
『ロマンスは別冊付録』――言葉は、読まれて完成する
(ネタバレにご注意ください)
本がこの世を変えるという話など、
私は信じない。
この世は変えられなくても
本は人の心に足跡ぐらいは残すはず
最終話での言葉が頭から離れない。
静かに始まり、静かに終わった物語。
激しく感情を揺さぶられたわけでもなく、
悪人がいるわけでも、事件が起こるわけでもない。
ただ、心にゆっくりと染み渡る。
そして、考える。
そんな物語だった。
最初は、主人公カン・ダニの再就職に心を重ねた。
キャリアの断絶。
結婚、出産で仕事を離れ、もう一度社会へ戻る難しさ。
物語と自分の人生を重ねた。
時代が違っていたら、私も辞めずにキャリアを積み、給与も待遇も違っただろうか。
そんなことを考えることもある。
ダニは、かつて言葉を武器に活躍したコピーライターだった。
なのに、
プライドを捨て、
出版社でただ雑用としてひたすらに働くダニを応援した。
でも、
物語が進むにつれ、違うものに惹かれていく。
それは、
『本』
そして、
『言葉』へと。
作家が断筆前に書いた最後の物語。
その題名は、『4月23日』
ただの日付だった。
最初に書き上げた原稿には、
『青い夜』という題名がついていた。
それを作家は、自らの手で
『4月23日』へと書き換える。
やがて作家は理由を語らぬまま筆を置き、
姿を消した。
最終話で、その理由が明かされる。
作家はアルツハイマーを患っていた。
病に倒れた作家ではなく、作家として記憶されることを望んだ。
しかし、天涯孤独だと思っていた人生の終わりに、
血を分けた本当の息子、チ・ソジュンと出会った。
『4月23日』は、
その息子の誕生日だった。
最後まで忘れたくなかった日。
だから、その日付を、
最後の作品の題名に残した。
ただの日付だった。
けれど理由を知った瞬間、
私はその数字を忘れられなくなった。
同じ文字なのに、
意味が変わった。
いや。
意味を与えたのは、
私自身だったのかもしれない。
出版社と読者を繋ぐ線。
作品一つ一つに、
たくさんの人が関わっている。
届けようとした誰かの苦労も、
売れ残れば、シュレッダーの中で終わる。
それでも、
一冊の本には「作る人」の思いだけでなく、「読む人」の人生も入ってくる。
私は、一読者としてこの物語を観ていた。
でも、途中からは、
届ける側の思いも考え始めていた。
「言葉は、どうやって人の心へ届くのか。
そして、
その言葉を、どうやって届けるのか」を。
そこで初めて気づいたことがあった。
作家が、
血の繋がりのない息子チャ・ウノに残した手紙。
「本がこの世を変えるという話など、
私は信じない
それでも私は お前に本のような人間になれと
言い残したい
この世は変えられなくても
本は人の心に足跡ぐらいは残すはず
つらい時 お前も
本の文章の中に隠れたように
そして私が晩年に
お前という本に出会い
温かく
癒してもらったように
これからも
誰かの本になれるような人生を送れ」
本が世界を変えるとは信じていない。
けれど、
本のような人間になれと言う。
矛盾しているようで、
矛盾していない。
世界を変える力はなくても、
誰か一人の心に、
足跡を残すことはできる。
それで、十分なのだと思う。
物語が終わったあと、
こんな言葉が流れた。
「私という本を選んでほしい
人と関わらずに生きていけない
頑張る姿は常に美しい
僕らは人生という年輪を刻む美しい木だ
誰かの人生を豊かにする仕事」
夏目漱石が、
かつて「I love you」をこう訳したという話が、
物語の中で語られていた。
月が綺麗ですね。
そして、ドラマの最後も、
この言葉で締められる。
『視聴者の皆さま
月が綺麗ですね。』
愛してる、なのか。
本当に月が綺麗だった、なのか。
その答えは、
語られない。
語られないことで、
答えは私たちの手に渡される。
言葉は、誰かの人生を通ったとき、
初めて意味を成す。
本当に本を完成させていたのは、
作家でも、
編集者でもなく、
ページを開いた、
私たちだったのかもしれない。
本当に、
優しいドラマだった。
だから今も、
私という本のなかで、
この物語は静かに読み続けられている。