
"失われた30代"にしないための不惑の決意表明。
先日40歳の誕生日を迎えました。
劇的に何かがその日から変わることはないけれど、節目ってやっぱりいろいろ考えるしそれまでを振り返ってみたりしたくなるもので、終わりを迎えた30代とこれから始まる40代について思いを巡らせてみよう、というのが今回のこの記事です。
そもそも30歳になる時、何を思っていた?
まず30歳になる前、大学卒業後新卒で入ったアパレルの販売の仕事を辞めました。
この仕事でキャリアアップしていくイメージが描けなかったから。
人と話すのが好きで、人見知りもしない、販売に向いてそうな性格のはずなのに、お店での個人売上は毎月のようにビリ。いつの間にか後輩にも抜かれていました。
バックヤードでの商品整理や書類管理などの事務作業ばかりになり、むしろその方が気が楽にいつの間にかなってしまって、入社当初に「店長になる!」なんて意気込んでいたような野心もどこへやら。
給与やら休みなどの待遇面においても不満を募らせていたし、そのままずるずる続けても未来はない、と思い、「30歳になる前に」と決断しました。
その一方で「生まれたからには名を残したい、教科書に載るくらいの!」なんて旦那と鼻息荒くしていた面もあったりして(旦那は働きながら専門分野の研究を続け論文を書き、「○○と言えば僕」と名前が挙がるようになりたいとよく口にしていた)、
地位とか名誉にそんなにこだわりはないはずだったのですが、「一旗上げたい」というのはありました。
で、どんな30代だったの?
結論から言うと、ずっとずるずるしてました。
日雇いの派遣の仕事でも自分の小遣いはなんとか賄えて、かつ休みや働く時間はアパレルの販売の頃よりも融通が利いたので、もっと上を見て、目指して、っていう向上心みたいなものがどうしても薄れていってしまって。
年末年始や自分の誕生日の頃に「もっと違った未来だったはずなのにな」とそれまでを振り返りつつも、それを打破するためのアクションも少ない上に効果的ではなかったというか場当たり的だったんだろうなと。
わたしの元来の性格からすればもっと発破をかけるべきだったのでしょう。
ただ発破をかけ過ぎるとストレスを感じてどこかに不和が生じるのもわかっていたので、その塩梅を計りかねていた、というのが正しいかもしれません。
インスタとかSNS頑張って何かしらマネタイズしたい、と思ってた頃に、「憧れの人、『こうなりたい』というロールモデルのアカウントを研究しましょう!」なんてアドバイスをもらったことがあるんだけれど、わたしの目指しているポジションで既にガンガン仕事獲って回してるその人と、うまくいっていないままどんどん時間だけが過ぎていく自分とのギャップに投稿を見るのが辛くなってフォロー外した、なんて経験もありました。
まぁ今振り返れば、やることやってない、全力を尽くしていないくせに、悲観する気持ちだけは一丁前だな、と突き放した目で客観的に見ている自分もいますが。
そして40歳、今何を思う
そんな経験を踏まえて今何を思うのか。
・モブでいい。
「生まれたからには名を残したい、教科書に載るくらいの!」の気持ちは無くなりました(笑)
それぞれがそれぞれの世界で楽しく幸せに暮らせたらそれでいい、それでも世界は回っているし、それでこそ世界は回るんだ、と思ったんですよね。
そう思えたきっかけは太田記念美術館で今年の冬場にやっていた「浮世絵おじさんフェスティバル」っていう企画展だったんですが。
風景画の隅っこにその時代を生きたおじさんたちの姿がちょこっと描かれているんです。
旅に出てたり仕事の合間に木の傍に腰掛けて休んでたり、お茶してたり。
やってることは今を生きてるわたしたちと何ら変わらないわけで。
うまくいかないことや辛いこと、投げ出したくなるようなことがあったとしても、その中でささやかな幸せや楽しみを見出したりしながら毎日を懸命に生きてたんだろうなぁ、なんて想像して重ね合わせてみたらなんか泣けてきちゃって。
偉くて立派で何かの大仕事を成し遂げたりなんかしなくていいから、わたしはわたしの世界でわたしなりの幸せを感じて生きていきたい、って強く思ったのでした。
・体が資本。健康第一。
さすがにそろそろ体力的なことも病気の面も心配になってきました。現に既に父親より長く生きてしまっているので。(過去note参照↓)
今と同じ派遣の仕事を10年後20年後やれる気がしない!(やってるパワフルな人生の先輩方もたくさんいらっしゃいますが)
もうオールで遊んだりなんかしないし(リカバリーが大変)、サプリメントや健康食品のCMをしっかり見てしまうように(笑)
ただしお酒だけはやめられないのでできるだけ長い間美味しく楽しめるように努めます…
・もう一回着火する。
新たに学び始めました。
明らかにこれは発破をかけずに過ごした30代への戒めというか懺悔も含んだリカバリーです。
「今あるものでも活かし方次第で十分戦えるよ」と言ってくれる人もいます。が、でももっと自分の可能性を広げたかったというか、まだ知らなかった自分に出会えるかも、というちょっとした期待と、食わず嫌いはよくない、いっちょ噛みでもいいからやってみよう、というまだ失われていないチャレンジ精神から来るものです。
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バブル崩壊以降低迷を続けてきた日本経済を「失われた30年」と表現されることがあります。わたしが生きてきたこの間の30年も決して楽な道のりではなかったかな、と振り返ってみるに思います。(母子家庭で高校大学は奨学金を借り、平均年収より低い職業に就いたわけですから)
さっき
日雇いの派遣の仕事でも自分の小遣いはなんとか賄えて、かつ休みや働く時間はアパレルの販売の頃よりも融通が利いたので、もっと上を見て、目指して、っていう向上心みたいなものがどうしても薄れていってしまって。
なんて書いてたのを即訂正するようであれですが(苦笑)見ないようにしてただけで本当はもっと旅行とかいきたかったし趣味にお金使いたかった、やりたいことあったなぁ、ってことも思い出しました。
でも20代よりは心は確実に豊かだったと思います。それは歳を重ねて折り合いをつけたり、生き方が少しだけうまくなったのかもしれないけど。
40代はその心の豊かさに懐の豊かさも伴ってくることが目標ですね。
この10年をどう過ごすか、そしてそれが次の50代にどうつながるのかも見据えながら進みたいものです。