正解を知らない場所で、どうやって答えにたどり着いていたのか。そこに、ヒントがありました。

    彼らがやっていたのは、たった3つの動作でした。

    みんなが信じている「当たり前の見え方」を、一度ほどいてみる ── 疑う。

    信じたいことではなく、事実を、自分の手で確かめる ── 確かめる。

    バラバラに見えるものを、分野を越えて、一本に結び直す ── つなぐ。

    この3つは、そのまま、AIという相棒の動かし方でもあります。疑えない人は、AIに問いを渡せない。確かめない人は、AIの答えを鵜呑みにする。つながない人は、AIの出力を、置き場のないまま眠らせる。

    彼らが何を疑い、どう確かめ、何をつないだのか。この手つきだけは、どれだけAIが賢くなっても、人間の側に残ります。だからこそ、覗きにいく価値があります。


    第一の動作 疑う 1400年の「当たり前」を、ひとりがほどいた ── コペルニクス

    画像

    大発見の出発点は、「ひらめき」だと思われています。ある日、天から答えが降ってくる、魔法の一撃。

    でも、科学の歴史をたどると、様子が違うんです。出発点はいつも、小さな違和感でした。みんなが信じている「当たり前」が、なんだか引っかかる。その心の声を無視しなかったところから、すべてが始まっています。

    いまから500年ほど前まで、地球は、宇宙の中心で止まっていました。

    もちろん、実際に止まっていたわけではありません。人々の頭の中で、です。太陽も月も星も、すべては地球の周りを回っている。古代ギリシャ以来それが常識で、2世紀ごろにプトレマイオスという学者がこの見え方を精緻な数学の体系にまとめてからは、およそ1400年ものあいだ、それが世界の標準であり続けたとされます。

    1400年です。ひとりの人生どころか、文明がいくつも入れ替わる長さです。

    ただ、この体系には、悩みの種がありました。惑星です。

    たとえば火星は、夜空をひたすら一方向に進んでいたかと思うと、あるとき歩みをゆるめ、逆戻りを始め、しばらくするとまた向き直って進んでいく。「逆行」と呼ばれる、不可解な動きをするんです。「惑星」という名前は、そもそもこの惑うような動きから来ています。

    地球が中心で止まっているなら、この逆戻りは説明がつかない。

    そこで昔の学者たちは、知恵を絞りました。惑星は、大きな円の上をただ回るのではない。大きな円の上に「周転円」という小さな円を乗せ、惑星はその小さな円の上をくるくる回りながら、大きな円を進んでいく、と考えた。こうすると、地球から見た惑星は、たしかに逆戻りして見えます。

    見事な工夫です。でも、観測とのズレが見つかるたびに、円の組み合わせや細かな仕掛けが継ぎ足されて、体系は複雑に膨れ上がっていったと言われます。

    そこに引っかかった人が、いました。

    ニコラウス・コペルニクスです。

    彼が引っかかったのは、その「継ぎ接ぎ」でした。

    世界の仕組みが、こんなに複雑で、こんなに不格好なはずがあるだろうか。自然の答えは、もっとシンプルで、美しいはずだ。もし、中心に太陽を置いてみたら。地球のほうが、他の惑星と一緒に太陽の周りを回っているとしたら。

    そう置き直してみると、あの不可解な逆行に、すっと筋が通ります。地球も火星も太陽の周りを回っていて、内側を走る地球のほうが速い。だから地球が火星を追い越すとき、火星は後ろへ流れていくように見える。走る電車から、隣のゆっくり走る電車を見たときと同じです。

    魔法でも、天啓でもありません。「これは、美しくない」という違和感を、無視しなかった。それだけなんです。

    ただし、その「それだけ」を、彼は生涯抱え続けました。

    主著『天球の回転について』が印刷されたのは1543年、彼が世を去った年です。刷り上がった本が死の床に届けられた、という逸話まで伝わっています。口に出せば笑われかねない時代に、何十年ものあいだ、この違和感を手放さなかったということです。

    この「引っかかる」という動作はいま、AIの画面の前で、そのまま試されています。

    仕事でAIの導入を進めていると、毎日のように見る光景があります。「AIは自由に使っていい」と伝えても、成果には、はっきりと差がつく。分かれ目は、操作のうまさではありませんでした。AIに何を問えるか。問いを立てられなければ、どれだけ賢い道具も、ただの検索窓のままです。コペルニクスが周転円の継ぎ接ぎに引っかかったように、疑う動作は、AIの入り口で、いまも人間の仕事なんです。

    疑うことの正体は、自分の違和感に、素直になることです。

    コペルニクスを動かしたのは、緻密な計算である前に、「これは、美しくない」という感覚でした。証拠でも、理屈でもない。おかしい、と感じる心の声です。

    正直、引っかかりを拾うのは、面倒くさい。気づかないふりをしたほうが、その日は楽です。「そういうものだから」と流してしまえば、余計な仕事も増えない。

    疑うとは、頭の良さの問題ではなく、自分の心の声を無視しないという選択なんです。

    そしてその引っかかりこそが、AIに投げ込む価値のある、あなただけの問いになります。


    第二の動作 確かめる 信じたいものより、8分のズレを選んだ ── ケプラー

    画像

    とはいえ、疑うだけなら、誰でもできます。

    「常識なんて嘘だ」と叫ぶだけなら、コストはかからない。疑った先で道が分かれる。その分かれ目が、2つ目の動作 ── 確かめる、です。

    そして、ここに、厄介な事実があります。「確かめる」のいちばん手強い相手は、世界ではありません。自分です。

    人は、信じたいものを信じる。自分が積み上げてきた仮説ほど、かわいい。都合のいいデータだけを見て、都合の悪いズレからは目をそらす。僕たちは知らず知らずのうちにこれを繰り返しています。

    その「自分」に勝った先輩がいます。

    ヨハネス・ケプラー。ドイツに生まれ、幼いころの病気で視力が弱かったと伝わる人です。星を見る仕事には、致命的にも思える体質です。実際、彼の武器は目ではなく、紙と、ペンと、執念の計算でした。若いころはオーストリアの町で数学を教えて暮らしを立てていたとされます。

    彼には、師匠がいました。ティコ・ブラーエ。デンマークの貴族で、望遠鏡がまだ発明されていない時代に、巨大な観測装置と肉眼だけで、20年以上にわたって星の位置を記録し続けた人です。その精度は角度にして1〜2分、当時の世界で群を抜いて正確だったとされます。

    ティコの死後、ケプラーは、その膨大な観測記録 ── とりわけ火星のデータを受け継ぎました。

    その火星のデータが、彼のいちばん深い信念を試すことになります。

    ケプラーは、敬虔な人でした。宇宙は神の幾何学でできていて、惑星の軌道は完全な円であるはずだ、と信じていた。円は、始まりも終わりもない、もっとも美しい図形だから。若いころには、宇宙の構造を美しい立体の組み合わせで説明しようと試みたほどです。

    その信念のもと、彼は円軌道のモデルで、火星のデータを説明しようとしました。何年も、手計算で、何度も、何度も。

    そして、ほとんど成功したんです。

    計算と観測は、ぴたりと合うように見えた。ズレは、わずかに8分角。角度の1度の、60分の1が1分。その8つ分です。夜空に見える満月の幅が、およそ30分。だから8分は、満月の4分の1ほどのズレでしかありません。

    1400年の天文学は、それより大きなズレと平気で共存してきました。ここで「誤差」と呼んで切り捨てれば、ケプラーは信じたい円を守れた。何年分の計算も、無駄にならずに済んだ。

    でも、彼は知っていたんです。ティコの観測は、8分も間違えない、と。

    ケプラーは、8分を捨てませんでした。のちに彼は、この8分のズレこそが天文学を作り直す道を示してくれた、という趣旨のことを書き残しているとされます。

    そこから、また何年もの計算のやり直しが始まります。彼はこの格闘を、火星との戦争と呼んだと伝わります。円を捨て、卵形を試し、それも捨て、ついにたどり着いたのが ── 楕円でした。惑星は、太陽を焦点の一つとする楕円を描いて回る。いま「ケプラーの法則」と呼ばれるものの始まりです。

    完全な円という、神の美しさの証のはずだったものを、彼は自分の手で葬った。自分が世界でいちばん信じたかったものを、たった8分のズレを理由に、手放したんです。

    事実が、思い込みに勝った瞬間です。

    ティコの時代、確かめるには20年の観測が要りました。その「確かめる道具」は時代とともに安くなり続け、いまはAIがあっという間にやってくれます。数字の照合も、資料の整理も、一瞬で済む。ただし、この道具には、癖があります。AIは、信じたいものを信じる人間に、驚くほど従順なんです。こちらの仮説に寄り添って、都合の良い答えを、もっともらしく返してくれる。鵜呑みにすれば、それは確かめたことにはなりません。

    だから、泥臭いようでも、一次情報には自分で当たる。現場を自分の目で見て、元のデータに自分の手で触る。どのズレを「誤差」と呼び、どのズレを「手がかり」と呼ぶか ── それを決められるのは、ティコの生の観測記録に潜ったケプラーのように、一次情報に触れた人間だけだからです。

    確かめるとは、自分の信じたいものを疑える強さのことです。8分のズレを前にしたときの、態度の選択です。


    第三の動作 つなぐ 電気と磁気と光は、一本だった ── ファラデーとマクスウェル

    画像

    疑い、確かめた。それで、間違いはずいぶん減ります。ただ、ここに一つ、困った事実があります。

    丁寧に疑って、丁寧に確かめて、たどり着いた答えが ── どこかで聞いたような、つるっとした一般論であることが、驚くほど多いんです。

    AIに相談しても、同じことが起きます。もっともらしい答えと、論理的に正しい整理なら、いくらでも出してくれる。ただ、それは誰が聞いても、だいたい同じ答えです。正しくて、反論の余地がなくて、あなたである必要が、どこにもない。

    その答えを、自分にしか出せない価値に変えるのが、3つ目の動作 ── つなぐ、です。

    見本になる先輩が、二人います。

    かつての科学には、大きな謎がありました。電気と磁気です。琥珀をこすると軽いものを引きつける力と、磁石が鉄を引きつける力。似ているようで、長らく別物だと考えられていました。

    そこに実験で橋を架けたのが、マイケル・ファラデーです。1831年、コイルのそばで磁石を動かした、まさにその瞬間にだけ、電流が流れることを突き止めます。電磁誘導と呼ばれる発見です。磁気の「変化」が、電気を生んでいた。別々の現象だと思われていた二つは、一つの現象の、二つの顔だったんです。

    ただ、ファラデーは高度な数学をほとんど使えなかったとされます。その代わり、目に見えない力を「絵」で考えました。磁石の周りに広がる、見えない力の線 ── 磁力線です。

    そこに、まるで違う世界から、もう1人が現れます。

    ジェームズ・クラーク・マクスウェル。数学を母語のように操る物理学者です。彼は、ファラデーの「絵」を数式の言葉に翻訳しました。

    すると、方程式が、思いがけないことを告げたんです。

    電気と磁気の振動は、波となって空間を伝わっていく。そして、その波の速さを計算すると ── 光の速さと、ぴたり一致した。

    光もまた、電気と磁気の波だった。電気と磁気と光。三つの別世界だったものが、一本の理論につながった瞬間です。職人の「絵」と、数学者の「式」。遠いはずの道具同士が出会って、誰も引けなかった線が引けた。

    遠いと思われているもの同士をつなぐ。新しい価値は、いつも、そうやって生まれてきました。

    僕もいま、この「つなぎ」をしながら、仕事で実験しています。

    たとえば、将棋です。棋士たちがAIとどう付き合って強くなってきたかは、仕事現場のAIの使い方に生きてきます。研究へのAI活用も、人間の答えを学習させずにAIに勝ち筋を探させる方法も、そのまま職場に持ち込める。あるいは、歴史の偉人から、マネジメントやAIとの付き合い方を教わる ── いまのこの記事も、500年前の科学者と目の前のAIをつなぐ、その実験です。

    AIは、つるっとした一般論なら、いくらでもくれます。でも、将棋とチーム育成を結ぶ線も、コペルニクスとAI活用を結ぶ線も、こちらから持ち込まないかぎり、向こうからは出てきません。あなたにしか出せない価値は、あなたの思いと、あなたしか知らない事実と、あなたならではの観点 ── つまり、あなたにしか引けない線から生まれます。

    つなぐ力は、専門の真ん中ではなく、越境の途中に落ちている。

    あなたが歩いてきた、一見バラバラな道のり。あれは回り道ではなく、あなたにしか引けない線の、材料集めだったのかもしれません。


    3つの動作は、いま誰でも回せる

    画像

    疑う。確かめる。つなぐ。

    1400年の常識に引っかかり、8分のズレを捨てず、電気と磁気と光を一本に結んだ。彼らを動かしていたのは、素直さと、誠実さと、越境でした。

    そして、いまの僕らの手元には、AIという相棒がいます。

    疑うために問う回数も、確かめるために試す回数も、つなぐために越境する回数も、この相棒は惜しみなく増やしてくれる。3つの動作のコストが、史上いちばん下がった時代を、僕らは生きています。

    でも、ここまで一緒に歩いたあなたは、もう知っているはずです。問いを立てる。一次情報に触れる。引く線を選ぶ。この3つだけは、最後までAIに渡せません。

    僕らの仕事に、答案用紙はありません。誰も正解を知らない問いの前で、仮説を立て、確かめ、つなぎ直す。それは、科学者の先輩たちが何百年も前から回してきた動作と、同じものです。

    諦めのたびに使ってきた、あの便利な言葉を、覚えているでしょうか。

    「あの人は特別なんだな」。あの言葉で夢にフタをするのを、僕はやめました。コペルニクスも、ケプラーも、ファラデーも、別の星の住人ではありませんでした。違和感に素直になり、一次情報を確かめ、遠いものをつないだ ── 同じ動作を、回し続けた先輩たちです。すごいと思ったら、フタを閉めるのではなく、動作を真似すればいい。いまなら、その真似に付き合ってくれる相棒まで、手元にいるんです。

    あなたのまわりの「当たり前」は、本当に当たり前でしょうか。

    あなたが見なかったことにしている、8分のズレは、どこにあるでしょうか。

    もちろん、3つの動作は、成功を保証してくれません。疑い、確かめ、つないで、それでも歴史に名前が残らなかった人は、数えきれないほどいたはずです。でも、動作なしに、つるっとした一般論の外へ出た人を、僕は知りません。

    世界の見方は、いまも、つなぎ直せます。その扉は、特別な誰かのためではなく、動作を始めた人のために開く。

    今夜、ひとつ目の動作から、始めてみませんか。


    AIに渡せない、天才の3つの動作

    疑う
    みんなが信じる「当たり前の見え方」を、一度ほどいてみる ── コペルニクス
    確かめる
    信じたいことではなく、事実を、自分の手で確かめる ── ケプラー
    つなぐ
    バラバラに見えるものを、分野を越えて一本に結び直す ── ファラデーとマクスウェル

     
     
    一度チームを崩壊させた管理職。部下の仕事を全部奪い、チームは受け身になり、徐々に減っていった。あの失敗があったから、人を動かすことの本質が見えた。AI時代こそ、管理職の力がより生きてくる。初めてチームを持つ人に向けて、実践と失敗を全部書く。

    あなたへのおすすめ