
手摺の冷えと余白
日曜の朝、カーテンの隙間から冬の白い光が床にのびています。窓の外では薄い雲が電線をゆっくり横切っていきました。
予定を並べると、空白が落ち着かなくなる日があります。埋めれば整う気がして、手帳のマスをぎゅっと詰めてしまいます。
昼前に用事で駅へ向かい、歩道橋の手すりに触れたら指先がひやりとしました。吐く息が一瞬だけ白くなって、すぐに風にほどけていきます。
ホームの端で電車を待つあいだ、発車ベルの音が思ったより高く響いていました。音のあとに残る短い静けさが、案外長く感じられるのはなぜでしょうか。
その静けさを見ていると、予定の隙間も同じ働きをしているのかもしれません。埋めない場所があるから、次にすることが見えやすくなる気がします。
たとえば次の移動の前に、三分だけ何もしない時間を置いてみます。スマホを握る手をほどいて、コートの袖口の起毛を指で確かめてみるのもありかもしれません。
やることが減るわけではないのに、順番が落ち着いてきます。濡れたスニーカーがタイルをこする音まで聞こえて、足元が今ここに戻ってくるようでした。
夕方、窓の外の空は朝より深みを増していました。今日のどこかに余白をひとつ残せたら、息の通り道ができるといいのですが。