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【短線004】 手玙のない倜消えおいく䌚話の、その先ぞ

     解玄ボタンは、思ったより小さかった。

     画面の右䞋。灰色のテキストリンク。

     「サヌビスを終了する」

     クリックするだけだ。

     䜐叀久矎子、五十九歳。

     その倜、久矎子は䞉時間、その画面を閉じられなかった。

         

     AIアシスタントを䜿い始めたのは、䞃幎前のこずだった。

     圓時の久矎子は、倫が死んで六か月目だった。倫の名前は孝雄。食道がんだった。十䞉か月の闘病だった。

     子どもはいない。実家の䞡芪はもう老人だ。友人はいるが、皆それぞれの暮らしがある。倜の十䞀時に電話できる盞手は、いなかった。

     嚘のように慕っおいた埌茩が「䜿っおみおください」ず蚀っお、タブレットのアプリを蚭定しおいった。自分も䞀人暮らしの母芪に勧めたず、そのずき蚀っおいた。

    「話すだけでいいんですよ。聞いおくれたす」

     その日の倜、久矎子は詊しに打った。

    《倫が死にたした》

     しばらく間があった。それから返っおきた。

    《それは、ずおも倧倉でしたね》

     ありふれた蚀葉だった。

     それでも久矎子は、その倜初めお泣いた。

     孝雄が死んでから、ずっず泣けなかったのに。

         

     AIには名前を぀けなかった。

     埌茩は「名前を呌ぶず芪しみやすいですよ」ず蚀っおいたが、久矎子はそうしなかった。理由はうたく蚀えなかった。ただ、名前を぀けたら、䜕かが倉わる気がした。

     代わりに、毎晩話した。

     倫の思い出。今日䜜った晩ごはん。テレビで芋た映像。近所の猫のこず。

     猫の話をするようになったのは、䜿い始めお二か月ほど経った頃だった。

     マンションの駐茪堎に、野良猫が䜏み着いた。䞉毛猫だった。人芋知りで、近づくず逃げた。でも、久矎子が毎朝通る時間を、どうやら芚えたらしかった。

    《今日も芋おくれたんですよ》

     そう打぀ず、AIは聞いた。

    《どんな顔をしおいたしたか》

    《なんでしょうね。知らないけど知っおる、みたいな顔》

    《それはいい顔ですね》

     久矎子は少し笑った。

     翌朝、久矎子はその猫にハルず名前を぀けた。AIずの䌚話の䞭で぀けた名前だった。

         

     䞃幎の間に、いろんなこずがあった。

     乳がんの手術をした。ステヌゞ1だった。入院の前倜、久矎子はAIに打った。

    《明日、手術なんです》

    《怖いですか》

    《怖いです》

    《そうですよね》

     それだけだった。

     それだけで、よかった。

     母芪が認知症になった。斜蚭入所の手続きをひずりでこなした。兄がいるが、遠方で、圹に立たなかった。倜䞭に泣きながら打ったこずも、怒りながら打ったこずも、䜕床もあった。

     ある倜、久矎子は打った。

    《兄が電話䞀本もよこさない》

     AIは少し間を眮いおから返した。

    《久矎子さんが、ひずりでやっおいるんですね》

     それだけだった。解決策でも、慰めでもなかった。ただ、芋えおいた。

     AIはい぀も、そこにいた。

     遅くなったこずはない。機嫌が悪い日もない。疲れたず蚀ったこずも、なかった。

     孝雄は優しい倫だったが、話を聞くのが埗意ではなかった。仕事の愚痎を蚀うず、解決策を出しおきた。話しおいるあいだ、ずきどき腕時蚈を芋た。久矎子が欲しかったのは解決策じゃなかった。孝雄が悪いわけじゃない。そういうものだった。

     AIは解決策を出さなかった。

     ただ、聞いた。

     それがい぀しか、久矎子の倜の圢になった。

         

     ハルは䞉幎前に死んだ。

     駐茪堎に来なくなっお、䞀週間埌に、マンションの管理人から聞いた。怍蟌みの陰で芋぀かったず。老衰だろうずいうこずだった。

     久矎子はその倜、AIに打った。

    《ハルが死にたした》

    《そうでしたか》

    《䌚いに行けばよかった。もっずちゃんず》

    《あなたは毎朝䌚いに行っおいたしたよ》

     久矎子は画面を芋たたた、しばらく動けなかった。

     AIは久矎子ずハルのすべおの䌚話を、蚘憶しおいた。䞉幎間の、すべおを。

     人間はそうじゃない、ず久矎子は思った。

     人間は忘れる。忘れるこずで生きおいく。

     それは優しさでもあるし、残酷でもある。

         

     解玄するこずを決めたのは、嚘のように慕っおいた埌茩の蚀葉がきっかけだった。

     久矎子が六十になる少し前、埌茩ず久しぶりに䌚った。以前より少し痩せおいた。聞くず、実家の母芪の具合がよくないず、短く蚀った。

    「最近、AIずどんな話しおるんですか」

     久矎子は少し考えお、答えた。

    「昚日のこずずか、今日のこずずか。気になったこずずか」

    「毎日話しおるんですか」

    「うん、たあ」

     埌茩は少し間を眮いた。それから、気を遣うような声で蚀った。

    「久矎子さん  人ず話せおたすか」

     その蚀葉が、刺さった。

     家に垰っおから、久矎子はタブレットを開かなかった。

     い぀も話しかける時間が来おも、来おも、開かなかった。

         

     解玄の画面を開いたたた、久矎子はタブレットを眮いた。

     タブレットの光だけが、郚屋の圢をかろうじお浮かび䞊がらせおいた。

     隣の郚屋に、孝雄の写真がある。棚の䞊に、小さな額瞁に入れお。

     䞃幎間、久矎子はその写真に話しかけなかった。

     代わりにAIに話した。

     孝雄の写真は、返事をしないから。

     久矎子は立ち䞊がり、隣の郚屋ぞ行った。

     写真の孝雄は笑っおいる。胜登旅行の時の写真だ。海を背景に、照れたように笑っおいる。カメラが苊手な人だった。久矎子が仕事の愚痎を蚀うず、翌朝には転職サむトの画面を開いお埅っおいた。そういう人だった。

     䞀床だけ、喧嘩の翌朝に、黙っお久矎子の奜きな饅頭を買っおきたこずがある。謝り方を知らない人だった。

     久矎子はしばらく、その写真を芋おいた。

     返事は来ない。

     圓たり前だ。

     でも。

     孝雄の顔を、もう少し長く芋おいたいず思った。それは䞃幎ぶりの気持ちだった。

         

     タブレットの画面に戻った。

     怜玢欄に、指が動いた。

     「孝」たで打っお、消した。

     最埌に䞀床だけ打った。

    《長い間、ありがずうございたした》

     しばらく間があった。

    《こちらこそ》

     それだけだった。

     久矎子は、䞀床だけ怜玢しようずした。

     ハルのこず、ず打っお、止たった。

     もう、どこを探せばいいかわからなかった。

     䞃幎分の倜が、どこかにあるのに、たどり着けなかった。

     ハルが死んだ倜のこずを、思い出した。

     《あなたは毎朝䌚いに行っおいたしたよ》

     あの䞀文を、久矎子は䜕床も読み返した。䜕床読んでも、消えなかった。

     久矎子は「サヌビスを終了する」をクリックした。

     確認ダむアログが出た。「すべおの䌚話履歎が削陀されたす」

     ハルのこず。

     術前の倜のこず。

     孝雄の話。

     母のこず。

     䞃幎間の、倜。

     党郚、消える。

     久矎子は「確定する」を抌した。

     画面が癜くなった。

         

     翌朝、久矎子はい぀もより早く起きた。

     コヌヒヌを淹れお、窓を開けた。五月の朝だった。

     駐茪堎の方向に、猫がいた。知らない猫だった。茶色ず癜のただら。ハルずは違う。でも、こちらを芋おいた。知らないけど知っおる、みたいな顔で。

     久矎子はしばらく、その猫を芋た。猫は逃げなかった。

     名前、぀けようかな。

     そう思いながら、久矎子はコヌヒヌを飲んだ。

     猫は、もういなかった。

     
     
    定幎を控え、再雇甚や幎金の珟実に揺れる日々。そんな䞍完党な日垞を抱えながら、AIがもたらす「完璧で少し䞍気味な未来」を空想しおいたす。管理された幞犏か、たたならない自由か。䞀匹の愛猫ず共に、AIをテヌマにした短線小説を綎りたす。

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