メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【ショートショート】 あの夏の当たりくじ

     部屋の片付けをしていた私がそれを見つけたのは、あれからだいたい一年が経った頃だった。

     机の引き出しの奥、使い込んだボールペンや乾きかけたスティックのりに紛れて、一枚の抽選券が出てきたのである。

     駅前の雑貨屋の周年祭で、去年の今頃に配られていたもので、もちろん当選発表はとっくにされ、景品の引き換え期限も過ぎている。

     折り目やシワの入った抽選券には、大きく「一等・沖縄旅行二泊三日」と書かれていた。

    「ああ…」
     こんなのあったっけと、私は思わず手に取り眺める。

     そのまま捨てようとしたものの、なぜか手が止まった。これがもし、当たっていたら。いや、まさかね。

     もし期限内に見つけていたら、少しくらいは夢を見られたかもしれないけれど、今となっては結果を知ったところでどうにもならないものだ。

     ただ何もかも今さらなのはわかっていたとしても、淡い好奇心を捨てきれず、結局抽選券は机の上に置かれたままになった。


     翌日、友人のユイにその話をすると、「確認すればいいじゃん」と、あっさり言われた。

    「外れてたらそれで終わりだし、当たってたら笑い話になるでしょ」
    「そうかな」
    「そうだって」

     ユイは、メロンパンを頬張りながら笑う。

    「私なら絶対見るね、気になって夜しか眠れなくなっちゃう」

     そろそろ先生に目をつけられるよ、授業中に寝るのやめなよ、なんて言いながら私は曖昧に笑う。

     実は抽選券を捨てようとしたとき、手が止まった理由はもう一つあった。

     記載されていた沖縄旅行の日付は、去年の八月。

     ちょうどその頃入院していた、大好きな祖父のことを思い出したのである。

     幼いときから不思議と馬が合い、私の性別に関わることなく野球のルールを教えたり、釣りに連れて行ってくれたりした。

     決してよく話す人ではなかったけれど、朗らかで穏やかで、一緒にいると楽しくて安心できる人だった。

     病気が見つかったのは、一昨年の冬の終わり。

     私は学校帰りに病院へ寄り道して、病室でテレビを見て他愛もない話をして、できる限り祖父と一緒に時間を過ごした。

     祖父はよく、「高校で今流行ってるものなんだ」「最近習ったことはなんだ」と、私に尋ねてくる。

     絶対わかんないだろうなと思いながらも、私は「えっとね」と子どもの顔をして話し始める──。


     春がきて窓の向こうが新緑に染まっても、その生活は大きく変わらなかった。

     家族もお医者さんも「大丈夫だ」と言っていたが、祖父はあれよあれよという間に痩せていき、私は一人で静かに焦っていた。

     漠然とした不安が、祖父に伝わることのないように、病室に入る前は深呼吸をする。

     そんなある日、私が病院を訪れると祖父は窓の外を眺めていた。

     寝ている時間が随分と長くなり、私が行っても眠っていることが多かったから少しびっくりしたことを覚えている。

     暑い暑い夏の日。
     程よく日差し入っている、白い病室。
     窓から入る風で、クリーム色のカーテンが揺れる。

    「おう、来たか」
    「来たよ」
    「今日は少し暑いな」
    「うん、いい天気」

     取り留めのない会話をして、一緒にテレビを見る。
     祖父の横顔ばかり見ていたから、テレビの内容は何も覚えていない。

     帰る時間になり、「また来るよ」と言うと、祖父は穏やかに頷き、「ありがとな」と片手を挙げた。

     その日の夜遅く、祖父は静かに息を引き取り、私が家族の中で祖父と最後に話した人になった。


     私は抽選券を見つけてからしばらく、ふとしたときに机の上のそれを眺めるようになった。

     もし、一等が当たっていたら。

     沖縄旅行に出かけていたら、あの日、、、私は病院には行けていなかっただろう。

     祖父の「ありがとな」を聞くことも、できなかったかもしれないと思うと、それはひどく悲しくて耐えがたいことだった。

     数日迷った末、私はようやく当選番号を調べることにした。

     スマートフォンを開き、去年の日付の書かれた当選発表のページを探し、抽選券の番号を一桁ずつ確認していく。

     最後の数字まで見た時、私は思わず笑ってしまった。

     一等だった。
     つまり、沖縄旅行が当たっていたことになる。

     一瞬だけ、惜しい気持ちになったのは嘘ではない。

     もっと早く気づいていれば──けれど、そのあとで私の頭に浮かんだのは、美しい海でも広い青空でもなく、病室で穏やかに笑っていた祖父の顔と、「ありがとな」という声だった。


     夕食のとき、私が「そういえば」とその話をすると、母は目を丸くした。

    「本当に?」
    「うん。一等」
    「すごいじゃない」
    「行けなかったけどね」

     すると、母は少し笑った。

    「おじいちゃん、生きてるときに知ったら絶対『旅行してこい』って言っただろうね」

     私も思わず笑った。確かに、あの祖父ならそう言いそうだ。

     そして…うっかり挨拶、、をしそびれたまま、お別れになっていた可能性が高い。危なかった。

     私はもう一度、抽選券をよく見る。

     夏の沖縄旅行!の赤い文字を見つつ、今年もし予定が合えば、これと同じ日程で沖縄旅行をしてみようかななんてことを思いついた。


    (2053文字)


    =自分用メモ=
    いつかも書いた気がするが、私の祖父は二人とももう遠く、、に行っているので、わりと気兼ねなく好きなことを書けるため、こういうときにこういう役を担うのは「祖父」になりがちである。
    先日財布の中から出てきた、「忘れ去られていた抽選券」を話のスタート地点にして書き上げた。
    ちなみに私は、その抽選の結果を調べずに捨てた。理由はもちろん、当たっていたら悔しい、、、からである!

    感想などは「こちら」の匿名ツールや、コメント欄へどうぞ。そっと受け取らせていただきます。

     
     
    〜毎日投稿&毎週日曜に短編小説やショートショートを投稿中〜 連続投稿1000日突破! 歌って話して食べて、笑うことがすき。明るい人見知り&元気な根暗。自分の言葉を残していきたくて、noteを広げました。どんな些細な感想もありがたいです!1つのスキが励みになります!

    あなたへのおすすめ