メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ダメンズ、おとこやもめに|昭和の父の記憶

    その2年後、弟が生まれた。
    父のやんちゃぶりは変わらなかったようで、家に給料も入れていたのかどうか。しかも、自分が遊び歩く割にやきもち焼きで、なんならちょっと手も出るタイプ。

    母が子供を友人に預けて実家に戻り、つい愚痴をこぼしたことで母の両親は激怒。帰ること、まかりならん!と二人は離婚することになってしまったとか。2歳の私と乳飲子だった弟が、父の手元に残されてしまうことに。

    子供の世話などしたことのない父である。だが情が厚く子供は可愛かったらしい。自分の実家に、育ててくれと頼み込んだ。

    実家は祖母とすぐ上の兄が二人で暮らしていた。
    後年、この伯父に聞いた話では、祖母と伯父は、自分で育てられないなら施設に入れろといったそうだ。ダメンズ父にお灸を据えるためだったそうだ。

    父は仕方なくその施設に行ったそうだが、門を叩けなかった。
    体裁か、愛情か、ほんとうの理由はわからない。
    再び実家に戻ると平身低頭で頼み込み、二人が小学校に入るまで養育してもらう許可をもらった。

    キツく言われたのであろう。さすがに素行を改め、子供達と暮らす基盤を作るために生活を立て直し、金を貯めた。
    晴れて「やもめ」の身なんだから何をしようと自由ではある。
    だが、毎週末は子どもが好きな本を買って実家に戻り、一緒に風呂に入り、かわいい娘と一緒に寝る。
    歌う子守唄は「月の沙漠」
    王子様とお姫様の出てくる情緒的な歌詞でちょっと悲しげなメロディー。
    父の子守り歌は、だいぶ「こぶし」が効いていたが、今もこころに残る大好きな思い出の曲だ。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    家族の記憶、結婚生活について、笑いに昇華するつもりで書いてみようと思います。

    あなたへのおすすめ