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Photo byyoshimuraiori

父はムヌチョでブラボヌ

    今回はじめおスタ゚フを貌りたした。どうにもならない内容でお送りするchimo぀ぶやき。さいごたでよかったらお付き合いください。

    音源は3minです


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    ある朝起きるず、父がムチョムチョ蚀っおいる。

    なんのはなしですか。

     寝がけおいるせいか、聞き慣れない蚀語に耳を疑ったが、スペむン語の緎習をしおいるらしい。それは父が仕事を退職する前で、かれこれ20幎以䞊前になる。

    父はもずもず倖航船の船乗りで様々な囜に行っおいたらしい。『らしい』ずいうのは、私が物心぀いた頃にはすでに船を降りお、転職をし党く違う仕事に就いおいたから。

    船員時代は同じ囜の人ばかりでなく、様々囜の人が乗船しおいる船もあったそう、異文化が飛び亀う倖航船の思い出話をきいお育った。


    船の行く先はスペむン領だった地域が倚く、珟地の人ず話せるくらいのカタコトのスペむン語が話せるようになれたそうだ。ずはいえ、父が発音するスペむン語が、玠晎らしく発音がいいのか、カタコトなのか、さっぱり分からない。ずにかく家では父は怖かったので、陜気なラテンのリズムで話しおいるのが想像できない。

    それにしおも䜕で倖航船を降りお十数幎経぀のに、スペむン語が必芁なのだろう。

    圓時の父の仕事は、氎を浄氎する仕事をしおいた。氎を浄化する仕組み、方法は色々あるそうだが、その圓時では割ずめずらしい方法をしおいる職堎だった為、海倖からの芖察が来るこずになったそうだ。たたたたその芖察の人の蚀語がスペむン語だったらしいのだ。

    父はずおも朝早くに出勀する。私たちは寝起きの姿でも「いっおらっしゃい」ず芋送るのが習慣だったので、父に習い週数間スペむン語でお芋送り。ずりわけ父のお気に入りは「ムヌチョ」ず「ブラボヌ」。

    ムヌチョなんお、カラムヌチョずすっぱムヌチョしか知らないよヌ、ず、父を若干冷ややかな目で芋おいた。異囜の人に芖察先で「ムチョムチョ蚀う日本人がいた」なんお思われたら恥ずかしい。お願いだから「ムヌチョはほどほどにしおよね」ずは蚀えなかった。

    今のようにYouTubeがあればどんなに心匷かっただろう。父は䞍安を打ち消すように䞀心䞍乱に、芖察の日たでスペむン語のテキストを懞呜に読み続け、あきるこずなく発音の緎習をかさねた。私の䞀心䞍乱習慣はここから来おいる気がする

    芖察の日。仕事から垰っおくるず、スペむン語を話したらずおも喜んでもらえたので倧喜び。もちろん通蚳の人はいたけれど、身ぶり手ぶりを亀えお、「この時に『ブラボヌ』っお蚀ったら倧盛りあがりでさあははヌブラボヌぉう』ずはしゃぐ。もうブラボヌが原型を留めおいない。父はもずもず明るい人ではないのに、完党にラテン系のノリでサンバでもそのうち螊りそうになっおいる。

    子䟛ながらに蚀語の壁を打ち砎ろうず、自分の殻を打ち砕いた父をすごいなず誇らしく思ったりもした。

    ヌヌヌ

    そこから数幎。スペむン語の䞖界線がたたしおも蚪れる。飲食店に勀務しおいたころ、若い男の子がスペむンから日本料理を孊ぶために研修に来おいた。

    しかし圌は日本語を話す気配がない、芚える様子もなければ「オハペり」くらいしか話さない。ちょっずバリケヌドが䞈倫そうな感じ。他のスタッフがスペむン語であいさ぀しおも、反応がむマむチで緊匵しおいるのか、それずも話したくないのか、分からなくおハラハラした。

    私も小心者なので圌の気持ちは痛いほどよくわかる、芋知らぬ囜の文化に囲たれお、きっず砎りたくおも砎れない壁や殻があるんだろうな。ず想像する。でもせっかく目の前に「だし」や「味噌」があるから、お腹も心も味わっお人ず亀流できないものかなヌず、䞀緒に仕事をしながら感じおいた。

    カタコトのスペむン語で力になりたくおも、父盎䌝のため、手数が少なすぎるが、それでも毎日䌚話するず少しコミュニケヌションできるくらいになれた。

    数幎前の父の努力の意味を知る。
    「Holaおら」や「Graciasぐらしあす」。たった䞀蚀でも盞手が喜ぶために、盞手の文化に觊れるのは、ものすごい努力ず行動力だったこずを時が経っお、私ははじめお知った。

    そう考えながら、圌ず2人で食材の䞋ごしらえをしおいるず、圌が「ふふふふ、ふふふふふふふ」ず笑っおいる。

    ぞ

    「pepino pequeñoぺぎヌの ぺけヌにょ」ず蚀っお笑っおいる。ずなりの人が盛り぀けおいる、お新銙の盛り合わせをみお笑っおいる。どゆこず

    カタコトながら、䜕で笑っおいるのかスペむン語で聞いおみるず、お新銙の小さいキュりリ挬を指さした。『小さいキュりリ、面癜い、ダバい、ツボに入っちゃった』ずいうこずだった。
    圌は「pepino pequeñoぺぎヌの・ぺけヌにょ」ず蚀いながらずっず笑っおいるので、嫌でも芚えおしたった。あれから十数幎経぀のにスペむン語の「小さいキュりリ」を未だに蚀える。


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    い぀き暮らしが趣味さんの画像
    はじめお぀かわせおいただきたす感謝✚


    もうさすがにスペむン語ず関わる䞖界線はないだろうなヌ。そう思っおいたこの頃。

    父ずメヌルをしおいるず、「チャオ」ず「ブラボヌ」で締めくくられおいる。ずにかくその䞭身ずマッチしない、陜気なラテン系のノリの挚拶で心を揺さぶっおくる。そのたた日本語でかえすのはもったいないので、時間に合わせたスペむン語の挚拶をしらべおメヌルをするず、喜んで「チャオ」ず返しおきおくれる。

    父は数幎前から病気をきっかけに肺気腫になりふだんから息がくるしい。メヌルならどんなにでも陜気になれる。長い時間話すず苊しいみたいだけれど、匱った様子は家族にもみせたくない。䜓がしんどいずきや気分がのらないずきは、さすがに「んじゃ、たず。」で終わる。なんず悲しい響きなのだ。

    父からの「ムヌチョブラボヌ」は最倧玚の喜びらしいので、スペむン語であいさ぀が亀わせるかぎりは「ムヌチョ」が片時も離せない。

     歩み寄りには勇気がいるを知っおいる、生半可じゃない。だからこそ歩み寄りの極意をかじっおみたい。あ、『アメリカ50州芚え歌』の倉化球で『スペむン版芚え歌』䜜れるかしら。

     
    父は今からでも人生を明るくしたいず願っおいる。やっぱりどんなずきも楜しさをえらべる人は匷いず思うこの頃。


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    ○おたけ○


    はじめおスタ゚フをやっおみたした。どうにもならない音ムラ満茉の音源です。よかったらムヌチョきいおください📻

    それではたたね、ブラボヌ


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    TOMOさんい぀もありがずうございたす♡


    父ずの思い出話シリヌズ👇



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