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Photo bycute_violet8353

第7章 私は、無理をしている自分を知っている

    毎日は、また、当たり前に過ぎていく。

    起きられる日。

    起きられない日。

    そのことを、いちばん理解していたのは、わたしよりも子どもたちだったのかもしれない。

    家族会議のようなものを開こうか、と考えたこともあった。

    けれど、これまで何度も節目ごとに話し合いはしてきた。

    だからこそ、成長した子どもたちに、
    あらためて説明する必要はないと感じた。

    任せてみようと思った。

    それは、正解だった。

    それぞれが、夫が変わってしまった部分にちゃんと気づき、自分なりの距離で向き合っていた。

    イライラしたり、怒ってしまったり。

    そういうことを、時々してしまうのは
    わたしだけだった。

    どう生活することが、リハビリになるのだろう。

    答えの出ない問いを抱えたまま、わたしの頭は、毎日まとまらなかった。

    ひとまず、手帳ができる前から、医療保険を使って訪問看護ステーションからリハビリに来てもらっていた。

    安心だった。

    ここなら、相談できる。

    ひとりではないと思えた。

    けれど。

    ケアマネという仕事ならできることも、自分が当事者になった途端、「こうしたら、こうなる」という見えないストッパーがかかった。

    頭ではわかっている。

    でも、心と生活が追いつかない。

    夫のリハビリの時間、わたしは仕事で家を空けている。

    帰宅して、「今日は何をしたの?」
    と尋ねても、「いつもと同じだよー」

    それで会話は終わってしまう。

    そう。

    言葉のキャッチボールが、夫には難しくなっていた。

    一一

    手帳が出たあと、看護師からの助言と、寄り添いがあった。

    障害者支援の中で、わたしのような立場の「ケアマネ」をつけてはどうか。

    そこから、次のステップへ進むための
    見通しや期待が持てるのではないか。

    そんな内容だった。

    当然だと思った。

    でも。

    わたしと夫のコミュニケーションは、まだ手探りのままだった。

    前もって相談すること。

    それが、夫には難しい。

    我が家の経済の要である、夫の口座を維持するための最低限のコミュニケーションでさえ、うまくいかないのが現実だった。

    すべてを確認しなければならない。

    一度、理解できれば、夫は対応できる。

    その能力が保たれていることを、わたしは知っている。

    だからこそ、余計にわたしは混乱してしまう。

    タイムラグを計算しながら、家の経済を回すということは、入院費のやりくりよりも、ずっと大変な作業だった。

    「余裕」

    持ちたい。

    ゆとりも。

    周囲からは、「肩の力を抜いて」

    そう言われた。

    優しさだと、わかっている。

    それでも、申し訳なさが先に立つ。

    そして同時に、腹を立てている自分がいた。

    今、めいっぱいやらないで、どうすんのよ。

    いま力を抜いたら、崩れる現実を知っているから。

    それは、防衛だった。

    春が近づくにつれ、忙しさは、さらに増していった。

    次女の卒業と進学。

    上の二人の、家計急変時奨学金の手続き。これは、三か月ごとに必要になる。

    息子の部活動。

    父母として、できるだけ積極的に関わっていた。

    その活動は、結果的に、夫のリハビリにもつながっていた。

    朝から晩まで、活動に関わる荷物を一式抱え、体育館で見守る。

    勝ち負けではない。

    練習の中で、学び、成長していく子どもたちを自分の目で見ること。

    それが、夫の中に何かを残してくれていた。

    一一

    私の疲労は、見えないまま、少しずつ蓄積していった。

    それも、当たり前だと思う自分がいた。

    夫は、気づいていたのだと思う。

    「オレも、やらなければ」
    そう思っていたのだろう。

    掃除も、調理も、ほとんどしたことがなかったのに。

    「オレが料理するなら、何かな」

    そう言いながら、食べ終えた食器を洗い、片付ける。

    私が辛いと伝えれば、お願いしたことを、きちんとしてくれる。

    何がすごいかと言えば。

    何ひとつ、言葉を返さないこと。

    さらに。

    「ママは、本当にすごいよ」

    今でも、そう言ってくれること。

    もう、わたしは泣くことはないと思った。

    泣くことは、この人に失礼だとさえ思えた。

    力を抜くことは、できない。

    それでも、こうして、がんばることができるのは

    守るべきものが、お互いに、あるからだ。

    泣かない強さじゃない。

    泣かないと決めた人の静けさなんだ。

     
     

    lyric

     
     
    ケアマネジャーで社会福祉士 夫の重篤な不慮の事故をきっかけに、家族として…支援職として 「同じ家で、違う時間を生きる」日々を経験する。 本書では、病室に通った時間と、その中で見えた家族と人の姿を静かに記録している。

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