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「沖瞄出身」を早口で名乗る僕

    「名前ず暑苊しい顔からお察しかもしれたせんが、沖瞄の出身なんです」

    研修講垫を生業ずしおいる僕は、冒頭の自己玹介で必ずこう蚀い添えるこずにしおいる。

    僕の顔を眺めお、「たしかに」ず参加者は顔をゆるめる。䌑憩時間にわざわざ沖瞄愛を語りにくる参加者もいる。「沖瞄出身ネタ」は、盞手ずの距離を瞮めるのにずおも効き目がある。

    ただ、「沖瞄出身」を名乗るずき、僕は少し早口になる。

    実を蚀うず、僕が沖瞄に䜏んでいたのは小孊四幎生たでのほんの数幎間だけだ。だから、参加者がお金ず時間をかけお味わっおきた沖瞄のほずんどを、僕は知らない。オリオンビヌルの工堎も、カチャヌシヌも、方蚀も。

    そんな自己玹介゚ピ゜ヌドを、劻や子どもに話したこずがある。笑っお軜く流しおくれるこずを期埅しおいたけれど、返っおきたのは予想倖の蚀葉だった。

    「パパ、ビゞネス沖瞄人じゃん」

    䞀瞬息が止たりそうになったけど、「おい」っお軜く぀っこんでから、急いで次の話題を探した。

    そんなこずない。
    そんなこずない、はず。

    僕の祖母も䞡芪も沖瞄の人で、僕の䜓にもその成分が流れおいる。倩然パヌマ、茶色に近い肌の色、頻繁に間違えられる苗字、どれをずっおも沖瞄由来のものばかり。

    小さな頃は、自分の芋た目や名前を恚んだ時期もあったけれど、それでも沖瞄が僕の故郷だず思っおいたし、そこには芪族がいお、通孊路には思い出があっお、たずわり぀くような湿気にい぀も安心した。

    だけど本圓は、い぀も疑っおいる。僕は「沖瞄出身」を名乗っおいいのだろうかっお。

    だっお僕は二床も、祖母を黙らせおしたったこずがあるから。

    ◇ ◇ ◇

    「おばあちゃヌん、きたよヌ」

    あれは小孊四幎生のずきだった。僕はい぀ものように、祖母の家を蚪れおいた。囜際通りを折れお五分ほど歩いた堎所に祖母は䜏んでいお、チャむムを抌すず、祖母はゆったりずした笑顔で迎え入れおくれた。

    「いらっしゃい」

    その枩かい声を背䞭に受けながら駆け足で冷蔵庫に向かうのが、僕ず兄匟たちのルヌティヌンだった。

    薄みどり色の分厚い扉を開けるず、兄匟党員が二本ず぀飲めるようにキンキンに冷えたダクルトが䞊べられおいた。䞀気に飲むのがもったいなくお、爪楊枝でフタに穎を開け、チュバチュバ飲んだ。時間をかけお、倧事に飲んだ。

    祖母の家の食卓ではい぀もコヌヒヌメヌカヌが動いおいお、淹れたおの䞀杯を、祖母は倧事そうに飲んでいた。

    祖母はよく、にんじんを现く削っお卵ず和えた炒め物を䜜っおくれた。

    「おばあちゃんは料理が䞋手さヌ」

    そう蚀っおいたけれど、僕らは䜕床もおかわりした。倧人になっお沖瞄料理屋のメニュヌ衚にそれず䌌た料理を芋぀けお、泚文しおみたけれど期埅倖れで、祖母の味を思ったりした。

    食卓のむスに座っお僕らを眺める祖母の目は、メガネの奥でい぀も现く緩んでいた。

    祖母はい぀も食卓に新聞を広げお、隅々たで目を通しおいた。䞖の䞭の動きに敏感で、リビングのテレビには、い぀もニュヌスが流れおいた。本圓はアニメに倉えたかったけれど、真剣に、心配そうにテレビを芋぀める祖母に、少しだけ遠慮した。

    祖母は、ひめゆり孊埒隊の生き残りだ。

    戊埌、ひめゆり平和蚘念資料通の蚭立に関わり、倱った仲間たちの名前ず、戊争が奪い去ったものを、この䞖に残すこずに人生をかけた。

    子どもや孫が䜕よりの宝で、皆が元気でいるこずが自分の幞せなのだず、祖母はい぀も蚀っおいた。

    「戊争だけはいけないよ」
    「䜕よりも平和が䞀番だよ」

    僕に䌚うたび、祖母は䜕床も口にした。僕の目をたっすぐに芋ながら、刻み蟌むように繰り返した。

    「うん。そうだよね」

    僕もずっずそんなふうに返しおきた。祖母を疑ったこずなんお䞀床もなかったし、もらった蚀葉はちゃんず半ズボンのポケットにしたっおきた。

    だけど䞀床だけ、い぀もの「いらっしゃい」を聞けない日があった。

    あの日僕は、買ったばかりの迷圩柄の垜子をかぶっおいた。囜際通りのお土産屋さんで䞀目惚れしお手に入れたものだった。店の入り口の銀色のカゎにセヌル品ず䞀緒に詰め蟌たれおいお、僕がそこから助け出した。倀段は1000円皋床。小孊生のお幎玉でも手が届いお、䜕だか運呜を感じた。

    玄関を開け、い぀ものように冷蔵庫を目指す僕。
    玄関を開け、蚀葉を倱う祖母。

    い぀もより现くなった目は、たっすぐ僕の頭に向いおいた。祖母は頬をこわばらせ、少し口を開けたたた、僕の垜子を芋぀めおいた。

    䞀瞬で勘づいた。䜕かずんでもないこずをやらかしおしたったっお。

    だから僕は、い぀もより速く冷蔵庫に走った。だっお倖が暑かったから。早くダクルトが飲みたかったから。

    その日を最埌に、祖母の前ではあの垜子をかぶらなかった。だけど運呜のそい぀を手攟す気になれなくお、こっそりかぶり続けお、最埌は擊り切れお捚おおしたった。今はもう、迷圩なんお身に぀けない。たずえ祖母に芋られおいなくおも。

    祖母は、僕の垜子に䜕を芋おいたのだろう。
    い぀もの「いらっしゃい」を、あの日は聞けなかった。

    ◇ ◇ ◇

    ただ、ほんの17歳だった。

    生き残った「ひめゆり孊埒隊」の䞭に、17歳の祖母がいた。沖瞄陥萜埌も糞満の海岞を逃げ続けたけれど、最埌は迷圩垜をかぶった米兵に捕らえられた。

    あれから、80幎以䞊が経った。青空の䞋を歩くたび、矎味しいものを食べるたび、祖母は痛みを感じるずいう。

    「あの子たちにも食べさせおあげたかったさぁ」

    そんな蚀葉を䜕床も聞いおきた。祖母の戊争の蚘憶は、今日もただ続いおいる。



    倧孊生の倏、僕は䞀人で沖瞄の祖母を蚪れた。半分倧人になった自分には沖瞄がどう映るのか、祖母ず二人でどんな話ができるのかが、楜しみでならなかった。

    ある䞀日をかけお、僕は祖母ず二人で沖瞄の南郚を回るこずにした。


    最初に蚪れたのは、「ひめゆり平和蚘念資料通」。

    薄暗い展瀺宀を小股でゆっくり歩きながら、昚日のこずのように圓時を語る祖母。教垫を倢芋お䞀人で石垣島から沖瞄本島にやっおきたこず、セヌラヌ服のリボンの結び方が可愛くお女孊校の同玚生がそれを真䌌たこず、敬愛する先生のこず、孊埒動員の日、そしお解散呜什。

    祖母のモノクロの青春が、そこには詰たっおいた。

    その埌タクシヌに乗り蟌み、目的地である「平和の瀎」を目指した。

    タクシヌを降りるず、そこには刻銘碑が䞊んでいお、囜籍も、敵味方も関係なく、戊死者の名前が隙間なく刻たれおいた。その名前に指で觊れながら、祖母の歩幅に合わせおゆっくりず歩いた。

    倖囜映画で芋る墓地のように静たり返っおいお、蝉の鳎き声だけが響いおいた。


    刻銘碑を過ぎた先に、断厖絶壁ず定芏で匕いたような氎平線、そしお青すぎる空が芋えた。

    そこで立ち止たり、蚀葉を亀わさず、二人でしばらく空を芋぀めた。海からの颚が、汗のにじんだ䜓を通り抜けた。二人でそのたた、空を芋぀めた。


    するず突然、䜕かが切り替わったように感じた。

    か぀お祖母は、これず同じ空を芋おいたんじゃないか。これず同じ色を芋おいたんじゃないか。

    僕の䞭にある祖母の沖瞄は、すべおがモノクロだった。爆撃機も、艊隊も、女孊生も、そしお空の色も。自分が今いる堎所ずは違う、別の䞖界のように感じおいた。

    だけど僕の隣には、小さな小さな祖母がいた。静かに氎平線のあたりを芋぀めおいた。きっず80幎前のあのずきも、祖母は同じように芋おいたはずだ。

    僕の沖瞄戊に、初めお色が぀いたような気がした。



    祖母ず平和の瀎を歩いおから䜕幎も経っお、瀟䌚人になり、芪になった僕は、家族を連れお祖母の家を蚪れおいた。

    リビングには䞀族が集たっおいお、ショッピングモヌルのフヌドコヌトのように隒がしかった。テヌブルの呚りをぐるぐる走り回るひ孫たち。祖母は゜ファに座っお、それを味わうかのように、目を现めお眺めおいた。

    祖母ず、あず䜕幎くらい䞀緒にいられるかわからない。元気なうちに、たくさん話しおおこうず思った。か぀おは理解できなかった平和の尊さも、家族の意味も、今ならわかる。そう思っおいた。

    「ねえ、おばあちゃん」

    僕は祖母の足元にすり寄っお話し始めた。䞖の䞭の䞍安定な状況に぀いお、今埌起きうる玛争に぀いお、早口で懞念を披露した。

    そしお、祖母に問いをぶ぀けた。

    「戊争がダメだずしたら、最終的に䜕が解決策になるんだろう」

    倧人になるに぀れ、真剣に考えるようになった。話し合いで解決できない堎合には、最埌はどうしたらいいんだろうっお。「戊争は絶察にダメ」の先には、䜕があるのだろうっお。

    祖母なら、答えを知っおいるず思っおいた。正しい答えをくれるのは、平和を叫び続けおきた祖母しかいないず。

    だから、祖母の反応には戞惑った。

    祖母が思いがけず、困った顔を芋せたから。祖母は少し口を開けたたた、頬をこわばらせおいた。

    あんな垜子、ずっくの昔に捚おたはずなのに。

    祖母は现い目で僕を芋お、それから目を逞らし、床から足を浮かせお゜ファに深く沈んだ。䜕か蚀いかけお、蚀わないたたう぀むいお、それからすっかり黙り蟌んだ。膝の䞊で、指を゜ワ゜ワず動かしながら。

    机の呚りでは、盞倉わらずひ孫たちがぐるぐる駆け回っおいた。笑いず叫びず泣き声で、互いの話さえたずもに聞こえなかった。誰にも盞手にされないテレビの音が、隙間を埋めるように挂っおいた。

    数十秒ほど経った。沈黙が流れおも、結局祖母は口を開かなかった。

    党然わからなかった。僕は、悲したせたのか、怯えさせたのか、呆れさせおしたったのか、それずも。

    僕はぐるぐるず新しい話題を探した。䞀秒でも早く祖母の口を開かせたくお。だけど気の利いた話題なんお芋぀けられなかった。

    僕は立ち䞊がっお冷蔵庫に向かった。だっお、喉が枇いおいたから。そこにはもう、冷えたダクルトなんおなかったけれど。

    あの日の玄関から、䜕十幎も経ったのに。成長しおもう䞀床ここにやっおきたのに。賢くなった結果が、これなのか。

    確かにあの日、祖母の隣であの空を芋たはずなのに。


    あれから䜕幎も、祖母の沈黙のわけを僕はずっず考えおきた。ただ答えは、出せおいない。

    ◇ ◇ ◇

    もうすぐ100歳になる祖母は、ずきどき沖瞄から電話をかけおきおくれる。

    僕の䞡芪ず䞀緒にデパヌトに買い物に行っお矎味しそうな惣菜を買ったこず、送った動画を䜕床も芋返しおいるこず、毎朝仏壇に向かっお孫やひ孫の名前を挙げおお祈りしおいるこずを、䞀぀䞀぀ゆっくりず話しおくれる。僕や劻や子どもたちの名前を、䜕床も繰り返し口にする。忘れずに刻み蟌むように。

    「この歳たで生きお、孫やひ孫の成長が芋られお、こんなに幞せなこずはないさぁ」

    これが、祖母の沖瞄で、祖母の人生。

    僕は今でも、揺れおいる。聞けなかった「いらっしゃい」に、祖母ず二人で芋䞊げた青すぎる空に、そしおリビングでの沈黙に、今でも心を乱される。

    それが、僕の沖瞄だ。

    明日も研修が埅っおいる。朝9時、自己玹介が始たっお僕は蚀う。

    「名前ず暑苊しい顔からお察しかもしれたせんが、沖瞄の出身なんです」

    参加者が顔をゆるめるその瞬間、僕の口はもう次のセリフを探しおいる。


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