
定型文じゃないもの
型にハマった生き方をしている私が憧れるのは型にハマりきらない生き方をしている人だ。隣の芝生は良く見える、そうそう、よくある話だ。
「この夏は社会復帰したから疲れやすいだろうな」
春頃に予想した通りに社会復帰してすぐに2日頑張ると1日へばる、みたいなルーティンで2日に1度仕事以外何も出来なくなってしまう。仕事に行けているのは、なんとか踏ん張ってる証だと思いながら、誰からも褒められはしないが人と会っていることを投げ出したくなくて仕事へ向かっていた。
心の風邪を引いた人は、揺り戻しがある。どこかで聞いた話にぴったりと当てはまる位に心の風邪を何度も引いて寝込んでしまう。奇跡の回復力を絵に描いたように、Vの字に回復していつか「そんな日々もあったよね」と笑える日を時々思い描いていた。
しかし何度も風邪を繰り返しているうちに、完治までは難しく程遠いという説明を丁寧にドクターから受け、Vの字回復が夢に終わったことを知った。
夢なんて見るもんじゃないし、型にハマった生き方なんてロクなもんじゃない。だせぇ、だせぇ。チータラを食いちぎりながら、ソファの前で泣く力もなく眠った。
ただ、不思議なのは振り返ると型からはみ出したり、型にハマってみたり、ジグザグに生きてきた私の足跡は、それほどださくは見えない気がして来た。
他人から見れば、ダサいジグザグの道も、懸命に歩いてきた愛しい日々だ。
noteが支えで、なんとか持ち堪えていた日々を忘れたわけじゃないし、忘れようと思っても忘れられない。
ただ一言、「なんのはなしですか」って言いたい為だけに明日を夢見ていた日々だって嘘じゃない。誰かにかまって欲しくて、読んで欲しくて、っていうより、ただ言いたかったし、回収されてコメントが欲しかった。名前のない言葉に意味をもらった気がした。
いやもっとお行儀の良いこといいたいけど、そんな定型文みたいなこと言いたい訳じゃない、言いたいのは一言だけ。
明日がやってくる。夢は格好悪くてもやっぱり持ち続けたいし、型にハマっても、はみ出しても、ちょっとくらい本当の人生を味わいたい。