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Photo bymykn07

第4章 問いを抱えたまま

    退院ではなかった。

    転院だった。

    治療目的の急性期病院から、リハビリ目的の病院へ。

    場所が変わるだけ。

    そう言われれば、そうなのかもしれない。

    でも私には、それは
    はっきりと違う意味を持っていた。

    急性期病院にいたのは、三か月。

    命をつなぐための時間。

    起きるかどうか。

    話せるかどうか。

    動けるかどうか。

    毎日が、「いま」を確認する時間だった。

    リハビリ病院への転院は、医師から説明があった。

    これからは、回復を目指す段階だということ。

    集中的にリハビリを行うこと。

    私は、それを自分の言葉でも、夫に説明した。

    ゆっくりでいいこと。

    焦らなくていいこと。

    そこで、体を作り直すのだということ。

    夫は、自分の身体の状態を通して、それを理解していったのだと思う。

    動かない左手。

    思うように力が入らない体。

    疲れやすさ。

    言葉で全部を説明しなくても、現実がそこにあった。

    転院の日、大きな出来事はなかった。

    救急車でもなかった。

    緊張感も、以前ほどではなかった。

    それでも、私は「次の段階に来た」
    という感覚をはっきりと持っていた。

    リハビリ病院では、結果的に、半年お世話になることになる。

    そのことを、このときの私は
    まだ知らなかった。

    ただ、まだ帰れない。

    それだけは、はっきりしていた。

    命は、つながった。

    でも、生活は
    まだ始まっていない。

    その途中に立っていた。

    支える覚悟と、先の見えなさを同時に抱えながら。

    ーー

    リハビリ病院は急性期病院とは、まったく違った。

    急性期病院は、市内にあった。

    何かあれば、すぐ行ける距離。

    病院は、生活の延長線上にあるような場所だった。

    選んだリハビリ病院は、県外だった。

    遠かった。

    それでも、そこに決めた。

    理由は、現実的だった。

    運転につながるリハビリがあること。

    面会可能年齢が十三歳からだったこと。

    ほとんどの病院では、十五歳未満は
    面会できない。

    そうなると、長男は父親に会えなくなる。

    それだけは、避けたかった。

    距離がある分、面会は限られていた。

    平日の、私の定休日。

    時間も決まっている。

    日曜日も可能なリハビリの見学も、予約が必要だった。

    自由に行って、自由に会える場所では
    なかった。

    「決まり」は、たくさんあった。

    時間。

    人数。

    面会の仕方。

    急性期で当たり前だったことが、ここでは当たり前ではなかった。

    アメニティ、という着替えのレンタルも使わなかった。

    だから、着替えは家から持っていく。

    ときには、失禁した衣服をそのまま持ち帰ることもあった。

    そのままにしておけず、日数がたたないように、仕事を抜けて取りに行った。

    洗濯機の前に立ちながら、私は思っていた。

    ここは、治す場所なんだ。

    でも同時に、生活が始まっている場所なんだ、と。

    急性期では、命を預けていた。

    リハビリ病院では、生活を引き受け始めていた。

    その違いは、思っていたよりもずっと大きかった。

    長男が面会できた日は、リハビリの見学日だった。

    中学に入って、部活動が始まり、初めてユニフォームをもらったばかりだった。

    それを着て、病院に行った。

    「見せたいんだ」そう言っていた。

    リハビリ室に入ると、夫の目が一瞬、見開かれた。

    大きくなった息子を、一瞬で理解したのだと思う。

    背が伸びて、肩幅ができて、知らない時間をまとっていた。

    夫は、何も言わなかった。

    ただ、とても優しい眼差しを息子に向けていた。

    あのとき、夫は強く思ったのだと思う。

    帰りたい、と。

    家に。

    この時間の続きに。

    言葉にはならなかったけれど、その気持ちは、はっきりと伝わってきた。

    ーー

    リハビリ病院で、私が最初に戸惑ったことがある。

    夫が、出された食事を残さず食べていることだった。

    それも、嫌いなはずの乳製品や果物まで。

    私の前では、絶対に食べないものだ。

    だから、本当に驚いた。

    どうして?と思った。

    退院してから、理由を聞いた。

    食べないと、看護助手の外国の方が
    離れてくれないからだと。

    見守られ、声をかけられ、待たれる。

    食べ終わるまで、その場にいる。

    この頃の夫にとって、看護師さんや
    看護助手さんは、疎ましい存在だったらしい。

    助けられていることは、わかっている。

    でも、自由がない。

    どうして退院できないのか。

    自分は、もう大丈夫なのではないか。

    その理由が、わからなかったのだと思う。

    私は、その戸惑いを横で見ながら、「回復」と「納得」は別のものなのだと改めて理解した。

    面会の帰り道、私は一人で考えていた。

    考えてはいけない、とわかっていながら。

    それでも、どうしても比べてしまうことがあった。

    これまで、私が見てきた利用者さんたちと。

    家に帰ってきたら、どうなるのだろう。

    夫は、どこまで回復してくれるのだろう。

    生活は、成り立つのだろうか。

    答えは、どこにもなかった。

    ーー

    マメな人だった。

    それが、私の知っている夫だった。

    LINEの連絡は頻繁で、用事がなくても短い言葉がよく届いていた。

    意識がある程度戻ってから、スマートフォンを初期化した。

    新しいパスコードは、すぐに覚えた。

    そこは、変わらなかった。

    でも。

    スマートフォンを開けるのに、連絡は
    ほとんどなかった。

    私から送っても、反応がない。

    既読がつかない。

    それが、数日続くことが当たり前になっていった。

    それが、悲しかった。

    怒りではなく、不満でもなく。

    ただ、静かに悲しかった。

    話せている。

    目も合う。

    歩く練習もしている。

    それなのに、「私に向けた反応」が戻ってこない。

    そのことが、胸の奥に小さな穴をあけていた。

    私は、自分に言い聞かせていた。

    まだ途中。

    焦らない。

    比べない。

    そうやって、何度も自分を抑えた。

    でも、帰り道の車の中では、その抑えが少しだけゆるんでいた。

    答えのない問いが、隣の席に座っているような気がして。

    私は、ハンドルを握りながら、ただ前を見ていた。

    連絡がなくなったことを、私は誰にも言えなかった。

    「返事がこないんだ」そう言えば、心配される。

    「まだ大変なんだね」そう言われれば、説明しなければならなくなる。

    でも、何を説明すればいいのか、自分でもわからなかった。

    スマホを見て、画面を閉じる。

    その繰り返しを、誰にも見せなかった。

    夫が変わってしまった、とは言いたくなかった。

    でも、何も変わっていない、とも言えなかった。

    私は、いつのまにか「説明する側」になっていた。

    子どもたちに。

    義母に。

    職場に。

    今はこういう状態で、リハビリ中で、
    少しずつ良くなっていて。

    そう話すことに、慣れてしまっていた。

    でも、ある日、それができなくなった。

    「で、これからどうなるの?」

    そう聞かれたとき、言葉が出てこなかった。

    わからない。

    その一言を飲み込んだ。

    良くなる、と言い切れなくなっていた。

    悪くなる、とも言えない。

    そのあいだにある現実を、私はうまく言葉にできなかった。

    説明する役割から、少しだけ降りてしまった日だった。

    ーー

    夫が初めて怒ったのは、その頃だった。

    リハビリのあとだったと思う。

    疲れていたのか、苛立っていたのか。

    理由は、はっきりしない。

    「なんで、まだここにいるんだ」

    声は、強くはなかった。

    でも、鋭かった。

    私は、答えられなかった。

    「まだ」と言われるほど、簡単な状況じゃない。

    でも、それを説明する言葉を、
    持っていなかった。

    夫は、何かを投げたわけでもない。

    大きな声を出したわけでもない。

    ただ、怒っていた。

    それが、わかった。

    その姿を見て、私は思った。

    ああ、この人は戻ってきている。

    でも、同時に違う場所に立っている。

    連絡がなくなったことも。

    説明できなくなったことも。

    初めての怒りも。

    どれも、「回復」の一部だった。

    そう思おうとして、私は自分を納得させていた。

    でも、その帰り道。

    車の中で、私は深く息を吐いた。

    説明できないことが増えていく。

    それが、この先の生活なのかもしれない。

    そんな予感だけが、静かに残っていた。

     
     

    lyric

     
     
    ケアマネジャーで社会福祉士 夫の重篤な不慮の事故をきっかけに、家族として…支援職として 「同じ家で、違う時間を生きる」日々を経験する。 本書では、病室に通った時間と、その中で見えた家族と人の姿を静かに記録している。

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