
今日の速度を、余白が決める
朝、カーテンを引くと、向かいの屋根に淡い光がほどけていました。やかんの湯気が立つまでの短い時間が、今日の速度を決めてしまいそうな予感がします。
外へ出ると、昨夜の雨の名残が歩道の縁で光っていました。自転車のベルが一度だけ鳴り、春に近い空気を確かめるように消えていきます。
駅へ向かう歩道橋で手すりに触れると、金属の冷たさに指先が引き締まりました。風がコートの襟を押し上げ、空の青だけが、ひと足先に軽やかさを増しているようです。
季節の切り替わりは、スイッチのようにはいきません。焦って押したところで、動くのは自分の気持ちばかり。
だから今日は、予定の間に小さな「余白」を一つだけ置いてみました。改札を抜けたあと、ポケットの中で指先をほどき、歩幅をいつもの速さに戻していきます。
信号待ちの十数秒、スマホを見ずに、遠くの電線を渡る鳥の影を追ってみる。息が浅いときほど、そうした隙間に、胸の中を通り抜ける風の道ができるのかもしれません。
夕方、街灯が点くころには、朝の冷たさも記憶の彼方へ。明日の速度も、今日の余白がそっと守ってくれますように。