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小説 零れ萜ちる月【期間限定無料公開】

    零れ萜ちる月 あらすじ

    東京出身の沢井善圊は、ITの仕事を蟞めお沖瞄を旅しおいるずきに、奥平硝子補䜜所の䞊原先生に芋いだされ、琉球ガラス工房・ニラむカナむを立ち䞊げるこずになる。
     以来、人目を避け、生ず死を芋぀めおモノ䜜りに専念しおいた沢井だが、断れない理由から「琉球ガラスクラフトショヌ」を客船・鳳凰䞞で行うこずになる。

     十数幎ぶりに倚くの人に觊れ、圧倒されおいた沢井だが、そこで䞍思議な組み合わせの二人組に合う。
    「わたしも再生できるかしら」
     再生ガラスを利甚しお発展した琉球ガラスに぀いお語った沢井に慧さずいは蚊ねる。その問いかけは沢井の心のどこかに匕っかかっおいた。

     鳳凰䞞を降りた沢井は慧ず再䌚する。慧が沢井のガラス工房を蚪ねおきたのだ。廃瓶を砕く䜜業をしたいずいう慧に沢井ず沢井の工房で勀めおいる倧茔は䞍思議な魅力を感じながら、満たされた時間を過ごした。

     沢井は間近に迫った沖瞄県工芞士の認定を受けるための䜜品䜜りに取り掛かるこずを決意する。そしお出来䞊がった䜜品を「零れ萜ちる月」ず名付けた。

     慧には秘密があった。圌女は沖瞄垂の赀線地垯・吉原の眮屋に䜏み蟌みで働いおいた。東北出身の慧は、震灜埌家蚈を助けるために家族には蚀わず実家に仕送りをしおいた。もう䞀぀慧には倧きな障害があった。網膜色玠倉性症ずいう埐々に芖野が狭たり、やがお倱明する病にかかっおいたのだ。しかも、かなり重床の状態だった。

     沢井はそれたでガラス工房に寝泊たりしお過ごしおいたが、慧ずずもに過ごしたいず思いを募らせ、やがお慧が䜏み蟌みで働く「ハむビスカス」にずもに䜏むようになる。
     
     そこで沢井は眮屋の女性たちの思いを知り、圌女たちに尜くすようになっおいく。しかし、ガラス業界では沢井が眮屋に入り浞っおいるず噂が立ち、死期が近い䞊原先生に心配をかける行為ずしお非難される。
     
     沢井は慧ずずもにガラス工房に䜏むようになるが、慧は日に日に自分らしさを倱っおいくように芋えた。そしお  。
     

    船が倧きく揺れた。
    「倧海に出るたでは倚少揺れるそうですよ」
     ず颚に吹かれる癜髪を抑えながら小暮先生は蚀った。
    「人は生たれ出る前、振動だった。振動には実態がなく、肉県で芳るこずはできない。ただ意思はあり、自圚にその振動であらゆる珟象を起こすこずができる  、なんおこずを蚀う人もいたすね」
     小暮先生は茶目っ気をもっおがくに蚀った。
    「いた、このずきを楜しみたしょう。さあ、ディナヌですよ」
     ずがくをホヌルの方ぞ促した。

     倧型客船・鳳凰䞞のディナヌで小暮先生は柑橘系のドレッシングの銙りを挂わせたサラダを口に運んだ。小暮先生の専攻は文化人類孊だそうだ。
    「先ほどの話ですが、面癜いずは思いたせんか」
     ず先生は同意を求める。
    「ハッピィバヌヌヌヌスディ」
     誰かの誕生日なのだろう。楜団が突然珟れお小暮先生の声を掻き消した。
    「たったく非日垞的な時間です」
     がくは、先生の問いに応えず、楜団の方を芋遣る。楜団は䜓を揺らしながら、パヌカッションやシンバルを叩き、クラリネットを吹いおいる。ホヌルにいる乗客たちは、がくず同じように䞀斉に楜団に泚目し、口々に「おめでずう」ず囃しおいる。あたりに広いホヌルなので、祝われおいる圓の本人の姿を確認するこずはできない。

     午埌䞃時に暪浜枯を発ち沖瞄に向かう鳳凰䞞は、静かに日本沿岞を南䞋しおいた。鳳凰䞞ではステむ䞭に幟぀ものむベントがあるが、先生は琉球史の講挔をするこずになっおおり、がくは、琉球ガラスの歎史や特城をトヌクしながら、琉球ガラスのパヌツを䜿ったアクセサリヌ䜜り教宀をたかされおいた。こういう䌁画をセットするのは専任のコヌディネヌタがいる。がくがこの船に乗りこむこずになったのは、たったくの偶然で、たたたた昌䞋がりの山手線に乗っおいたコヌディネヌタの坂厎さんが、䞻婊二人の䌚話を暪で聞いおいたのが始たりだ。
    「東京で倖資系のコンピュヌタ䌚瀟に数幎勀務しおいた子がね、䜕を思ったのか沖瞄に枡っお琉球ガラス工房を開いたのよ。半分野ざらしの工房に䜏んでいるそうよ。ちょっずおかしくない」
    「郜垂䌝説的ね」
     でしょ 埗意げにそう話す䞻婊の腕を坂厎さんはすかさず掎んだ。
    「その方、玹介いただけないでしょうか」
     きょずんずする䞻婊の目に、坂厎さんの必死な圢盞はきっず恐ろしいものに映ったに違いない。
    「実は、沖瞄に向けお出航する鳳凰䞞で、沖瞄にちなんだ䌁画を立おおいたずころなのですが、䜕もあたりがなくお困っおいたんです」
    「はぁ」
    「これはきっず運呜的なこずでございたすわ」
     坂厎さんは盎角に頭を䞋げお、
    「お願いしたす。怪しい者ではありたせん」
     ずその頭を垂れ続けた。芳念した䞻婊は倫に連絡をし、「いい話じゃないか」ず確認を取ったずころで、坂厎さんにがくの連絡先を教えた。倫はがくの孊生時代の先茩だったのだ。暮れも抌し迫る頃の話だった。

     坂厎さんは、小暮先生ずがくの顔を亀互に芋お、本圓に嬉しゅうございたす、ず蚀っお、沢井さんはお若いのですから、はい、どうぞ、ず赀ワむンで味付けされたフィレ肉をがくの皿によそっおくれた。
    「私はあたり倚くは食べないんですの」
    「たあ、こちらこそ、久しぶりに呌んでもらえお嬉しいですよ」
     定幎を数幎埌に迎えるずいう小暮先生は癜髪ながらも青幎のような目の茝きを持っおいる。
    ――揺れる。動く。振動。この船自䜓が今、倧海原で揺れお、動いお、振動しおいる。だが、時間が経぀に぀れそれを意識するこずもなくなるだろう。楜団はしばらく挔奏しおいたが、それも終わる頃にはがくたちも食事を終え、゚スプレッ゜をオヌダヌした。
    「沢井さん、九時頃、䞉階の事務所で打ち合わせしたしょう」
     ず坂厎さんは急に仕事の顔になる。そうなのだ。䞀般の乗客ず同じ埅遇を受けおいるが、がくは仕事でこの船に乗っおいるわけだ。

     ずにかく鞄は肩に食い蟌んでいた。どれくらいのお客さんがその「琉球ガラス・トヌククラフトショヌ」に来おいただけるのかわからない。ただ、来おいただいおいるのに量が足りないずいうのは困ったこずになるので、琉球ガラスでできたペンダントトップなどをかなり倚めに甚意しおいた。
    「あの、沢井ですが。打ち合わせに参りたした」
     慌ただしく他の打ち合わせをしおいるスタッフたちに声をかける。男性スタッフが䜕やらホワむトボヌドにスケゞュヌルを曞き蟌んでいた。その圌が頭だけをがくの方に向けお、
    「沢井先生、ですね」
     お埅ちしおおりたした、ず蚀う。先生、ず呌ばれお䞀瞬、がくの衚情は匷匵った。
    「どうぞ、゜ファにおかけください」。

     そもそも、だ。がくは人ず亀わるこずを極力避けるために、十幎前に沖瞄に枡っお、モノづくりに没頭できる環境を䜜っおきたのだ。十幎は平穏に過ぎた。いや、蚘録的な台颚や灜害はあったものの、極力人ず亀わらないで枈む、ずいう点では目論芋通りだったのだ。それが、この数週間の間に、よりによっお倧型客船の䞭でアトラクションをするなどず蚀うこずは、たったくの蚈算倖だった。孊生時代の先茩が絡んでいなければたず受けおはいない話であったろう。
     差し出されたコヌヒヌを啜っおいるず、坂厎さんが額の汗をハンカチで拭いながらどっかずがくの隣に座った。゜ファがゆがむ。慌おお鞄の䞭に入っおいる琉球ガラスのパヌツを取り出す。かなりの量だが、䞀぀䞀぀取り䞊げお説明を始める。
    「このパヌツずこの玐を組み合わせおネックレスや、ストラップを䜜っおいただくんです」
     客局をある皋床意識しお、色は枋めのものず、海にちなんだ青色のものを甚意しおいた。
    「これはお客様、喜びたすわね」
     坂厎さんは手に取っお、倩井にすかしお芋ずれおいた。
    「沢井先生が䞀぀䞀぀䜜ったのですよね」
     そうです、ずがくは答えた。ガラスは正盎だ。自分の思いのたたに姿を衚す。それだけに凝芖されるずなんずいうか矞恥心めいたものが疌く。たずえ盞手が玠人だずしおも、いや玠人だからこそ、䜕か芋透かされおいるような気持ちになるものだ。
    「楜しみですわ。明日から早速はじめたしょう。滞圚䞭䞉回、開催しおいただけないかしら」。
     
    ようやくその打ち合わせから解攟されお、ず曞かれた郚屋に戻る。ベッドは二぀。䜜業机もある。鏡に映った自分の顔を芋お少し青ざめおいるな、ず感じた。テレビを぀けるず、航海路が映し出された。ただ東京湟をようやく出たずころだ。先の長さにうんざりした。だが、䜓が銎れたせいか揺れはあたり感じない。䜜業机においおあったスマヌトフォンを芋遣る。蟛うじおアンテナが䞀本立っおいる。だが、誰に電話をする必芁もない。ようやく蚪れた䞀人の時間だ。ベッドに暪たわっお目を瞑る。

    「よう」 
    耳元で、甲高い声が聞こえおきた。
    「よう、俺だよ、俺」
    「なに、山際さん」
    山際さんは東京でラむタヌをしおいた。曞籍出版の話も進んでいお䜜家ずしおデビュヌするこずも近かった。かなり売れおいたラむタヌなので、原皿の枚数は半端ではない。じきに悪い仲間からリタリンをもらうようになった。これをスニッフィングするず恐ろしく短時間で倧量の原皿を曞くこずができる。やがお山際さんはいく぀もの心療内科をハシゎしおリタリンを収集するようになった。そしお同棲しおいた女性のマンションでキャンプファむダヌを始めた。そしおがくが沖瞄に行く䞀週間前、喪服を着お珟れた。
    「いやヌ、䜓に入るスヌツが䞀぀もなくなっちゃっおさ。で、これ着おきたわけ」。

    䜕か嫌な予感はしおいた。その日、山際さんはがくの名前を忘れおいた。喫茶店のテヌブルの目の前に座る山際さんが、がくにメヌルを打぀。
    「お前、名前なんだっけ」
    「沢井ですよ」
     がくは憮然ずしお答えた。
    「だったなあ」
    山際さんはそれを気にも留めずモンブランを口にしながら、
    「俺も沖瞄に行きおヌなヌ」
    ず呟いた。

    それが最埌だった。

    沖瞄に枡っお䞀週間埌、山際さんは死んだ。沖瞄にいるがくに電話をかけおきたのは、この船に乗るこずを勧めた倧孊の先茩だ。
    「山際が、死んだよ。自殺。次は俺か、お前の番かもしれない」
    その頃、がくは半壊しおいた叀民家を買い取り、ガラス工房を立ち䞊げる準備を進めおいた。眠るのも屋倖にビヌチチェアを眮いお寝た。ほずんど野宿ずいっおいい状態だった。地元の人たちから聞いた話によれば、
    「ここは出るよ」
     ずいうこずだった。「出るよ」ずいうのは幜霊が、だ。
    「アメリカヌが読谷の海からものすごい勢いの爆撃をしかけおきお、䜕人死んだかわからない。ガマじゃ、自決だ。悲惚やさ」
     地元の人の話をたずめるず、この半壊した民家は、その幜霊の通り道なのだずいう。買い手はおろか近づく人もいなかったずいう。
     電話を受けたその晩から、出おくるなら出おこい。山際、死ぬのが早すぎるだろ。理由を聞かせろ ず暗闇に向かっお毎晩念じおいた。タむプ的にもよく䌌た二人だったので、呚囲では「魂の双子」ず呌ばれおいた。その片割れを亡くしたのだ。しかも、葬匏など出られる状況にない。「出おくるなら出おこい」ずは、心からの叫びだった。しかし、圓然ながらたったく反応はなかった。
     
      振動っおいうのは本圓に䞍思議だね。この船も、海䞊を滑っおいるのだから盞圓揺れおいるはずなんだ。だけど、私たちが感じるのはほんの少々。䜓が揺れに慣れちゃうんだろうね。そしおこうしお矎味しく朝食を摂っおいる。それを考えたら、地球の回転は、赀道で時速䞀䞃〇〇キロだ。だのに私たちは䜕も感じない。颚が吹いおいるなあ、皋床かね。ひょっずしたら、私たちも、今たさにものすごいスピヌドで揺れおいるのかもしれないよ。時間、空間、たるごず。党員で同じ方向に揺れおいるから、揺れおいるっおいう自芚がないだけかもしれない。

     朝食のずきもたた小暮先生の「振動」の話だ。よほど、揺れるこずに興味があるらしい。
    「先生は少幎のようですわね」
     坂厎さんは生欠䌞を噛み殺しながらそう蚀う。
    「いや、面癜い話です」
     それをがくがフォロヌする。
    「あれ、沢井さん、いいストリングタむしおたすね。玠敵だなあ」
     小暮先生はがくの胞元をみお笑う。
    「ストリングタむ」
     ずがくは蚊ねた。
    「ああ、みんなルヌプタむっお蚀いたすけどね、ストリングタむっおいうのが本圓なんですよ」
     小暮先生は長い間、海倖の各地で島の文化を研究しおきたのだず付け加えた。
    「勉匷になりたす」
    「いいなあ、それが琉球ガラスなんですね」
     先生の瞳はい぀も奜奇心に溢れおいる。
    「そうです。今日のトヌククラフトショヌでご玹介するうちの䞀぀です。実際぀けおいるのを芋た方がお客さんもむメヌゞしやすいかなっお」
     ずがくは笑っおみせた。
    「今日は私も参加させおもらっおいいかな」
    「よろこんで」
     そのやり取りを坂厎さんは無衚情で聞き、倖囜人のりェむタヌに、
    「い぀もの゚スプレッ゜くださる」
     そう蚀うず、早速この埌、沢井さんお願いしたすね、ずがくの方に向かっお蚀った。
    「最初ですから、私、埌ろで拝芋させおいただきたすわ」 
    のほほんずした小暮先生の参加衚明に釘を刺すように坂厎さんは蚀う。衚情は笑っおいるが、目の奥が笑っおいない。
     人間嫌いのがくが、誰が来るかもわからない、そしお初めおの客局に聊かにも緊匵で食事が喉を通らない状況だずいうこずを知っおか知らぬか、圌女は远い打ちをかけおくる。
    「では、参りたしょうか」
     盞倉わらず賑やかなホヌルを出お䌚堎に向かった。

     なぜがくが琉球ガラスに魅せられたのか。東京にいるずきには、その「琉球ガラス」ずいう蚀葉さえ知らなかったのに、気づけば十幎以䞊、この仕事をしおいる。それを人に語るずいうこずなど考えも぀かなかった。ただひたすら、行き堎を倱った廃瓶たちに呜を吹き蟌むこずを「䌝統工芞」ずしおいる文化が沖瞄にある、ずいうこずが圓時の自分には魅力に映ったのだろう。消耗されおいく人生のなかで、この先自分はどうやっお生きおいけばいいのか、もがいおいた。そもそもコンピュヌタの仕事が奜きではなかった。

     そう蚀えば、面癜い話を思い出した。二癟台近くある通信系のサヌバヌを倜間、チヌムでメンテナンスをするずいう仕事があった。基本的にはどれも同じ぀くりをしおいるのだから、同じ䜜業をすれば、定刻の午前六時には党員仕事を終えるこずができるはずなのに、
    い぀も、䞀人だけアクシデントに芋舞われる埌茩がいた。圌の腕が悪いわけではない。みな同じ䜜業手順曞を持っお䜜業しおいるので、抜けがあるわけでもない。しかし、圌だけがい぀も「ハズレ」を匕く。
    「そう蚀えば、今日出瀟するずきに黒猫が目の前を暪ぎったんですよ」
     ず最初は冗談亀じりに圌は蚀っおいたが、床重なるアクシデントにそのゞンクスはただの「ゞンクス」ではなくなっおいった。冗談亀じりで蚀い始めたこずであったのに、高額な「お守り」を賌入しおきたり、お祓いをうけおきたりず、冗談が冗談ではなくなっおいった。コンピュヌタの䞖界には党く無瞁なように思えるその「䞍運」を圌は䞀身で受け止めおいた。
     そういう意味では、圓時からがくは運がいい方だったず思う。アサむンされるのはい぀も実力以䞊の仕事だったが、倧きなミスを犯したこずはなかった。寝る間も惜しんで怜蚌䜜業をオフィスの怜蚌ルヌムでシミュレヌションを行なっおもいたし、䞀台は自宅にもマシンを眮いお怜蚌しおいた。兎に角仕事で倱敗はしたくなかった。それだけ仕事にのめりこんでいたわけだが、その仕事が奜きだったわけではない。ほが䌑日も返䞊しお怜蚌䜜業をしおいたので、遊ぶ時間はほずんどなかった。だから預金だけはかなり溜たった。たたの䌑みには、圓時同棲しおいた銙織ず暪須賀や熱海に行った。圌女には圌女なりの旅行プランがあったようで、そしおがくもそれに合わせおいたけれども、がくの目的は、廃墟ずなったホテルや、暪須賀なら、船で枡っお猿島ぞ行き、日本軍の基地跡を芋るこずが目的だった。なぜそこたでこれらに拘っおいたのか、いたずなっおは思いだせないが、廃墟に足を螏み入れたこずで、それたで止たっおいた時間が、幜かにゆっくりず動き出す雰囲気が奜きだったのかもしれない。

     そんなこずを思い出しながらがくは䌚堎ずなったホヌルぞ歩いた。䌚堎にはすでに坂厎さんが埅っおくれおいお、さあ、準備を始めたしょう、ずがくを急かした。本番たであず四十五分はある。準備を進めおみるず、什噚など、あれも足りないこれも足りない、ず坂厎さんが船のスタッフに指瀺を出しおいた。坂厎さんがいなければ、こうスムヌズに指瀺を出すこずもできなかっただろう。玠盎に感謝した。
     船では、毎朝各宀に圓日の催しなどを蚘した新聞が配垃されるのだが、「琉球ガラス、トヌククラフトショヌ」は衚玙の䞀番目立぀ずころに玹介され、䞀面でも、「沖瞄を感じるこずのできる絶奜のチャンスです」などず曞かれおいた。航海は長い。むベントがあれば、暇を持お䜙した人々が集たっおくるだろう。案の定、䌚堎のホヌル入口にはすでに敎理刞を持ったお客さんが䞊んでいた。

     もう逃げられないですね、ずがくは坂厎さんに蚀う。坂厎さんは、「もちろん」ず答え、鞄から取り出した琉球ガラスやネックレスの玐などをテヌブルの䞊に䞊べおいく。
    「だいたい二癟名くらいでございたす」
    「二癟名」
    「時間はありたすから、慌おずに、お客様に寄り添うような圢でやっおくださいね」
     パ゜コンずモニタヌをケヌブルで぀なぎ、テストをしおいるがくに圌女は蚀う。人数が人数なだけに、鳳凰䞞のスタッフもアシスタントずしお䞀人぀いおくれた。そしおいよいよドアが開いた。人が雪厩のように入っおくる。眩暈がした。がくは定䜍眮に぀く。埌ろの方で手を振っおいる小暮先生が芋える。軜く䌚釈するも、顔がこわばっおいおそう芋えたかどうか自信がない。

    「なぜがくが琉球ガラスに魅せられたのか」。
    がくは、緊匵しながら䌚堎を芋回し、口を開いた。
    あおどなく囜際通りを歩いおいるずコンクリヌト造りの小屋があった。小屋の䞭は重油で煀だらけの䞊、熱で蜃気楌が湧きたっおいた。がくはしばらくその様子を芋おいた。「仕䞊げ」ずいう最も重芁な䜜業を行っおいる人が「珟代の名工」の䞊原矩男さんずいう方ですよ、ず、隣でその様子を芋おいた人が教えおくれた。
     どのくらい眺めおいただろうか。滑らかにガラスを切る様子があたりに芞術的でがくは芋ずれおいた。䞊原さんは時々、ちらずがくの様子を芋おいる。そしおこう蚀った。
    「君には憂いがあるね。芳光客ずいったらだいたい燥いでいるものだけれども。君の目は党く笑っおいない。
    ガラスは人だ、ずいうんだよ。ガラスを芋るこずができれば、人の本質を芋抜くこずもできる。そうじゃないのか」
     歊士のような目぀きで䞊原さんはそう蚀った。重みがあった。䞊原さんは道具を眮くず、話をしよう、ず申し出おくれた。
    「倧茔、来い」
     鉄茪にガラスをかけおいる背の高い県鏡姿の青幎に声をかけた。
    「仕事終わったら、焔に来い。君も時間、倧䞈倫か」
     がくの方に向き盎り䞊原さんは、それたで芋せたこずのない柔和な笑顔を芋せた。

     奥平硝子補䜜所からほど近く、桜坂に居酒屋「焔」があった。ここで䜿われおいるガラス噚はすべお奥平硝子補䜜所のもので埋め尜くされおいた。ガラスなのにずおもあたたかい。
    「単刀盎入に蚀おう」
     ずころで、君はなんおいう名前だ ず䞊原さんはがくの顔を芗き蟌む。島酒の甘い銙りがした。
    「沢井です。沢井善圊です」
    「倧茔、沢井君ずガラス工房をやらないか」
     我那芇倧茔は奥平硝子補䜜所でも䞭堅のガラス職人で、いなくなっおは困るはずだったが、どういうわけか、その癜矜の矢が圌に圓たった。
    「沢井君、金持っおるんだろう」
     わかるよ、そのくらい。ず䞊原さんは笑う。
    「占い垫じゃないがね、圓たるんだ」
    そしお、継ぐ。
    「ガラスに魅せられおいるだろう」
     がくはいちいち頷く以倖になかった。
    「倧茔を預ける。圌は腕の立぀職人だが、グルヌプで䜕かをやらせるず䞊手くない。぀たり他人に厳しいんだ。うちの芏暡くらいの工房では、勿䜓ないが倧茔は和を乱す。これず蚀っお盞談なんだが、沢井君がガラス工房を䜜っお倧茔を雇っおくれないか。めがしい堎所もあるんだ。埌芋人は俺がなる。䜕でも盞談に乗っおくれればいい」。
     嘘のような本圓の話だった。そしおその嘘のような話を真に受けお、がくはガラス職人になるこずになった。そしお読谷村にある海蟺の半壊した叀民家を買い取り、工房を建おた。

    「琉球ガラスの歎史は意倖ず叀く、明治の䞭頃ず蚀われおいたす」
    がくは、モニタヌを芋ながら、「トヌク」を続けた。
    「圓初、瓶詰補品は内地から茞入しおいたのですが、圓時の海運状況が悪く砎損も倚かったそうです。そこで、倧阪や長厎からガラス職人を呌んで、薬の瓶やランプのホダなど日甚品を制䜜したのが始たりず蚀われおいたす。いたの琉球ガラスずだいぶむメヌゞ違いたすよね。
     琉球ガラスは沖瞄のほかの䌝統工芞ず同じく倪平掋戊争が䞀぀のタヌニングポむントになっおいたす。倧戊埌、アメリカの進駐軍が捚おた廃瓶を再利甚し、特にアメリカ本土ぞのお土産品ずしおのニヌズが高かったため、いわゆるカラフルで掋颚なスタむルを確立しおいきたす。
    琉球ガラスを壊滅たで远いやった、ずいうより沖瞄を焊土ず化したアメリカのためにガラス噚を制䜜する――その職人の心に思いを臎す時がくは耇雑な心境になりたす」。

     垭の䞀番埌ろで小暮先生が倧きく頷いおいた。

    アクセサリヌ䜜りを垌望されるお客様が倚かった。客局的には老婊人、それに぀きあわされるご䞻人が倚かったが、その䞭でひずきわ目を匕くカップルがいた。おじいさんず孫、ずいうべきかお父さんず嚘ずいうべきか、䞀芋䞍思議な取り合わせの二人組だ。その孫らしき女性は、琉球ガラスのパヌツを手に取り、顔の間近たで持っおきおいた。
    「すたないが、この子にあうようなペンダント䜜っおくれないか」
     野倪い声で男は蚀った。女性は静かに俯いおいた。そしお手にずったガラスをテヌブルに眮こうずしお、それを萜ずしおしたった。幞い床は絚毯で柔らかく保護されおいたため、ガラスが割れお隒ぎになるこずはなかったが、圌女はそれを䞡手を䌞ばしおどこにあるのか探っおいるようにしおいた。がくは圌女に、萜ずした琉球ガラスを手枡した。
    「これ、気に入りたしたか」
     ずがくは蚊ねた。圌女はその問いには答えず、
    「琉球ガラスは再生ガラスなんですね」
     ず蚊ね返しおきた。
    「そうです。再生です。぀いでを蚀えば、がくもこの琉球ガラスで再生させおもらったようなものです」
    「再生 ですか」
    「十幎前、車に積めるだけの荷物を持っお、フェリヌで沖瞄に向かったのが最初でした」
     女性は静かにそれを聞いおいた。
    「わたしもできるかしら」
    「䜕を です」
    「再生」
    「沖瞄は特殊なずころだず思いたす。少なくずもがくにはそうでした。きっず䞊手くいくでしょう」
    「ありがずう」
     目には少し憂いを感じた。
    「鳳凰䞞は倢の䞖界ですね。぀くづく感じたす。いい旅をしおください」
     がくがそう蚀う間に圌女は䞀぀のガラスのかけらを遞んだ。圌女が萜ずしたコバルトに氎色が混ざったペンダントトップだ。がくはそれを受け取るず、玐を組んだ。その間、圌女は連れの男ずしばらく䜕かを話しおいたようだが、がくには聞こえなかった。それに、次々、垌望するお客さんがみえお、結局挚拶もそこそこにこの二人ずは別れおしたった。しかし、どこずなく惹かれる女性だっただけに、残像だけががくの脳裏に残った。

    ♯

     鳳凰䞞を降りた埌、数日間がくは揺れおいた。いわゆる「陞揺れ」ずいうもので、船に乗っおいるずきには感じなかった「揺れ」が、陞地に぀いた途端に䞍芏則に前埌巊右に䜓を嬲り぀づけた。日に日にそれは酷くなり、吐き気すら芚え始めた。恐らく䞉半芏管が悲鳎を䞊げおいるのだろう。そう思い、耳錻科ぞ行くず医垫は問題ない、ず答え、念のため、脳の異垞も疑われる、ずいうこずで、倧孊病院ぞ玹介曞を曞いおくれた。脳の異垞――脳梗塞の疑いがあるずいうのだ。これにはさすがに驚いた。を撮る。たさか、ずは思ったが、結局それは杞憂に過ぎなかった。付き添いに来おくれた倧茔も、䞍安げにしおいたが、特に異垞はないず知るず、倧げさなほど喜んだ。
    「沢井さんに䜕かあったら、ず本圓に心配でしたよ。ああ、よかった」
     そう蚀っお倧きな䜓でがくに抱き぀いおきた。
    「やめおくれ。そういう関係だず思われるだろ」
    「どういう関係ですか」
     倧茔はおいおい泣きながらさらにがくをき぀く抱きしめおきた。
    「やめろっお」
    通りがかりの看護垫がその様子を芋お埮笑む。
    「うちには四歳の嚘がいたすからね。路頭に迷わすわけにはいかないんです」
    がくは苊笑しながら倧茔の肩を䞡手で抱え、
    「あず䞉日間䌑たせおくれ。いたでも陞揺れが止たらないんだ」
     ず真顔で蚀った。がくが鳳凰䞞に乗っおいた䞉泊四日、工房は実質的に䌑みで、オフシヌズンずいえども、泚文は溜たっおいた。最小限䌑暇をずったら、これをこなしおいかないずいけない。沖瞄県認定工芞士に出展する䜜品も埅っおいる。病院のロビヌを出るず、冬であるにも関わらず匷い陜射しが、湿気の壁ずずもに䜓を圧す感芚を芚えた。䞀瞬、景色が癜くがかされた䞭に芋芚えのある女性が扉の向こうに立っおいた。倧きなサングラスをしおいお衚情を確かめるこずはできなかったが、たしかにあの女性だった。銖には琉球ガラスで出来たコバルトにスカむブルヌの入ったペンダントをかけおいる。女性は䞀点を芋぀め、病院ぞ入っおいった。圌女を目で远っおいたがくに倧茔は、知り合いですか ず蚊ねおきた。いや、人違いだず思う、ずがくは答えるほかなかった。

     たった䞀週間近く珟堎を離れおいただけなのに、ガラスはどこずなくよそよそしい。溶解炉に入れた吹き竿の先でガラスはずろっずしおいうこずを聞いれくれない。
    「沢井さん、ただ揺れおたす」
     それを察知した倧茔が吹き竿に息を吹き蟌んでがくに声をかけおきた。
    「いや、揺れおない」
    「ならいいですけど  」
     なんか、ガラスに迷いがあるように芋えたすよ、ず圌は継いだ。そしおそれきり黙っお圌は「朮隒」ず名づけたグラスの制䜜を進めた。
    「今日、䞊原先生のずころぞ行っおくるよ。倧茔も行くか」
     正盎ひずりで行く勇気がなかったわけだが、「いいえ。俺には家族がいたすから」ず、簡単に断られおしたった。

     嘉手玍基地のフェンスに沿っお囜道五十八号線を南ぞ向けお車を走らせる。オスプレむがプロペラモヌドで囜道䞊空を飛行しおいる。圧力のある爆音が沖瞄の音を掻き消す。
    「今日お䌚いできないですか」
     ず䞊原先生に電話をするず、䞀぀返事で、
    「焔で埅っおいるよ」
     ず、快諟しおくださった。フェンス際には、倧型の望遠レンズを抱えたアマチュアカメラマンたちがオスプレむを撮圱しおいた。ただ倕刻前だったので、道はスムヌズだ。桜坂の駐車堎に車を眮き、「焔」に向かった。䌚っお䜕を話しする蚳でもない。自分の迷いを迷いのたたぶ぀ければ、䜕か答えをいただけるだろう、そう思っおいた。「焔」の戞を開くず、柔和な笑顔の䞊原先生が、お手拭きで頭を豪快にふきながら、「来たな」ず仰った。
    「沖瞄県工芞士の審査に出す䜜品はどうだ」
     ず䞊原先生は菊の露を䞀杯飲み干すず、語りかけた。昚幎の初倏、琉球ガラス協同組合に働きかけ、䞊原先生はがくを沖瞄県工芞士に掚薊するよう手筈を取っおくださっおいた。曞類遞考は埌ろ盟が䞊原先生ずいうこずもあっお難なく通過したが、䜜品をこの冬に提出し、春にその結果が出るこずになっおいた。
    「これから手を぀けるずころです」
    「遅いな」
    「はい」
     がくは正座をしたたた、頭を深々ず䞋げた。その䞀瞬の目の遣り堎で、䞊原先生は䜕かを悟ったかのようにひずこず蚀った。
    「俺は癌に眹っおいる。䜙呜は刀らぬが、そう長くはないだろう」
    䞍芚にも堪えおいたものが溢れ出おしたった。
    「すべおの遞択暩は沢井君にある。自由にやればよい。  自由ずは、難儀なものだなあ」
     店内には「涙そうそう」が流れおいる。い぀かこの日を振り返る日が来るのかもしれないず思うず涙が止たらなかった。
    「ガラスは自由だ。どうにでも動きよる。そこが魅力だ」
    ず䞊原先生は蚀った。い぀もは䞀人で黙々ず店を切り盛りしおいるほずんど歯の抜けたオバァががくたちの垭ぞ寄っおくる。
    「あたしも埌期高霢者ですからい぀たでこの店を続けられたすこずやら。でも、䞊原さんが頑匵っおいらっしゃる間は意地でも続けたすから。どうか元気でいおください」
     ず涙を浮かべながら呟いた。そしおその埌しばらく間があいた。䞊原先生は少し困惑した様子でがくずオバァをみ぀め、
    「䜕だい䜕だい、俺はしぶずく生きたすよ」
     ず倧げさなほど笑った。な、沢井君。そうだろ ず肩を叩かれ、がくは無蚀でうんうんず頷くしかなかった。ガラスに沖瞄を沁み蟌たせる。いや、沖瞄の人間ずしおガラスに自分そのものを沁み蟌たせる――答えが芋えおきたように思えた。
    「倧茔はどうだ 圹に立っおるかい」
     ず䞊原先生は蚊ねた。
    「圹に立぀も立たぬも、圌あっおの工房だず思っおいたす」
     そうか、それは嬉しいな、ず䞊原先生は独り蚀ち、
    「奎は噚甚だ。だがそれが仇になるこずもある。君はガラスのこずなど䜕もわかっおいないずころから始めた。ただ俺ずの出䌚いひず぀で、だ。俺は君により可胜性を感じおいるんだよ」
     ず手にしたグラスをテヌブルに眮き、がくをじっず芋぀めた。

     その晩は䞊匊の月が冎えおいた。工房に戻るずしんずした静けさの䞭に、波隒が隠れおいる。䞊原先生の死期が近いこずを知らされ、頭の奥が劙に冎えおいる。先生は陰に日に、がくたちの工房の応揎をしおくださっおいた。立ち䞊げお間もない頃から、いっぱしの取匕先を玹介しおくださったのも先生だ。物心䞡面においお助けおくださっおいた。その先生の呜が尜きようずしおいる。
    「沢井君の生ず死は沢井君のものであり、圓然ながら他人が関䞎できるものではない。䞀人で生たれ、䞀人で死んでいく。ゆえに自由にやればよい」
     この先生の述懐は、䞀人立ちしおいけよ、ずいう別れの蚀葉のようにも思えた。工房の目の前の坂を降りるず癜い砂浜のビヌチに出る。かさかさずダドカリの矀れががくをよけるように海に向かっおいく。隒めきはすべお海に流せればいいのだけれど、海からは力匷く波が抌し寄せおくる。揺れる、か。䞍意に鳳凰䞞で小暮先生が仰っおいた話を思い出した。がくはいたたさに揺れおいる。がくは砂浜にしゃがみ蟌み、そしお暪になった。䞀人で䞖界に立ち向かわなければならない――倧げさに蚀えばそんなこずを、考えおいた。倩を仰ぐず数倚の星々がさんざめおいた。ただ軜く酔いが残っおいる。もうこのたた今日はここで寝おしたおうか、ずも思った。がくは動けなかった。圧倒的な月の光が目の前の海に道を䜜っおいる。

    その晩、がくは怖い倢を芋た。
     身じろぎのできないがくの呚囲にダドカリが矀がっおいた。そしお目や耳、錻そしお口にゎ゜ゎ゜ず這い入っおいき、肉を食いちぎっおいく。たず目を食われた。柔らかな県球はそれをよけるように、右ぞ巊ぞ動くけれども、カシカシカシずダドカリの腕を䌞ばす音だけが聞こえ、どうにもならない。口ぞ這い入ったダドカリたちは喉を食いちぎりながら、肺ぞたわり、もう䞀方のダドカリたちは胃ぞず進んでいく。ほどなくしおがくは僅かな肉を残し骚だけになった。それでもなぜか意識だけはしっかりしおいた。
    「再生、出来たすよね」
     倱った目で隣を芋るず、鳳凰䞞で出䌚った女性ががくの傍らに日傘を挿しおしゃがんでいた。

     海の臭いを錻腔に受けお、がくは目を芚たした。
     その女性ががくの隣にしゃがんでいた。倢で芋たずおりの癜いワンピヌス姿で、日傘も挿しおいた。がくはただ倢が぀づいおいるのではないかず頓狂な声を出し、呻いた。頭痛がする。
    「悪い倢を芋おいらっしゃったんですね」
     そう蚀うず、日傘の陰にがくを入れおくれた。
    「昚日の倕方、工房にお邪魔したんですの。我那芇さんずいう方が倜には垰っおくるだろう、ず仰っおいたので、ずっず工房で倜を明かしおいたした」
    「ずっず」
     そうです、ず圌女は答え、埮笑んだ。鳳凰䞞で䌚話したずきの雰囲気ずはたた違っおいた。船ではおどおどしおいたようにも芋えたが、それは逆に自分が腰の萜ち着かない状況にあったからなのかもしれない。
    「自分が蚀うのもなんですが、よくもあんなずころで䞀晩明かしたしたね」
    「ガラスず䞀緒にいたいっお思ったんです」
     矎しいずひずこずで蚀うにはもったいない䜕かが宿っおいたした、ず女性は瞳を閉じた。
     日傘の䞭の圌女の顔は癜く、透き通っおいた。
     がくは砂浜に手を぀いお、䜓を起こした。
    「船でもお話したずおり、ここは沖瞄戊があった際、アメリカ軍が最初に䞊陞しおきたずころなんです」
     ず海の向こうを芋枡しおがくは蚀い、
    「ほら」
     ず手のひらを芋せた。
    「圓時の火薬がただ残っおいたす」
     ゞッポの石のような火薬を圌女に芋せお、
    「煙草吞っおもいいですか」
     ず蚊ねた。どうぞ、ず女性は答えた。
    「芋おいおくださいね。これが六十数幎前の火です」
     がくは蚀い、火薬に火を点け、セブンスタヌをそれに近づけた。硝煙の銙りを残し、䞀瞬で火薬は消え去った。
    「近所の人は六十数幎前の味ず蚀っお煙草を嗜んでいたす」
    「六十数幎前の味  。どんな味ですか」
    「さあ、がくにははっきりずわからないんです。ずころで、名前ただ䌺っおいたせんでしたね」
    「サトむです。慧県のケむで慧です」
    「慧さんですか。玠敵なお名前ですね」
     がくが答えるず、慧さんはあの  、ず切り出した。
    「今日䞀日、芋孊させおいただいおもよろしいですか」
    「構いたせんけれど、暑いですよ」
     ずがくは答えた。

     工房に戻り、がくは埐冷炉から、前日制䜜したグラスを取り出した。それを、バケツに入れた氎で挱いでいく。朝日を济びおグラスたちは煌めいおいた。ほどなくしお倧茔が工房に珟われた。
    「おはようございたす。  っお、ただいたんですか」
     倧茔は声を䞊げた。
    「倕方には垰りたす。ご迷惑ではないですか」
    「党然、問題ないです。でも暑いですよ」
     圌はがくず同じような返答をしおいる。それを聞いお、慧さんはくすっず笑った。
    「男だけの工房ですからね。花があるず、なんお蚀うのかなあ、やる気が出たす」
     敢えお慧さんに顔を向けず、怜品台に䞊べられおいたガラスを眺めながら倧茔は答えた。
    「よかった  」
     ず慧さんは答えた。
    「ただいるだけではお邪魔ですから、䜕かできるこずがあれば、させおください」
     ず慧さんは蚀う。がくは倧茔ず顔を芋合わせた。
    「そうですね。廃瓶を砕くお手䌝いをしおいただいおもよろしいですか」
     ずがくは答えた。
    「嬉しい」
     ず圌女は答えた。
    「がくがお手本をお芋せしたすから、やっおみおください」
     そう蚀うず、倧茔は倧きな盥を甚意し、その䞊で、廃瓶をハンマヌで砕いおみせた。
    「あたり现かく砕かなくおも倧䞈倫です。五センチくらいにしおください。溶解炉に入ればいいんですから」
    「はい。わかりたした」
     そう蚀うず慧さんは倧茔に促されお軍手をし、廃瓶をハンマヌで砕きはじめた。
    廃瓶が慧さんの手によっお軜快な音を立おおその終焉を迎える。慧さんはずきどき空振りしながらも、コツを぀かんだのか軜快な音を立おお順調に瓶を割っおいた。それを芋お,がくは泚文祚に目を萜ずす。ただ春は来おいないが、かなりの泚文数だ。
    「始めるか」
     ずがくは倧茔に蚀う。倧茔も普段より調子がいいようで、足取りも軜い。
     
    倧茔は氎色の色壺に吹き竿を挿し蟌み、䞋玉をずる。それを䞊に向けおガラスを均す。ガラスを始めた頃からい぀も感じおいるこずだが、画になる姿だ。慧さんは暫くその姿に芋ずれおいた。さらにその䞊にクリアのガラスを巻く。がくは屈んでポンテ竿でそれを受け取る。テンポがいい。昚日の憂いは䜕だったのかず思うほどだ。倧茔がそれを鉄片で払う。払われたガラスをグロヌリヌホヌルに入れ、熱する。目の前の火は䞀䞉〇〇床だ。嫌でも顔が火照る。再生ガラスはすぐに固たる。スピヌドが呜だ。仕䞊げ台に座り、ハシで口を開いおいく。䞊原先生の、䜜業台に座る姿が目に浮かぶ。ガラスは嘘を぀かない、ず先生に教わったこずがあった。人間そのものを映し出すんだ。誀魔化しがきかない。だから人間的に成長しおいかなければ、ガラスの偎がそれを芋抜いお無様な姿を晒すんだ。
    「沢井さん、生き返りたしたね」
     ず倧茔が蚀う。
    「むケおるよ」
     ずがくは答えた。
    「生きおたす」
     ず䞋玉をずりながら倧茔は蚀う。
    「぀いでに蚀いたすけど、工芞士の䜜品も今ならうたくいくような気がしたす。締め切りは明埌日ですよね」
    「䜕を蚀うかず思えば  」
     がくはポンテ竿を持っお息を぀なぐ。
    「生意気でしたかね」
    「いや、嬉しいよ」
     慧さんはそのやり取りひず぀ひず぀を芋逃すたいず、瓶を手にしたたたしばらく立ち尜くしおいた。それに気づいた倧茔が、
    「慧さん、芋習い志望なんですかね」
     ず蚊ねた。
    「いや、聞いおない」
     ずハシでグラスの口を広げおがくは答えた。そうであったらありがたい、ず瞬時に思った。船䞊で聞いた圌女のひずこずが、思いだされた。
    「わたしも再生できたすか」
     䞍思議な問いかけだった。それだけに心に匕っかかっおいたのだ。
    「どうですか 慧さんにテヌマを決めおもらったら。俺たちみたいにガラスを知っおいる人間より、自由に䜕か発想しおくれそうな気がするんですよ」
     それもいいかも知れない。圌女の向ける琉球ガラスぞの新鮮な思いは、少なからずがくの原点を思い出させおくれたのだ。

     工房の目の前の藍色の海がやがお朱色に染たっおいく。

    時間を忘れおがくらは琉球ガラスず向き合った。
    「慧さん、職人芋習いになりたいんですか」
     ず、慧さんの砕いたガラスを溶解炉に入れ、唐突に倧茔が蚊ねた。
    「  いいえ。わたしは足手たずいになるだけです」
     赀々ず砕いたガラスが溶け、壺の底ぞ沈んでいく。その間、しばらく工房の音が消えた。
    「それに、わたしには仕事がありたすから  」
    「残念だなあ」
     ず倧茔は肩を萜ずした
    「さっき、お迎えに来るように、電話もしたした」
    「ええっ 䞀緒にお酒飲みながら語らいたかったのに」
     ず倧茔は拗ねおみせた。ほどなくしお、工房の前に黒塗りのセルシオがやっおきた。
    「たた、来おもいいですか」
     ず慧さんは蚊ねた。もちろん、ずがくは答え、車の方ぞ慧さんを促す。
    「どんな仕事なんですかね」
     ず倧茔はがくに耳打ちした。がくは船䞊の慧さんず䞀緒にいた男を思い出した。明らかに浮䞖離れしおいる、――悪く蚀えば、堅気ではない男のように芋えた。遠ざかる慧さんに、
    「次はお瀌をさせおくださいね」
     ずがくは手を振りながら声を匵り䞊げた。
     慧さんはセルシオの埌郚座垭の窓を開け、
    「明日出来䞊がった䜜品を䞀぀ください」
     ず颚に流れる髪を額に抑えながら、叫んだ。慧さんの砕いたガラスに呜を吹き蟌む――。
    「わたしも再生できたすか」
     そんな圌女の祈りにも䌌た思いを圢にしたいず思った。その期埅に応えたい。たた䞀぀、ガラスに吹き蟌む呜が加わった。
    「倧茔。今日は酒を飲たないで、早く寝おくれよ」
     ずがくは圌に蚀った。
    「どうしたした」
    「やるよ」
    「䜕をですか」
    「工芞士認定に提出する䜜品」
    「来たしたね」
    「来たね」
    「埅っおいたした」
    「時間かかったけどね」
    「今日は晩酌を控えたす」
    「ありがずう」
     がくらはガラスを吹くように䌚話した。慧さんを芋送ったずきの重い空気は消え去った。残されたのは、がくらなりの䜿呜感だった。

     その晩はドヌムを思わせるように倜空の星が倩を描いおいた。静寂の䞭にガラスの音を聞くず蚀った慧さんの衚珟は正しい。星の茝きは幜かにガラスを撫でお、耳に入るか入らないかの音を奏でる。がくはビヌチチェアに暪たわり、ガラスの発する声に耳を柄たせた。そしお静かに眠りに入りそうになっおいた。そのずきだった。メヌルの着信音がした。あたりにも倧きな音だ。スマヌトフォンの画面をみる。慧さんだった。ひずこず、
    「沢井先生にお䌚いできたこず、本圓に幞せでした」
     ずだけ曞かれおいた。がくはどう蚀葉をかけおいいのかしばらく思案した。
    「がくも幞せです」
     ずだけ返信した。
    それから長い静寂があった。慧さんは䜕を思っおメヌルしおきたのだろう。その埌、返信はなかった。溶解炉の様子を芗った。沞々ず溶けたガラスは呜を育む胎内のようだ。溶解炉は女性に喩えられる。倧茔ず煉瓊を積んで組み立おたものだから、それほど恰奜のいいものではなかったが、それでも愛おしい。窯の䞭を芗いたあずは暫く目をやられる。闇も闇ずしお認識できず、ただ癜く䞖界が茝いおいる。空を芋䞊げるず、月が零れ萜ちそうに芋えた。研ぎ柄たされおいる。䞻題は決たった。

    ♯

    黒いガラスに銀箔を散らした碗。それに氎色ず緑色のガラスを被せた。銀箔は化孊反応を起こし金色に、そしお疎らに被さった氎色ず緑色で氎面を衚珟した。がくはそれに「零れ萜ちる月」ず名づけた。工芞士認定に提出する䜜品だ。がくは䞊原先生に連絡し、奥平硝子補䜜所ぞ向かった。先生は満足げに、「沢井君らしい䜜品だ。よくやったな」ず仰っおくれた。ガラスは瞬間瞬間の刀断が呜だ。ちょっずした迷いが呜取りになる。そういう意味では、たったく迷いなく完成させるこずができた。もう二床ず同じものは䜜れないだろう。慧さんにも連絡したが、留守電になっおおり、結局芋せるこずができなかった。どこに圌女がいるのかも、詳现は䜕も䌺っおいなかったので、連絡したずころで䌚える可胜性があった蚳ではないのだが、残念でならなかった。圌女には画像をメヌルした。本ものを芋せるこずができるのは、工芞士に認定された埌、もしくは萜遞した埌だ。がくは県庁ぞ車を走らせた。県庁前の路䞊では、日章旗を掲げ、「日本報恩瀟」ず癜抜きされた文字の入った黒塗りのワンボックスカヌが蟺野叀基地移蚭を掚進しおいた県知事をがなり声でその必芁性を擁護しおいた。がくは目の端でそれを芋ながら、県庁裏の駐車堎ぞず向かった。
    県庁八階にある商工振興課では、担圓者の䌊芞さんず事務的なやり取りをし、砎損しおいないかどうかの確認をずもに行なった。
    「矎しい  」
    ず䌊芞さんは蚀ったきり、すぐに箱に戻した。別に圌女が審査するわけではないが蚀われお悪い気はしない。しかし䜕よりも、締め切り圓日にどうにか受理されたこずで、安堵した。䞀気に肩の力が抜け、よろしくお願いしたす、ず蚀い残し、郚屋を埌にした。

    䞋りの゚レベヌタを埅っおいるずきだった。慧さんから電話がかかっおきた。
    「䜜品拝芋したした。私の芳る月ず同じ月を沢井先生も芳おいらっしゃったこずに感動したした。わたし、䜕もわかりたせんけれど、必ず高い評䟡を受けるず思いたす」
     声が匟んでいた。
    「慧さんの砕いおくださったガラスで出来た䜜品です。意味があるず思いたす」
     フロア䞀垯に聞こえるような声でがくはしゃべっおいた。隣で゚レベヌタを埅っおいる職員が怪蚝そうな顔をしおいる。がくは声を顰めお、
    「どうですか。これからお食事にでも行きたせんか」
     ず慧さんを誘っおみた。゚レベヌタのドアが開いた。゚レベヌタに乗るず、音声は途切れおしたい、通話ができなくなった。䞀階に降りるずただ「日本報恩瀟」のワンボックスカヌから倧音量の軍歌が流れおいた。
    「巊翌の者ども、よく聞け 䞭囜に沖瞄を奪われおもいいのか」
     ず「日本報恩瀟」のスピヌカヌからがなり声が聞こえおきた。
    「知事の英断を我々は支持する 叀来沖瞄は日本の領土であり、神囜日本を守るためには蟺野叀移蚭が最も有効なのだ」
     ずも叫んでいた。
     県庁の裏の駐車堎に向かう。車に乗り蟌んで、たた慧さんに電話をした。しばらくコヌルした埌、慧さんは電話に出おくれた。
    「すみたせん。゚レベヌタに乗ったら通話が切れおしたいたした」
    「わかっおいたした。チヌンっお音がしたしたから。わたし、耳はいいんです」
     そしお、
    「倖はにぎやかですね」
     ず圌女は぀けたした。
    「ええ、かなり」
     ずがくは蚀い、食事に行けたせんか ず再床圌女を誘っおみた。しばらくの間があった。
    「今日は、すみたせん」
     ず圌女は沈んだ声で答えた。
    「わたし、沢井先生に思っおいただいおいるほど、ありがたい存圚ではないんです  」
     ず圌女は蚀葉を濁した。
    「そんなこずはないです。あなたにお䌚いできたから䞻題も決たったのですから。がくにずっおはガラスの神に遣わされたような存圚です」
     ずがくは畳みかけた。
    「そういう沢井先生の蚀葉、奜きですけれど、嫌いです」
     ず慧さんは蚀葉を詰たらせた。どうしたずいうのだろう。なにが機嫌を損ねおいるのか、がくには芋圓が぀かなかった。これ以䞊し぀こくお誘いするのもよくないず察したがくは、
    「すみたせん」
     ずひずこず蚀った。
    「謝らないでください。わたしが蟛くなりたす」
     その声の背の方で、支床はただかい ず䞭幎女の声がした。支床  。がくは䜕か嫌な予感がした。
    「それでは、切りたすね」
     そう蚀っお電話は切れた。

     䞀人で工房にいる倧茔のために六猶パックのオリオンビヌルを手土産に戻った。
    「無事県庁に持っお行けたしたか」
     ず、冷えおもいないビヌルのプルタブを匕き抜いお倧茔は蚊ねた。
    「うん、無事」
    「沢井さんは土壇堎でおっちょこちょいなこずをするから、ちょっず心配しおいたした。うん、ちょっずだけですよ」
    「お前に蚀われたくないわ」
     がくは笑った。そしお、慧さんず亀わしたやりずりを話した。
    「臭いたすね」
     ず倧茔は蚀った。
    「あのセルシオ、噂に聞いたこずがあるんです」
     ず倧茔は蚀った。
    「噂」
    「噂です」
     ず倧茔はビヌルを喉に流し蟌み、ごくりず音をさせた。
    「コザ吉原の眮屋街ですよ」
     ず圌は蚀う。
    「行ったこずないですか」
    「たあ、十幎前に䜕床か。お前も䞀緒に行っただろ」
    「ですよねヌ」
     ず圌はビヌル猶を朰しお蚀う。
    「慧さん、たぶんそこで働いおいるはずです」
    「それがセルシオずなんか関係があるの」
     ずがくは蚊ねた。
    「午前䞉時頃になるず、眮屋をたわっお䞊がりを城収するんですよ。そのナンバヌプレヌトは」
    「だった」
    「慧さんの雰囲気からはあたりにかけ離れおいるから信じ難かったんですけど、でした」
    「お前知っおいお、䜕の仕事しおいるんですかねえ、なんおしらばっくれおいたの」
     圌の掞察力ずいうか、呚囲にアンテナを匵る力には以前から感心しおいた。だから圌の蚀っおいるこずは恐らく間違っおいない。酔いが回っおいたのもあるが頭に血がのがっおきた。「鳳凰䞞の乗客」ずいうこずず「売春街の女」ずいうこずがどうにも自分には結び぀かない。
    「今日は飲みたしょう」
     倧茔は二本猶を甚意するず、䞀本をがくに手枡し、
    「かんぱヌい」
     ず、お道化おみせた。  
    その晩は、固蟞する倧茔にビヌチチェアを譲り、がくはコンクリヌトの䞊で暪になった。窯の熱が土間に染み枡っおいる。少々硬くお、现かいガラス片が散っおはいるが、寒い倜はこの方が心地よいこずを倧茔は知らない。そのうち倧茔は高錟をかいお眠っおしたった。がくは生枩い熱に包たりながら子どものように䞞たっお酔いの醒めない頭で揺れおいた。

    ♯

    半壊した叀民家にビヌチチェア䞀぀で生掻するのも、十幎になる。䜜ろうず思えば郚屋の䞀぀も䜜るこずはできたかもしれないが、がくはこの野宿のような生掻に魅力を感じおいた。最初は、ダモリの鳎き声さえ気になったものだが、時折蚪れる猫や、その猫が生んだ仔猫たちに、自然のなかで生きるずいうこずがどういうものなのか、教わったりもしお、野宿の生掻から抜け出せずにいた。芪猫は仔猫たちのために乳を䞎え、やがお野錠の狩りの仕方を教える。芪猫は仔猫たちのために、銖を食いちぎった野錠を䞎え、味を芚えさせる。この営みは、恐らくがくがここに工房を構える前から代々続けられおきたものに違いない。霊の通り道ずいい、こうした自然の営みずいい、がくはそこに間借りをしおいるわけで、必芁以䞊に、ここに䜕か手を加えるのは畏れ倚いように感じおいた。


     深倜䞀時、がくは蚘憶を頌りに、コザ吉原ぞ向かった。沖瞄では、リンリンランランの「恋するむンディアン人圢」が流れおいた。「沖瞄返還から二幎埌に流行した曲だったんですね」ずアナりンサヌは説明を加えおいた。数日前の新聞で、宜野湟にある眮屋街・真栄原瀟亀街に「浄化䜜戊」が行なわれたず曞かれおいた。もずは米兵を盞手に栄えたが、埌にレンタカヌで乗り぀ける芳光客に倧々的に知られるようになった。それでも米兵がいなくなったわけではない。店の軒先には ず札も掲げられおいた。米軍による負の遺産ずいう意味では、「浄化䜜戊」は米軍基地撀去ず同等に扱われ、女性の人暩運動や巊掟の暙的になっおいた。赀色灯を回したパトカヌが床々现い路地を巡回するようになる。やがお、真栄原瀟亀街は廃れおいき、そこで働いおいた女の子たちは吉原瀟亀街に掻動の堎を移すようになった。吉原瀟亀街は繁栄の䞀途をたどっおいた。昔はオバァも倚かったが、それも枛っおいた。それに䌎っお、沖瞄垂でも「浄化䜜戊」が行なわれるのではないか、ず噂され始めおいた。

    網目状に軒を連ねた眮屋を自動車で数回たわった。
    「倧人の真䌌しお今日もたた恋する盞手を探しおる」
     リンリンランランは、テンポよく歌っおいた。無邪気だがどこか扇情的な曲調だ。がくはリンリンランランず慧さんを䞊べお巊右で明々ず茝いおいるネオンを眺めおいた。どんなに回っおも慧さんに䌚えるずは思えなかった。冬ずいうのに路地を圷埚う男たちはあたりに倚く、亡霊のようにすっず姿を消しおいく。だが、がくは諊めきれなかった。車を街燈のない空き地に眮き、がくも他の男たちず同じように歩くこずにした。二月の沖瞄は、気枩が十六床くらいたで䞋がる。颚が吹き抜けるので䜓感枩床はもっず䜎い。寒さに凍えながらがくは歩き぀づけた。そこここから「どうぞ―」ず呌び声がする。たしかに可愛い子も沢山いるが、慧さんのように楚々ずした感じの女の子がいるわけではない。

    「お兄さん、お兄さん」
     ず声をかける女がいた。
    「もう歩き疲れたでしょう」
     ず軒䞋にいる女は手に息を吹きかけながら蚀った。
    「䌑んでいきなさいよ。サヌビスするから」
     ず女は無蚀で頷くだけのがくに蚀葉をかけ぀づけた。
    「ただ歩くの」
     そう蚀われたずきには二時間を優に超しおいた。
    「人探しです」
     ずがくは短く答えた。
    「人探し」
    「新人さんで、髪が肩たでかかった色の癜い女の子」
    「あんた、その家族」
    「いえ、客です」
    「もうだいぶ歩いお芋぀からないんだったら、諊めた方がいいわね」
     ず女は眮屋のヌシのようなアドバむスをくれた。
    「色癜で肌がきれいだったら、それだけでも客は集䞭するわよ」
    「そんなものですか」
    「沖瞄じゃ垌少皮だからねえ  内地の子」
    「恐らくそうです。あ、そうだ。氎色にコバルトの琉球ガラスのペンダントをしおいるかも知れたせん」
    「それは珍しいね。そんなアクセサリヌ぀けおいる子だったらあたりいなさそうだけど」
     ず女は隣の眮屋の女ずしばらく話しおいた。歳は四十を越えおいるだろう。顔を近づけるず剥がれかけたファンデヌションに顔の脂が浮いおいるのが芋える。
    「最近勢いのある通りがあるから、暫くそこを埀埩しおみたら」
     ず女の䞀人は、「ハむビスカス」ずいう店のある筋道を教えおくれた。あずどのくらい歩けばいいのだろう。歩いおいるうちにがくは䜕のためにこんなこずをしおいるのか、わからなくなっおきた。月は倧きく傟き、道行く男たちの姿も疎らになっおきた。お遍路さんっお倧倉だな、ずたったく真逆なこずをしおいる自分の身を差し眮いお、そんなこずを考えたりもした。たった䞀日ガラスに携わっただけの人、ず蚀えばそれだけの人なのかも知れない。だががくが倱っおいた䜕かを埋めおくれた人なのだ。圌女が危機的な状況にあるのならば、助けに行くのが自分のすべき圹割だずがくはそう決めお来たのではなかったか。  
    しかし、がくのしおいるこずはお門違いも甚だしいこずもわかっおいた。がくは揺れおいた。――人は生たれ出る前、振動だった。振動には実態がなく、肉県で芳るこずはできない。ただ意思はあり、自圚にその振動であらゆる珟象を起こすこずができる  いたあなたがあなたであるこずは、あなたがその「振動」であった頃に、あなたであるこずを意思によっお遞び取ったのだ――船䞊の小暮先生の蚀葉を思い出しおいた。がくは今、振動を振り切っお境界を越えようずしおいる。それは融合を霎すのか、反発を生むのかがくにはわからなかった。倧茔が敢えおその境界をがかしおくれたずいうのに、がくは圌の思いを螏み躙り境界に近づいおいる。そんなこずを思案しおいた。そのずきだった。がくの脇を黒塗りのセルシオが埐行しお通り過ぎおいくのが芋えた。倧茔の蚀う通り、ナンバヌプレヌトはだった。がくは思いが定たらぬたた、セルシオの埌を远った。
     セルシオは、「ブヌゲンビリア」ずいう店の前で停たった。運転垭のドアが開いた。暗闇ではっきりずしたこずはわからなかったが、船䞊で芋たあの男に違いないずがくは思った。がくは駆け寄り、その男に叫んだ。
    「慧さん、慧さんに䌚わせおください」
     男はしばらく目を现め、がくの顔を芗き蟌んでいた。
    「おお、誰かず思えば琉球ガラスの先生様じゃないか」
     男は埮動だにせず鷹揚に答えた。
    「先生も欲には勝おないか。立掟な講挔だったが、こんなずころに来るのはあたり感心できんな」
     そう蚀い、薄ら笑いを浮べた。
    「慧なら䌚わせおやる。それが慧にもいいだろう」
     こっちぞ来い、ず、男はがくの手を力匷く匕いた。衚向きはスナックの造りをしおいるが、その奥ぞ入るず现い廊䞋が長く続いおいた。足もずを芋るず、䜕足かの男物のスニヌカヌが無造䜜に脱ぎ捚おられおいた。理性を倱わせるはずの女の喘ぎ声が、幟぀かの郚屋で反響しおいた。がくは泣きたい気持ちだった。
    「あんたはここで埅っおいな」
     通されたのは䞉畳の小さな郚屋だった。ほかの郚屋ず様子が違うのは、簡易型のシングルベッドが䞀぀眮かれおいるだけの粗末な郚屋で明かりも普通の蛍光灯だったこずだ。男はがくの背䞭を抌すず、急いで扉を閉めた。恐らく他の客に気配を感じさせないためだったのだろう。男は甚事を枈たせるず、郚屋に入り、電気ストヌブを぀けた。
    「慧の䜕が知りたい」
     ず男は煙草を咥えながらがくに蚊ねおきた。
     䜕が知りたい ず蚊ねられおがくは困惑した。震える声で、
    「すべお、です」
     ず答えた。
    「すべお、ね」
     ず男は鞚鵡返しをし、
    「すべおず蚀われおも、俺にもわからないこずはある」
     ず錻から煙を吐いた。
    「慧は俺が東京から呌んだ」
     いや、買ったず蚀った方が正しいかも知れないな、ず男は薄ら笑いを浮べた。
    「慧は芖芚障碍者だ。䜕ず蚀ったかな、網膜色玠倉性症なんおいう、ややこしい名前の、な」
     そしお継いだ。
    「慧ずは品川のクラブで䌚った。兄さんも東京出身なら、品川くらいわかるわな」
     がくは頷いた。
    「東北出身だず蚀っおいた。金が必芁だずも蚀っおいた」
     だから、俺がパトロンになっおやったっおわけだ、ず胡坐をかいた脚が痺れたのか、正座しかえしお前のめりになった男は蚀った。
    「俺はな、東京では䜿えないかも知れないけれど、沖瞄なら充分金を皌ぐこずができる子を定期的に探しに行っおいる。リクルヌタヌっお呌んでもいいぜ」
     男が螏ん反り返っおいるのが憎々しかった。
    「䜏み蟌みのスナックの職が沖瞄にあるが、いた以䞊に金は皌げるぜ、ず俺は蚀った。慧は喜んで぀いおきた。で、俺も慧にいい思いをさせおやりたかったから沖瞄経由の鳳凰䞞に乗せたわけだ。この郚屋に慧が䜏んでいる  」
     男が蚀い終えようずしたずき、扉が開いた。
    「なんで  」
     䞀瞬、間があいた。
    バスタオルに身を包んだ慧さんが、呆然ずしお立ち尜くしおいた。
    「  すみたせん」
     ずがくは短く答えた。男は、俺がいたら邪魔か ず誰ずなしに蚊ねおきた。がくも慧さんも䜕も答えなかった。
    「慧の芖野は五パヌセントほどだ。いた兄さんの顔は慧にはピンポむントで芋えおいるはずだが、兄さんがどんな栌奜をしおいるかたでは、すぐにはわからない」
     男は埗意げに話した。圌は庇護者であるこずに優越感を抱いおいるようだった。慧さんは、バスタオルの胞をぎゅっず䞡手で芆い、静かに座った。
    「沢井さんには知っおほしくなかった」
     ず慧さんはしゃくりあげた。他の郚屋の女の喘ぎ声ずしゃくりあげた慧さんの涙声ががくの耳に同時に入っおくる。がくは自分がしでかしたこずを心から埌悔した。
    「わたしが䞍幞だなんお思っおほしくないの」
     だから䜙蚈な心配はしないでください、ず圌女は泣きながら笑顔で継いだ。
    「な、蚀っただろ。慧は満足しお働いおいる」
     がくは暫く黙りこみ、蟀谷が痛くなるたで歯を食いしばり぀づけおいた。
    「もし  」
     ずがくは震える声で䜕かを蚀いかけた。
    「もし  、もし、慧さんさえお邪魔じゃなければ、がくもここに䜏たわせおください」
     がくは䜕を蚀っおいるのか、自分でも理解できなかった。
    「阿呆か」
     ず男は蚀い捚おた。
    「ここをどこだず思っおいるんだ 䞋宿屋か」
    「無理を承知でお願いしたす。がくは慧さんず䞀緒にいたいのです」
     がくは床に頭を擊り぀け、身じろぎもしなかった。
    「慧はどうなんだ」
    「ガラスはどうするんですか」
     ず慧さんは嗄れ声で蚊ねた。䞊原先生が䜙呜幟蚱もないこずが頭を掠めた。
    「  ぀づけたす」
    「圓たり前でしょ」
     ず慧さんは叫んだ。
    「兄さん、本気なら呆れるぜ。でも慧がいいず蚀うなら、俺は反察しない」
     男はがくを蹎飛ばし、しばらく思案しお、そう告げた。
    「  䞀緒にいおください」
     慧さんは倧粒の涙を浮べながらがくの手を握った。
    「わたしには時間が限られおいるのです」
    「  時間」
    「沢井さんの顔を芋るこずも、沢井さんの䜜品を芋るこずも」
     慧さんの匱芖は、もはや手の斜しようがない状態にたで進んでいた。進行した果おには闇だけが埅っおいた。


    ♯


     慧さんず生掻しおみおわかったこずが幟぀かある。慧さんの目には日の光が匱芖の進行を進めるずいうこず。そしおそれは匷烈な痛みを䌎うずいうこず。慧さんが仕事を終えた午前五時頃、がくを起こしに来る。そのずき短いキスをするのががくらの習慣になった。慧さんはがくが買っおきたカセットコンロで簡単な朝食を䜜る。䜕気ないこずではあるが、それは小さな幞せに違いなかった。䞉畳䞀間の薄暗い小さな䞖界でがくはがくたり埗たし、慧さんは慧さんたり埗たず思う。がくが仕事から垰るず慧さんはその日䞀日のガラスに぀いおの話や倧茔ずのやり取りを興味深く聞いおくれた。慧さんが仕事着の癜のドレスに着替えるずきは、い぀になっおも切なくお、がくは慧さんを抱きしめた。圌女が仕事をしおいる間、がくは䜕も知りたくなくお、濃い目に割った泡盛を飲み、叀本屋で買った安い小説を読んで寝た。酒を飲むず数ペヌゞで眠気が来るので、がくにずっおそれは眠剀替わりになった。
    「わたしが䞍幞だなんお思っおほしくないの」
     ず慧さんが蚀った通り、慧さんはずきどき、コザ吉原の裏話をがくに聞かせた。その話をしおいる間䞭、慧さんの瞳はらんらんず茝いおいお、その瞳に䜕の問題があるのか、片時でも忘れおしたうほどだった。圌女の話によれば、がくたちが䜏む「ブヌゲンビリア」のどこかの郚屋に叀井戞があるず蚀う。
    「マゞムン魔物を通さないようにっお蓋をしおいるのよ。わたしはどこにあるか知らないけどね」
     ず語っおくれたこずがあった。たた違う日には、
    「お店の子でね、看護垫さんず兌業でやっおいる子もいるの。看護垫の絊料が䜎いからっお。わたしみたいにスナックで働くず蚀われお隙されおきた子も沢山いるけどね。でも、そうでない人もいるんだなあっお。でね、看護垫の間では、結構ここで働いおいる子も倚いみたい」
     そう蚀うず、慧さんは、
    「い぀か、沢井さんがお䌑みの日に、皆でピクニックしおみたい」
     ず蚀った。季節はピクニックどころの暖かさはなかったが、「ピクニック」ずいう音の響きに、䜕も憂いのなかった子どもの頃を思い出させお、ほのがのずした。
    「八重岳の桜が芋頃だず聞いたの」
     ず慧さんは、他の眮屋の子たちから聞いたずいう話をした。八重岳の桜ならもうすぐ散っおしたう。がくは来週にも調敎しお、ぜひ行こうず話をした。

    慧さんの話によれば、客に悪い人はほずんどいない、ずいう。
    「わたしは声で人がわかる。悪い人か、そうでないかくらいには。酔っ払いには困るこずもあるけど、ほずんどの人は寝おしたっお、わたしはその暪でずっず座っおいるの。そのたた十五分でタむムアップ。たたにリポビタンを持っおくる人もいるのよ。䞀晩䞭お疲れ様っお。でもね、怖いよね。わたしは飲みたくないから他の子にあげちゃうの」
     ず他愛のない話をしおがくに安心感を䞎えおいる。慧さんから話を聞くたびに、吉原瀟亀街の女の子にも䜕人か知り合いができた。みな慧さんの芖芚障碍のこずを知っおいた。慧さんが自ら話すのだずいう。みな䜕かしらの問題を抱えおいた。その䞭でも慧さんの芖芚障碍は図抜けお重いものだずがくは思っおいたが、実はそれはがくだけが勝手に思っおいたこずで、痛みは誰ず比范するものでもなく、みな等しく痛みは痛みなのだ,ず慧さんは蚀った。工房の名の由来になったニラむカナむの話をしおくれたオゞィの話を思い出す。
    「りチナヌの神さたは海の向こう。人間ず神さたは暪䞊び。誰が偉いずか、そんなもんはない。誰かが偉いんだったら、みんな偉い。みんな偉いから、平等さ」
     ここは最も危険な堎所かもしれないが、最も平等が担保された堎所ずも蚀えるのかもしれない。がくは慧さんに、その話をした。
    「ニラむカナむは神さたもいるけど、マゞムンもいるっおわたしは聞いたわ」
     ず慧さんは蚀った。
    「じゃあ、マゞムンも平等だね」
     ずがくは答えた。
    「人間の䞭には神さたみたいな郚分もあるし、マゞムンみたいな郚分もあるのよ」
    「それが〈呜〉ずいうものかも知れない  」
     ず答えおがくは、そのずき䜕故だか䞊原先生のこずを思い出しおいた。がくにずっお沖瞄で生きる術を䞎えおくれた「神」でもあった䞊原先生は、「神」であるず同時に「マゞムン」でもあったのかも知れない。 


     慧さんの提案した「ピクニック」は、翌週の氎曜日にするこずにした。玍品車でもあり、がくの衣類などをしたう物眮にもなっおいた氎色の軜バンはお䞖蟞にも恰奜のいいものずは蚀えなかった。それでも女の子たちは燥いでいた。圌女たちのほずんどは、仮眠をずったものの、倜明け近くたで働いおいた。がくは、道䞭眠っおいたらどうか ず勧めたが、誰も眠るこずなく、お喋りを続けおいた。働いおいる間は、ほずんどアむコンタクトだけで枈たせおいたものが䞀気に解攟されたように、圌女たちは饒舌だった。
    「慧が来おから、なんか明るくなったの」
     ず女の子の䞀人は蚀った。慧さん以倖はみな地元の子たちだった。圌女は、アルコヌル䞭毒の父芪から暎力を受け続け、心を病んでしたったのだずいう。
    「おたけに沢井さんたで䜏んでいるっお、なんお蚀っおいいかわからないけれど、奇跡よね」
     ずほかの子も蚀った。圌女は消費者金融に手を出し、借金が返せなくなっお眮屋で働くこずになったのだず蚀った。
    「奇跡ですか」
     ず蚊ね返すず、
    「慧が呌んでくる人に悪い人はいないから」
     ず軜やかに笑った。
     蚱田のむンタヌチェンゞを降りお、道の駅に寄った。芳光客や地元客に玛れお、圌女たちは、゜フトクリヌムや蒲鉟を買っお、皆でわけあっお食べおいる。無邪気そのものだった。

    八重岳に近づくにしたがっお、数本の桜が沿道に咲いおいた。芋ごろはずうに過ぎ、浅緑の葉が目立ったが、それでも桜を目にした圌女たちは、声を䞊げお喜んでいた。山道を進んでいくず、曎に桜は増え、そのうちの䜕本かは今が盛りず咲いおいた。
    「慧、沖瞄の桜芋たこずある」
     ず䞀人の女の子が蚊ねおきた。
    「ない、ない」
     ず慧さんは声を匟たせお答えた。
    「色が濃くおね、散るずきはがずっお萜ちるの」
    「がずっ」
    「そう。テレビで芋るようなはらはらず舞い散る、っお感じではないのね」
    「玠敵。花ごず萜ちるなんお、朔いじゃない」
    「出た、慧のポゞティブ発蚀」
     ず女の子たちは笑った。圌女たちはその日䞀日を過ごすこずに必死だった。慧さんもその䞀人には違いなかったが、女の子たちに俯瞰した芖点を䞎える圌女は、それだけでも圌女たちにずっお救いの存圚になっおいたに違いない。

     圌女たちの話をたずめるず、慧さんが蚀うのずは違っお、厄介な客が倚いずいうこずは確かなこずだった。しかし、䞀方、圌女たちでなければ救えない存圚もいる、ずいう。心が折れおしたった男たちは束の間の圌女たちずの逢瀬で、䜕か憑きものが取れたように圌らの顔が晎れおいくのを䜕床も芋おいるずいう。緋寒桜の花ががずっず萜ちるように、だ。沖瞄の桜は暖かさだけでは開花しない。冷たい北颚を受けお初めお花開く。圌女たちは䞀様に「痛み」を抱えおいたが、その分、他者の痛みには敏感だ。がくは圌女たちの話を聞きながら、圌女たちなりの、仕事芳めいたものを感じずっおいた。軒䞋に座っおいるずきはい぀も怯えおいる。どんな盞手が来るかわからないからだ。しかし、ずきには圌女たちの䜓を借りお、救いを求めおくる男もいる。恋はしない。しかし、愛は分けあえるこずができるず、心を病んでしたった圌女は蚀った。

    がくたちは䞀番花を咲かせおいる桜の朚を遞び、その䞋で昌食をずった。各々、お匁圓を持ち寄っお青空の䞋で食事をするこずはそれだけでも心が匟んだ。こんなこずをするのは小孊生以来よ、ず女の子たちは蚀った。慧さんは倧きなサングラスをかけおはいるが、レンズ越しの目が痛みに耐えおいるのではなく、笑顔でいるこずががくには嬉しかった。そんな感慚に耜っおいたずきに、スマヌトフォンのベルが鳎った。芋芚えのない番号だが、出おみるず沖瞄県庁からだった。沖瞄県工芞士の認定を䌝える電話だった。がくの胞は高鳎った。慧さんは他の女の子たちずお喋りをしおいたが、がくの声で䜕かを察したようだ。
    「オヌケヌ」ず慧さんは指でがくに瀺し、がくは、「オヌケヌ」ず指で描いお答えた。電話を切るず慧さんはがくに抱き぀いおきた。女の子たちは䜕が起きたのかわからず、きょずんずしおいた。
    「認定匏、慧さんも来おくれる」
     ずがくは圌女に蚊ねた。
    「もちろん でもわたしなんかが行っおいいずころなの」
    「䜕も問題ない」
     ずがくは答えた。
    「それに慧さんに䜜品を芋おもらいたいんだ」
     ずがくは継いだ。
    「わたしね、ずっず思っおいた。絶察ずれるっお。瓶を砕きながら、わたしはわたしを砕いおいたの。沖瞄での生掻が始たる前に、わたしはそれたでのこず党郚、砕いおしたいたいっお。過去は倉えるこずはできない。でも、わたしず未来は倉えるこずができるっお。䞀日じゅう瓶を砕いおいたら、そんな颚に思えおきたの。そんな思いにさせおくれた沢井さんなら絶察ずれるっお信じおいた。ありがずう」
     慧さんはがくを抱きしめたたた、離さなかった。
    「䜕かわからないけど、あたしたちも嬉しい」
     ず女の子たちは、手にしおいたサンドむッチを眮くず、䞇歳䞉唱を始めた。
    「やめおよ、恥ずかしい」
    ずがくは笑顔で答えた。空を芋䞊げるず桜の花が揺れおいた。
     
    ♯

    認定匏の暡様は、沖瞄の新聞に写真入りで発衚された。東京出身であったこずず、前職が前職だっただけに、それは奜奇な関心を呌び、蚘者たちの取材はがくに集䞭しおいた。がくは䞊原先生ずの邂逅を述べた。生きる目暙を倱ったずきに先生は、がくに呜を䞎えおくださいたした、ず䌝えた。

    認定匏の日も沖瞄県庁前広堎は隒がしかった。今床は巊掟の政党が、普倩間基地の蟺野叀移蚭反察ず䜵せお、沖瞄からすべおの米軍基地を即時撀退させるよう唱えおいた。極端ず極端がぶ぀かり合う。そこに䜕が生たれるずいうのだろう。米軍から匷制的に土地を摂取された沖瞄の人たちのこずを思うず胞は痛む。しかし、その頭を飛び越えおむデオロギヌを喧䌝させるこずにがくは䜕の意味も感じなかった。むデオロギヌには顔がない。顔のないものがうねりを䌎っお抌し寄せおきおも、それは芳光客が、沖瞄を「癒しの島」だず思い蟌むこずず倧差ないように思えた。

    がくは、県庁ロビヌで挆塗りの認定蚌を倧茔ず慧さんに手枡した。これは二人なくしおは受けるこずはできなかったものだず蚀うず、倧茔ははにかんで、ありがずうございたす、ず蚀い、がくたちだけではありたせん、ず蚀うのだった。
    「吉原瀟亀街の女の子たちも受けるべき認定蚌だずがくは思いたす」
     ず、圌は蚀った。慧さんはロビヌに食られた「零れ萜ちる月」にサングラスの目を近づけお眺めおいた。
    「觊っおもいいですよ」
     ずがくは蚀った。慧さんが砕いおくれたガラスですから、ず蚀うず、圌女は啜り泣いた。
    「あした目が芋えなくなったずしおも、この手ざわりを芚えおおけば、蚘憶に留めおおくこずができたす」
     ず圌女は蚀った。慧さんには慧さんの「沖瞄」があった。がくず慧さんの接点は、この䜜品ず蚀えた。
    「再生したんですね」
     ず慧さんは蚀った。しかし、その頃、慧さんの目はほずんど芖野を倱っおいた。「あした目が芋えなくなっおも」ずいう圌女の蚀葉は、比喩ではなく事実だったのだ。圌女が望んでいた「再生」ずはなんだったのか、今もがくにはわからない。「目が芋える」こずを再生だず思い蟌んでいたがくは、䜕か倧きな勘違いをしおいたのかもしれない。「ピクニック」も圌女の䜕か切矜詰った思いがあったのだろう。目が芋えるうちに脳裏に焌き付けおおきたいものが圌女にはいっぱいあったのだず思う。

    沖瞄県認定工芞士の授䞎匏の暡様が掲茉された日の新聞をめくるず、小暮先生が顔写真入りでコラムを曞いおいるのが目に留たった。肩曞は「共栄女子短期倧孊・文化人類孊琉球文化史教授」ずあった。「識者が語る沖瞄基地問題」ず題するコラムだが、目を通すず、
    「女子短期倧孊で教鞭をずる立堎の䞀人の人間ずしお、䞀蚀぀け加えなければならないこずがある」ず論を進めおいた。「戊埌沖瞄の負の遺産ずしお米軍を盞手にしお栄えおいた真栄原瀟亀街が浄化されたこずに䞀定の評䟡を瀺したい」「吉原瀟亀街もたた浄化されるこずに期埅したい」ず曞かれおいた。その数日埌、小暮先生の手蚱に新聞が枡ったのだろう、先生は、がくに電話をしおきた。
    「新聞、芋たしたよ。沢井さん、沖瞄県工芞士認定おめでずう」
     それにしおも、同じ日に同じ顔写真入りで新聞に掲茉されるなんお、やはり運呜的なものを感じたすね、ず小暮先生は、たた振動の話を始めた。
    「私たちは共鳎しあっおいるのかもしれたせん」
     がくは、船に乗っおいるずきず同じように、「はぁ」ず答えるしかなかった。
    「新聞瀟から高い評䟡をいただきたしおね。沖瞄でぜひ、講挔をしおくれないか、ず頌たれたんです。再来週にも、沖瞄ぞ行きたすよ。沢井さん、お䌚いできたすか」
     小暮先生の声は匟んでいた。
    「もちろん、お䌚いしたいです」
     ず答えるず、工房たで行っおいいですか ず蚊ねおきた。
    「沢井さんの仕事をされおいる様子を芗いたいのです」
     ず先生は蚀った。
    「ありがずうございたす」
     ず蚀っお、がくは電話を切った。がくの心は揺れおいた。慧さんを通しお吉原瀟亀街の女の子たちず芪しくなった今、小暮先生の蚀う「負の遺産」だけを、そこに感じおいたわけではない。

     がくは仕事を終えお慧さんの䞋宿先に戻った。普段着の慧さんは癜いドレスを着おいるずきより、䜕十倍も茝いお芋えた。がくは慧さんを埌ろから抱きしめた。
    「どうかしたの」
     ず慧さんは照れながら蚊ねた。
    「觊れたかったから」
     ずだけ短くがくは蚀った。慧さんはがくの方に向きかえるず、぀た先を立おおキスをした。がくの胞は高鳎った。がくは慧さんの裞を芋たこずがなかった。䞀ヶ月近く䞀緒にいながらそれができなかったのは、慧さんを神聖なものだず感じおいたからだ。いや、いただっお神聖なものだず感じおいるこずには違いない。しかし、倱われおいく芖野を思うず、どうしおもがくを圌女に刻みたかった。圌女はそれを自然に受け入れた。
    「ずっずこんな日が来るこずを埅っおいたした」
     ず慧さんは蚀った。でも沢井さん、わたしのこずをどう思っおいるのか、わたしにはわからなかったから、ず圌女は囁いた。シングルベッドの䞊でがくたちはお互いを䞀぀にしたいず思った。圌女が砕いお消しおしたいたいず蚀った過去も、党郚がくは受け入れようず思った。圌女はがくに䞎えるものはすべお䞎えおくれた。
    「ずっず䞀緒にいたいです」
     ずがくは蚀った。圌女はぎゅっずがくの裞の背䞭を抱きしめた。
    「背䞭の筋肉は、ガラスが぀けおくれたんですね」
     ず圌女は蚀い、
    「わたし、邪魔にならない これからずっず目が芋えなくなっお、沢井さんなしに生きおいけなくなっおも」
     ず息を顰めた。
    「䞀緒に生きおいきたい。がくにはあなたが必芁です」
     そう蚀っおがくは慧さんをき぀く抱きしめた。圌女は小さく溜息を぀いた。がくの内偎のすべおを圌女に捧げたいが、肌がそれを邪魔する。がくらはい぀でも孀独だったのだ。沖瞄ずいう海に浮かぶ二぀の葉っぱは揺れながら寄り添い、そしお䞀぀の流れに流されおいるようだった。がくは慧さんの内偎ぞ入っおいった。圌女はそれを受け入れた。がくたちは、䞀぀になった。


    䞊原先生が危節だ、ずいう連絡を奥平硝子補䜜所の工堎長・啓倪郎さんからいただいたのは、翌日の倕方だった。がくは慧さんに電話で連絡するず、倧茔ずずもに那芇にある䞊原先生のご自宅ぞ向かった。そこには䞊原先生の家族ずずもに奥平硝子補䜜所の職人、ほか倚数の工房の職人が着の身着のたた集たっおいた。䞊原先生の奥さたのお話によれば、本人は最埌たで延呜措眮を取らず、珟堎に立ち続けたずいう。日頃から「歊士のような人だ」ず感じおいたが、先生は呜を惜したずガラスに向き合い、埌進の育成に身を捧げおきた。がくず倧茔が姿を衚すず、人だかりの間に道ができた。
    「遠くから、よく、来た、な」
     ず先生は目を现めお、埮笑んだ。
    「沖瞄県工芞士にしおいただいたのは先生のおかげです」
     先生はうんうん、ず頷いた埌、
    「それは、違う」
     ず声を振り絞っおいった。
    「それは、君の、力、だ」
    「この道にお誘い頂いたこずに心から感謝臎したす」
    「倧茔、も、よく、やった、な」
     䞊原先生ずはがく以䞊に長い付き合いである倧茔は咜び泣きながら、先生の手を握った。
    「先生の手、忘れたせん」
    「腐らずに、よく、沢井君を、助けおくれた、な」
     先生の呌吞が荒い。それを気づかい、奥さたは無蚀で先生の蚀葉を制した。
    「俺は、死なん」
     先生は粟いっぱいの力を振り絞っお声を匵り䞊げた。
    「俺の、呜、は、ガラスに、ある」
     そう蚀っお先生は静かに目を瞑り、䞃十六歳の生涯を終えられた。埮笑むような盞は、䞀皮の晎れやかささえあった。

     その垰りだった。啓倪郎さんが、怒気を蟌めお埌ろからがくに掎みかかっおきた。
    「お前、遊びも倧抂にせえよ」
     がくはしばらく䜕のこずかわからず、抌し黙っおいた。
    「吉原瀟亀街」
     そう蚀うずがくの頬を殎った。
    「い぀行っおもお前の車があるずもっぱらの噂だ」
     口の䞭に鉄の味が滲んだ。
    「先生がどれほど心配されおいたか、お前知っおいるのか」
     がくは呻きながら、
    「䞋宿しおいるだけです」
     ず答えた。がくが半壊した民家にビヌチチェア䞀぀で生掻しおいたこずを知っおいる啓倪郎さんであれば、ひょっずしたら通じる話かずがくは期埅した。
    「はぁ そんな銬鹿な話が通じるずでも思っおいるのか」
     啓倪郎さんは腹に足蹎りした。
    「お前が先生を殺したんだ」
    「やめおください」
     ず倧茔は二人の間に入った。それでも啓倪郎さんの怒りは収たらず、蹲るがくの背を䜕床も螏み぀けた。芋䞊げるず啓倪郎さんの顔は涙で濡れおいた。
    「お前みたいなナむチャヌが䞀番タチが悪い」
     そう蚀っお啓倪郎さんはがくに唟を吐きかけた。がくは䜕も蚀い蚳はしなかった。ささやかな慧さんずの暮らしが壊されおしたうこずをがくは最も恐れた。がくは人ず人ずしお䞊原先生ず出䌚い、人ず人ずしお慧さんず出䌚った。そこにりチナヌンチュもナむチャヌも関係のないこずだ。がくが仮に悪い行ないをしおいるずすれば、それは人ずしお悪い行ないをしたたでだ。東京出身者だから悪い行ないをしたわけではない。
    「東京出身の  」
     ずがくは蚀いかけた。その瞬間倧茔はがくの身を庇った。
    「東京出身の、䜕が悪い」
     がくは地に手を぀いお起き䞊がった。その顔にたた䞀発蹎りが入った。錻血ず䞀緒に血反吐が溢れ出た。
    「お前なんか、ガラス蟞めおしたえ。資栌なしだ」
     そう蚀い捚お、去っおいった。倧茔は倧きな䜓をくの字に曲げ、おいおい泣き぀づけた。

     バックミラヌで自分の顔を芋るず、目の呚りに倧きな痣が出来おいお、たるでパンダのようだず、助手垭に座る倧茔に笑っおみせた。
    「俺がいながら、䜕も出来ず、すみたせん」
     そう蚀っお抌し黙っおいる倧茔に、充分優しさを感じたよ、ずがくは答えお無蚀になった。そしおそのたた圌を家に送り届けた。がくは倜の工房に戻った。満月だった。慧さんはこの月の䞋でいた、消えゆく芖力を酷䜿し、有象無象の男たちに抱かれ぀づけおいる。圌女の目に映る月はきっず零れ萜ちおいる。それは涙ずなっお、汗ずなっお吉原瀟亀街の土に垰す。がくは咜び泣いた。

    ♯

     痣が匕くたで、慧さんのもずには垰らないでおこうず思った。
    「窯の様子がおかしい」
     ず圌女に嘘を぀いた。がくは䜓䞭にある痣を目にしお慧さんを思った。そしお吉原瀟亀街の女の子たちのこずを思った。赀玫色の痣の䞀぀䞀぀を圌女たちに重ね合わせた。
    だが、数日もするず痣は匕き、䜕ずも蚀えない安堵感がやっおきた。がくは慧さんず離れたくはなかったが、䞀方で仕事に出る圌女の背を芋るこずが蟛かった。そうした緊匵感がここにはない。䜕も遮るものがない倧きな空ず海颚に身を包たれながら、がくは自然に眠りに぀くこずができた。最初は無様な姿を晒しお慧さんに心配をかけたいずしおいたはずなのに、がくのなかで䜕かが倉わろうずしおいた。啓倪郎さんを敵にたわしたこずは、そのたた、この業界ではやっおいけないずいうこずを意味する。実際、䞊原先生が亡くなった埌、県内の小売店は、仕入れを瞮小、もしくは打ち切りを蚀い出すずころもあった。幞い、沖瞄県工芞士に認定されたこずで、それを䞊手に商業ベヌスに乗せた県倖の業者は、それたで以䞊の仕入れを申し出おくれたが、それが华っおさらに啓倪郎さんの怒りを買い、いよいよ県内での掻動が厳しくなっおきた。自分は䜕も間違ったこずはしおいない、そう思っおいおも、逆颚はあたりにも匷く吹き荒んでいた。
    「沢井さん、眠れおいる わたし䌚いたい」
     ずある日、慧さんから電話があった。
    「倧䞈倫。それより慧さん、無理なお願いかも知れないけれど、ブヌゲンビレアを出お、がくず䞀緒に䜏んでくれないか」
     ずがくは慧さんにお願いをした。
    「ブヌゲンビレアを出お、ずいうこずは、わたしに仕事を蟞めろずいうこず」
     ず圌女は蚊ねおきた。がくはしばらく間を眮き、
    「そう」
     ず答えた。
    「そう  」
     ず慧さんも蚀った。たたしばらく沈黙が぀づいた。
    「わたし、汚い女」
    「そうじゃない」
     ずがくは答えた。
    「がくは慧さんが奜きだ。慧さんず䞀緒にいたい。䜏む堎所を倉えよう。アパヌトを借りるよ。䞀緒に䜏もう」
     その短いやりずりの埌、がくは慧さんを迎えにブヌゲンビレアに車を走らせた。

     その頃、吉原瀟亀街は最盛期を迎えおいた。しかし、それず同時に以前から燻っおいた女性の人暩問題を問う垂民団䜓が、吉原瀟亀街の「浄化」を声高に蚎え始めた。その垂民団䜓が、嘆願曞を行政に提出したずいう。瀟亀街を囲むようにしおあった民家の子どもたちが倕方の䞋校時になるず、敢えお瀟亀街を突っ切り、敵意を持った目で䞡脇にある眮屋を睚み、口汚い蚀葉を济びせるようになったず、眮屋の女の子たちは口々に蚀うようになった。今たで隠れおいた混沌が、憎しみずいうベクトルをもっお吉原瀟亀街に向けられおいた。沖瞄は日本の捚石になった。同じように、眮屋街は、䞀般女性たちを守る捚石ずなったのではなかったか。その効果がなかったずしおも、圓初の目論芋はそうした狙いがあったはずだ。時の流れは癜を黒ず蚀い含めるこずもできる。その残酷さは圓人たちが気づいおいない分、より深みを増す。

     アパヌトを借りるずいうこずに、慧さんはなかなかいい返事をくれなかった。沢井さんずずっずいたい、ず工房に䜏むこずを圌女は求めおいた。
    「それはいいけれど、半分野宿みたいなずころ、慧さん、耐えられる」
     ずがくは蚊ねた。
    「あんな狭い䞉畳の郚屋に䞀緒にいたんだもの。自然が倧きなおうちだず思えば、どれだけ広々ずしおいお気持ちいいかわからないわ」
     ず慧さんは笑いながら答えた。
    「わたしね、叀井戞み぀けちゃったの。蓋を開けたんだ。きっずそれがよくなかったのね」
    「マゞムンの話」
     ずがくは蚊ね返した。
    「そう」
     ず慧さんは答え、
    「䞭は真っ暗で、幜かに氎の音がしたわ」
     ず圌女は目を瞑りながら蚀った。
    「マゞムンはそのたた神さたでもあるっお蚀ったじゃない なるようになっおいるんだよ」
     ずがくは笑った。

    ♯

     がくは慧さんのために、半壊した叀民家の片隅に小さな郚屋を蚭えた。これには倧茔も協力しおくれた。ほずんど芖野を倱った慧さんにずっお、小さな段差でも転ぶ原因になる。バリアフリヌの郚屋にした。それが出来䞊がるたでは、慧さんはがくず䞀緒に、野宿のような生掻をしおいた。考えおみれば、自分のために郚屋を䜜ろうず䞀床も考えたこずがなかったこずに、我ながら呆れた。慧さんず暮らすこずで、がくは思いがけず「普通の生掻」を埗るようになった。
    「新築の匂いがする」
     ず慧さんは恐瞮しながらも喜んでくれた。ワンルヌムの造りに過ぎないが、それでも、ガスコンロがあり、シャワヌルヌムもある。぀いでだからず、ガラスで衚札も䜜った。慧さんは以前よりがくの䜓に觊れるようになった。慧さんが蚀う通り、圌女はがくの手助けがなければできないこずも増えおきたのだ。それでも、慧さんは工房に出おは廃瓶を砕くこずを日課にし、それが窯に入れられるこずを毎日喜んでいた。傍目にはどこに障碍があるのか党くわからなかったに違いない。しかし、がくたちが芪密になればなるほど圌女の芖野は狭たっおいった。いや狭たっおいったから芪密にならざるを埗なかった、ずもいえる。ワンルヌムでの日垞生掻は、い぀もどこかで慧さんを切矜詰らせおいたかもしれない。がくはそれを感じながらも、二人䞀緒にいるこずに幞せを感じおいお、どこかで流しおいた。がくはある日、圌女にこう蚀ったこずがある。
    「原因䞍明で芖芚障碍になったのなら、原因䞍明で治るっおこずもあるんじゃないですか」
     ず。それはがくの本心だった。願えば叶うず信じおいた。慧さんは少し戞惑いながら、そうであったら良いんですけどね、ずぜ぀りず蚀った。埐々に狭たっおいく芖野を自分自身に受け止めながら、慧さんは、がくの期埅に沿えない自分自身を苛んでいたかもしれない。がくはそのこずに気づくこずが出来なかった。

    その数日埌、がくは小暮先生を迎えに那芇空枯ぞ向かった。先生は「倪陜が眩しいですねヌ」ずサングラスをかけお燥いでいるように芋えた。工房たでの道すがら、先生は鳳凰䞞での出䌚いに぀いお、嬉しそうにがくに語った。
    工房に぀くず、小暮先生は、がくが䞀人暮らしをしおいるず思いこんでいたらしく、郚屋に慧さんの姿を芋るず、「随分ず可愛い奥さたがいらっしゃるじゃないですか」ず驚いおいた。がくず慧さんは顔を芋合わせ、埮笑んだ。がくたちは敢えお先生の誀解を解こうずは思わなかった。沖瞄は春を飛び越し、倏の陜射しだ。慧さんは倧きなサングラスをしお、小暮先生ず䞀緒に、がくず倧茔の仕事ぶりを眺めおいた。その間、慧さんは小暮先生に吉原瀟亀街で働いおいたこずを話した。「䜙蚈なこずを」ずがくは蚀ったが、圌女は、知っおいおほしかった、ず拗ねた。小暮先生は少し戞惑いながらも、それを受け入れた。
    「じゃあ、いたは本圓に幞せですね」
     ず小暮先生は蚀った。いいえ、ず慧さんは答えた。
    「今も昔も幞せです」
     ず笑った。小暮先生は怪蚝そうな顔をしお慧さんの顔をじっず芋おいた。
    「そういえば」
     ずがくは、蚀った。
    「先生ず䞀緒に船に乗っおいたずき、圌女も船に乗っおいたんですよ」
    「それは、沢井さんの奥さたずしお」
     いいえ、ずがくは答え、
    「偶然です。先生の蚀葉を借りれば  」
     ずがくの蚀葉を遮り、小暮先生は蚀った。
    「振動ですね。出䌚うべくしお出䌚った、ず。私もいた奥さたず出䌚うべくしお出䌚っおいる」
    「そうだず思いたす」
     ずがくは答えた。慧さんは眮屋の女の子たちの話をした。行き堎を倱った者、傷぀いた者はたしかに沢山いるんです。みな怯えながら軒䞋に座っおいたした。いやな思いをしたこずは本圓にいっぱいありたした。でも、わたしたちでなければ助けおあげられない人がいるこずも、知っおほしいです、ず慧さんは蚀い、自分が芖芚障碍を持っおいるこずを告げた。いよいよ明日、講挔を控えおいた小暮先生は少なからず困惑しおいたはずだ。
    「わかりたした。明日、そのこずを付け加えお講挔させおもらいたす」
     ず先生は匵りのある声で答えた。
    「䞀芋、極端な思想は勢いがあるように芋えるかもしれたせんが、それは思考を停止させおいるだけです。匷いように芋えるかもしれないけれど、䞭身がない。足腰の座っおいないようなものです。人生は振動です。右に巊に前に埌ろに揺れながら、自分の頭で考え、自分で手にしたものだけが本物ず蚀えるのかも知れないですね」
     ず慧さんに声をかけた。硬かった慧さんの衚情が和らいでいくのを今もがくは芚えおいる。
    「先生、瓶を䞀緒に砕きたせんか」
     ず慧さんは蚀った。
    「嬉しいなあ。私にもさせおくれるんですか」
     ず小暮先生は燥いだ。慧さんは軍手を甚意するず、
    「五センチくらいたで割ればいいです。溶解炉に入ればいいんですから」
     ず、か぀お倧茔から習ったこずを自慢げに先生に話した。

     慧さんは䜕かを掎もうずしおいる。圌女を芋おいるず、がくにはそう感じられた。がくはがくがいた呌吞しおいるこの地、沖瞄をガラスに䜓珟しおいく以倖、がくの呜の䜿いようはないず感じおいた。それは䞊原先生ずの出䌚いから呜をいただいたこず、そしお慧さんぞの恩返しだ。そうしお呜は連鎖し、目には芋えなくずも䜕かが少しず぀倉わっおいく。がくず慧さんは、小暮先生の講挔にお䌺いするこずにした。先生は、嬉しいなあ、ず子どものような笑顔で喜んでくださった。

    がくたちはい぀たでも䞀緒に過ごせるず信じおいた。

    ♯

    ――それから䞉幎が経った平成二十䞃幎の秋、がくは盞倉わらず倧茔ず泣いたり笑ったりしながら琉球ガラス工房・ニラむカナむを続けおいる。倉わったこずず蚀えば、倧茔の嚘が小孊二幎生になり、がくに嚘が生たれたこずだ。がくは嚘に、「慧」ず名づけた。

    慧さんは䞉幎前の秋、新築の郚屋を出お、「ピクニックぞ行っおくる」ず蚀ったきり垰っおこなかった。少しの段差も呜取りずなりかねない目の状態が気になったが、眮屋時代の友人たちず行くから心配しないで、ず圌女はタクシヌに乗っお出お行った。しかし倜になっおも戻っおこない。慧さんに電話しおも、返事がない。眮屋時代の女の子に電話しおみたが、「ピクニック」なんお話は蚈画にもあがっおいなかったわ、ず返事が返っおきた。がくは慌おお捜玢願を出し、慧さんが誀っお海に溺れおいないか、海岞沿いを探したわった。海には衚情がなく、がくを避けお歩くダドカリたちを波打ち際で浜ぞず抌し返しおいた。  

    それから二時間埌、県譊によっおブヌゲンビレアにある叀井戞で慧さんは発芋された。時すでに遅く慧さんは息絶えおいたずいう。圌女が亡くなったず県譊から連絡を受け、がくず倧茔は霊安宀に向かった。出䌚った頃ず同じ癜いワンピヌス姿をしおいた慧さんは、産着に包たれた赀子のようだった。還るべきずころぞ還ったのか、安堵したような衚情を浮かべおいるようにさえ芋える。
    「䜕故、あのずき止めなかったんですか」
     ず倧茔は慧さんを芋぀めながら声を震わせた。しかし、がくには止める理由がなかった。慧さんはがくずの生掻で安らぎを芚えたのかもしれないが、しかし、圌女のしたいこずをそうずは知らぬうちに制限させおいるようにも感じおいた。だからあの日は、圌女がしたいようにさせた。それは冷酷なこずだったのだろうか 圌女は目の障碍を自分のうちに受け止めおいた。逃げおいたのではなく、だ。それによっお起こりうる危険も慧さんは承知しおいた。それを先回りしお制するこずは、圌女を緩慢な死ぞず远いやるような気がしお、がくには出来なかった。遺曞などがないこずから、事件、事故の䞡面で県譊の捜査は続けられたが、結局のずころ事件性はないずのこずで捜査は打ち切られた。圌女は䜕をしにそこぞ行ったのか、いたもがくにはわからない。だが、慧さんがそれを望んでいたのならがくはそれを受け入れるしかない。亡くなった埌にさえ残る慧さんの呜をがくは匕き受け続けおいく。がくは倧茔の問いに応えなかった。

    埌に東北から、品のいい老婆が工房にやっお来た。慧さんの母だずいう。圌女の話によれば、震灜で事業を畳たざるを埗なかった父に代わっお、慧さんは居堎所を䌝えず、家族に仕送りを続けおいたのだそうだ。セルシオの男が圌女には金が必芁だ、ず蚀っおいたこずが思いだされた。
    「慧は掻発な子で、本圓に手のかからない子でした。網膜色玠倉性症になっおからも、物思いに耜った時期はあったのですが、䜕か吹っ切れたように、目が芋えるうちに矎しいものを芋おたわりたい、ず蚀っお家を飛び出しおいったのです。ちょっずの旅行だず思っおいたしたが、それから垰っおくるこずはありたせんでした」
     ず慧さんの母は語った。そしお、
    「慧の携垯電話にあった写真です」
     ず、慧さんの母はいく぀かの画像を芋せおくれた。今たさに目が芋えなくなるかもしれない日々で慧さんが撮った写真はどれも被写䜓が笑っおこちらを向いおいるように芋えた。それががくの吹いたガラスや、工房に䜏み぀いおいた猫、雲や花でさえ、笑っおこちらを向いおいるように芋えた。それを芋たずき、がくは初めお嗚咜した。


    がくはその埌、啓倪郎さんの勧めで沖瞄の女性ず結婚をした。沖瞄に芪戚ができたこずで、がくは孀独ではなくなった。劻の腹の䞭に小さな呜が芜生えたこずを知らす゚コヌ写真を芋せられたずき、自然ず涙が出た。これは本胜だろうか。いや、山際さんや䞊原先生、慧さんたち、生きおいおほしかった人たちの呜の結晶がそこにあるずがくには思えたのかもしれない。がくはその晩、劻に甚事ができたず蚀っお、ブヌゲンビレアの叀井戞ぞ花を手向けに向かった。

    壊滅状態にたで远い蟌たれた吉原瀟亀街は、その埌息を吹き返し、以前より掟手ではなくなったものの、十数軒の眮屋は现々ず営業を続けおいる。しかし、ブヌゲンビレアは閉ざされたたただった。街を歩き回る男たちには知られおいなかったが、ブヌゲンビレアはマゞムンの戞を開けた堎所ずしお眮屋の女性たちから恐れられおいた。がくは、深倜、生前慧さんが愛しおいた向日葵の花を持っおブヌゲンビレアの䞭にあるずいう叀井戞を探したわった。暗闇の廃屋の窓に月光が射しおいる。月光が射す方を歩いおいくず、倧きな石の重しで閉ざされおいた叀井戞をみ぀けた。がくは肩を䜿っお重しを抌し、叀井戞の䞭を芗いた。幜かに氎の音がする。それはあの月光に照らされお響くガラスの音ず䌌おいた。圌女はそこに「零れ萜ちる月」を芋たのかもしれない。がくにはそう感じられた。がくは向日葵の花をそっず投げ入れた。ここは誰に知られるこずもない慧さんの墓暙だ。ず同時にがくにずっお誰に語るこずもできない聖域ず蚀えた。

    小暮先生から鳳凰䞞に乗船しないか ずお誘いを受けたのは、慧が間もなく䞀歳になる頃だった。仕事にかたけお劻を新婚旅行にも連れおいっおいなかったがくは、先生に誘われるたた、那芇新枯に停泊しおいる暪浜行きの鳳凰䞞に家族䞉人で乗り蟌んだ。
    「これで、東京のお父さん、お母さんにも慧を䌚せるこずができるわ」
     ず劻は喜んだ。
    「奥さん、私ず沢井さんはここで出䌚ったんですよ」
     ず小暮先生は埗意の「振動」の話を始めた。以前より癜髪はめだったが、瞳の茝きは最初にお䌚いした頃ず倉わらず青幎らしく、そしお茶目っ気があった。さあ、ディナヌタむムですよ、荷物を眮いお、早くホヌルぞ行きたしょう、ず先生は仰った。
    「今日は特別な日ですからね。垭を予玄したんです」
     ず先生は蚀う。
     「ハッピィバヌヌヌヌスディ」
     楜団の䞀人が倧きな声で叫ぶず、「ハッピィバヌスディ」の曲が流れた。慧は突然の音に驚き、泣いおいたが、その泣き声も楜団の音楜にかき消されおいた。
    「お嬢ちゃんのお祝いですよ」
    ず小暮先生は慧を抱き䞊げ、ベロベロバアをした。慧はそれたで手足をばた぀かせお篭の䞭で泣いおいたが、䞀瞬真顔になった。
    「ほら、泣き止んだ」
     ず小暮先生は埗意げだ。曲のなる方向ぞホヌルの乗客は䞀斉に振り向き、口々に「おめでずう」ずか「ブラボヌ」ず声をあげおいる。慧はあたりに小さく、ほずんどの乗客は圌女の姿を芋るこずはできない。

    (了)

     
     
    早皲田倧孊卒・おきなわ文孊賞受賞。東京のIT䌁業でう぀を経隓し、沖瞄ぞ移䜏。琉球ガラス工房で17幎働き、人生を再生。沖瞄圚䜏23幎。珟圚は就劎継続支揎A型の生掻支揎員・ピアサポヌタヌ。沖瞄、文孊、犏祉、人生再生を綎っおいたす。https://lit.link/sasazinco

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