
M&M’sはなぜMarvelと組んだのか──お菓子がIPのカレンダーを借りる、新しい設計の話
2026年1月、グローバル業界メディアにこんな発表が流れてきた。
『M&M’sとMarvelが、65カ国以上を舞台にコラボする』という話だ。
「コラボ」というと、映画の宣伝にお菓子のロゴが乗る絵を思い浮かべる人が多いと思う。宣伝するのは映画で、お菓子はその脇役。
だが、どうやら今年のM&M’sとMarvelは、その構造が違うようだ。
M&M’sの側も軸としてプロモーションを設計しているという話を目にした。
映画がお菓子の宣伝をするのではなく、お菓子が映画の話題を年間カレンダーとして借りている事実は、思っていたより緻密な戦略だった。
M&M’sが「対等に」動ける理由──スポークスキャンディというIP資産
まず前提として規模感を押さえておきたい。
2026年1月13日、MarsとThe Walt Disney Companyは65カ国以上を対象にしたM&M’sとMarvelの共同キャンペーンを発表した。
年間を通じて展開するこの大規模コラボを理解するには、M&M’sというブランドがどんな資産を持ち、なぜMarvelと対等に動けたのかを知る必要がある。
M&M’sは、年間売上650億ドル(約10兆円)超の食品大手Mars(マーズ)社が展開するチョコレートブランドだ。
そのM&M’sには「スポークスキャンディ(Spokescandies)」と呼ばれる、製品を擬人化した公式キャラクター群がいる。「スポークスパーソン」(ブランドの顔として製品を代表するキャラクター)と「キャンディ」を組み合わせた造語だ。
つまり、丸いチョコレートに手足と顔がついたキャラクターたちのことだ。色ごとに明確な個性があり、たとえば赤(Red)はお調子者で自己主張が強く、黄色(Yellow)はおっとりした素朴なキャラクターとして知られている。
スポークスキャンディは単なるパッケージのイラストではなく、CMやSNSコンテンツで会話をし、他ブランドと絡む独立したキャラクターとして機能している。Mars社は長年かけて「お菓子を擬人化した独自のIP(知的財産)を持つブランド」というきわめて珍しい立場を作り上げた。
このIP資産の存在が、今回のMarvelコラボの前提になっている。ブランドがキャラクターIPを独立した資産として持っているとき、他社のIPと「対等に交差できる」立場が生まれる。多くのブランドがやるような、ロゴをスーパーヒーローと並べるだけのコラボとは違う。M&M’sがやっているのは、2つのキャラクター資産を対等にぶつけることだ。その違いがキャンペーン全体の深みを決めている。
では、なぜそのMarvelを選んだのか。
2つのブランドの動機──なぜ互いを必要としたのか
M&M’sとDisney、両者には異なる動機がある。
M&M’s側から見ると、持っていたブランドの骨格が、Marvelのファンダムの性質と重なったことにある。
M&M’sが2025年6月に導入したブランドテーマ「It’s More Fun Together(一緒の方が楽しい)」は、ブランド全体の「クリエイティブプラットフォーム」だ。クリエイティブプラットフォームとは、そのブランドのコミュニケーション全体を貫く基軸となるコンセプトのことで、個別の広告や施策がバラバラなメッセージを出さないための背骨にあたる。Marvelコラボのためにつくったコンセプトではなく、すでにブランド全体の方針として確立していたものだ。
M&M’sが大切にしているのは「世代を超えた、つながりや共に楽しむ瞬間」だ。
Marvelのファンダム(熱量の高いファンコミュニティ)はまさにその性質を持っている。子どもの頃にアイアンマンを見た30代が、今の子どもと一緒に映画館に行く。そこにM&M’sのお菓子が存在する。「一緒の方が楽しい」というメッセージは、Marvelとの組み合わせで初めて具体的なシーンとして機能する。
ではそもそも、なぜMarvelでなければならなかったのか。世界最大級のエンタメIPとして、Marvelのファンダムは世界中の世代をまたいで広がっている。「It’s More Fun Together」を体現できるIPとして、この規模と世代を横断する広がりを持つものは世界でも数えるほどしかない。Mars社の最高ブランド責任者(Chief Brand Officer)はこう語っている。
「M&M’SとMarvelのファンはキャラクターとストーリーテリングへの情熱を共有している。
このコラボは両ブランドの最高のものを組み合わせ、没入型の体験・コンテンツ・ファンが関わる新しい方法を届ける。消費者が愛するものを起点にすることで、ぼくたちにしか生み出せない方法で、楽しさとファンダムとつながりを生み出せる」
──Rankin Carroll(最高ブランド責任者、Mars社スナック部門)、Mars公式プレスリリース(2026年1月13日)
一方、Disney/Marvel側の動機は、映画館の外での接触機会の拡大にある。
映画の宣伝は映画館だけでは届かない層がいる。スーパーやコンビニの棚でM&M’sのMarvelパッケージが目に入る人が、Avengersの存在を認識する。
DisneyがM&M’sを選んだ理由は2つある。
ひとつは、M&M’sがスポークスキャンディという独自のキャラクターIPを持っているから。ロゴだけのブランドとコラボしても「広告の場」にしかならないが、M&M’sには独自のキャラクター資産があるため、Marvelの世界観と対等に交差できる。
もうひとつは、世界65カ国の小売流通網、つまり世界中のスーパーやコンビニの棚という物理的なリーチだ。映画の宣伝が届きにくい生活の場に、Marvelの存在を置き続けられる。単なる広告スポンサーではなく、棚という「生活圏の中のメディア」を持つパートナーとして機能する。
さらに、映画公開後もパッケージが棚に並び続ける限り、消費者はMarvelのビジュアルに触れ続ける。映画の宣伝期間は数週間だが、お菓子の棚では数カ月単位でMarvelが生き続ける。Disneyの担当者はこう語っている。
「私たちはMarsとの素晴らしい長期的な関係を持っており、だからこそ刺激的な形で一緒に動ける。Marvel Universeは世代を超えて共鳴する豊かなファンダムを築いてきた。M&M’Sのスポークスキャンディがそのファンダムの一部になったらどうなるか──それを想像するのはとても楽しかった。その結果が、両ブランドのファンを称え、つながりと楽しさの瞬間を祝うこのグローバルキャンペーンだ」
M&M’sのブランドの骨格と、Disneyが映画館の外へMarvelを浸透させたいという動機が噛み合ったとき、このコラボの必然性が生まれた。
このコラボの出発点は、「使いたいIPを先に決めてコンセプトを後付けする」プロセスとは根本的に違う。
どう設計されたのか──マッシュアップ・コレクタブル・年間カレンダー・コスト
動機が揃ったうえで、キャンペーンはどう設計されたのか。設計は「内側の仕掛け」と「外側の戦略」の2層で成り立っている。
内側とはパッケージやキャラクターなど製品に直接組み込まれた設計のこと、外側とは映画の公開スケジュールやコスト構造などビジネス面の設計のことだ。
まず内側の仕掛けから見ていく。
2026年1月13日に発表されたキャンペーンの中核には、こんなストーリー設定がある。『スポークスキャンディたちがMarvel Studiosにオーディションを受けに行く。Redはデッドプール役を、Yellowはウルヴァリン役を目指す。だがスタント中に失敗し、セリフを忘れ、散々な結果に終わる。』
「M&M’SのスポークスキャンディたちはMarvelの大ファンで、招待状が来たとき、まるでスーパーヒーローのように飛び出した。だが、そのスポットライトは本当に彼らを呼んでいたのか、それとも撮影現場のcraft servicesのスナックとして置かれているだけなのか」
「craft services」とは、映画やドラマの撮影現場でスタッフやキャストに提供されるケータリングのことだ。
主役でも脇役でもなく、現場の片隅に並べられた食べ物。そこに自分たちを重ねるセルフツッコミが、このキャンペーンの笑いの核になっている。
キャラクター同士の個性の組み合わせも丁寧に設計されている。「マッシュアップ」とは、2つのキャラクターの要素を掛け合わせて新しいビジュアルを作る手法のことだ。今回は7パターン用意された。たとえばRedはDeadpool(デッドプール:不死身の傭兵で口が達者なキャラクター)、YellowはWolverine(ウルヴァリン:金属の爪を持つ粗削りな戦士)に対応する。こうした個性の接点を見つける発想は、他のパターンにも一貫している。Daredevil(デアデビル:昼は盲目の弁護士、夜は覆面ヒーローという二面性を持つキャラクター)はBlueに対応しているが、その理由はDaredevilの二面性という個性の文脈だ。She-Hulk(シーハルク:弁護士でありガンマ線の影響で緑の巨大女性ヒーローになるキャラクター)はGreenに対応しているが、こちらは色そのものの一致が理由だ。組み合わせ方の発想は違っても、どれにも意図がある。
さらに、もうひとつ仕掛けがある。
7種類すべてを集めようとすると、消費者は自然と棚に複数回足を運ぶことになる。コレクタブル(収集アイテム)とは、1回の購入で完結しない設計のこと。
お菓子のような毎日手に取る商品において、コレクタブル設計は最も強力な来店動機のひとつになる。各パックにはQRコードが付いており、スキャンするとデジタルコンテンツや懸賞に参加できる。7種のコレクタブルパッケージが話題を生みながら、反復購買とデジタルコンテンツへの接点を同時に促す仕掛けとして機能している。
次に外側の戦略についてみてみよう。
このキャンペーンで特徴的なのは、映画の公開スケジュールをカレンダーとして借りながら、ディズニーが投じる宣伝活動の話題にも同乗するという発想だ。
2026年のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)には2本の大型公開がある。7月31日の「Spider-Man: Brand New Day」と、12月18日の「Avengers: Doomsday」だ。
特にAvengers: Doomsdayは、MCUが2021年から展開してきた「マルチバース・サーガ」の大きな山場となる作品だ。マルチバース・サーガとは、異なる宇宙(マルチバース)が交差するという設定のもと、これまで別々の映画世界として描かれてきたX-Men、Fantastic Fourといったシリーズのキャラクターたちを一堂に集める壮大な連作シリーズのことを指す。Phase(フェーズ:MCUが映画やドラマを時系列でグループ化した区分)4・5・6にまたがるこのサーガは2027年のAvengers: Secret Warsで幕を閉じる予定で、Doomsdayはその直前に位置する前哨戦だ。2019年の「Avengers: Endgame」以来の規模感で、ロバート・ダウニー・Jrが新悪役として復帰する。
M&M’sがこのタイミングに乗ったのは偶然ではない。Avengers: Doomsdayほどの話題の集中点は、当分現れない。この山場を外すという選択肢は、M&M’sにはなかったはずだ。1月のキャンペーン発表から始まり、Spider-Man公開前の7月に向けて体験型施策(ユーザーが実際に参加できるイベントやキャンペーン活動)が一山ある。さらにAvengers公開前の12月に向けてもう一山が控えている。キャンペーン全体が年間カレンダーを持っている。
ではこのコラボ、コストはどう成立するのか。
Mars社はDisneyにIPライセンス費用を支払っている。IPライセンスとは、他社が持つキャラクターや商標などの知的財産を使用する権利に対して費用を支払う契約のことだ。MarvelのキャラクターをM&M’sのパッケージやCMに使う権利は、当然ただでは得られない。
費用を払ってでも組む価値があると判断した理由はなんなのか。
通常、ブランドが自力で世界65カ国で同時に話題を作ろうとすると、莫大な広告投資が必要になる。ディズニーはAvengers: Doomsdayのプロモーションに巨額を投じ、世界中でトレーラーを流し、メディアを動かす。この「広告としての到達力と影響力(メディア価値)」が、IPライセンス費用を正当化する。ライセンス費用を払いながらも、自分たちだけでは到底作れないレベルの話題の中に製品を置ける。
この規模のコラボは、積み上げてきた関係の上にしか生まれない。ウォルト・ディズニー・ワールド内の商業・エンターテインメントエリア「Disney Springs」に常設のM&M’sストアを持つなど、Mars社はもともとディズニーと継続的な関係を築いてきた。
これほどの規模のコラボは、信頼の積み上げなしには成立しない。
APACで動き出した結果──購買連動型ゲームの実態
ここまで見てきたグローバルな設計が、アジア太平洋地域でどう具体化されたかを見てみたい。
2026年4月1日から5月31日の期間、「Be A Hero with M&M’S | Marvel(M&M’SとMarvelでヒーローになろう)」という名称で、マレーシア・シンガポール・タイ・台湾・ベトナム・韓国・フィリピン・香港の8市場が同時に動き始めた。業界メディアのMarketing-Interactiveは「アジア太平洋地域のお菓子業界における購買連動型ゲームとしては最大規模の展開」と位置づけている。ここでいう「購買連動型ゲーム」とは、商品を実際に買うことがゲームへの参加条件になる仕組みのことで、消費者の購買行動とデジタル体験を直接つなぐ新しいマーケティング手法を指す。
この展開の核になっているのは「SUPERFAN」というプラットフォームだ。SUPERFANとは、購買データとゲーミング体験(報酬・スコア・競争といったゲームの要素を消費行動に組み込む体験設計)をリアルタイムで接続しながら、ユーザーの行動・属性データを分析してキャンペーンを最適化できるシステムのことだ。今回の8市場すべての購買認証・ゲーム配信・データ収集を一元管理している。
従来のコラボが「パッケージを出して反応を待つ」受け身の設計だったのに対し、SUPERFANは消費者の行動を能動的に追跡・最適化する。
「誰が・どこで・何を買って・どのゲームに参加したか」というデータが8市場にわたって蓄積されていく、ここが業界的に重要な点だ。
これは今回のキャンペーンが終わった後も残る資産といえる。次のコラボ、次のキャンペーンでどの市場のどんな消費者にどんなコンテンツが刺さるかをデータで把握し、より精度高く設計できるようになる。
コラボを「単発の話題作り」から「データが蓄積されるプラットフォーム」に変えるこの発想は、従来のブランドコラボとは根本的に異なる。
注目したいのは、QRコードをスキャンした後の動線だ。グローバル共通のQRコードを、各市場で主流のメッセージアプリに接続するかたちでローカライズ(各市場向けに最適化)している。新たにアプリをダウンロードするのではなく、消費者がすでに毎日使っているプラットフォームにそのまま乗り込む発想だ。マレーシア・シンガポール・フィリピン・香港ではWhatsApp、タイ・台湾ではLINE、韓国ではKakaoTalkだ。
参加者は商品購入後にレシートを撮影してアプリに送ると、SUPERFANのAIがレシートの購入日・店名・商品名を読み取って自動認証し、Marvel世界観のミニゲームに参加できる。グランプリは上海ディズニーランドへの2名招待(往復航空券・2泊ホテル込み)。「買う→認証→ゲームに参加する→また買う」という反復行動のループが、キャンペーン全体を貫く設計になっている。
最終的な参加者数・売上への影響はまだ公表されていない。
12月のAvengers: Doomsday公開という最大の山場に向けて、キャンペーンはまだ設計通りに動き続けている段階だ。
まえけん的視点|「乗っかる」と「設計する」は違う
ぼくがこの一連の動きを見て考えるのは、「乗っかる」と「設計する」の間にある、意外と大きな差のことだ。
M&M’sは映画に「乗っかった」のではなく、映画という話題の波を年間スケジュールに組み込んで「設計した」と言った方が実態に近い。
スポークスキャンディというキャラクター資産があるから、Marvelのキャラクターと対等に交差できる。「It’s More Fun Together」という骨格があるから、Marvelのファンダムと共鳴できる。コレクタブル設計があるから、消費者が複数回足を運ぶ。どれかひとつが欠けていても、今回の設計は成立しなかった。
日本のブランドで、この設計に近いことができているところがどれだけあるだろうか。キャラクターIPを長年かけて育て、コラボ先の選定をブランドの骨格で根拠づけ、映画のカレンダーに自分たちの販売の山を重ねる。一つひとつは当たり前に聞こえるが、すべてが揃っているケースはきわめて少ない。
ぼくが面白いと思うのは、パッケージという「物理的な製品」がQRコードを経由してデジタルコンテンツへの入口になっているところだ。
棚の商品が広告メディアになる。買った人がキャンペーンの参加者になる。これは従来の「映画の宣伝にスポンサーとして参加する」とは、構造的に違う話だ。
「乗っかる」のか、「設計する」のか。その差が、次の一手を変える。
出典:
本記事はVariety・Deadline・Hollywood Reporterをはじめ、アメリカ・韓国・東南アジア・ヨーロッパのグローバル業界メディアおよび公式プレスリリースを直接読み、構成しています。市場規模・収益データはMedia Partners Asia・Omdiaなどのリサーチファームの調査をこれらメディアが報じたものを参照しています。
Mars Inc.「Mars and The Walt Disney Company unite for a global collaboration starring M&M’S and Marvel in 2026」公式プレスリリース(2026年1月13日)
Marketing Dive「M&M’s spokescandies suit up as Marvel superheroes for global campaign」(2026年1月15日)
MARKETECH APAC「M&M’S, Marvel unite in new global campaign rolling out across 65 markets」(2026年1月15日)
MARKETECH APAC「M&M’S, Marvel deploy gaming campaign linking purchases to rewards across Asia-Pacific」(2026年4月)
Marketing Dive「M&M’s promotes cross-generational unity with new creative platform」(2025年6月10日)
Marketing-Interactive「M&M’S powers up Marvel tie-up with APAC gaming adventure」(2026年4月)
Wikipedia「Avengers: Doomsday」「Spider-Man: Brand New Day」(2026年5月閲覧、Marvel公式・IMDbとクロスチェック済み)
NCA(National Confectioners Association)「Mars, Disney Debut Global Collab With M&M’s, Marvel」(2026年1月13日)
※Avengers: Doomsday の公開日は2026年12月18日(当初の2026年5月1日から延期)。
※ドル円換算レート:1ドル=157円(2026年5月時点)
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