スプリーム・パーティーズ【第十二話】
オーリッヒたちがシフを倒した翌日の夜、ルミスの街は活気づいていた。
いや正確には活気と平和が戻ったと言った方が正しい。
シフが倒されたことにより植物の繭に囚われていた住民は全て解放され、幸いにも生命力とも言える秘力を吸い尽くされて絶命した者もいなかった。
森から帰還したオーリッヒたちからシフの討伐を聞いた住民たちはもう毎日を怯えて過ごすこともないと歓喜に沸き立ち、祝賀会とばかりに街全体で即興の宴を開いた。
穏やかな日常が帰ってきたこととオーリッヒたちの勇気ある行為を称えるために。
「皆ありがとうって言ってくれるのはいいんだけど私までいいのかなあ。特に何もしてないのに」
住民が楽器を奏でる音を聞きながらソーシャが気まずそうに呟く。
オーリッヒたちのように直接戦っていなければ、トワのように街を脅威から守ってもいない。
なのに彼らと同じように扱われ、感謝の言葉を言われていいものなのだろうかと疑問を持っていた。
「そんなことねえって。俺だって今回は戦いには参加してないしな」
「ソーシャは私の手伝いしてくれたじゃない。魔人の討伐に一役買ってる訳だし感謝くらいされてもいいと思うわよ」
「トワ……」
トワの言葉にソーシャは胸が温かくなるのを強く感じた。
感激のあまりソーシャはトワの首に腕を回して頬をくっつけ合う。
「ありがとー!トワ!」
「うぐっ!……ちょっと、離れてよ。近付きすぎじゃない……?」
「えーニファーネは許してくれたよ」
(やっぱりこういう性格の相手苦手だわ)
ソーシャなりの親愛の表現であり、悪意は微塵もないのだろう。
それはわかる。
しかしどうにもやはりソーシャのように距離感をすぐに
詰めようとしてくる人物には苦手意識を持ってしまう。
「すっかり仲良くなってるじゃないか二人とも」
一方で仲睦まじい二人を笑いながら見ていたステンは遠くから近付いてくるアランの母親に気付く。
「お、アランのお母さん」
「息子を私たちの元に連れてきてくださりありがとうございます。その上この街を魔人から救ってくださって、本当に何とお礼を言ったらいいのか」
「アランは元気に過ごせてますか?」
「おかげ様で。今もあの通り」
アランの母親の見ている方向にステンは視線を移す。
アランが同世代と思われる数人と元気に駆け回っている姿がそこにあった。
「すっかり笑顔になってるな。良かった良かった。あ、そうだ。ちなみにラズエルって子はあの中にいたりします?」
「ラズエルちゃんはピンクのリボンを付けてる子です」
「おー、あれか」
ステンが改めて見てみると髪にピンクのリボンを付けた少女が輪に混ざっていた。
心なしかラズエルと距離が近くなった時にアランが照れているように見えたのは、断じて気のせいではないとステンは思えた。
以前アラン本人から聞いた通りラズエルに恋しているからこその反応なのだろう。
「ラズエルちゃんがどうかされましたか?」
「ああ、いや、前に仲の良い友達の話になった時アランから他の子と一緒に名前を挙げてたからどの子だろうなって思ったんですよ」
「そうでしたか。いつもラズエルちゃんには仲良く遊んでもらってるんです」
アランの母親に問われてステンはそう返答した。
いくら母親と言えども男同士の秘密を話すわけにはいかない。
ましてやそれが恋ともなればアランの年頃では尚更親には知られたくない秘密であろう。
ステンやソーシャらが住民たちに混ざって喜びを分かち合う様をリティアは離れた場所から見ていた。
一人木の幹に寄りかかっている彼に直前まで住民と話をしていたオーリッヒとニファーネが合流する。
「どうした?一人でこんな離れたところにいて」
果実酒の入ったグラスをオーリッヒはリティアに渡して、自らの分のグラスを飲む。
「あんまり勝手がわからなくて。今までも魔人に襲われた村や街を助けた時にも似たようなことをされたことはあるんだけどこういう時どういう対応をすればいいのか……すっぱい」
「なんだ。果実酒は初めてだったのか?」
「お酒自体飲もうと思ったことないし」
初めて飲む酒の味にリティアは顔を顰めた。
ちなみにオーリッヒは成人していないため普通の果物ジュースだ。
「さっきの話に戻るけどしたいようにすればいいんじゃないか。正解なんて特にないんだし……でもまあ、せっかくなら輪に混ざった方がいいとは思うぞ」
「楽しみも喜びも多くの人と共有するのとより特別なものになりますから」
「特別……」
ニファーネの言った『特別』という言葉をリティアは噛み締めるように呟いた。
「確かにそうかもしれない。旅をするのも戦うのもずっと一人で、今回みたいに誰かと一緒に協力して何かをするのは初めてだったから凄く特別に感じた。戦う力があっても守りたいものを守れない時がある。一人じゃできないこともあるって気付いた。もし一人のままだったらこの街の人たちを助けることはできなかったと思う」
ただ戦うだけなら一人でも何とかなったかもしれない。
しかし犠牲を出さずに、事件を解決することは一人では成し遂げられなかった。
オーリッヒたちがいなければ勝利は得られても、今自分が見ている光景は見られなかっただろう。
「君たちのおかげだよ」
「それを言うならこっちだってそうさ。リティアがいなかったら今俺たちはこうして笑って過ごせてなんかいなかった」
「できることもあればできないこともある。それは人もネーブも同じですから」
「だから助け合うために仲間がいるんだ。一人よりもできることが増えるし、一人じゃ負けてしまいそうな時でも側にいる仲間がいれば挫けず共に立ち向かえる。そういう関係を俺はリティアとも築きたいと思ってる」
そう言うとオーリッヒはリティアに手を伸ばす。
もし応じてくれるのなら手を取って欲しい、そんな意志が表れているのはリティアにも伝わってきた。
「僕は……」
この手を取るべきか、考えるリティアはふと目線を別の場所に向ける。
彼が見つめる先では街の人たちが笑い合っていた。
中には植物の繭に囚われていた者と久方ぶりの交流ができた喜びで嬉し涙を流している者までいる。
こんな光景をリティアは美しく尊いものであると思っていた。
そして魔人の行いはこうした光景を奪うことに繋がる。
だから何としても止めなければならない。
(オーリッヒたちとなら実現できるかもしれない。誰も悲しむことなく穏やかに生きることができる世界を)
目指す未来はきっと同じ。
そう確信したリティアはオーリッヒの手を取った。
「是非君たちの仲間に加えて欲しい。君たちの望む未来と僕が望む未来はきっと同じだから」
「共に行こう。俺たちの目指す未来をつくるために!」
「私もよろしいですか?」
「もちろん」
「では失礼します」
二人が握手を交わす瞬間を目に刻み込んだニファーネも混ざろうとする。
ただここで問題に気付く。
「「あっ」」
二人の両手が塞がっている。
一方は相手の手を握り、もう一方は飲み物の入ったグラスを持っている。
これでは二人ともグラスをどこかに置かない限りニファーネの手を握れない。
「どうしようか。地面に置くのもあれだしな」
「どっかに置ける机とかあればいいんだけど」
オーリッヒとリティアが周囲に目を動かして、グラスを置けるような場所がないか探す。
しかしニファーネはすぐに代案を思い付いた。
握手を交わしている二人の手に自分の両手を上から包み込むように重ね合わせたのだ。
「本来の握手とは違いますが」
笑いながらニファーネは言った。
「これはこれで赴きがあっていいんじゃないかな?」
「ああ。むしろこっちの方が特別な感じがしていい気がする」
本当に大事なのは心と心が繋がっていること。
そのことを理解しているからこそ三人はこの瞬間に何物にも代え難い特別な思いを感じていた。
「それじゃあこんなところにいないで俺たちも皆のところに行こうぜ」
「わかったよ」
オーリッヒの誘導に従ってニファーネとリティアはステンたちの待つ場所へと向かう。
共に同じ時間と喜びを分かち合うために。
「こうしてリティアさんを新たに仲間に加えて私たちは旅をすることになったのです」
当時の出来事を記憶を辿って思い返したニファーネはそこで言葉を切った。
久々に誰かに長い時間話をしたせいか少し疲れを感じる。
けれどもそんな疲れは今目の前にいる二人の反応を見れば、何事もなかったかのように消し飛んでしまう。
「そんなことがあったんですね……!ソーシャさんのこととか今まで読んだ本にはなかった話だから聞けてすっごく嬉しいです!ありがとうございます!」
「それぞれに得意なことが違うからこそ困難を前にした時力を合わせて乗り越えることができ、そしてまた絆が深まる。勉強になりました」
瞳を憧れで輝かせてハナは興奮する。
実際にその時代を生きたニファーネから自分が夢中になって読んだ本には記されていなかったエピソードを聞けたことにより、喜びは最高潮に達していた。
ケインもまた先人たちが平和のために尽力した行動の詳細を知って、感銘を受けていた。
「オーリッヒさんやリティアさんから後から聞いた話も含めてお話ししてますが、もしかしたら実際とは異なる部分もあるかもしれません。ですがその後はおそらくハナさんたちもご存知の通り。様々な出来事を経て絆を深めていった私たちは困難を前にしても支え合い立ち向かい、最後にはディスヘルトを討伐することができました」
ニファーネが話終えた後もリティアは一言も発することなく考え込んでいた。
かつて共に戦った仲間たちの人となり、初めて聞いたソーシャというネーブと自分が知り合いだったこと、ルミスの一件をきっかけにオーリッヒとニファーネたちの仲間になったこと。
どれも新鮮に驚きをもたらす情報であった。
しかしリティアが一番印象に残ったのは自分自身の悩み。
過去の自分も少し前までの自分と同じように生まれ持った力と生き方に悩んでいた。
悩みを抱え、まだニファーネたちとも出会っていない孤独な時ですらも、過去の自分が戦っていた理由は目の前の誰かが苦しみ悲しむ姿を見たくないというもの。
それは奇しくも記憶のないリティアがトパイアス王城で傷付き倒れていく兵士たちを見て、戦うことを決意した理由と酷似していた。
「悲しんだり苦しんだりする姿を見たくない……そこは今の僕でもわかる気がする」
「そう思える貴方で安心しました。その気持ちを大切にしてください」
リティアの言葉にニファーネは優しく微笑みかけた。
誰かのために持つ力を使って戦うことができる。
今のリティアの根幹の部分は共に旅をした仲間であったリティアと変わらないのだと、ニファーネは嬉しかった。
「あ、見てください!陸が見えてきましよ!」
柵から身を乗り出して顔を船首の方に向けるハナの言葉にケインたちもつられて反応する。
船首、つまり船の進行先には港町が見えた。
ただオルトとは違い陸地の大部分が砂に侵食されている、一風変わった光景だ。
「もしかしてあそこが?」
「そうです。ルインバーナ大陸に数ある港の内の一つ、あれが我々の目指す砂の国サドラバに最も近い港町イルシェです」
「砂の国かぁ……!」
砂の国、とケインから聞きハナは好奇の眼差しを目にしている景色に注ぐ。
今見ている大陸ではどんな冒険が待っているのだろう。
不安もありながらもハナの胸の内を大きく占めていたのは未知への興奮と喜びであった。