“下方婚”とよばれた私の結婚
“下方婚”。
妻の方が夫よりも年収や学歴が高い結婚形態を指す概念、らしい。
日本にどれくらいの割合でいるのかは定かではないが、恐らく少数派なのだろう。
自分の結婚が、この“下方婚”というものに該当すると知ったのは、子どもの寝かしつけをしていた夜だった。
すでに眠りについた娘は私のお腹にしがみつき、息子は腕にぴったり絡みついている。身動きが取れないまま眺めていたSNSのタイムラインで、その言葉を見つけた。
私の出身高校の偏差値は夫よりかなり高いし、現在の月収も勤務医の私の方が4倍以上ある。
定義には、たしかに合致している。
ただ、“下方婚”という響きは、なんだか胸糞が悪かった。
この字面に含まれる「下」という文字が嫌なのか、不快感の正体は自分でもよくわからない。
夫は、ある企業で会社員をしている。
初期研修医の頃、夫の会社は福利厚生が充実していて、家賃補助も手厚いと知った。結婚して同居したマンションの契約名義を夫にしたのも、そのためだった。
ところが後日、夫の会社の総務部から「奥様の方が年収が高い場合は家賃補助の対象になりません」と言われたらしい。
そりゃそうだ、という話ではある。事前に確認していなかった我々に落ち度がある。
ただ、その時に「普通は夫の方が年収が高いケースが多いので、前例がなくて……」みたいなことも言われたらしい。
SNSでは、妊娠・出産にまつわる費用について、「夫が経済的に負担していないのはおかしい」という論調の投稿を見かける。
我が家は、住宅ローンの負担は私の方が大きいし、光熱費と保育園関連の諸経費を除けば、ほぼすべて私のクレジットカードで家計が回っている。夫は家族カードを持っている。
妊婦健診の手出し分も、出産時の入院費用も、私は自分のカードで払った。
違う世界線にいるのだな、と思った。
「できる人が好き」
「経済力がある人が好き」
こういう女性は多い。
別に“お金そのもの”が好きというより、そこまで努力して稼ぐ能力がある男性に魅力を感じるのだと思う。
実は私も、昔は合コン三昧の“港区女子もどき”だった。
六本木や西麻布で、ギラギラした男たちと酒を飲んでいた。
有名大学卒、一流企業勤務、経営者、芸能関係者、スポーツ選手。そんな肩書きを持つ人たちとばかり会っていた時期がある。
当時の私は、たしかに「高収入・高学歴の男が好き」という価値観に寄っていた気がする。
彼らはみな野心に満ちていた。
口を開けば、次の事業やプロジェクトの話をする。より綺麗な女性を隣に置くことを考えていて、驚くほどタフだった。
今の夫と出会った時、第一印象は単純に「顔が好み」だった。
芸能人なら誰に似ていると言われるか、という話になり、自分から反町隆史、竹野内豊、唐沢寿明を列挙してきたので、「嫌な男だな」と思った。悔しいけれど、そのどれにも似ていた。強いて言えば、一番近いのは唐沢寿明だ。
5回目くらいのデートで、郊外の花火大会へ車で行った。
渋滞にはまった車の中で、夫は「一緒にいられる時間が長くなるね」と、にこにこしながら言った。
仕事の話はほとんどしないので、「この人、本当に働いてるの?」とずっと思っていた。
野心や野望を語ることもない。
でも彼は、いつも穏やかに笑いながら、私の野心と野望を聞いてくれた。
医者になってこんなことがしたい。
文章を書く仕事もしてみたい。
小説も書いている。
いつかこんな事業もやってみたい。
そんな話ばかり、私がしていた。
彼はいつも、前向きな言葉で背中を押してくれた。
自己肯定感が低めのまま三十年近く生きてきた私は、彼といる時だけは、少し前向きになれた。
私は、“野心や野望を語る男”よりも、“自分の野心や野望を聞いてくれる男”の隣にいたかったのだと、その時初めて気づいた。
もちろん、自分より高収入で高学歴でも、そういう男性はいるのだと思う。
ただ、私が出会った人たちは違った。
好きになった弱み、というやつかもしれない。
医者一年目で結婚してから、上司に怒られた夜も、患者さんが亡くなった夜も、何度も夫に救われた。
夫は仕事の話を深く聞くタイプではない。
でも、私が落ち込んでいると、馬鹿の一つ覚えみたいに私の好きな果物を買ってくる。
そして「食べな」と言う。
それが、愛おしい。
ほどなくして授かった二人の子どもたちも、唐沢寿明似の夫の遺伝子をしっかり受け継いでいて、寝顔を見るたび、夫の分身みたいだなと思って少し笑ってしまう。
たぶん私は、この生活を“下方婚”とラベリングされたことが嫌だったのだ。
もちろん、周囲の女医の多くは医師同士で結婚していて、その潤沢な経済力を羨ましいと思う瞬間もある。
ここ数か月、仕事でかなり行き詰まっていた私は、
「あなたがもっと稼いでいたら、私はすぐ仕事辞められたのに!」
なんて暴言を吐いてしまったこともある。
夫は反論もせず、黙って洗濯物を畳んでいた。
その背中を見て、あとからひどく後悔した。
正直、「そんなことも知らないの?」と思うことだってある。
(夫よ、ごめん。)
でも、まあ、愛すべき夫なのだ。
だから結局、収入や学歴だけの話ではないのだと思う。
あの夜、子どもたちに挟まれながら見た“下方婚”という文字の違和感は、きっと今でも消えない。