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元気になりたいけど元気になれない時もある


    元気になりたい気持ちは、ずっとある。

    どうやっても元気になれない時がある。

    軽やかに人と話したいし、楽しい予定を入れて、前向きに毎日を過ごしたい。

    誰かとランチやお茶をしてみたり、出かけてみたり、家族と楽しい時間をつくったりしてみても、以前の気持ちとはなんだか違う。
    客観的にその場を俯瞰してみていて、表面的な楽しい風景で、心の底では楽しめていない。

    空元気。ほんとにそんな言葉がピッタリな。

    ポジティブな言葉の代表である
    楽しい
    うれしい

    そんな気持ちが薄れた感じ。

    セロトニンやオキシトシン不足だというネット記事を読んで、それに効くらしい睡眠や食事、アロマなんかを試してみて気づく。
    そんなことを頑張ることがなんだかしんどい?

    私どうしたのかな。。。
    鬱になったのかな。。。

    昔、軽く鬱を経験したが、その時とはちょっと違う。

    身体ではなく、もっと奥のほうが重たい感じ。
    頑張ればどうにかなる、というより、そもそもエネルギーが湧いてこない。

    更年期かもだし、ちょっと鬱々した時期かもだし、原因ははっきりわからない。悲しい出来事も辛い出来事も見当たらない。

    そんな時に元気な人を見ると少し苦しくなる。
    その人が悪いわけじゃないのに。
    きっと、その明るさに救われている人もたくさんいると思うし、そういう人のまわりには、人が集まっていて、楽しそうで、ちょっと羨ましくなっている自分がいたりして。

     それを見ながら、自分が沈んでいる時には、その空気にはちょっと疲れてしまう。

    だけど、よく考えてみると、自分も調子がいい時には、楽しさをそのまま誰かに共有している。それを気にしていたら、楽しむ時に楽しみきれない。

    元気な時には、世界も明るく見える。
    しんどい時には、少し重く感じる。

    ただ、それだけなのかもしれない。

    それだけのことに、心がザワザワしている。 
    そんな小さなことに揺れている自分に落ち込んでみたりしては、無駄な時間だな。とハッとしたり。たまに元気な日には、大丈夫だと思えたり。
    低空飛行をしながら、小さな上昇に安堵する。

    そんな時間が増やしはじめて2年ほどたっている。無理に楽しむことを諦めて、ただ休む。

    まず諦めるという決断をする。

    家で好きな食器でお茶を飲みながら、ただボーっとしてみたり、ゴロゴロとソファでスマホゲームをしたり、昼寝をしてみたり。気づいたらゲームのレベルが1932になっていて、子供にすら、そんなにゲームしてるの?と呆れられた。

    ゲームは単純で何も考えずにレベルが上がるのが私にはちょうどよかった。

    休んでいても、何かしなきゃ落ち着かなかった。

    だけど、ある日かはピタっとゲームをしなくなった。必要がなくなったのだ。

    何もしない自分を受け入れることができていたのだ。2年という時間が休むことに許可を出したのかもしれない。

    元気になれない人もいる。
    元気になれない時もある。
    それはそういう時期なんだ。

    それを受け入れ始めた。

    今の自分には必要な時期だと割り切ってみる。

    多分それは誰にでも訪れるかもしれない。

    ずっと明るくいられる人なんて、本当は少ないのだと思う。

    そんなことを頭の片隅に置いておけば、この先は少しは自分にもまわりにも優しくなれるかもしれない。

    誰かを気にして楽しまないのも違うし、無理に元気になる必要もない。

    歳を重ねて、元気になれないときは、一人でゆっくり過ごして無理はしない。

    元気な時に楽しめばいい。

    いつか何も意識しないで、元気になったな、と振り返っている日があるかもしれないし、こないかもしれない。それでいいや。

    そんな風に思えるようになってきた。

    歳を重ねることも悪くはない。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門


     
     

    maaaa

     
     
    このnoteでは、 アラフィフの日常や美容、健康、仕事について更年期を前向きに生きる日々を綴っています

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