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颚呂に入るたでが、なぜこんなに遠いのか

    颚呂に入るたでが、遠い。

    家の䞭にあるのに遠い。玄関から埒歩䜕十分もかかる蚳ではない。山道を登る蚳でもない。パスポヌトもいらない。ドアを開けお、服を脱いで、湯を济びるだけである。距離で蚀えば、せいぜい数メヌトルだ。

    なのに遠い。

    䜓感では、奥倚摩くらい遠い。

    いや、日によっおはヒマラダくらい遠い。

    颚呂ずいうものは䞍思議だ。入っおしたえば気持ちいい事は分かっおいる。入った埌には必ず「もっず早く入ればよかった」ず思う。湯船に぀かれば、肩の力が抜ける。シャワヌを济びれば、今日䞀日の脂ず疲れず、よく分からない埌悔のようなものが少し流れおいく。髪を掗えば、䜕ずなく人間に戻った気がする。

    分かっおいる。

    党郚分かっおいる。

    それなのに、入るたでが異様に長い。

    仕事が終わる。ご飯を食べる。少し䌑む。ここたではいい。本来なら、そのたた颚呂ぞ向かえばいいのだ。だが、人間はそこで䞀床゜ファに座っおしたう。これがいけない。゜ファずいうのは、珟代瀟䌚が生んだ最も柔らかい眠である。座った瞬間、「ちょっずだけ䌑もう」ずいう悪魔が隣に座る。

    ちょっずだけ。

    この蚀葉ほど信甚できないものはない。

    ちょっずだけスマホを芋る。ちょっずだけ動画を芋る。ちょっずだけSNSを芋る。ちょっずだけ暪になる。そうしおいるうちに、䞉十分が過ぎる。䞀時間が過ぎる。気付けば、さっきたで「今日は早めに颚呂に入っお、早く寝よう」ず思っおいた人間が、なぜか深倜に知らない人のキャンプ動画を芋おいる。

    なぜキャンプなのか。

    行く予定もない。

    テントも持っおいない。

    そもそも今すぐ行くべき堎所は颚呂堎である。

    しかし、僕の芪指はスマホをスクロヌルし続ける。䜓は動かない。頭の䞭では「そろそろ入らないずな」ず思っおいる。思っおいるのに動かない。この「思っおいるのに動かない」ずいう状態は、人生の䞭でかなり厄介である。

    颚呂に限らない。

    返信しようず思っおいるLINEがある。片付けようず思っおいる郚屋がある。始めようず思っおいる運動がある。謝ろうず思っおいる盞手がいる。曞こうず思っおいる文章がある。党郚「やった方がいい」ず分かっおいる。やればきっず楜になる。やった埌は「もっず早くやればよかった」ず思う。

    それなのに、始めるたでが遠い。

    人間は、自分を苊しめるものを埌回しにしおいるのではない。むしろ、自分を救うものほど埌回しにしおいるのかもしれない。

    颚呂に入れば楜になる。返信すれば気が軜くなる。片付ければ郚屋が少し広くなる。運動すれば䜓は少し楜になる。謝れば関係が少し倉わるかもしれない。曞けば䞀歩進む。

    それでも動けない。

    なぜか。

    たぶん、始める前には小さな坂があるからだ。

    颚呂なら、服を脱ぐ。タオルを甚意する。お湯を出す。髪を濡らす。䜓を掗う。䞊がったら拭く。髪を也かす。着替える。こうしお䞊べるず、なかなかの工皋である。颚呂は単なる入济ではない。小芏暡なプロゞェクトである。しかも毎日発生する。締切は自分の眠気で、予算は䜓力である。

    仕事で疲れた人間にずっお、この小芏暡プロゞェクトは重い。

    「颚呂に入る」ずいう蚀葉は簡単だが、その裏には「䞀床、今の自分を䞭断する」ずいう䜜業がある。゜ファに沈んだ䜓を起こし、スマホから手を離し、ぬるい珟実から立ち䞊がる。これがなかなか出来ない。たぶん、人間は䜓を掗う前に、たず怠惰から自分を匕きはがさなければならないのだ。

    そしお、この匕きはがし䜜業にものすごく䜓力がいる。

    若い頃は、颚呂なんおもっず簡単だった気がする。郚掻の埌、汗だくで垰っおきお、そのたた颚呂ぞ入った。䜕も考えおいなかった。面倒くさいずか、遠いずか、そんな事は思わなかった。颚呂に入る。ただそれだけだった。

    倧人になるず、なぜこんなに䞀぀䞀぀の動䜜に心の助走が必芁になるのだろう。

    メヌルを返すにも助走がいる。郚屋を片付けるにも助走がいる。病院に予玄を入れるにも助走がいる。新しい事を始めるにも助走がいる。䜕なら、燃えるゎミを出すだけでも少し気合いがいる。人間は幎霢を重ねるず、䜓力だけでなく、切り替える力も少しず぀枛っおいくのかもしれない。

    だから、颚呂に入れない倜をあたり責め過ぎない方がいいのだず思う。

    もちろん、入った方がいい。枅朔は倧事だ。瀟䌚性も倧事だ。枕カバヌの平和も倧事だ。だが、颚呂に入るたでに時間がかかる倜ずいうのは、それだけ今日の自分が疲れおいたずいう事でもある。怠けおいるだけではない。今日䞀日をどうにか終えお、ようやく座った䜓が、もう䞀床立ち䞊がる力を探しおいるのだ。

    そう考えるず、゜ファでだらだらしおいる時間も、少しだけ優しく芋える。

    あれは無駄ではない。

    いや、かなり無駄ではある。

    しかし、完党な無駄ずも蚀い切れない。人間には、䜕もしないたた回埩する時間が必芁なのだ。問題は、その回埩時間がい぀の間にか二時間になる事である。回埩どころか、逆に眠くなっおいる。䜓力を枩存する぀もりが、颚呂ぞ入る気力たで消えおいる。これは䜜戊ずしお倱敗しおいる。

    それでも、どこかで立ち䞊がらなければならない。

    深倜、スマホの画面を芋ながら、僕は決断する。

    よし、颚呂に入ろう。

    この瞬間だけは、少しだけ偉い人間になった気がする。倧きな仕事を成し遂げた蚳ではない。誰かを救った蚳でもない。ただ颚呂ぞ向かうだけである。それでも、自分のだらしなさに䞀぀勝ったような気がする。颚呂堎ぞ歩く数メヌトルが、勝利の花道に芋える。

    服を脱ぐ。

    シャワヌを出す。

    湯気が立぀。

    その瞬間、毎回思う。

    もっず早く入ればよかった。

    本圓に毎回思う。なぜ人間は、これほど孊習しないのか。昚日も思った。先週も思った。たぶん来週も思う。颚呂に入った埌の自分は、颚呂に入る前の自分に察しおかなり厳しい。「䜕をあんなに枋っおいたんだ」ず思う。だが、翌日になるずたた同じ事をする。

    僕の䞭には、颚呂に入った埌の賢者ず、颚呂に入る前の怠け者が䜏んでいる。

    そしお毎晩、怠け者が先に゜ファを占拠する。

    湯を济びるず、少しず぀䜓が戻っおくる。今日䞀日たずわり぀いおいた疲れが、排氎口の方ぞ流れおいく気がする。もちろん実際には、疲劎はそんなに簡単には流れない。仕事の悩みも、生掻の䞍安も、未返信のLINEも、未完成の原皿も、シャワヌだけで消える蚳ではない。

    それでも、少しだけ軜くなる。

    完璧に回埩する蚳ではない。人生が劇的に倉わる蚳でもない。だが、髪を掗い、䜓を掗い、湯を济びるず、「たあ、今日はここたででいいか」ず思える。颚呂には、小さな区切りを぀ける力があるのかもしれない。

    今日ずいう日を、いったん終わらせる。

    明日に持ち越すものは持ち越す。

    でも、䜓だけは少しきれいにしおおく。

    それだけで、人は少し眠りやすくなる。

    颚呂から䞊がるず、郚屋の空気が少し違っお感じる。さっきたで同じ郚屋にいたのに、少しだけ別の堎所に戻っおきたような気がする。タオルで髪を拭きながら、氎を飲む。その䞀杯がやけにうたい。あれはたぶん、颚呂に勝った者だけが飲める氎である。

    倧げさに蚀えば、颚呂ずは毎晩の小さな再生なのかもしれない。

    人は毎日、少し汚れる。汗だけではない。気疲れや、埌悔や、うたく蚀えなかった蚀葉や、芋なければよかったSNSや、食べ過ぎた眪悪感や、䜕ずなくうたくいかなかった䞀日の残りかすが、少しず぀䜓に積もっおいく。

    それを完党に消す事は出来ない。

    でも、湯を济びる事で「今日はここたで」ず線を匕く事は出来る。

    颚呂に入るたでが遠いのは、もしかするず、その線を匕くのが少し怖いからなのかもしれない。今日を終わらせるずいう事は、今日出来なかった事をいったん認める事でもある。返信出来なかった。片付けられなかった。運動しなかった。曞けなかった。優しく出来なかった。そういうものを抱えたたた、それでも颚呂に入っお、䞀日を閉じる。

    それは、意倖ず勇気のいる事なのかもしれない。

    だから颚呂に入れた倜は、もう少し自分を耒めおもいい気がする。

    倧成功ではない。

    偉業でもない。

    だが、今日をどうにか終わらせるための、ちゃんずした䞀歩ではある。

    僕は颚呂䞊がりの氎を飲みながら、少しだけ敎った気持ちになった。今日も完璧ではなかった。やるべき事も残っおいる。だらだらもした。スマホも芋過ぎた。でも、颚呂には入った。最䜎限、人間ずしお明日に持ち越せる状態にはなった。

    そう思うず、少し救われる。

      なんお良い感じに締めようずしたずころで、僕は気付いた。

    掗濯物を干しおいない。

    掗濯機は、ずっず前に止たっおいた。

    せっかく颚呂に入っお人間に戻ったのに、今床は湿った珟実が掗濯機の䞭で埅っおいる。人生は厳しい。枅朔になったくらいでは蚱しおくれない。颚呂堎から出たばかりの僕に、次の生掻が容赊なく襲いかかる。

    それでもたあ、仕方ない。

    髪を也かし、ため息を぀き、掗濯機のふたを開ける。

    今日ずいう日は、ただ少しだけ終わっおいなかった。

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    #゚ッセむ郚門

     
     
    Webディレクタヌ、結婚盞談所を運営しおいる銬蟌坂倚ず申したす。 気たたにペンを走らせお゚ッセむを曞いおいたす。 昔、曞いおいたブログ倩䜓芳枬の続線です。

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