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「倧䞈倫」

    「生き地獄だ」ず担圓看護垫ポロッずこがした時から、さかのがるこず数カ月。

    日々「䜓調どうですか」ず聞かれる床に「倧䞈倫」の䞀蚀を満面の笑顔で口パクした。 

    声を出そうよ、ず思いたす

    声は喉から手が出る皋欲しいけど、人工呌吞噚を装着しおいるから声が出せないの。

    さらに、さかのがるこず週間。

    普通に通孊し、郚掻に奮闘し、毎日が茝いおいた。

    䜕故、たかが日垞生掻がそれほどたで䞃色に光り茝く最高の毎日だったかっお それは、぀い半幎ほど前に抗がん剀治療を経お、悪性リンパ腫が寛解したばかりだったからだ。悪性リンパ腫は癜血病の兄匟のような疟患。

    倏䌑みの友達ずの玄束を党お断っお入院しお個宀で治療した日々を経お、倖界に再び降り立った私にずっお、バス停でただボサッず埅っおいるだけの人々を芋るこずすら物凄く楜しい出来事だった。

    だから、通孊できるずいうこずも、郚掻に行けるこずも、友達に䌚えるこずも、ただホヌムルヌムに遅刻すれすれで到着しお着垭するこずたでも、すごく楜しかった。

    友人が孊校の䞀発芞倧䌚に参加するこずになっおいたので、それを芋るのを心埅ちにしおいた䜕食わぬ朝。目が芚めるず、動けない。

    状況が吞み蟌めない。

    ずりあえず、「おかあさ―――ん」ず呌んでみる。

    郚屋に入った母は慌おる。私は脳に障害を負った時のような䜓勢でベッドに暪たわっおいる。通垞そのような状況で意識はない。取り合えず、母が医垫ずしおのシックスセンスに埓っお「911」を受話噚に叩き蟌む。

    救急コヌルセンタヌ「どのような緊急事態ですか」

    「私は医垫です。嚘が医孊甚語のような姿勢です。呌吞はあり、意識も鮮明。昚日たで元気に歩いおいたした。原因は䞍明です。盎ぐに来おください。」

    救急車は盎ぐに到着する。

    正盎、事の重倧さなど埮塵も感じおいない私は、笑顔で「初めおの救急車だ。自分が乗っおもいいのだろうか」ず悠長に感動し぀぀、元気なはずの自分には䞍芁な救急車を出動させおしたったこずに、ちょっぎり眪悪感を感じおいた。

    ずおも優しくお陜気なゞェントルマン救急隊が、私をおぶっお救急車に担ぎ蟌んでくれた。

    入院埌に怜査を重ね、リンパ腫の再発ではないず分かった。幌き私にずっおは圓然の事実。元気で匷い私に、完治以倖の結末が蚪れるはずもないずドダ顔。

    膀腫瘍性症候矀ずいうがんに付随しお珟れる疟患を発症しおしたったのだ。背景にあるのは、別の垌少がん。

    こんなこずは、私にずっおなんの問題でもない。最初のがんも完治寛解させた私にずっお、次のがんだっお根絶できる取るに足らない敵でしかなかった。

    「私を宿䞻にしたこずを埌悔するがいい愚かな病気め笑サクッず消されお埌悔するがいい。」内心、自信に満ち溢れおいた。子䟛だから、ナルシストでもいいよね。

    確立された治療法が無い䞭でも最善ず思われる治療を重ねるも、病状は階段を䞋るように悪化した。動かなった四肢に加えお、呌吞状態も悪化しおきた。

    そのため、血䞭の酞玠を指で掚し量るモニタヌを装着したら、通垞95以䞊ある酞玠の倀が、ガクッず60台たで䞋がっおは䞊昇を繰り返しおいるではないか

    圓然、即日集䞭治療宀ICUに転宀する。

    ICUに入った圓日、私は呌吞が停止した。

    今でも目に焌き付いおいる。ベッド巊の真っ癜な病院の壁に背䞭を抌しあお、真っ青な顔でPHSを鳎らし続ける肩䞊ボブカットの女性䞻治医。額に滲む冷や汗すら芋えそうなほど鮮明な光景だ。

    呌吞停止時の状況は、気枩や湿床でさえ、今この瞬間タむムスリップしたかのように、党おが鮮明に再䜓隓できる皋蚘憶に刻たれおいる。

    私の頭䞊の壁には、倧画面のモニタヌが取り付けられおおり、郚屋の䜕凊からでも䞀瞬で心電図、酞玠、呌吞数、䜓枩等が把握できた。

    そのモニタヌ脇に立぀男性麻酔科医が、䞻治医に「人工呌吞噚付けたすか」挿管したすかず䜕床も聞いおいる。

    その埌、私は麻酔科医に「YES」ず倧きく頷いた。「挿管しお欲しい」ず確認され、再床YESの意思衚瀺をした。

    麻酔科「OK 挿管するね」

    その䞭でも続く、私の血䞭酞玠のカりントダりン。787674

    Black Out! 意識が飛んだ
    麻酔の投薬ず効果で呌吞停止の最䞭、眠りに萜ちたのだろうか

    そのたた63たで䜎䞋。

    血圧も地に萜ちた。

    目が芚めたのは、同じ麻酔科医の声でだった。

    「口に呌吞をするためのチュヌブが入っおいるため、しゃべれたせん。YESは瞬き䞀回、NOは瞬き二回。分かったら、YESず答えお。」

    私は結構必死に瞬きを䞀回だけし、その埌目をしばらく開けおいようず頑匵った。

    「OK。ちゃんず䌝わっおるね。」

    瞬き䞀回。YES

    「口からチュヌブを入れおいるよりも、喉に穎を開けお、盎接人工呌吞噚のチュヌブを぀ないだ方が肺炎になりづらいずされおいたす。喉に穎を開けお良かったら、瞬き䞀回。NOなら瞬き二回。あなたが決めおいいんだよ。」

    圓然、瞬き䞀回。

    「YES!!!」

    承諟に䞀瞬も躊躇わなかった。肺炎にならずに枈む方が良いに決たっおいる。

    盎ぐに、その堎で気管切開キットにより、ICUのベッドで銖に穎を開けおくれた。こうしお、長い人工呌吞噚生掻がスタヌトした。

    その埌、残念ながら肺炎にもなったし、抗生剀の圱響で重症な腞の感染症である停膜性腞炎も䜵発した。免疫䜎䞋䞭の挿管ではやむを埗ないね。

    䞀時は、埐々に䞍党臓噚が増えるような過酷な状況だった。

    この時、私は極楜のお花畑の䞭。青ざめた自分を倖から眺めお、網矅的に状況把握しおいる感芚があった。そのたた目を芚たさなければ、氞久にこの極楜に居続けられるずも瞬時に悟った。

    が、目芚めるこずを遞んだ。

    「お母さんが呌んでいるからね。」

    起きるこずを遞んだずいうのは、若干語匊がある。起きない遞択は、なかったのだ。そこが極楜でも、絶察に起きなければいけないず分かっおいたのだ。たぁ、元々の性栌䞊、もしも、ここで起きるか起きないかの二択を迫られたずしおも、ここから回埩を目指す遞択しか頭になかっただろう。事実、この入院䞭、䞀床たりずも回埩しないかもしれないなどずいう可胜性が脳裏をよぎったこずはなかった。心底、完党快埩を確信し続けおいたのだ。

    ここから、「起死回生」ず怒涛の埩掻劇を繰り広げるのが、定番のパタヌン。しかし、そうは問屋が卞さない。

    ずはいえ、呜が今すぐ奪われるかもしれない危険な病状からは、ある皋床回埩でき、ICUから䞀般病棟ぞず移れたのだ。

    そう   回埩した筈だった。

    䞀般病棟に䞊った埌、唯䞀動かせおいた頭も、巊を向いたたたの状態で䞀切動かせなくなっおしたった。

    人工呌吞噚装着䞭、銖の穎から毎日頻回に痰を吞匕しおもらっおいた。普段の生掻では、気が付きすらしないが、身䜓は垞に肺や気道を分泌液で掃陀し、それを现かい毛のような組織で抌し䞊げおいる。私達は、意識せずずもごっくんごっくんずその痰を飲み蟌んでいるのだ。しかし、人工呌吞噚装着䞭は気道の途䞭に管が぀ながっおいるから、口たで痰を䞊げられない。そもそも、人工呌吞噚を必芁ずするほどダメヌゞを食らっおいる呌吞状態だ。様々なこずが盞たっお、痰は肺や気道に溜たっおしたう。気道内のそれは、30㎝くらいの長さの長いプラスチックチュヌブを銖の穎から奥に抌し蟌み、掃陀機のように吞い䞊げる。これを吞匕又はサクションず呌ぶ。

    県球ず瞌ず口だけは動かせたが、その他は埮塵も動かない。本圓に、ピクリずすらしない。

    その䞭で、手術埌の切開もただ新しく、痛みがある。

    病気自䜓の痛みで、頻繁に医療麻薬をボヌラスする毎日。

    人工呌吞噚装着のための穎が銖に空いおいるので、空気は声垯を通らない。するず、声は䞀切出ないのだ。

    意思疎通はずいうず、倧きな文字盀を盞手が「あ、か、さ」ず音の行を声に出しながら指を差しお確認しおくれる。圓おはたる所で瞬き䞀回。か行ならば、そこからさらに「か、き、く」ず続き、自分の思い浮かべた蚀葉の文字の所で瞬き䞀回。こうやっお、䞀文字䞀文字蚀葉を䌝えおいくこずで意思疎通を図る。

    あずは、YESかNOで答えられる短い質問に瞬きで答える。

    口から垂れ流しになる唟液を持続的に吞い続ける、癜いキャンディヌのような圢に枊を巻いたサクション機を口に入れお唟液をサクションし続けた。これを口に入れ続けるず、口腔内がかなり也燥する。なので、口しか動かせない䞭でサクション機を口や舌で動かしお䞀ヶ所がカラカラに也燥するのを防ごうず詊みる。しかし、長期間持続的に口腔内をサクションし続けるずやっぱり也燥する。たたに顔の脇のサクション眮き堎に出した。しばらくするず、唟液がドンドン出おくる。少し我慢するが、ナヌスコヌルで看護垫にそのサクションの棒を口に入れおもらう。圓時は短い単語で䞀蚀でサクションチュヌブを衚珟できる蚀葉を䜜ったず思う。

    ある時、痰の吞匕で嘔吐するようになっおしたった。その少し埌、しゃっくりでも嘔吐する状態に突入しおしたった。

    看おいる偎ずしおも、盞圓痛々しい状態だったのだろう。確かに、回埩できなければ、埅っおいるのは衰匱の末の感染、そしお死。

    䞀切身動きが取れず、人工呌吞噚装着䞭に痰の吞匕をしおくれ、その刺激で嘔吐し、その埌も嘔吐が続く私の傍らでポロっずでた呌吞音でかき消されんばかりの独り蚀が「生き地獄だ 」だったよう。

    ただ、本人ずしおは、「倧䞈倫」だったのだ。

    䜕故

    亡くなっおしたった兄匟や友人ず比べたら、生きおいるだけで党おがマシではないか。だから、耐えられる。圓然、聞かれたら「倧䞈倫」以倖の返答など頭になかった。

    このような肉䜓的窮地の䞭でも、䞡芪や友人、スタッフの皆さんは倧倉優しく、すごく手厚く察応をしおくださっおいた。

    動けない病状など、望んで陥るような状態では決しおない。

    しかし、あたりにも呚囲が優しすぎお、意思疎通に困るこずはほずんど蚘憶に残っおいない。

    父ずは口パクでリアルタむムで䌚話ができたし、母ずも文字盀でスピヌディヌに䌚話が匟んでいた。母は透明の文字盀をマスタヌし、私の顔の前に文字盀をかざし、それを挟んで立぀。私は䌝えたい文字を䞀点に芋぀め、母は文字盀を動かしながら私の芖線を探す。お互いの目線が合う文字で、速攻で瞬き䞀回。ワンステップでスピヌディヌに文字を䌝えられたので、スムヌズに䌚話ができおいた。䌚話内容は芚えおいないが、い぀も笑っお䌚話しおいたこずだけは芚えおいる。

    䞡芪ず話すのは、い぀も楜しかった。

    䞀郚の友達ずも口パクで䌚話ができたが、他の友人達ずは䌚話は成立しなかった。しかし、䌚いに来おくれたし、話しかけおくれるのも非垞に嬉しかった。偎にいおくれるだけでも生き甲斐になった。

    䞻治医ずも口パクで䌚話ができ、雑談たで楜しめるこずもあった。䞖界䞀の先生の元、䞖界䞭の文献や最新技術も調べおくれた。様々な病院や科に問い合わせお連携もしおくれたこずも、果敢に囜内初の治療に挑んでくれたこずにも感謝しおもしきれない。最高の䞻治医団も執刀医も、倏䌑みに代わりに担圓しおくれた先生方も憧れの存圚ずなった。

    看護垫の䞭には、口パクを読める瞬時に理解する者もいれば、毎回私の衚情を芋ながら、文字盀で必ず意思確認をしおくれる者もいた。党員が非垞に優しく、党員が必ず私ず「䌚話」をしようずしおくれた。垞に120の優しさで最善を尜くしおくれおいた。癜衣の倩䜿ずは、たさにその状況に寄り添う看護垫にふさわしすぎる呌び名だろう。正に救い。

    私は毎回「面癜い話ししお」ず口パクでお願いしおいた。そしお、決たっお面癜い話を聞かせおくれる神がかった話術の看護垫さんもいた。その方が枅拭䜓拭きなどをしおくれた時に、匠な話術で笑わせおもらったこずしか、今ずなっおは芚えおいない。

    リハビリの先生も工倫を凝らしお、最高に楜しく心身ずもに配慮した、抜矀に気晎らしず掻力になる最高のパラダむスず蚓緎を斜行しおくれた。䞀瞬䞀瞬が最倧限楜しいリハビリも生き甲斐の䞀぀🎶

    皆が皆、私の人生を最善に導く治療のために、団結しお粟䞀杯挑んでくれた。

    なので、このたたでは呜が危なく䞖界的に生存䟋がない病状においおも、私の䞖界は幞せだったのだ。

    「治しおあげたい」ずいう皆の想いが実を結び、奇跡の快進撃が始たった。

    最初は、呌吞噚の蚭定を倉えお、呌吞噚を装着した状態で自分で呌吞動䜜ができるようにリハビリをする。人間っお、呌吞を忘れるずいうこずが可胜なんだね。息を吞えるためには呌吞を吐き切れるこずが倧切だず、先ずは党゚ネルギヌを泚ぎ蟌み息を吐き切るずころから呌吞リハビリが始たる。息を「吐いお、吐いお、吐いお、フヌッ、ハむ吞っお」ずいう理孊療法士さんや䜜業療法士さんの掛け声で息を吐き切れるず、自然にスヌッず息が吞える。これを、来る日も来る日も䜕床も繰り返すのが最初のトレヌニング。

    ただ、この途䞭で぀い眠っおしたうのだ。

    するず、コクンず寝た時には呌吞を忘れお、リハビリの先生の声ず人工呌吞噚の無呌吞アラヌムで目が芚める。

    こうしお、圧を調敎しお空気よりも呌吞しやすく、呌吞を忘れおたら呌吞噚が自動的に匷制換気で代わりに呌吞をしおくれる補助茪付きの呌吞環境から、埐々に埐々に緎習を重ねる。

    これが順調に行くず、呌吞噚の蚭定を倉曎し、自分で呌吞する回数を埐々に増やし、抵抗は䞊げおPEEPを䞋げ空気での呌吞に近づける。

    芋事、本人が呌吞を忘れずにできそうで、空気の負荷でも呌吞が出来そうだず䞻治医チヌムが刀断したら、短時間ず぀呌吞噚を倖せる時間が蚭けられる。こうやっお、䞀歩ず぀呌吞をするこずを再孊習し、続けお呌吞するこずに慣れおいくのだ。

    この時の華は、䜕ずいっおも声が再び手に入るずいう最高のプレれントだ。銖の穎には、カニュヌレず呌ばれる接続チュヌブが四六時䞭入っおいる。これにも、色々皮類があるのだ。䞭でも最高なものが、スピヌチカニュヌレだ。その名の通り、スピヌチ発語が可胜になるカニュヌレが発明されおいる。日䞭に呌吞噚を倖しおいる時に、匁付のキャップを装着するず、息を吐く時にピトッずそれが閉たり、声垯を空気が流れるこずができる。こうしお、声が出せる仕組みだ。カニュヌレだけあっお、呌吞噚も装着可胜。

    もう、䜕カ月間、声を出せない生掻をしただろう

    声が再び手に入った時の感動たるや、もはや蚀葉にもできない。

    お芋舞いも盛り䞊がる。

    友達皆で倧爆笑をしおいたら、看護垫が血盞を倉えお私の郚屋に入っおきた。

    凄い慌おようで、逆に皆びっくりしおいる䞭で、看護垫が「皆、ストップ」  OMG  「脈が180だよ💊」ず、私の䜓調が倧䞈倫か聞き、今䜕をしおいたか質問をしおくれた。健康成人の平時の脈が玄60、運動時の目暙が玄120。䞍敎脈で倒れる時は180300くらい。

    ただ、話しお笑っただけだった。

    そういえば、宀内のモニタヌはけたたたしい音で鳎り響き、なにやら脈の倀が点滅しおいたっけね。あたりにも楜しかったから、無芖しちゃっおたよ苊笑

    スピヌチカニュヌレ装着圓初は、ただ呌吞をしおいるだけでも、激しい運動をしおいるかのように脈が䞊がった。その床に、看護垫が来おくれお、䞀旊䌚話を䞭断するように促しおくれた。

    ずはいえ、笑うのを止めようずすればするほど、なんだかもっず面癜くなっお笑いが蟌み䞊げおくる。皆が笑いを堪えお䌚話しないようゞェスチャヌするのだが、それが尚のこず面癜くなっおくる。

    クスクスから、ゲラゲラになりかけおは、皆で必死に静止に努める。

    こうしお、やっずこさッずこ郚屋も私も静たり、私の脈が120くらいず比范的萜ち着いたら、たた郚屋で䌚話が盛り䞊がる。

    圓然、こんな環境にしおくれる呚囲の皆にめっちゃ支えられおいたからこその幞せな闘病生掻だった。

    頞も座らず、ベッドを起こした時に姿勢も保持できず、圓然腕も脚も、手も足も党く動かない状態からのリハビリは  

    楜しすぎお止められない。

    䜓幹の筋肉が萜ちお、座った姿勢すら保おずずも、枕を沢山䞊手く良い堎所に眮いお、リクラむニング車怅子に座らせおくれた。その状態で、病院の出入り口付近で、日光ず倖気を济びながら脚のストレッチをしおくれたこずもあった。景色が倉わったり、皆が私の回埩を喜んでくれるのも嬉しい。

    今たで、寝返りも打おず、そもそも痰すら出せず、生存に必芁な党おを医療埓事者が代わりに担っおくれおいた。それはそれは、非垞にありがたい。自分は他人に生かされおいるず、ここたで骚の髄たで沁み、感謝する出来事もそうそうないだろう。

    圓然、感謝しかない。

    そうはいっおも、自分で思った通りに動けるずいうのは、やっぱりプラむスレスな喜びなのだ。

    加えお、元々スポヌツ奜きの筋トレ奜きだ。

    リハビリの時間のリハに加えお、自䞻トレは   もう、朝から晩たでずっずやっおいたんじゃないかな 重力に逆らっお動ける皋の筋力が無い時期には、ベッドで指を巊右に滑らせるこずで、少しず぀少しず぀筋力アップを図っおいった。

    リハビリの楜しみは、自分ずの競争でもある。

    ノルマを決めお、その動䜜をこなした時の達成感。そしお、自分が立おた目暙を䞊回る回数がこなせた時の達成感。

    加えお、自分が決めた目暙達成期日よりも早くそれを達成できる充実感。

    元々、入院前の健康な日々も、抗がん剀治療䞭でも䞭孊生から3幎以䞊、䞀日たりずもかかすこずなく腹筋を毎晩継続しおいた。筋トレは元来奜きな性栌だった。だから、単調に芋える反埩動䜜を䞀回前よりも䞊手く行うこずに、倚倧なる喜びを感じる性分なのだ。

    だからこそ、それがリハビリずいう名に倉わり、目暙が重力に逆らえる筋力や日垞動䜜に倉わったずしおも、その背景にある「以前の自分を䞊回る動䜜」を目暙にするのは、かなり性に合っおいた。

    䞭でも蚘憶に新しいリハビリ目暙は、寝返りを打おるようになるこず。それたでは、䜕カ月も看護垫が昌も倜も䜓䜍を倉えおくれおいた。それでも、䜕カ月も寝たきりだず、今たでは痛くなかった郚䜍も短時間で痛みが出おくるようになる。その床に、ナヌスコヌルを抌しお、䜓䜍をわざわざ数名がかりで倉えおもらっおた。感謝。

    けどさ、自分で寝返り打ちたいよね。なので、身䜓をもぞもぞ動かしお圧点をずらし、ベッド柵に぀かたっお片方を向けるような方法をリハビリから指導しおもらう。

    他のリハビリ同様、その埌はただひたすら自䞻トレに励む。付き添いの家族が24時間ベッドサむドに居おくれたので、䌑んだ方がいいよずか、リハビリ再開始しおもいいよ、ず無理しすぎないように芁所芁所で声をかけおくれおいた。

    実は、意識がない時なども、脚を動かしおくれおいた家族のおかげもあり、脚の筋肉の衰えは、手のそれよりもマシだった。䜕カ月も1㎜たりずも身䜓を動かせなかった私の筋肉が無に化しおいなかったこずに、数々のスタッフが驚きず感心の声を䞊げおくれた。リハビリが捗ったのは、こういう日々の積み重ねもあるのだろう。感謝だね。

    実は、お䞖話になったICUにどんどん改善する姿で挚拶に行くのが目暙でもあり、楜しみでもあった。

    倧量の枕で䞀人では座れない身䜓を倒れないように支え、初めおリクラむニング車怅子に乗っお向かった先もICUだった。

    圓時、懞呜に治療しおくれた皆さんが、私が芪やリハビリの先生ず䞀緒に遊びに行くず、満面の笑顔で嬉しそうに励みの蚀葉をかけおくれた。

    こういうず、䞀般病棟ず比しお、ICUが圧倒的に良い堎所に聞こえおしたうだろうか そういう意図ではない。確かに、ICUはそのたたICUで亡くなる重症患者が倚く、患者あたりのスタッフ数が倚い。心身ずもに盞圓手厚いケアを心掛けおくれおいる。

    しかし、䞀般病棟もかなり工倫を凝らしおくれおいた。愛情たっぷりに可愛がっおくれたように感じたし、倧倉䞁寧にケアをしおくれおいた。皆、些现なこずでも耒めちぎっおくれた。枅拭の際などにも、よく面癜い話しを聞かせおくれた。どちらの方が良いずいう比范ではなく、これは普段䞀般病棟にいる患者のリハビリ目暙や心の支えずしおの別空間ぞ行くずいう意味もある。同時に、ICUに居た時は瀕死だった。それでも、こんなに回埩した これからもっずもっず頑匵っお、完党に元の生掻に戻れるようになるんだよ ずいう自分ぞの励たしず原動力になっおいたかもしれない。ICUに挚拶に行くこずは、目の前の実珟可胜な目暙でもあったのだろう。

    小さな目暙を䞀歩䞀歩、しかし確実に達成しおいけるこずは、この䞊なく嬉しい。そしお、リハビリを楜しんでいたずはいえ、めげずに継続するための術でもあったのだろう。

    リハビリが進む䞭、私の銖にはただ気管切開した穎が開いおおり、そこにはスピヌチカニュヌレが装着されおいた。その間は気道に唟液などが垂れ蟌たないように気道内に颚船のように膚らたせたカフが膚らんでいた。

    そしお、この間はただ食事をずっおおらず、錻から胃たで入れたチュヌブに栄逊剀のような液䜓を流し蟌んでいた。

    飲み物も、圓然飲み蟌みを確認した埌、吞い蟌たないようにずろみで加工しお少量だけ摂取できるずころからはじめる。

    飲み蟌む緎習を開始したばかりの頃、色々な飲み物にずろみの元を入れお加工しおくれた。

    おっきり、もう飲み物だけなら解犁だず思い、お芋舞い人に氎をねだった。

    「そんなに氎飲みたいの」

    倚分、本圓に目が茝き、党身で喜びを珟しおいたこずだろう。

    「うん」

    コップに極少量の氎が泚がれた。

    正盎、この時の氎は金の延棒よりも、どんなダむダよりも茝いお芋えた✚

    舌を湿らすよりもちょこっずだけ倚めに口に含んだ。

    矎味い✚

    ゎックン🎶

    感激

    涙がナむアガラの滝状態。
    😊😭😊泣けない性栌だったので、心の䞭で感動した。

    この時以来、氎を飲めるこずがいかに幞せなこずか実感するようになった。

    ふずした瞬間、氎を飲める状態の自分に、しみじみず「いや〜、本圓凄いね〜」ず思う時もある。

    そしお、この時から䞀番奜きな飲み物は氎になった。

    リハビリはさらに進み、い぀しか食事も食べれるようになっおいた。

    食のご飯以倖は、ベッドでも、その脇でもリハビリに奮闘し続けた。
     
    最初は、宀内の移動でもナヌスコヌル必須。

    次に、宀内だけは自分で動いおも良い蚱可がおりる。

    今床は、理孊療法士や看護垫ず䞀緒であれば、廊䞋に出おも良いずいう蚱可が䞋りる。

    もう、楜しすぎるよね。

    目暙は、ぐんぐん䌞びおいく。

    最初は、郚屋から䜓重蚈たで。

    それが順調に毎日できるず、今床は郚屋からナヌスステヌションを目指す。

    クリア❗

    ひゃっほ🎶

    今床は、埐々に距離を䌞ばしお、病棟䞀呚を目指す。

    圓時、病棟看護垫さんにお願いするず、100%リハビリに付き合っおくれおいた(^^♪ 珟代も同じなのかな こういう良さが脈々ず続いお欲しいな

    そしお、ある日突然䞻治医の先生が笑顔で魔法の蚀葉を攟った。

    「病棟フリヌ」
    🎉😳😁😍🎉

    病棟フリヌずは、病棟内であれば自宀倖も䞀人で歩行しおも良いずいう蚱可だ。

    私が病棟フリヌずいう蚀葉を知ったのは、「病棟フリヌ」の蚱可が䞋りた時のこずだった。(笑)

    ずはいえ、この茝く蚀葉を聞いた瞬間、満面の笑みを浮かべ、目は䞀瞬でダむダのように茝いたこずだろう。

    聞かずずも、魔法はかかれば感じるのだ(笑)

    病棟内ならば、どこぞ行っおもOK🎶

    奜きな時に、奜きなだけ歩いおもOK🎶

    最高過ぎるでしょ

    今たで、ベッド呚蟺をずめどなく埀埩しおいたのが、舞台は病棟に倉わる。

    景色が倉わる。

    入院初期、お母さんに介助しおもらった時に、䞀緒に倒れそうになったトむレが懐かしい。

    䞭にある尿瓶たで懐かしい。

    圓時は車怅子だったが、今は歩行者甚のトむレに入れる。

    やっぱり、身䜓的回埩による進歩が嬉しすぎる。

    病棟䞀呚の埌は、二呚  のはずだった。が、 結構むケるじゃん🎶💖。 ずいうこずで、速攻でい぀たでも病棟をグルグル歩いおる人ぞず倉身した。

    病棟を歩いおいる時に、ふず自分の足元を芋るず、黒のスニヌカヌが芋぀め返しおくる。

    そもそも、自分でスニヌカヌを履いお、靎玐を結べるようになったのも嬉しすぎる。

    そういえば、指䞀本動かせずに、人工呌吞噚に繋がおいたのは、぀い䞀、二ヵ月前ではないか。

    すっごい進歩。

    自分凄いなぁ。

    同時に、党おのスタッフや家族、友人達ぞの感謝が蟌み䞊げおくる。

    ぜわ😍。

    幞せの象城のような瞬間。

    そうやっお、どんどん目暙を持っおは、確実にクリアしおいく。

    やった分だけできるようになるずいうリハビリは、もう楜しすぎ🎶💕

    リハビリがさらに進んだある日のお話。

    歩行は可胜になっおいたが、動くず盎ぐに脈が䞊がった。

    私の圓時の運動時の脈の䞊限目安は180か190くらいだった。

    リハビリで段だけのステップを䞊がれるようになり、その埌、階段が導入された。

    そしお、理孊療法士がモニタヌを芋ながら階段を少し登っおは、脈190から200匷に䞊がった。

    若さっおのは宝だね

    高霢なら、脳卒䞭リスクがありそうだ。

    今でも、私の肉䜓はその脈拍数に耐えられるだろうか

    圓時は、もう脂の乗った回埩期のリハビリ奜き小児

    血気盛んなスポヌツ奜き💕

    ずいうこずで、心臓がちょっずくらいバクバクいっおいおも、お構いなし。

    そのたた、止たらずに階段を登り続けようずしおは、脈190匷で䞀時停止芁請。

    120くらいたで萜ち着いたら、もう少し登っお、再び脈でストップ。

    最初はそれこそ数段で匕き返しおいた。

    しかし、1/3階、1/2階ず登れる距離を䌞ばし、い぀の間にか階分を䌑み䌑み䞊がれるたでに回埩しおいた。

    本圓、動けるだけで幞せ💕

    歩けるずか、もう嬉しすぎお止たらない。

    階段

    もう、飛び䞊がるほどの楜しさ🎶

    本圓、楜しすぎお、楜しすぎお䞖界の党おが茝いお芋える日々っお、本圓に最高だよね

    䞻治医からも倧䞈倫ずお墚付きをもらっお、晎れお退院

    こうしお、入院前の日垞ぞず戻った。

    退院埌、私は孊業でも快進撃を芋せた。詊隓も課題も䌑んでいた分をこなしきり、卒業詊隓も孊幎䞊䜍の成瞟で卒業。志望の医孊郚にも珟圹で合栌できた。

    圓然、䞻治医にお瀌を䌝えた脚で挚拶に向かったのは入院病棟、ICU、リハビリ宀だ。

    病棟の廊䞋で、理孊療法士さんずスキップをしお祝った日を、今埌も忘れるこずはないだろう。

    今を倧切に生きよう

    医者になるたでの奮闘は↓↓



     
     
     

    KG

     
     
    【雑倚垢♀女子孊生】🇺🇞🇪🇺ガ〜ン😱生きたい元気な骚髄移怍埌再々発→寛解孊び、理想、小説、読曞感想等を曞いおいたす。有益な発信は心がけおいたすが本音だだ挏れ🀔 日垞では前向きに楜しく生掻するために、膿を吐き出すこずも😅 急性期は動けず、回埩しおから曞いおたす。 自殺しないよ🀪

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