
恋愛は、水。
恋愛は、水と同じである。
水は温めることもできるし、冷やすこともできる。
温めるには、火にかける必要がある。
火を止めてしまうと、水の温度は段々と下がる。
恋愛だって同じだ。
あたたかい関係でいたいのであれば「あたたかいもの」が必要であり、それを注ぎ込み続けなければならない。
「あたたかいもの」は人それぞれである。
ある人にとっては「好きだよ」という言葉。
別のある人にとっては思いやりのある行動。
また別のある人にとってはスキンシップ。
このあたたかいものに触れ続けることで、あたたかい関係で居続けることができる。
では、ここで一度水の話に戻ろう。
火にかけ続けると、水は100℃で沸点に達し、水蒸気(気体)になる。
すなわち、火にかけ続けると、水(液体)であるとは、厳密には言い難い。
これまた、恋愛であっても同じである。
愛を注ぎ込みすぎても、蒸発し、消える。
適度な愛というのが、ふたりの関係において心地よい温度になるはずだ。
逆はどうだろう。
先述したように、水に火をかけるのを止めると、段々と温度が下がっていき、やがて常温になる。
そこに、アイスキューブでも入れてみよう。
夏にはぴったりの冷たい飲み物。
恋愛だったら、どうだろうか。
愛という名の刺激も何もない常温状態に入ってくる悲しさや寂しさ、痛み。
きっと、ふたりの関係も冷え切っていく。
こんなものは夏でも冬でもぴったりではない。
とても悲しく辛いものである。
そして、水はヒトにとって必要不可欠なものである。
サバイバルな状況下では、食べ物がなくても生き抜けるが、水がなければ死と同義だ。
恋愛は必要不可欠か、否か。
ここでは、種や繁栄の話は除外して考えたい。
そんなもの結論が決まっているからだ。
話を戻そう。
人それぞれ違う意見があるだろうが、結局私たちは
「頼れる唯一無二の誰か」を求めてはいないだろうか。
家族は唯一無二だが、時には頼りにくいこともある。
家族が故に話しづらいこと、聞きづらいことがあるだろう。
友達はその存在自体は1人だが、関係でみれば、唯一無二でない。複数の「友達と呼べる人物」がいるはずだ。
対して、パートナーはこの世界にひとりしかしない唯一無二の存在である。
生涯をかけて、余生を共に生きたいと思う唯一無二のひと。もしくは、動物というパターンもあり得るだろうか。
動物にしろ、人間にしろ、唯一無二の人物との間にあるものは紛れもなく「愛」である。
「愛」は私たちの人生を明るく、時には悩みながらも豊かにするために「必要不可欠」なのである。
恋愛すなわち愛は、水と同じである。
水は何か行動をしない限りは温度変化をするものだが、心地よい温度を保ち続けるには、注意深く観察する必要があるだろう。
つまり恋愛では、
というのは、もうみなさんもお気づきであろう。
恋愛であっても、注意深く相手を、そして自分を、観察する必要がある。
はたまた、水は容器によって、形を変える。
容器どころか、水がある場所は
広い海かもしれない。
濁流の川かもしれない。
静かな水面の湖かもしれない。
「在る場所」によって、水の状態は変わる。
恋愛も同じである。
ふたりで築いた心の場所によって、状態は変わる。
個人的には、広く穏やかな湖でいたいものだ。
恋愛は、水。
私の水はどんな温度で、どこに在るのか。
あなたの水はどんな温度で、どこに在るのか。
私たちの水はどんな温度で、どこに在りたいのか。