
ぶり返しの痒みが1番痒い
気付いたらめちゃくちゃ蚊に刺されていた
足首、踵あたりから脹脛の下らへんを両足合わせて10箇所くらい痒い
刺されたのは2日前の夜なのに
今日は日曜日
金曜日の夜より痒い
昨日、なんかすごい刺されてたなあ〜
まあまあ痒いわあ
ぽりぽり
やったのが
今はマジで痒すぎて痒いことしか考えられないくらい痒くて
今、痒くて掻いてまた痒くなって掻いてどうしようもないから書いている
痒い
掻く
書く
これって文章だから漢字だからこの感じを伝えることができるけど
全部ひらがなにして読んでみたら伝わりにくいかも
漢字だから
この
感じ
日本語ってやっぱりすごい難しいよね
みんなそんな難しいことを日々使い分けて人とコミュニケーションを取っている
すごいよみんな
すごい!
と、やっているうちに痒みがおさまってはきている。
掻きたいよりも書きたいを優先しているとだんだんおさまってきた。
痒いと嘆きながら文章は打てるけど、痒いからと掻いてしまうと文章を書く手は止まるわけで、思考はいくらでもできるけど、実際の身体の動きに関してはどちらかしかできない。
そして痒みに負けて掻いてみると痒みがぶり返して痒みも増す感じがあって、さらに掻きたい欲が刺激されてしまうしめちゃめちゃ痒い。
赤くも腫れて見た目も痒そう。かわいそう。
蚊に対してムカつくはないけど、なんでわざわざ痒くすんねんという疑問が湧く。
血だけあげるから痒くせんでほしい。
何書くかわからなくなってくる。
思考も痒みに支配されてしまう。
なるほど。
思考は痒みに支配されて痒みについてなぜか、なんでこんな痒いねん、おいおいおい、痒いよに支配されている。
これこそ人体の不思議。
実験的に『え?痒かったけ?刺された?え?そうなの?痒いのかな?これって痒いというやつ?』とちょっとアホみたいになってみる。
これは痒さに対して興味を持たないとしてみる。
ずっと痒みに対して執着してた真逆をしてみる。
いや、こんなこと言いながらも痒みはうずうずむずむずしているけどね。
でも、思考を真逆に本気で取り組んでみる。
真剣にアホになってみる。
『痒かった?痒い?痒いってなに?痒いところに塗るものがない?薬がない。薬がない?薬がないからあかんのか?ん?薬があればいいのか?痒みってなに?この掻きたいなあいうやつ?掻いたら治る?ん?かゆみ、かゆみ、かゆみ、かゆみ。ん?あれ?なんかお腹も空いてるな、わたし、、、、、、、』
本気でやってたらお腹が空いてることに気づいた。
こんなことを本気でやってる日曜日朝。
めちゃくちゃ平和でしょ。
痒みもまあええわとなってきた。
私を刺した蚊が、蚊界の命を繋いだのならそれもまた良いことなんじゃないの?
わたしいいことしたんじゃないの?
しかもわたしたち親子で20ヶ所以上刺されてるのでめちゃくちゃ命繋いだんじゃない?救世主じゃん。
と、いうわけで、どうでもいい話でした。
そうこうしてるうちに痒みはまたやってきてるし、でもだんだんとどうでもいいわとなってくる。
だって掻くよりもしたいことあるし、いつまでも痒みに執着もできない。
ごはんを作らなきゃね。
どうでもいいと手放したら次に進めますね。
終わり。