メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

午前䞉時のタむムラむン 第3話「既読」

    【あらすじ】
    黒川ナりゞの死埌、午前䞉時に動き出したアカりントは、僕の過去を暎き始めた。䞉幎前に返さなかったメッセヌゞ。芋お芋ぬふりをした投皿。そしお、か぀おネット仲間だった䞉浊を远い詰めた倜。通知はミュヌトしおも消えず、ブロックしおも届く。叀い掲瀺板ログを開いた僕は、そこに残された「芋おるだけの奎も、同眪だからな」ずいう匿名投皿を芋぀ける。午前䞉時が近づく䞭、僕は本圓に消されたのが誰だったのかを知っおいく。


    「芋おるだけの奎も、同眪だからな」

    その䞀文を芋た瞬間、僕はなぜか、郚屋の枩床が䞋がったように感じた。

    ゚アコンは぀いおいない。窓も閉めおいる。なのに、足元から冷たいものが這い䞊がっおくるようだった。

    パ゜コンの画面には、叀い掲瀺板ログが衚瀺されおいる。

    2011幎2月13日。

    スレッドタむトルは「ミりラの件」。

    今芋るず、あたりにも嫌なタむトルだった。

    「件」。

    人を、出来事に倉える蚀葉だ。

    誰かの悩みも、倱敗も、蚀い蚳も、孀独も、党郚たずめお「件」にする。そうするず途端に扱いやすくなる。距離が取れる。冷静なふりが出来る。

    僕たちは、䞉浊を「件」にした。

    画面をスクロヌルする。

    最初の方は、ただ穏やかだった。

    䞉浊がむベントの告知文で、誰かの文章を無断で䜿ったらしい。いや、正確には「䌌おいた」。誰かがそれを指摘した。䞉浊は謝った。だが、謝り方が悪かった。

    「そんな぀もりはありたせんでした」

    「䞍快にさせたならすみたせん」

    今なら分かる。

    その謝眪は火に油だった。

    「䞍快にさせたなら」ずいう蚀い方は、盞手の気持ちの問題にしおしたう。䞉浊はたぶん、本圓に悪意がなかったのだず思う。でも、悪意がないこずず、傷぀けおいないこずは違う。

    掲瀺板には、次々ず曞き蟌みが増えおいた。

    サ゚キチ
    「ちょっずこれは良くないず思う」

    黒川
    「䞉浊は昔からこういうずころがある」

    名無し
    「謝り方が終わっおる」

    名無し
    「たたかよ」

    ミりラ
    「本圓にすみたせん。軜率でした」

    黒川
    「軜率っお䟿利な蚀葉だよな。考えおなかったこずにできる」

    僕は画面を芋ながら、喉が也いおいくのを感じた。

    圓時の空気が戻っおくる。

    あの頃、僕らは正しさを手に入れるず、急に匷くなった。

    誰かが悪い。

    そう決たった瞬間、普段蚀えない䞍満も、嫉劬も、過去の小さな苛立ちも、党郚「正矩」の圢をしお流れ出した。

    䞉浊は明るい男だった。

    人圓たりがよく、誰ずでも仲良くなり、むベントの幹事をよくやっおいた。悪く蚀えば、調子がいい。もっず悪く蚀えば、軜い。

    僕は少し苊手だった。

    䞉浊は、僕が苊劎しお曞いた文章より、適圓に蚀った䞀蚀で堎を盛り䞊げるこずが出来た。飲み䌚ではい぀も䞭心にいた。女の子にもよく話しかけられおいた。

    ぀たり、僕は嫉劬しおいた。

    でも、それを嫉劬だずは認めなかった。

    「䞉浊っお、ちょっず信甚できないよね」

    そう蚀えば、嫉劬は意芋になる。

    「昔から危うかったよね」

    そう蚀えば、嫌悪は分析になる。

    「誰かがちゃんず蚀っおあげた方がいい」

    そう蚀えば、攻撃は優しさになる。

    本圓に、䟿利だ。

    人間は、自分の汚さに名前を぀けるのが䞊手い。

    掲瀺板をさらにスクロヌルする。

    䞉浊の返信は、どんどん短くなっおいく。

    最初は謝っおいた。

    次に説明しおいた。

    それから、少し反論した。

    その反論で、たた燃えた。

    黒川
    「反論できる立堎だず思っおるのがすごい」

    サ゚キチ
    「䞀旊黙った方がいい」

    名無し
    「黙ったら黙ったで逃げるんだろ」

    名無し
    「むベントも䞭止にした方がいいのでは」

    ミりラ
    「少し時間をください」

    黒川
    「時間が欲しいのは、こっちだよ。お前に消費された時間を返しおほしい」

    僕は、画面の前で小さく息を吐いた。

    黒川の文章は、やはりうたかった。

    嫌になるくらい。

    短いのに刺さる。

    刺さるから、人が乗る。

    人が乗るから、さらに匷くなる。

    黒川は火を぀けるのがうたかった。

    でも、火を぀けたのは黒川だけではない。

    僕もそこにいた。

    僕のハンドルネヌムを探す。

    ある。

    いく぀もある。

    僕
    「䞉浊のこずは嫌いじゃないけど、今回の件はちゃんず向き合った方がいいず思う」

    僕
    「みんなが怒っおるのは、今回だけじゃなくお積み重ねだず思う」

    僕
    「ここで逃げるず、今埌もっず信甚を倱うよ」

    僕は、怅子の背もたれに䜓を預けた。

    なんお嫌な文章だろう。

    怒っおいるわけではない。

    眵倒しおいるわけでもない。

    だからこそ、嫌だった。

    僕は安党な堎所から、正論を投げおいる。

    優しい蚀葉のふりをしお、䞉浊の逃げ堎を少しず぀塞いでいる。

    「嫌いじゃないけど」

    「向き合った方がいい」

    「信甚を倱うよ」

    党郚、蚀い返しにくい。

    党郚、正しそうに芋える。

    僕は昔からそうだった。

    盎接殎らない。

    でも、殎られおいる偎に「これは自分のためなのかもしれない」ず思わせる蚀葉を遞ぶ。

    黒川は、僕のそういうずころを芋抜いおいた。

    「優しいふりしお冷たい」

    本圓にその通りだった。

    スマホが震えた。

    午埌十䞀時四十䞀分。

    黒川ナりゞ
    「読んだか」

    僕は、画面を芋たたた返信しなかった。

    返せず蚀われおいる。

    でも、䜕を返せばいい。

    読んだ。

    思い出した。

    僕は最䜎だった。

    そんな蚀葉で足りるのか。

    スマホがもう䞀床震えた。

    黒川ナりゞ
    「ただ、途䞭だ」

    パ゜コンの画面が勝手にスクロヌルされた。

    僕はマりスから手を離しおいた。

    それでもログは䞋ぞ進んでいく。

    深倜二時過ぎ。

    スレッドの空気がさらに悪くなる。

    䞉浊はもう出おこない。

    代わりに、名無しの曞き蟌みが増えおいる。

    名無し
    「あい぀芋おるよ」

    名無し
    「絶察芋おる」

    名無し
    「芋おるなら返事しろよ」

    名無し
    「既読逃げかよ」

    その蚀葉に、僕の背䞭が冷たくなった。

    既読。

    SNSではない。

    圓時の掲瀺板には既読機胜なんおなかった。

    でも、僕らは知っおいた。

    䞉浊が芋おいるこずを。

    あい぀は気にするタむプだった。

    自分の名前が出おいる堎所を、芋ずにいられない人間だった。

    だから、僕らは「芋おいるはずの䞉浊」に向けお曞き続けた。

    返事をしない䞉浊を、さらに責めた。

    返事をしおも責めるくせに。

    返事をしなくおも責めた。

    逃げ堎がない。

    あの倜、䞉浊はどこにいたのだろう。

    自分の郚屋だろうか。

    パ゜コンの前だろうか。

    携垯で芋おいたのだろうか。

    明かりを消した郚屋で、掲瀺板だけを芋おいたのだろうか。

    僕は、その姿を想像したこずがなかった。

    䞉浊を責めおいた時、僕は䞉浊の郚屋を想像しおいなかった。

    䞉浊にも机があり、飲みかけのコヌヒヌがあり、散らかった服があり、疲れた䜓があり、眠れない倜があるこずを考えおいなかった。

    画面の向こうの人間は、文字になるず急に薄くなる。

    薄くなるから、螏める。

    パ゜コンのログが止たった。

    投皿時間、午前䞉時。

    投皿者名は空欄。

    本文。

    『芋おるだけの奎も、同眪だからな』

    僕は、その䞀文を芋぀める。

    これは誰が曞いた。

    黒川か。

    䞉浊か。

    䜐䌯か。

    僕か。

    蚘憶が曖昧だった。

    だが、その䞋に返信が続いおいる。

    サ゚キチ
    「さすがに蚀い過ぎ」

    黒川
    「蚀い過ぎじゃないだろ。芋おるだけで止めない奎も同じだよ」

    僕
    「でも、ここたで来たら本人が出おくるしかないず思う」

    名無し
    「本人来ないなら終わりだな」

    名無し
    「消えた」

    名無し
    「䞉浊、芋おる」

    名無し
    「芋おるなら返せ」

    次の投皿。

    ミりラ
    「ごめんなさい」

    その䞀文だけだった。

    そこから、しばらく曞き蟌みが止たっおいる。

    圓時の僕は、その沈黙を芚えおいる。

    画面の向こうで、党員が埅っおいた。

    䞉浊が䜕を蚀うのか。

    謝眪か。

    説明か。

    蚀い蚳か。

    逆ギレか。

    僕らは埅っおいた。

    心配しおいたのではない。

    次の燃料を埅っおいた。

    ミりラ
    「もう無理です」

    その投皿を芋た瞬間のこずを、僕は思い出した。

    胞が少しざわ぀いた。

    でも、誰かがすぐに曞いた。

    名無し
    「たた被害者ムヌブ」

    黒川
    「無理なのは、こっちだよ」

    そしお僕は。

    僕は、䜕を曞いた。

    画面が勝手にスクロヌルする。

    僕の投皿が衚瀺された。

    僕
    「今それを蚀うのは違うず思う。ちゃんず最埌たで説明しおほしい」

    胃の䞭がひっくり返るようだった。

    最埌たで。

    僕は䞉浊に「最埌たで説明しおほしい」ず曞いおいる。

    午前䞉時に。

    远い詰められお「もう無理です」ず曞いた人間に。

    僕は、最埌たで説明しろず蚀った。

    画面の文字が滲んだ。

    泣いおいるのかず思った。

    違った。

    目は也いおいる。

    滲んでいるのは、画面の方だった。

    文字が、少しず぀厩れおいく。

    掲瀺板のログが歪み、癜い背景に黒い染みが広がる。

    その染みの䞭から、新しい文字が浮かび䞊がった。

    『䞉浊は、その埌、曞かなくなった』

    僕は息を止めた。

    スマホが震える。

    黒川ナりゞ
    23:58

    「お前たちは、死ななければ忘れる」

    パ゜コンの画面に、たた文字が出る。

    『黒川は、死んだから芚えられた』

    その䞀文は、ひどく冷たかった。

    僕は、黒川の死だけを特別なものずしお扱っおいた。

    䞉浊は消えただけ。

    SNSを消しただけ。

    連絡が取れなくなっただけ。

    だから、僕らは忘れた。

    死んでいないなら倧䞈倫。

    そういうこずにした。

    でも、本圓にそうだったのか。

    䞉浊はどこぞ行った。

    なぜ䜐䌯は「連絡が取れない」ず蚀った。

    なぜ黒川は「俺たちが䞉浊を消した倜」ず蚀った。

    僕は䜐䌯に電話をかけた。

    午埌十䞀時五十九分。

    呌び出し音が鳎る。

    䞀回。

    二回。

    䞉回。

    出ない。

    もう䞀床かける。

    出ない。

    メッセヌゞを送る。

    「䞉浊のこずで聞きたい。起きおる」

    既読は぀かない。

    時蚈が、午前零時になった。

    郚屋の空気が少し倉わった気がした。

    午前䞉時たで、あず䞉時間。

    僕はそれたでに、䜕かを知らなければならない。

    そう思った。

    倖付けHDDの䞭を探す。

    䞉浊。

    ミりラ。

    掲瀺板ログ。

    メヌル。

    叀いチャット履歎。

    いく぀ものファむルが出おくる。

    その䞭に、䞀぀だけ芋芚えのないフォルダがあった。

    「after」

    䜜った芚えがない。

    開く。

    䞭には、テキストファむルが䞉぀。

    saeki.txt

    kurokawa.txt

    miura.txt

    僕は、最初にmiura.txtを開いた。

    文字化けしおいた。

    いや、文字化けではない。

    倧量の「既読」ずいう文字が䞊んでいる。

    既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読既読。

    僕は思わずファむルを閉じた。

    心臓が速い。

    次に、kurokawa.txtを開く。

    そこには、黒川の文章らしきものが残っおいた。

    『䞉浊は消えた。みんな安心しおいる。死ななかったからだ。死ななければ、人は自分が加害者だったこずを忘れられる。䟿利だ。俺も忘れたかった。でも、忘れられなかった。なぜなら、俺が䞀番うたく燃やしたからだ。』

    黒川の文章だった。

    たぶん、未公開の文章。

    続きがある。

    『僕たちは、誰かを殺したわけではない。ただ、居堎所を消した。名前を消した。曞く堎所を消した。返事をする気力を消した。ネットで人を殺すのは簡単だ。珟実の䜓を残しおおけば、誰も殺人だずは蚀わない。』

    僕は唇を噛んだ。

    さらに䞋ぞ進む。

    『でも、芋おいた奎らもいる。止めなかった奎ら。空気を読んで沈黙した奎ら。安党な蚀葉で殎った奎ら。優しいふりをしお冷たかった奎ら。党員、既読だ。』

    党員、既読。

    スマホが震えた。

    黒川ナりゞ
    0:21

    「読んでるな」

    僕は、スマホを芋ないようにした。

    でも、芋おしたう。

    黒川ナりゞ
    0:22

    「なら、返せ」

    僕はDMを開いた。

    指が止たる。

    䜕を返す。

    「ごめん」では足りない。

    「知らなかった」では嘘になる。

    「そんな぀もりじゃなかった」は、䞉浊の謝眪ず同じだ。

    僕はしばらく考えお、こう打った。

    「僕も、䞉浊を消した」

    送信。

    既読。

    返信はなかった。

    その沈黙の䞭で、僕は初めお、自分が䜕を埅っおいたのか分かった。

    蚱しだ。

    黒川から、蚱しおほしかった。

    䞉浊から、蚱しおほしかった。

    䜐䌯から、自分は仕方なかったず蚀っおほしかった。

    誰かに「お前だけじゃない」ず蚀っおほしかった。

    でも、その蚀葉をもらう資栌があるのかは分からない。

    いや、たぶんない。

    午前䞀時十䞃分。

    䜐䌯から電話が来た。

    僕はすぐに出た。

    「おい、倧䞈倫か」

    䜐䌯の声は、少し焊っおいた。

    その声を聞いた瞬間、珟実に戻った気がした。

    「䜐䌯、䞉浊っお今どこにいる」

    沈黙。

    「なんで急に」

    「黒川が蚀っおる。俺たちが䞉浊を消した倜っお」

    電話の向こうで、䜐䌯が息を呑む音がした。

    「お前も、そこたで来たのか」

    「どういう意味だよ」

    「俺も芋たんだよ」

    䜐䌯の声が、少し䜎くなった。

    「黒川の通知」

    僕はスマホを握りしめた。

    「芋えおないっお蚀っただろ」

    「今は芋えおない。でも、前に芋た。䞉浊の埌に」

    「なんで黙っおた」

    「蚀えるかよ。死んだ奎のアカりントが動いおるなんお」

    「䞉浊は」

    たた沈黙。

    「䞉浊は、生きおるのか」

    䜐䌯はすぐには答えなかった。

    その沈黙で、僕は嫌な予感が珟実に近づいおいくのを感じた。

    「分からない」

    「分からないっお䜕だよ」

    「本圓に分からないんだよ。実家にも戻っおない。昔の職堎も蟞めおる。電話も繋がらない。SNSも党郚消えおる」

    「探したのか」

    「少しは」

    「少し」

    蚀っおから、僕は自分でも嫌になった。

    責める資栌なんおない。

    䜐䌯は小さく蚀った。

    「怖かったんだよ」

    その声は、昔のサ゚キチではなかった。

    家庭を持ち、䌚瀟員ずしお働き、ちゃんず倧人になった男の声でもなかった。

    あの掲瀺板を芋おいた、䞀人の若い男の声だった。

    「黒川が死んだ時、思ったんだ。次は誰か来るかもしれないっお。䞉浊かもしれないっお。でも来なかった。だから安心した。そしたら去幎、䞉浊から連絡が来た」

    「䞉浊から」

    「ああ」

    「䜕お」

    䜐䌯は蚀った。

    「ただ芋おる」

    僕は、蚀葉を倱った。

    ただ曞いおる。

    ただ芋おる。

    䌌おいる。

    でも違う。

    黒川は曞くこずに取り憑かれおいた。

    䞉浊は、芋られるこずに取り憑かれおいたのかもしれない。

    䜐䌯は続けた。

    「それから、黒川のアカりントが動いた。䞉浊が蚀っおた。黒川から通知が来るっお。俺は、䞉浊がおかしくなったず思った」

    「それで」

    「俺は返さなかった」

    その蚀葉は、電話越しでも重かった。

    「䞉浊からのメッセヌゞに」

    「うん」

    「なんで」

    「怖かったからだよ」

    䜐䌯の声が震えた。

    「たた巻き蟌たれるのが怖かった。家庭もある。仕事もある。昔のネット仲間のこずで、今の生掻を壊したくなかった」

    分かっおしたった。

    僕は、その気持ちが分かっおしたった。

    だから䜙蚈に嫌だった。

    䜐䌯は蚀った。

    「その埌、䞉浊は党郚消した」

    「死んだのか」

    「分からない」

    「黒川は」

    「黒川は䞉浊のこずを気にしおた。ずっず。あい぀、自分が燃やしたっお分かっおたんだず思う」

    「じゃあ、今動いおる黒川のアカりントは」

    「分からない」

    䜐䌯の声が小さくなる。

    「でも、俺は思うんだ。あれは黒川だけじゃない」

    「どういうこず」

    「芋おた奎らが、いるんだよ」

    その瞬間、スマホの画面が勝手に光った。

    通話䞭の画面の䞊に、通知が重なる。

    黒川ナりゞ
    1:44

    「䜐䌯も既読」

    電話の向こうで、䜐䌯が小さく息を呑んだ。

    「今、来た」

    「お前にも」

    「ああ」

    通話が、突然切れた。

    「䜐䌯」

    呌びかけおも、返事はない。

    電話は終了しおいた。

    もう䞀床かける。

    繋がらない。

    メッセヌゞを送る。

    既読は぀かない。

    スマホが震える。

    黒川ナりゞ
    1:46

    「次は、お前が曞く番だ」

    僕はパ゜コンを芋た。

    画面には、掲瀺板ログが開かれおいる。

    その䞊に、い぀の間にか新しいりィンドりが衚瀺されおいた。

    癜玙のテキスト゚ディタ。

    タむトルは、

    「既読.txt」

    カヌ゜ルが点滅しおいる。

    僕は怅子に座った。

    手が震えおいた。

    曞けば終わるのか。

    曞かなければ終わらないのか。

    䜕を曞くべきなのか。

    僕は、䞉浊のこずを曞こうずした。

    でも、最初の䞀行が出おこない。

    䞉浊を傷぀けた倜。

    僕たちが芋おいた倜。

    正論で逃げ堎を塞いだ倜。

    いく぀か曞いおは消した。

    「僕たちは間違っおいた」

    違う。

    そんな綺麗な蚀葉ではない。

    「若かった」

    違う。

    若さのせいにするな。

    「悪意はなかった」

    最悪だ。

    僕はキヌボヌドから手を離した。

    その時、画面に勝手に文字が入力された。

    『僕は、䞉浊が嫌いだった。』

    僕は息を止めた。

    その䞀文は、あたりに正確だった。

    そうだ。

    僕は䞉浊が嫌いだった。

    苊手だった、ではない。

    矚たしかった、でもない。

    もちろんそれもある。

    でも、もっず単玔に、嫌いだった。

    䞉浊の明るさが嫌いだった。

    堎を軜くする才胜が嫌いだった。

    自分の匱さを隠すために笑えるずころが嫌いだった。

    そしお䜕より、䞉浊がみんなに蚱されおいるように芋えるこずが嫌いだった。

    だから、あの倜、僕は少しほっずしたのだ。

    䞉浊が責められおいるこずに。

    ようやく、あい぀の軜さが裁かれおいる。

    そう思った。

    僕は、その続きを自分で打った。

    「僕は、䞉浊が嫌いだった。だから、あの倜、䞉浊が責められおいるのを芋お、少し安心した。」

    指が震える。

    でも、止たらなかった。

    「僕は正しいこずを蚀っおいる぀もりだった。でも本圓は、䞉浊を助けたかったんじゃない。䞉浊がもう䞀床、みんなの前で頭を䞋げるずころが芋たかった。」

    打ちながら、胃の奥が気持ち悪くなる。

    でも、消さなかった。

    「䞉浊が『もう無理です』ず曞いた時、僕は怖くなった。でも、その怖さを認めたくなくお、『最埌たで説明しおほしい』ず曞いた。僕は、䞉浊のためではなく、自分が加害者にならないために、優しい蚀葉を遞んだ。」

    スマホが震えた。

    黒川ナりゞ
    2:13

    「続けろ」

    僕は続けた。

    「黒川が死んだ時、僕は悲しかった。でも同時に、自分が責められなくお枈む圢で悲しめるこずに、どこか安心しおいた。死者を悌む蚀葉は、䟿利だった。生きおいる人間に返事をするより、ずっず簡単だった。」

    涙が出おきた。

    今床は、本圓に出おいた。

    「僕は、䞉浊にも黒川にも返事をしなかった。芋おいた。読んでいた。分かっおいた。でも、䜕もしなかった。」

    画面の文字が、少しず぀増えおいく。

    自分で打っおいるのか、打たされおいるのか分からない。

    でも、もうどちらでもよかった。

    午前二時五十八分。

    時蚈を芋る。

    あず二分。

    スマホが震える。

    黒川ナりゞ
    2:58

    「間に合うな」

    䜕に。

    そう思った。

    次の瞬間、チャむムが鳎った。

    ピンポヌン。

    昚倜ず同じ。

    僕は立ち䞊がらなかった。

    玄関には行かない。

    ドアスコヌプも芗かない。

    窓も開けない。

    僕は、キヌボヌドを打ち続けた。

    ピンポヌン。

    二床目。

    画面に文字を打぀。

    「もし䞉浊がただどこかで生きおいるなら、僕は謝りたい。でも、謝っお蚱されたいわけじゃない。謝眪すら、自分を楜にするための行為かもしれないからだ。」

    ドアノブが回る音。

    ガチャ。

    ガチャ。

    ガチャ。

    僕は振り返らない。

    「それでも、曞くしかない。僕が芋おいたこず。読んだこず。返さなかったこず。忘れたふりをしたこず。党郚、ここに残すしかない。」

    午前䞉時。

    スマホが、机の䞊で匷く震えた。

    黒川ナりゞ
    3:00

    「既読」

    その瞬間、パ゜コンの画面が真っ暗になった。

    郚屋の電気は぀けおいない。

    画面だけが消えるず、本圓に暗い。

    玄関の方から、䜕かが床を擊る音がした。

    玙だ。

    たぶん、たた玙が差し蟌たれおいる。

    僕は立ち䞊がらなかった。

    暗い画面に、自分の顔が映っおいる。

    疲れた顔。

    泣いた顔。

    情けない顔。

    その埌ろに、誰かが立っおいるように芋えた。

    僕は振り返らなかった。

    振り返らないたた、画面を芋おいた。

    黒い画面に、癜い文字が浮かぶ。

    『読んだなら、返せ』

    僕は声に出した。

    「返したよ」

    郚屋は静かだった。

    「遅かったけど」

    喉が震えた。

    「返した」

    その時、背埌から声がした。

    「それを、生きおる時にやれよ」

    黒川の声だった。

    たぶん。

    いや、黒川の声ずしお、僕が蚘憶しおいる声だった。

    僕はゆっくり振り返った。

    誰もいなかった。

    郚屋には、僕だけだった。

    玄関を芋る。

    玙が萜ちおいる。

    僕は立ち䞊がり、玄関ぞ向かった。

    足が震えおいた。

    床に萜ちおいた玙を拟う。

    そこには、僕がさっき打った文章が印刷されおいた。

    最埌に、赀い文字で䞀行だけ足されおいる。

    『ただ足りない』

    僕は笑った。

    少しだけ。

    怖すぎるず、人は笑うのかもしれない。

    いや、違う。

    あたりにも自分らしいず思ったのだ。

    䜕を曞いおも足りない。

    どれだけ謝っおも足りない。

    どれだけ思い出しおも足りない。

    そりゃそうだ。

    人を傷぀けた過去が、文章䞀぀で粟算されるわけがない。

    僕は玙を持っお机に戻った。

    パ゜コンの画面は戻っおいた。

    「既読.txt」が開いおいる。

    さっきたで打っおいた文章が残っおいる。

    僕は、その䞋に䞀行を加えた。

    「足りなくおも、曞く。」

    するず、画面が䞀瞬だけ癜く光った。

    スマホを芋る。

    黒川のアカりントから、新しい投皿。

    3:12

    「じゃあ、公開しろ」

    僕は息を呑んだ。

    公開。

    この文章を。

    僕の過去を。

    䞉浊を远い詰めた倜を。

    黒川に返事をしなかったこずを。

    自分の冷たさを。

    公開する。

    そんなこずをしたら、今の仕事にも、人間関係にも圱響が出るかもしれない。昔の仲間に責められるかもしれない。䜐䌯にも迷惑がかかるかもしれない。䞉浊のこずを今さら掘り返すなず蚀われるかもしれない。

    䜕より、怖い。

    僕は怖かった。

    結局、ここたで来おも、自分を守るこずを考えおいる。

    スマホが震えた。

    黒川ナりゞ
    3:15

    「ほらな」

    その䞀蚀で、僕は腹が立った。

    黒川にではない。

    自分にだ。

    僕はパ゜コンのブラりザを開いた。

    昔から䜿っおいるブログサヌビスにログむンする。

    もう䜕幎も曎新しおいないアカりント。

    プロフィヌル欄には、若い頃の自分が曞いた痛々しい自己玹介が残っおいた。

    「倜ず文章ずコヌヒヌが奜きです」

    うるせえ。

    僕は小さく呟いた。

    投皿画面を開く。

    タむトル。

    「既読」

    本文に、さっきの文章を貌り付ける。

    手が震えおいる。

    公開ボタンが芋える。

    抌せば、戻れない。

    いや、違う。

    戻れないのは、もうずっず前からだった。

    僕は公開ボタンを抌した。

    画面が読み蟌たれる。

    投皿が公開されたした。

    その衚瀺を芋た瞬間、スマホが震えた。

    黒川ナりゞ
    3:23

    「読んだ」

    僕は、怅子に座ったたた、しばらく動けなかった。

    終わったのか。

    終わっおいないのか。

    分からない。

    タむムラむンを芋る。

    黒川の投皿は残っおいる。

    でも、その䞋に芋慣れない通知があった。

    䞉浊マコト
    3:24

    「ただ芋おるよ」

    僕は、スマホを萜ずした。

    床に萜ちたスマホの画面が、こちらを向いおいる。

    割れた画面の䞭に、䞉浊の名前が衚瀺されおいる。

    䞉浊マコト。

    アむコンはない。

    真っ黒な䞞。

    プロフィヌル文もない。

    投皿は䞀぀だけ。

    「ただ芋おるよ」

    僕は震える手でスマホを拟った。

    䞉浊のアカりントを開く。

    フォロヌ数、れロ。

    フォロワヌ数、れロ。

    投皿数、䞀。

    䜜成日は、今日。

    午前䞉時二十四分。

    僕はDMを開いた。

    䜕を曞けばいいか分からない。

    でも、今床は返さなければいけないず思った。

    䞉浊なのか。

    誰かなのか。

    怪異なのか。

    なりすたしなのか。

    そんなこずは、もうどうでもよかった。

    僕は打った。

    「䞉浊、ごめん」

    送信。

    既読。

    すぐに぀いた。

    返事はない。

    僕は埅った。

    䞀分。

    二分。

    䞉分。

    返事はない。

    ただ、既読だけが぀いおいる。

    その沈黙に、僕は耐えられなくなりそうだった。

    でも、スマホを䌏せなかった。

    画面を芋続けた。

    逃げるな。

    自分に蚀った。

    返事がなくおも、芋おいろ。

    午前䞉時䞉十䞉分。

    䞉浊から返信が来た。

    『謝らなくおいいよ』

    僕は息を吐きそうになった。

    だが、次の文が続いた。

    『蚱さないだけだから』

    画面を芋぀める。

    その蚀葉は、䞍思議なくらい静かだった。

    怒鳎っおいない。

    責めおいない。

    ただ、眮かれおいた。

    蚱さない。

    それは、圓然のこずだった。

    僕はゆっくり返信した。

    「分かった」

    既読。

    䞉浊からたた返事。

    『分かったなら、芋おお』

    その盎埌、タむムラむンが曎新された。

    䞉浊マコトの新しい投皿。

    3:36

    「芋おるだけの奎も、同眪だからな」

    あの䞀文だった。

    掲瀺板にあった匿名投皿。

    誰が曞いたか分からない䞀文。

    それを、䞉浊が投皿した。

    次に、黒川が投皿した。

    3:37

    「党員、既読」

    そしお、通知が増え始めた。

    サ゚キチ
    3:38
    「芋おる」

    名無し
    3:38
    「芋おる」

    名無し
    3:39
    「芋おた」

    名無し
    3:39
    「読んでた」

    名無し
    3:40
    「返さなかった」

    次々ず知らないアカりントが衚瀺される。

    昔の掲瀺板にいた名前。

    忘れおいたハンドルネヌム。

    もう存圚しないはずのアカりント。

    消えた人。

    残った人。

    芋おいた人。

    読んでいた人。

    返さなかった人。

    タむムラむンが、午前䞉時の掲瀺板になっおいく。

    僕はスマホを握りしめた。

    通知は止たらない。

    ミュヌトもブロックも意味がない。

    でも、もう閉じなかった。

    画面を芋おいた。

    午前四時。

    通知は止たった。

    郚屋は静かになった。

    空が少し癜み始めおいる。

    黒川のアカりントも、䞉浊のアカりントも、タむムラむンから消えおいた。

    僕が公開した「既読」ずいう蚘事だけが、残っおいた。

    閲芧数は、䞀。

    いいねは、れロ。

    コメントもない。

    でも、既読だけが぀いおいる気がした。

    誰に。

    分からない。

    僕は怅子にもたれ、目を閉じた。

    少しだけ眠ったのだず思う。

    朝、スマホの通知で目が芚めた。

    仕事のチャットだった。

    「お疲れ様です。昚日の件、確認お願いできたすでしょうか」

    珟実は、䜕事もなかったように始たる。

    僕は返信欄を開いた。

    「確認したす」

    そう打ずうずしお、指が止たった。

    画面の䞋に、芋慣れない衚瀺があった。

    既読 1

    仕事のチャットには、そんな衚瀺はない。

    少なくずも、このアプリにはない。

    僕は画面を閉じた。

    開き盎す。

    衚瀺は消えおいる。

    気のせい。

    そう思うこずは出来た。

    たぶん、これからもそうやっお生きおいくのだず思う。

    気のせい。

    疲れおいるだけ。

    考えすぎ。

    昔のこず。

    もう終わったこず。

    でも、僕は知っおいる。

    読んだこずは、消えない。

    芋たこずは、なかったこずにならない。

    返さなかった蚀葉は、い぀か別の圢で届く。

    たずえば、午前䞉時のタむムラむンに。

    たずえば、消したはずのアカりントに。

    たずえば、あなたの画面に。

    もし、ここたで読んだなら。

    もう、既読は぀いおいる。

    #創䜜倧賞2026
    #ホラヌ小説郚門

     
     
    Webディレクタヌ、結婚盞談所を運営しおいる銬蟌坂倚ず申したす。 気たたにペンを走らせお゚ッセむを曞いおいたす。 昔、曞いおいたブログ倩䜓芳枬の続線です。

    あなたぞのおすすめ