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『倪陜の子』を再読しお気づいた――「ちむぐるさヌ」ず沖瞄の悲しみ

    再び『倪陜の子』を手に取る


    慰霊の日の、沖瞄党戊没者远悌匏に参加した際、沖瞄県民の「魂の叫び」報道では、「ダゞ」ず衚蚘されるこずが倚いがを聞いた際、灰谷健次郎著の小説「倪陜の子」の䞀節・「あなた方は沖瞄の悲しみがわかるかね」ずいうオゞィの蚀葉が急に脳裏に浮かんできた、ずいう話は以前曞かせおいただいたずおりですが、どうにも気になっお、「倪陜の子」を再読しおみたした。

    少幎時代に出あった「倪陜の子」理論瀟刊ですが、いたは角川文庫刊になっおいたす。読了しおみお感じたこずですが、若干改倉されおおり、特に最終盀の「波照間に行く」ずいう郚分が倉わっおいたのは、読者ずしおは、少し寂しい話ですが、著者の灰谷健次郎の意思であれば仕方がない、ず思い盎したした。

    ちなみに、私はずうに老県䞖代なので、玙の本はほずんど読みづらく、kindleで改めお「倪陜の子」を賌入しなおし、倜な倜な寝る前や、䌑日はほずんど「倪陜の子」ず察話するような思いで読み進めおいたこずもあり、、日で読了したした。

    私のように、老県の人には、kindleは本圓におススメです。


    「倪陜の子」を知らない方に、チャットGPTを䜿っお、あらすじをご玹介したす。

    灰谷健次郎の代衚䜜の䞀぀である 倪陜の子 は、神戞で暮らす小孊6幎生の少女・ふうちゃんを䞻人公にした物語です。

    沖瞄出身の䞡芪が営む琉球料理店「おだのふあ・おきなわ亭」で、明るく育ったふうちゃん。しかしある日、父芪が心の病に苊しみ始めたす。その原因をたどるうちに、ふうちゃんは「沖瞄戊」ず、その傷を今も抱え続ける人々の存圚に向き合うこずになりたす。

    「戊争は終わったはずなのに、なぜ父の心の䞭では終わらないのか。」

    少女のたっすぐな目を通しお、沖瞄の歎史、人々の優しさ、そしお戊争が残した深い傷を描いた感動䜜です。重いテヌマを扱いながらも、ふうちゃんや呚囲の人々の枩かさに䜕床も救われたす。沖瞄に関心のある方はもちろん、「平和ずは䜕か」「人はどう生きるべきか」を考えたい方にもおすすめの䞀冊です。

    出兞 チャットGPT

    「ちむぐるさヌ」ずの再䌚

    さお、沖瞄に移䜏しおしばらく経ったあず、私の心を射抜くうちなヌ口沖瞄語ず出䌚いたした。

    それは、「ちむぐるさヌ」ずいう蚀葉です。

    ちむは「肝」、ぐるさヌは「苊しい」です。盎蚳するず、肝が苊しい、ずか、胞が苊しいずいう意味ですが、もっず意蚳するず、「かわいそう」ずいう蚀葉になりたす。盞手に察する「かわいそう」は、そのたた「自分の肝が苊しい」ずいう、同苊する心ヌヌ沖瞄の人の粟神性を芋事に象城したひずこずだず感じたのです。

    「倪陜の子」にこんなやり取りが描かれおいたす。

    「かわいそうやおか」  ギッチョンチョンが突っかかりそうになった。これ、ず、ろくさんがギッチョンチョンを制した。 「かわいそうやなんおこずば䜿うな」  ギッチョンチョンは、いたいたしそうにいった。 「沖瞄には、かわいそうなんおいうこずばはないんじゃ」 「肝苊りさ胞が痛むか」  ギンちゃんはちょっずしょんがりしおいった。前のけんかでこりおいるずみえた。 「口先だけでかわいそうやなんおいうおる奎ほど、痛いこずもかゆいこずもなんにも感じおない奎や。痛いこずもかゆいこずもないこずをいうおるから、痛いめにあう人間がちっずも枛らぞんのや。この女は病気で死んだんずちがうねんで。飢死にしたんずもちがうねんで。痛いこずもかゆいこずもないこずをいうおる奎に、寄っおたかっお殺されたんやでえ」  ギンちゃんが苊そうに泡盛を飲んだ。

    出兞 灰谷健次郎著「倪陜の子」

    私は、ああ、ず合点がいきたした。沖瞄に移䜏しおから知ったず思っおいた蚀葉は、すでに、少幎時代「倪陜の子」で出䌚っおいたのだず。それが、移䜏しお「ちむぐるさ」ずいう蚀葉のたたに生きる沖瞄の人々の粟神性に心底、敬愛の念を抱いたのです。

    角川文庫版

    理論瀟版

    沖瞄のやさしさに救われた日

    こんなこずがありたした。
    ただ、沖瞄に移䜏しお週間、ガラス工房で野宿のような生掻をしおいた頃のこずです。

    東京からある電話がかかっおきたした。

    「が死んだよ。自殺。次は俺かお前の番かもしれないな」

    そのずいう人は、䞭孊、高校、倧孊ず同じ進路をたどり、同じ時期に重床のう぀になり、同じ䜜家志望の぀䞊の先茩でした。実のずころ、自殺か事故死かはわかりたせん。私が思うに、おそらく事故死だず思いたす。倧量の睡眠薬をODする癖があったこず、圓時同棲しおいた女性の話では、高いびきをかいお寝おいるのを芋届けお、出勀しおいるこず。それらを勘案するに、重床の睡眠時無呌吞症候矀であり、睡眠薬の倚量摂取によっお苊しい状態であるにもかかわらず、目を芚たさなかったのではないか、ず思っおいたす。たず、自殺するような人ではありたせん。

    しかし、「自殺」ず断定しお䌝えられたこずに、悲しみず寂しさが䞀気にこみ䞊げ、電話を受けながらこれ以䞊にないほど、私は声をあげお泣きたした。さんず私は、自他ずもに認める「魂の双子」ずも呌ばれおいたのです。私が沖瞄に䜏むず䌝えたずき、「俺も行きおヌなヌ」ずいうのが最埌の䌚話でした。

    そのずきは、ガラス工房の職人さんたちは仕事䞭でしたが、気づかぬふりをしおくれたした。工堎長が「今はそっずしおおけ。本人から蚀われるたでは䜕も蚀うな」ず、党職人さんに指什を出しおいたのです。これは、そののち、数幎埌に職人さんの䞀人から聞いた話でした。そうした気遣いに私は守られおきたのです。

    䟋えば、これが東京だったらどうでしょう 「どうしたの 䜕かあったの 聞かせおよ。盞談に乗るよ」ずいう人が倧半ではないでしょうか。沖瞄のやさしさヌヌ同苊する心・ちむぐるさヌに出䌚った最初の出来事です。

    私のなかに芜生えた「ちむぐるさヌ」

    沖瞄に移䜏しおのち、幎を超えた私も「沖瞄の人」になっお、それが身に぀いおきたず思っおいたす。そう接しおもらう機䌚が倚ければ倚いほど、その色に染たっおいくのでしょう。自分のなかに「ちむぐるさヌ」の心が芜生えおいるこずに、感謝ずずもに、誇りを感じおいたす。だからこそ、沖瞄党戊没者远悌匏での「ダゞ」沖瞄の心の叫びは、他人事ずは思えず、自然に涙がこがれおちたのです。沖瞄の悲しみに同苊したのです。

    『倪陜の子』が問い続けるもの


    「倪陜の子」を読了しお、私は沖瞄を取り巻く環境はいただ぀づいおいるず感じおいたす。「倪陜の子」が䞖に出たのはおよそ幎前です。半䞖玀経っおも、䜕も倉わっおいない。そのこずに私は「わじわじヌ」「むラむラ」を衚珟するうちなヌ口するのです。

    沖瞄から日本を芋぀め盎す


    沖瞄が本土埩垰をする際に、出色の芞術家であった岡本倪郎は、「沖瞄が本土に埩垰するのではない。本土が沖瞄に埩垰すべきだ」ずいった趣旚の発蚀をしおいたす。

    たさに今の時代こそ、私はその必芁性を感じおいたす。沖瞄に孊べば、日本党䜓の課題が芋えおくる。そう信じおやみたせん。


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    早皲田倧孊卒・おきなわ文孊賞受賞。東京のIT䌁業でう぀を経隓し、沖瞄ぞ移䜏。琉球ガラス工房で17幎働き、人生を再生。沖瞄圚䜏23幎。珟圚は就劎継続支揎A型の生掻支揎員・ピアサポヌタヌ。沖瞄、文孊、犏祉、人生再生を綎っおいたす。https://lit.link/sasazinco

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