
ポップスを見ると吐き気がする。
私はポップスが嫌い
でも、これが特別好きっていう音楽もない
ポップスについて言いたいことがたくさんある
ここで言うポップスは、J-POPだけの話じゃない。テレビ番組もそうだし、CMもそうだし、SNSもそう。「みんながいいと言うから、いいことになっているもの」そういうもの全部を、私はポップスと呼んでいる
私はポップスを見ると吐き気がする
これは比喩じゃない
本当に吐き気がする
身体が拒否する
でも、宇多田ヒカルは好きだし、Perfumeも好きだし、カネコアヤノも好きだし、ラブリーサマーちゃんも好きだし、小さい頃からSEKAI NO OWARIも好きだった
でも私の中では、この人たちは「ゴリゴリのJ-POP」とは少し違う場所にいる。全然音楽には詳しくないし知らないけど、そう勝手に思っている
宇多田ヒカルはR &Bだし。
最近は、「この人が好きだ」と心の底から言えるアーティストもいない。それが少し寂しいし、違和感でもある
音楽って無数に創作されてるのに!!!
ポップスが嫌いって言うと、全人類を敵に回してしまうような気がする。だから私は、ポップス側の人間として生きている。ファッションも、好きな音楽も、髪型も、性格も、生き方も。
ポップスって人類では正解の形だ。大半の人がそれをいいと思っているんだから。ポップスを土台にして、その上で少し自分らしくアレンジしていく。それが社会では正しい生き方なのかもしれない。
私も、それができる。むしろ得意だ。みんなの需要に気づくのも得意だし、大衆から好かれるのも得意。この間卒業した美術大学でも、きっと九割くらいの人は私をポップス側の人間だと思っていただろう。
スターバックスでアルバイトをしていたこともそうだ。あれは私にとってかなりのポップス。
でも、スターバックスで働いていた自分は好きだ。笑顔で接客していた自分も好きだし、ものすごくいい経験をしたと思う。あの経験は私のアイデンティティでもある。
だから話はややこしい。私はポップスを否定したいわけじゃない。ポップスをやっている自分も、愛らしい自分なのは変わらない。
心の底では、クリープハイプやミセスを毛嫌いしていた。でも、それを表に出すのは違う気がする。みんなから好かれる人でいたかったのかもしれない。
私はポップスを生きる糧にしている友達を否定したいわけじゃない。その友達は尊敬できるし、親友の大半がそうだし。
でも本当の私は、自分の好き嫌いを大大大大声で言いたい。
『私はポップスが嫌いだー!!!』
なんかこれって怪獣みたいじゃない?笑笑
もっと気持ち悪くて、意味が分からなくて、説明できなくて、それでも惹かれてしまうものが広まっている世の中がよかった。インターネットがあって、新しいものはすぐ広まる時代なのに、どうして同じようなものばかりが人気なの。
音楽だけじゃない。テレビも、ファッションも、ラジオも、いろんなエンタメも。みんな、本当に心の底から好きなの? それとも、みんなが好きだと言っているから好きになっているだけなの??
この思いを共感してくれる人っているんだろうか。私は、そんな人に会いたい。たぶん私は怖がって、ポップスみたいな顔をしているから、同類が近寄ってこないのかもしれない。
この文章も、きっといろんな人から青々しく見えると思う。多分1週間後にこの文書を見た自分でさえ「ああ、この頃は尖ってたな笑」とか思うかも。でも、それでいい。まだ人間の途中だから。みんなもそうでしょ?