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#7 主義からの脱却を試みない


    幼い頃に見た、魔女の宅急便で
    いまだにずっと印象的なのは
    森の中の小屋で絵を描くウルスラのシーン。

    子どもながらに、いいなと思った。
    いいなと思ったその感情の中には、
    誰かに邪魔されることなく、一人で絵に向き合い続けることのできる、その空間と環境への羨望が含まれていたと思う。


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    学生時代のきったないアトリエ


    私は、写実主義だよねって言われることが多い。
    でも、写実主義だよねって言われることが嫌だった。

    理由は、その、「写実主義」という概念によって
    私が描き出そうとしている本題が霞みがかって見えにくくなるから。

    絵の前で、「私は写実主義なんです。」とか
    「日常を切り取って絵を描いています。」といえば
    なんてわかりやすいんだろうと思う。

    だけどそのどちらにも私の考えは存在しない。

    だから、写実って言われないように
    描写の数を意図的に減らした制作時期があった。

    そうすると、今度は「絵本みたい」と言われるようになり
    絵本みたいな絵を見ると、人は物語性を見出そうとする。

    私の絵になにか、ストーリー性を求められるようになるんですよね。

    でも、私は断片的なストーリーを絵に込めているわけではありません。


    何年間も、あーでもない、こうでもない
    こうするとまたこうやって言われる、
    ああすると今度はああやって言われる、
    「何かを言われること」をストレスに感じていました。

    でも、私の先生は、
    「佐藤さんらしく、雑音に耳を貸さずに制作しなさい」とおっしゃってくださいました。

    さすがに、人の言葉を雑音だとは思わないけど、笑
    でも、人の言葉を気にしすぎることで
    自分の制作の本質を見失い続けていた数年間だったことも事実です。

    そして私が気にしていたことを、
    先生がはっきりと雑音だよと言ってくれたことも
    見えづらくなっていた道が見えてきたきっかけになりました。

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    先月描いた絵

    私は最近、自分が何を描こうとしているのか
    を考えた時

    それは、光でもなく
    影でもなく
    静物でもなく
    花でもなく
    動物でもなく
    空間でも、空気でも、時間でもない

    〈自分自身が生きてきたこと、そしてこれからも生きていくこと〉
    についてだと思うようになりました。

    私は実感がすべてだと思っています。

    これまで、どうやって育てられて
    どんな環境で暮らして
    何をみて、何を学んだか
    何に感動して、何に失望してきたか

    それは、人それぞれ違う。

    私だけが感じていること、
    私だけが、「確かに」実感してきたこと
    目の前の世界、
    日々の暮らしの中で
    「確かに」感じてきたこと

    それを、絵の中で描きたいのだと、強く着地しました。

    写実主義は、
    「正確に」物を捉える。

    私は、
    「確かな」実感を描く。

    これは、大きな違いなんじゃないかと
    今日思ったんですよね。

    実感を絵に込めるためには、ある程度描写をしなければならない。
    だけど、その描写は
    描く対象を精密に分析して描き切ることではなく、
    自分がその対象に対して、どのように感じたかを描写することだと思います。

    今、この時、目の前のモチーフを描いている わけではなく
    これまで生きてきた中で感じたことと
    現在の意識が混在した正直な自身の状態を、絵に現そうとしているわけです。

    だから、
    そこは何処であるとか
    絵の中が何時であるとか
    そんなことはどうでも良くなってきました。

    描写するのも、
    自分の実感を込めるための手段。

    ただ、巧く描くだけ
    本物そっくりに描くだけでは
    魂のない、心のこもっていない絵が生まれるだけ。

    私が目指しているのは、
    私が確かにみた光景 を描くことであり、
    私が確かに感じた実感そのもの を描くことであり、
    それらは私の人生そのもの なんですよね。

    絵を通して、自分が何者であるか
    何を見ることができるか
    どこまで突き詰めることができるのかを
    追求し続け、探り続けたいです。

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    今制作中の絵

    少し話は逸れますが、
    私の好きなバンドのmy bloody valentineも
    当時、新しいジャンル(シューゲイザー)を確立した金字塔とかって言われて
    本人たちは、自分たちはシューゲイザーじゃないって言ってるインタビューの記事を見たことがあります。

    その後シューゲイザーというジャンルのアーティストがどんどん増えていくわけですが、
    みんな、ジャンル分けが大好きだから
    何かを言い表すときに、○○!って言えた方が楽なのもあって

    写実主義だって、別にジャンル分けのために生まれたものではないけど
    今では写実っていうジャンルになっちゃっていて
    写実っていうとわかりやすいんですよね、実際。
    (わかりやすいものだけが良いものか?という疑問もありますが)

    これから私は、これまで以上に自分の実感の表現のために描写をすると思うけど
    誰かの中でジャンルの箱の中に入れられたとしても
    それはそれと思えるように

    主義から脱却しようともがき、あがくより
    先生の言葉を借りるなら、雑音に耳を貸すのはやめて

    そして、あえて言うなら
    私の〈実感主義〉を掲げ続けるために

    深い森の中の
    静かな山間の家の中

    ウルスラのようにただ、見つめ続ける
    ただ、この世を見つめ続ける
    そして描き続ける

    それを、しばらく続けていこうと思っています。


    現在制作中の絵は10月に行う予定の個展にてご覧いただく予定です。
    頑張ります。

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