メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byideshihooo

【もしもミュージアム】#1 第1回企画展「舞台は続いた」(前編)

    週末、ミチルがいつもの古本屋に行くと、隣に見覚えの無い喫茶店が開いていた。
    『カフェ もしもミュージアム』
    真新しい白地の看板には、青い飾り文字が舞っていた。少し古めかしいデザインを、ミチルは覚えていた。二十年前、タクトが出演するはずだった舞台のロゴだったから。

    白い扉を開くと、コーヒーの香りと一緒に、音楽が流れてきた。タクトがまだ十代の頃、アイドルグループと一緒に歌った曲だ。これをきっかけに、ミチルはタクトのファンになった。
    「この歌、ご存知ですか」
     真っ白なカウンターで食器を並べていた店のマスターが近づいてきた。その顔にほほ笑みが浮かんでいた。
    「あ、はい。アイドルグループの『エスプレッソ』とタクトがコラボして、シャンプーのCMになった曲ですよね」
     ミチルがしどろもどろで答えると、マスターが目を細めた。
    「さすがですね」
     そして、マスターはおじきをした。
    「申し遅れました、もしもミュージアムへようこそ。私は、当館館長です」

    プロローグ・タクトの生きていた世界


     館長は、立ち尽くしているミチルに、蜂蜜入りのカフェオレを差し出した。
    「これは、サービスです。タクトさんも大好きですよね」
    「ありがとうございます…」
    ミチルは、白いカップに口をつけた。コーヒーの苦みと、とろりとした甘みが溶け合って口の中に広がった。
    『本当は人見知りだから、ハニーカフェオレを飲んで緊張を和らげています』
    古い雑誌のインタビューに書いてあったのを思い出した。若い頃から学校には馴染めず、音楽と本に救われて、独学で歌やダンスを学んだタクトの姿に、自分を重ねてミチルは何度も勇気づけられた。
    「おいしい」
    「ありがとうございます。タクトさんは今でもよく召し上がるらしいですよ」
     館長が穏やかに語ると、ミチルは驚いてカップを置いた。
    「そんなはずはありません、タクトは……」
    「二十年前、ミュージカル公演の合間に事故で亡くなった、そうですよね」
     黙り込んだミチルを前に、館長は続けた。
    「この世界では、残念ながらそうです。しかし、もしも……彼が事故を回避して、その後も活動を続けた世界があれば。あなたは、それを強く望まれていたのではないでしょうか」

    館長は、店の隅にある扉を示した。
    白い扉の前には、垂れ幕状の看板が掛けられ、挨拶文が壁に映し出されていた。
    『第1回企画展 タクト〜舞台は続いた』
    扉の隣には、あの日ミチルが観に行く予定だった、そしてタクトが準備中に亡くなった舞台のポスターと並んで、中年になって渋みを帯びたタクトの大きな写真パネルが貼られていた。
    気がつくと、ミチルは引き寄せられるようにパネルの前に立っていた。
    「どうです、ご覧になりますか」
    「あの、入場料は」
    ミチルが小声で尋ねると、館長は首を横に振った。
    「いりません。あなたがご覧になって、ご自身の中の結論を出してくだされば、それが我々の欲しいものです」
    その言葉を受けて、ミチルは扉の中に吸い込まれていった。

    (つづく)

    続きはこちらから↓


     
     
    北方のアマチュア作家。創作、雑草雑記、エッセイ。一部の作品は無償利用に限り利用許諾してます。

    あなたへのおすすめ