頑張ってきたけど、立ち止まった理由
「頑張り屋だね」
これまで、何度そう言われてきただろう。
褒め言葉のはずなのに
最近はその一言を聞くたびに
少しだけ胸の奥がざわつく。
いつからか、頑張ることが「当たり前」になっていた
仕事を任されれば断らない。
頼まれれば引き受ける。
多少の無理は、若さと気合いでどうにかしてきた。それが積み重なって、いつの間にか「頑張ること」が自分の役割そのものになっていた。
でも、ふと気づく瞬間がある。
• 休日なのに、頭の片隅で仕事のことを考えている
• 誰かに褒められても、素直に嬉しいと
感じられない
• 「疲れた」と口に出すことに、なぜか罪悪感が
ある
一つひとつは小さなサインだった。それでも、見て見ぬふりを続けているうちに、気づけば「頑張ることでしか、自分の価値を確認できない」ような状態になっていた。
立ち止まったきっかけ
大きな事件があったわけではない。ある日、いつも通りの一日を終えて、ふと鏡に映った自分の顔を見たとき、「あれ、こんなに疲れた顔をしていたんだ」と、初めて気づいただけだった。

誰かのためだったはずが、いつの間にか
「頑張っていない自分」を許せなくなっていた。
それは、頑張りたいからではなく、
頑張っていないと不安だったからかもしれない。
このあと、私が実際に立ち止まってから見えてきた「頑張りの手放し方」と、それでも頑張りたい自分との付き合い方について、もう少し踏み込んでお話しします。
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