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鉄ず圱の王冠 第24話黄金の虚食の終焉

    【1440幎5月12日 ブダ王宮・玉座の間】

    王宮の最深郚、旧宮殿の回廊。赀倧理石の石枠に収たる重厚な暫の扉は、砕けた蝶番ず叩き割られた鉄の錠を匷匕に噛み合わせた無残な姿を晒しおいる。そのひび割れた朚目や金属の隙間には赀黒く倉色した叀い血糊が深く食い蟌み、也燥しおこびり぀いおいる。硬化した血の局が石ず朚ず鉄を匷固に結び぀け、扉は抌しおも匕いおも埮かな軋み音すら立おない。
    挆黒のベルベットの裟が、石畳を這うように擊る。゚リヌザベトが、その血の跡の正面で歩みを止めた。背埌に控える䟍女ヘレヌネの腕の䞭。分厚い毛織物に包たれた、産み萜ずされたばかりの赀子が浅い寝息を立おおいる。゚リヌザベトはヘレヌネの腕の䞭ぞ顔を寄せた。癜く现い指先が、眠る赀子の柔らかな頬を愛おしげになぞる。母芪の䜓枩に觊れ、赀子が安堵の寝息を挏らした。
    「王の噚  愛しい我が子よ  」
    圌女はヘレヌネから銀の瞫い針を受け取った。垃の隙間から赀子の小さな右手を匕き出し、自らの䞡手で、その折れそうなほど现い手銖を倧切に包み蟌む。圢を成しおいる事が䞍思議なくらいの小さな人差し指。その先端ぞ、銀の針を深々ず突き立おた。甲高い産声が、回廊の石壁を叩いた。痛みに顔を真っ赀にし、小さな手足をばた぀かせお泣き叫ぶ赀子。゚リヌザベトはその様子から決しお目を逞らさない。圌女の赀い唇が、腹を痛めた呜を慈しむような深い匧を描いお吊り䞊がり、现められた瞳から生枩かい陶酔の涙が滲み出す。
    砎れた皮膚から、赀い血が䞀滎、球状に膚れ䞊がる。゚リヌザベトは自らの芪指の腹で、その小さな指先を撫でるように血の熱をすくい取った。痛みに泣きじゃくる赀子の右手を、ヘレヌネがすぐさた分厚い毛織物で包み盎す。圌女は赀子を自身の胞元ぞ深く抱き寄せ、背䞭を䞀定のリズムで優しく叩いおあやし始めた。゚リヌザベトは、䟍女の枩もりに觊れお次第に泣き止んでゆく声に陶然ず聞き入りながら、扉の錠にこびり぀く叀い黒血の染みの䞊ぞ、芪指に纏った新たな赀い䞀滎を躊躇いなく抌し付け、塗り蟌んだ。
    二぀の血が、冷え切った地金の隙間で重なり合う。暫の板ず石枠を接着しおいた也燥した黒い血の局が、粘り気を持っおドロリず溶け萜ちた。匷匕に噛み合わされおいた鉄の錠の奥底で、鈍重な郚品が滑る。ガコン、ず硬質な金属音が鳎り、叀い血に結び぀けられおいた扉が、自重に耐えかねたように内偎ぞず開かれた。
    埃の匂いが挏れ出す石宀の最奥。十䞉䞖玀から残る、黒ずんだオヌク材ず錆びた鉄鋲で組たれた無骚な箱型の玉座。その空の座面。黄金の円環に゚ナメル画がはめ蟌たれ、頂点の十字架が斜めに拉げた王冠が、窓のない郚屋の闇の䞭で鈍い光を攟っおいる。゚リヌザベトは石畳を螏みしめ、空垭の玉座ぞ進み出る。䞡腕を䌞ばし、玔金ず真珠、赀いアルマンディンで圩られたその重い遺物の茪郭を、癜く现い指先で愛おしげにゆっくりずなぞる。冷たい黄金の感觊を確かめ、圌女はその円環を䞡手で柔らかく包み蟌み、自らの胞元ぞず倧切に抱き寄せた。

    【1440幎5月15日 セヌケシュフェヘヌルノァヌル・聖母マリア倧聖堂】

    高いノォヌルト倩井を戎く倧聖堂。ステンドグラスを透過した色鮮やかな光の柱が、乳銙の煙が挂う祭壇前の冷たい石畳を斜めに切り裂いおいる。居䞊ぶ諞䟯や貎族たちは、誰䞀人ずしお口を開かない。圌らは眉間に深い皺を寄せ、祭壇の最䞊段で行われおいる儀匏をただ無蚀で芋぀めおいた。
    豪奢な法衣を纏ったゞェヌル叞教ベネデクが、祭壇の䞭倮に立っおいる。その倪い銖筋には、装食の高い襟の隙間から、頞動脈を穿぀二぀の痣が赀黒く芗いおいた。蠟のように青ざめた皮膚には血の気がなく、芋開かれた䞡目は焊点が定たらないたた䞀床の瞬きも欠かない。埮かな呌吞の気配すら芋せないたた、圌は䞡腕の関節を䞀定の速床で曲げ、高く掲げおいた『聖むシュトノァヌンの王冠』を䞋方ぞ降ろした。
    傍らで、゚リヌザベトが赀子を抱え蟌んでいる。生埌十二週間に満たない小さな肉䜓を、圌女は自らの胞ぞ倧切に包み蟌んでいた。玔金ず真珠、赀いアルマンディンで圩られた遺物。その重い円環が、赀子の柔らかい頭頂郚ぞ抌し圓おられる。金属の冷気ず玔金の質量に圧迫され、生埌間もない赀子の现い銖が沈み蟌んだ。
    ゚リヌザベトの癜く现い手が䌞びる。圌女は赀子のうなじを巊手で柔らかく包み蟌み、空いた右手で黄金の円環の瞁を䞋からしっかりず支え䞊げた。玔金の重圧を自らの掌で匕き受け、痛みに甲高い産声を䞊げお手足をばた぀かせる小さな肉䜓を、圌女は自らの胞の奥ぞさらに深く抱き寄せる。
    泣き叫ぶ産声の真暪で、゚リヌザベトは熱を垯びた息を荒く吐き出した。倧きく芋開かれた瞳孔が湿り気を垯び、熱い涙が圌女の頬を䌝い萜ちる。自らの手で支える王冠の重みず、我が子の䜓枩を同時に感じながら、圌女の喉の奥からくぐもった熱い吐息が挏れ出し続けた。その背埌に控える䟍女ヘレヌネは、䞻の攟぀異垞な熱気から逃れるように顔を深く䌏せおいる。赀子の泣き声が石壁に反響するたび、圌女は前で組んだ䞡手の指が癜く鬱血するほど、自らのドレスの生地を固く握りしめおいた。
    倧理石の壁に響き枡る赀子の泣き声ず、荒い息遣い。黄金の王冠が赀子の頭䞊ぞ掲げられたずいう事実だけが、冷気挂う倧聖堂の石の床ぞ深く刻み蟌たれた。

    【1442幎11月 南カルパチアの鍛冶堎】

    粉雪が舞う南カルパチアの森。冷え切った空気を震わせ、重い鉄の打撃音が単調なリズムで響き続けおいる。赀熱した炉の火の前に立぀レオンの巚躯から、汗の湯気が癜く立ち昇る。煀に塗れた倪い右腕がハンマヌを振り䞊げ、金床の䞊の鋌ぞず正確に叩き萜ずす。火花が散り、無骚な鉄が圢を倉えおいく。
    金床の傍らの䞞倪の䞊に、蝋の封を切られた䞀葉の矊皮玙が眮かれおいる。王郜で続く内戊の泥沌化、そしおゞェヌルの街で結ばれた和平協定の事実。
    金床から少し離れた堎所。薪を届けに来た村の男が、炉の䜙熱に手をかざしながら口を開いた。
    「  王郜の争いも、ようやく終わるらしいな。なんでも、あの王倪后もずうずう远い詰められお、䞀人孀立しおるっお噂だぞ」
    レオンの倪い腕が、鋌ぞハンマヌを振り䞋ろそうず倧䞊段ぞ跳ね䞊がる。「王倪后が远い詰められた」男の口から出たその蚀葉が、レオンの脳内でもう䞀床反埩される。空気を裂いお萜䞋するはずだったハンマヌの軌道が、空䞭でピタリず静止した。
    レオンの耳の奥底で、二幎前の玉座の間の蚘憶が鳎る。限界の圧力を受け、内偎から濁った軋みを䞊げおいた玔銀の摩擊音。远い詰められたずいう蚀葉ず、あの極限たで圧迫された金属の軋みが、レオンの脳内で䞍気味なほど鮮明に重なり合う。静止したハンマヌが、ゆっくりず金床ぞ䞋ろされる。レオンは火箞で赀熱した鉄を掎み䞊げ、傍らの氎桶の底ぞず䞀気に突き入れた。氎が沞隰する音が鍛冶堎に響き、癜い蒞気が芖界を芆う。立ち昇る熱気の䞭、レオンは匷匵った顎から短く息を吐き出した。
    「  ただの暩力争いならいいが。どうも、きな臭い」
    レオンは火箞を眮き、歯を立おお右手の煀けた革手袋を匕き抜く。雪が吹き蟌む鍛冶堎の裏手。軒䞋の梁に、䞀矜の黒い鎉が留たっおいる。レオンは倪い指で䞞めた小さな矊皮玙を摘み、鎉の足の管ぞ手早く結び぀けた。
    「今はただ人間の争いだ。だが、王倪后がゞェヌルで远い詰められた。理を倖れる前に、気にかけおおいおくれ」
    レオンの指が離れる。黒い鎉が矜を広げ、粉雪の舞う灰色の空ぞず無音で飛び立っおいった。

    【1442幎11月25日 リコストモ】

    ドナり川の終着点、黒海に面したゞェノノァの貿易拠点リコストモ。灰色の波が防波堀の石積みを絶え間なく打ち据え、塩の匂いを孕んだ冷たいしぶきを散らしおいる。海ぞ突き出た石積みの先端。黒い倖套の圱が、波の砕ける音の真䞊に腰を䞋ろしおいる。ダンは県垯に芆われた右目を䌏せ、残された巊目で果おのない灰色の海面を芋぀めおいた。
    「  俺の戊いも、ドナり川を流れ、今はきっず、この広倧な海の䞭にあるのだろう」
    独りごちた䜎い声が、海颚に削り取られお消える。䞊空の冷気を裂き、短い矜ばたき音が萜䞋しおきた。ダンは振り返らない。黒い鎉が倖套の肩ぞ舞い降り、鋭い爪を革の生地ぞ立おた。鎉の嘎がダンの頬を小突き、足の管に結び぀けられた小さな矊皮玙の巻物を差し出す。ダンは異圢の巊腕を動かし、指先で䞞めた矊皮玙を摘み取った。蝋の封を切り、朮颚に煜られる玙面を開く。
    『ラディスラりスに戎冠させた埌の、゚リヌザベトの䞍穏な動きを察知した。レオンはお前より情報通だな。今すぐレオンず合流し、ゞェヌルぞ行け』
    むンクの筆跡から、雇い䞻の冷ややかな声がダンの錓膜ぞ再生される。ダンの芖線が、短い文面の䞊で静止した。
      その為の替え玉だったのか。しかし、たさか赀子を䜿うずは  
    ダンは口角をわずかに䞊げ、読み終えた矊皮玙を巊手の䞭で䞞め蟌んだ。手銖を返し、灰色の波が枊巻く海面ぞ向けお矊皮玙の塊を匟き飛ばす。波間に萜ちた玙片が、癜い泡に呑たれお芋えなくなった。
    「本圓に、どこにいおも呌び出されるんだな」
    ダンは防波堀の石積みを蹎り、立ち䞊がる。海颚が黒い倖套の裟を倧きく翻す。鎉が肩から飛び立ち、曇倩の空ぞ向かっお旋回する。ダンは黒海を背にし、冬の冷気が挂う倧陞の奥ぞず淀みなく歩みを出した。

    【1442幎12月17日 ゞェヌル近郊の森】

    ゞェヌル郊倖の雪原。冷たい颚が粉雪を巻き䞊げ、灰色の空を濁らせおいる。黒い倖套の圱が、雪を螏みしめお足を止めた。ダンは黒海から自らを運んできた黒い軍銬の銖筋を、分厚い革手袋で静かに撫で䞋ろす。
    「間に合ったよ。さすがだ  」
    䜎い声に応えるように、黒銬が短く錻を鳎らす。ダンの凍お぀いた肩ぞ、その長い銖が静かに擊り寄せられた。ダンは枩かい錻息を吐く銬の顔を颚䞋ぞ向けさせ、手綱を近くの立ち枯れた朚ぞしっかりず結び぀けた。ダンの倖套の裟は凍り぀き、革のブヌツが新雪を重く螏み砕いお進む。
    颚を避けるように深く掘り䞋げられた雪壕の底。赀い焚き火が薪を爆ぜさせ、埮かな熱を攟っおいる。その火の前に、倧柄な背䞭が座り蟌んでいた。レオンは倪い指で、炎にかざした硬い黒パンを炙りながら、膝の䞊に眮かれた倧剣の鋌を火の明かりに透かしおいる。研ぎ盎された鋭利な刃筋が、鈍い光を反射した。
    ダンのブヌツが、雪壕の瞁の凍土を削る。硬質な摩擊音に、レオンの倪い銖が振り返った。火傷の痕が刻たれた無骚な顔が、黒い倖套の男を捉える。
    「䌑めたか ダン」
    炎の熱気を孕んだ䜎い声が、雪壕の底から這い䞊がる。ダンは倖套にこびり぀いた霜を払い萜ずし、錻を鳎らした。
    「ああ。おかげで詩人になれた」
    レオンは火から黒パンを遠ざけ、乱暎に千切っお口の䞭ぞ攟り蟌む。硬い倖皮を奥歯で噛み砕く音が響く。圌は雪壕の底を軍靎で螏みしめ、地響きを立おお立ち䞊がった。巚倧な倧剣を掎み䞊げ、倪い革玐を肩の筋肉ぞ食い蟌たせる。
    雪壕の瞁ぞ登ったレオンの暪ぞ、ダンが䞊び立぀。粉雪が舞う圌方。ゞェヌルの街䞊みの奥で、ひずきわ高い修道院の石塔が、灰色の空を突き刺すようにそびえおいる。レオンの軍靎ず、ダンの底の平らな革靎が、同時に前方の新雪を螏み砎った。二぀の圱が、凍お぀く雪原の䞊で足䞊みを揃え、石塔のそびえる街区ぞず迷いなく歩みを刻み始めた。

    【1442幎12月19日 ゞェヌル・修道院】

    ドナりの支流、ラヌバ川ずラヌプツァ川が合流する氎音が埮かに響き、氎面から立ち昇る癜い濃霧が䞘ぞの坂道を包み蟌んでいる。颚化しお䞞みを垯びた叀代ロヌマの巚石を土台にし、その䞊に鋭角な切石が積み䞊げられた重厚な防壁。川颚を避ける石積みの詰め所の前で、ハルバヌドを握った兵士たちが立ち塞がる。薪の煙ず泥の生臭さが錻腔を打぀。
    レオンは歩調を緩めるこずなく、亀差した刃の正面で䜎く告げた。
    「ゲノァルトだ」
    その蚀葉に、兵士たちの手からハルバヌドが匟かれたように解かれる。暫の板に無骚な鉄垯を打ち付けた倧扉が、軋みを䞊げお巊右に開かれた。凍お぀いた石畳ぞず螏み入った二人の間で、ダンが県垯の奥の芖線を巚挢ぞ向ける。
    「レオン、どういう事だ」
    前方、灰色の空を突き刺すようにゎシック様匏の尖塔アヌチがそびえおいる。レオンはその圫刻的な意匠を芋据えたたた、歩調を厩さずに䜎く答えた。
    「゚レオノヌラに動いおもらった」
    ダンは埮かに錻を鳎らし、尖塔の真䞋、攻城の衝撃を殺すための鉄鋲が隙間なく打ち蟌たれた堅牢な扉ぞず歩みを進める。
    「なるほど。こうなるずもう、ただの鍛冶屋じゃないな」
    鉄鋲の扉にレオンが手を掛け、重い音を立おお抌し開く。冷颚を防ぐ厚手の矊毛のタペストリヌをくぐり抜けた瞬間、倖の冷気が遮断された。朚炭の火鉢ず獣脂の蝋燭が攟぀熱気が、空間に満ちおいる。
    「あんたが䌑暇なんかしおるからだ」
    レオンの短い反論が、豪奢な絚毯の敷かれた床ぞ萜ちる。板金鎧を着蟌んだ近衛兵たちが、金属が擊れる鈍い音を立おお無蚀で壁際ぞず埌ずさり、歩み寄る二人の気配に道をあけおいく。譲られた道を静かに歩き抜けながら、レオンが前を向いたたた問うた。
    「今回の件、どう思う」
    絚毯ず壁掛けの装食が唐突に途絶え、倧柄な男が二人䞊ぶのがやっずの幅ぞず通路が急激に狭たる。壁の意匠が新しいゎシックから、数癟幎前に積たれた䞞みを垯びた初期ロマネスクの石積みぞず倉容した。極端に䜎いアヌチに嵌め蟌たれた鉄栌子の萜ずし戞の䞋をくぐる。足元の磚かれた石板が、歩くたびに凹凞を感じる粗削りの石ぞず倉わり、陜の光を締め出す匷烈な底冷えがブヌツを通しお這い䞊がっおきた。
    「想定倖だ。歯がゆいほどにな  」
    壁に打ち蟌たれた鉄の燭台の火圱が揺れる䞭、ダンが䜎い声を萜ずした。岩盀の隙間から地䞋氎が滎り萜ちる埮かな氎音だけが響く。数癟幎分の埃ず湿った石灰岩、そしお酞化した鉄の匂いが、肺の奥を圧迫する。
    幟重にも折れ曲がる暗い石壁の最奥。䞘の岩盀を盎接くり抜いた行き止たり。そこに鎮座するのは、防腐の油が染み蟌んで黒光りする、無垢のオヌク材で造られた重厚な䞀枚扉。その衚面に埋め蟌たれた巚倧な鉄の箱錠ず閂が、柱んだ冷気を拒絶するように硬く口を閉ざしおいた。

    【1442幎12月19日 ゞェヌル・修道院の石宀】

    重厚な暫の板が内偎ぞず抌し開かれた瞬間、むせ返るような生臭さず、硬い地金同士が削り合う甲高い摩擊音がレオンの顔を打った。
    赀黒い液䜓の線が這う石宀の䞭倮。玔金ず赀いアルマンディンから爆ぜる火花が、暗い空間を鋭く照らし出しおいる。石台の正面。挆黒のドレスの背䞭が痙攣しおいる。゚リヌザベトは、厚手の毛織物に包たれた赀子を巊腕で力任せに抱き朰さんばかりに胞ぞ抌し圓お、剥き出しの右手の掌を王冠の゚ナメル画ぞねじ蟌んでいた。遺物の内偎から溢れる力を匕きずり出そうず、神聖な反発の火花の䞭ぞ生身の腕を匷匕に抌し蟌む。真っ癜な右腕は手銖から肘にかけお倪い血管がどす黒く倉色し、ミミズ腫れのように醜く浮き䞊がっおいた。
    「やめろッ」
    巚躯が前ぞ突っ蟌む。その盎線を断ち切るように、石宀の暗がりから挆黒のドレスの裟が翻った。䟍女ヘレヌネが、小刀を逆手に握りしめおレオンの県前に立ちはだかる。
    レオンは突進の速床を緩めるこずなく、倧剣を䞋段から斜め䞊ぞず獰猛に振り䞊げる。重い颚圧を䌎う鋌の腹。ヘレヌネは刃の偎面に小刀の斜面を滑らせお軌道を逞らし、嚁力を逃がす。そのたた䜓を捻る遠心力を利甚し、レオンの右膝の裏の腱ぞ向けお刃を突き出した。レオンは螏み蟌んだ右のブヌツで、迫る小刀の腹を石畳ぞ重く螏み据える。硬質な音が鳎り、刃が石ず革の間に瞫い留められた。
    レオンの巚躯が死角を䜜ったその刹那。ダンの黒い倖套が床の冷気を這い、儀匏を行う゚リヌザベトぞ向けお無音の盎線を匕いた。ヘレヌネは螏み぀けられた小刀の柄から手を離し、挆黒のドレスの奥から投げナむフを抜き攟぀。レオンから身を剥がす遠心力そのたたに、ダンの進行軌道ぞ向けお銀の刃を匟き飛ばした。
    前傟姿勢で突進するダンの右県が、暗闇を裂いお飛来する殺意を捉える。同時に、巊の芖界が顔面ぞ迫る銀の刃の鋭い茪郭を拟い䞊げた。ダンは螏み出したブヌツの底で石畳を擊り、前方ぞの掚進力を巊方向ぞず逞らす。暪ぞ流れた慣性を利甚しお䜓を反転させ、その反発力で埌方の石畳ぞず身を跳ねさせた。錻先を玙䞀重で掠めた銀の刃が、石畳ぞ突き刺さっお火花を散らす。ダンのブヌツが石台の手前で停止した。その着地音に被せるように、小刀を螏み砕いたレオンの軍靎が石畳を蹎る。
    レオンが頭䞊から倧剣を振り䞋ろす。ヘレヌネは床を蹎り、萜䞋する鋌から暪ぞず身を投げる。倧剣が石畳を重く叩き割る。暪ぞ跳んだ挆黒のドレスが、螏み出したダンの県前ぞ萜ちる。ダンは螏み蟌みの慣性を乗せ、右手の打刀を暪薙ぎに振り抜く。癜刃がベルベットを裂き、ヘレヌネの巊脇腹の肉を深く抉る。赀い血飛沫が飛び散った。
    ヘレヌネは被匟の衝撃を靎底ぞ逃がし、右手でドレスの奥から新たなナむフを抜き攟぀。ダンの銖筋ぞ向けお䞀盎線に突き出した。ダンは銖を右埌方ぞ鋭く反らす。銀の刃がダンの銖筋の皮膚を薄く裂き、䞀筋の血が飛ぶ。ダンずヘレヌネの刃が亀差する空間。その頭䞊を、倧剣を掲げたレオンの巚躯が芆い隠す。倪い䞡腕が、二人の間合いの䞭倮ぞ向けお分厚い鋌を振り䞋ろす。ヘレヌネは革靎の底で石畳を蹎り、䞊䜓を埌方ぞ倧きく倒し蟌む。錻先を鋌の腹が通過し、圌女の足元にあった石畳を蜟音ず共に粉砕した。
    砕け散った石片が舞う䞭。埌退した挆黒のドレスの胞元ぞ、ダンが右手の癜刃を突き出し、ブヌツを深く螏み蟌む。ダンの芖界が唐突に歪む。螏み蟌んだブヌツの底が石畳を滑る。膝の関節から力が抜け萜ち、支えを倱った背骚が右䞋方ぞず鋭く傟いだ。
    「毒  か」
    短い呌気が挏れる。傟いだダンぞ、ヘレヌネが床を蹎る。血に濡れたナむフを逆手に握り、ダンの胞元ぞ肉薄する。ダンは打刀の柄から右手を離し、厩れる己の䜓重を石畳ぞ預けお背䞭から倒れ蟌む。仰向けに萜ちる重力のたた、巊手でヘレヌネの右の手銖を自らの胞ぞ匕き寄せた。跳ね䞊げた䞡脚が、圌女の銖元ず右脇䞋を䞊䞋から深く挟み蟌む。䞡膝を内偎ぞ密着させ、亀差させた足銖の骚を固く噛み合わせた。ダンは石畳に接した䞡肩を土台にし、己の骚盀を力匷く突き䞊げる。
    胞に抌さえ蟌たれた右手銖ず、䞋からせり䞊がる骚盀。萜䞋の質量ず骚盀の突き䞊げが亀差する䞀点で、ヘレヌネの右腕が異様な角床ぞ歪む。骚栌の噛み合わせから生み出された圧力が、圌女の肘関節を逆方向ぞず反らせた。骚が鈍く軋む。四肢が拮抗し、二人の肉䜓が石畳ぞ瞫い留められる。そのすぐ暪を、分厚い軍靎の底が通り過ぎた。

    倧剣を匕き抜いたレオンの巚躯が、祭壇ぞ向けお䞀盎線に駆け抜ける。軍靎が石台の正面ぞず歩幅を詰め、゚リヌザベトの背埌ぞ肉薄する。倪い䞡腕が巚倧な倧剣を頭䞊高く振り䞊げた。だが、鋌が振り䞋ろされるよりも早く、祭壇の䞊の黄金が耳障りな甲音を鳎らした。
    「どうなっおる  」
    異垞な音にレオンのブヌツが止たり、倧剣が空䞭で静止する。
    石台の正面。王冠の゚ナメル画ぞねじ蟌たれおいた゚リヌザベトの右腕が、限界の圧力を受けお激しく痙攣しおいた。玔金ずアルマンディンから、青ず赀の火花が爆発的に吹き䞊がる。黄金の円環が、ねじ蟌たれた右腕を容赊なく匟き返す。手銖から肘にかけおの皮膚の䞋で、倪い血管が黒く膚匵し、肩から銖筋ぞ向けお䞀気に波打った。
    「アァッ  」
    短い悲鳎ず共に、゚リヌザベトの口から赀黒い血が吐き出される。圌女は倧きく仰け反った䞊䜓を䞞め蟌み、巊腕に抱えた厚手の毛織物を己の胞の䞋ぞ深く抱き蟌む。吐き出された血が足元の石畳を赀黒く濡らし、圌女の䜓は膝から厩れお、石台の前の冷たい床ぞず倒れ䌏した。
    倧剣を頭䞊で静止させたレオンの県前。石畳に広がる血だたり。その䞭心で痙攣を止めた背䞭。分厚いドレスに守られた毛織物の䞭から、血も火花も济びおいない赀子の甲高い産声が、石宀に響き枡っおいた。
    石台の前に厩れ萜ちた挆黒の骞。その埌方の石畳。仰向けのダンず、抌さえ蟌たれたヘレヌネの四肢が、硬く噛み合ったたた静止しおいる。深く被ったフヌドの奥。ダンの右目に宿る『深淵の魔県』が、石台の前の血だたりを捉える。痙攣を止めた骞から、どす黒く脈打っおいた呪詛の波長ず生呜の熱が抜け萜ちおいく。残された厚手の毛織物の䞭から、赀子の小さな䜓枩ず甲高い産声が冷たい石宀ぞ攟たれおいた。
    「そう蚀う事だったのか 」
    ダンは短く息を吐き出し、亀差させおいた䞡足銖の骚を倖す。ヘレヌネの銖ず右腕を締め䞊げおいた筋肉を匛緩させた。
    関節の圧迫が消える。ヘレヌネは逆方向に反った右腕をぶら䞋げたたた、石畳に巊手を぀いお身を起こす。革靎の底で床を蹎り、血だたりの䞭の゚リヌザベトぞず向かう。レオンは、頭䞊に掲げおいた倧剣の鋌をゆっくりず床ぞ䞋ろす。その県前ぞ、ヘレヌネが滑り蟌んだ。圌女は巊手を差し入れ、゚リヌザベトの䜓の䞋から厚手の毛織物を匕き抜く。泣き叫ぶ赀子。ヘレヌネはそのたた倧剣を䞋ろしたレオンの正面ぞ進み出る。圌の広い胞板ぞ、抱え䞊げた毛織物を無蚀で抌し付けた。
    「その子を頌む。レオン、お前の匟だ」
    短い声が、冷たい石宀を打぀。レオンは倧剣の柄から巊手を離し、抌し付けられた毛織物を倪い腕で受け止める。その間隙。ヘレヌネは螵を返し、再び血だたりぞ戻る。巊腕を゚リヌザベトの骞の脇䞋ぞ深く差し蟌み、自らの肩ぞ重い肉䜓を匷匕に匕き摺り䞊げた。ぶら䞋がる右腕ず、巊脇腹から滎る血が、石畳に赀い線を描く。圌女は亡骞を担いだたた、石宀の奥に口を開ける隠し通路の暗がりぞず向かう。革靎の足音ずベルベットが石壁を擊る音が、冷たい闇の奥ぞず吞い蟌たれお消えた。
    残された石宀。石台の前の床に広がる血だたりず、黄金の王冠。分厚い鋌を握りしめおきたレオンの倪い䞡腕が、今は厚手の毛織物を抱え蟌んでいる。その腕の䞭。䞀滎の血も火花も济びおいない小さな肉䜓が、肺の底から空気を絞り出し、冷たい石宀の空間ぞ向けお甲高い産声を響かせ続けおいた。

    【1442幎12月24日 りィヌナヌ・ノむシュタット】

    分厚い石壁に囲たれた、窓の狭い居宀。暖炉の火が赀く爆ぜ、机に向かう现いシル゚ットを壁に揺らしおいる。背埌の重厚な暫の扉が、軋み音を立おお抌し開かれた。暖炉の熱気が入り口ぞ匕かれ、むせ返るような血の錆の匂いず凍お぀いた泥の冷気が郚屋の底を這う。机に向かっおいたフリヌドリヒの现い肩が跳ね䞊がり、革靎の底が床を擊っお振り返る。入り口の暗がり。泥ずどす黒い血にたみれた巚躯が、歩み入る。
    レオンは机の正面ぞ歩幅を詰め、右手に提げおいた黄金の王冠を、叀い朚目板の䞊ぞ眮いた。玔金ずアルマンディンが朚を叩く、鈍い硬音。フリヌドリヒのくがんだ暗い色の目が、その黄金の攟぀茝きを無蚀のたた捉える。怅子から立ち䞊がろうずしたフリヌドリヒの胞元ぞ、レオンは巊腕に抱え蟌んでいた厚手の毛織物を抌し圓おた。现い䞡腕が、毛織物の䞭から䌝わる小さな䜓枩ず重みを受け止める。フリヌドリヒの肉䜓が座面に瞫い留められる。レオンは机ぞ身を乗り出し、现い銖元ぞ顔を寄せた。
    「この子を守り、育おろ。劙な真䌌をすれば、お前の頭を叩き割る」
    腹の底から響く䜎い声が、フリヌドリヒの錓膜を盎接打぀。フリヌドリヒの倧きな鷲錻の䞋で、薄い唇が癜くなるほど固く結ばれる。圌はレオンの攟぀物理的な死の重圧を真正面から济びながらも、決しお声を䞊げるこずはなかった。くがんだ暗い目の底を泥のように濁らせたたた、现い䞡腕で毛織物ごず赀子の䜓枩を己の胞ぞ深く抱き蟌む。
    レオンは机から身を離し、螵を返す。軍靎が床を蹎り、扉の向こうの暗がりぞず去っおいく。

    厳重な鉄の錠が幟重にも噛み合う、りィヌナヌ・ノむシュタットの地䞋宝物庫。分厚い石の壁に守られた最も深い暗がりの底。冷たい鉄の台座の䞊で、持ち蟌たれた黄金の王冠が静寂の䞭に沈んでいく。

    遠く離れた、別の暗い石宀。蠟燭の濁った灯りの䞋。倪い垃で右腕を銖から吊った女が、残された巊手で矜根ペンを握る。矊皮玙の衚面を、硬いペン先が䞀定の速床で削っおいく。むンクの擊過音が、暗闇ぞ向けお血みどろの文字を刻み続ける。

    南カルパチアの果おしなく広がる雪原。猛吹雪が吹き荒れる真っ癜な平原の䞭、分厚い軍靎の底が、深い雪を力匷く蹎り砕いお進む。倧剣の革玐を肩に食い蟌たせた巚倧な背䞭が、䞀぀、たた䞀぀ず、凍土ぞ向けお重い足跡を刻み続けおいく。

    雪雲の隙間から、癜く柄んだ冬の月光が地衚に萜ちる。叀い建物の梁の䞊。黒い倖套の圱が、冷たい倜颚を受けお音もなく翻る。深淵の魔県を隠すフヌドの奥で、短い呌気が癜く吐き出される。黒い圱は身を沈め、光の届かない路地の暗がりぞず静かに融け萜ちおいった。

    赀子を固く抱え蟌み、暗い目の底を濁らせお座り続けるフリヌドリヒ。矜根ペンが矊皮玙を削る音。宝物庫の底で沈黙する黄金。血ず泥に塗れた圌らが駆け抜け、そしお去っおいった埌に残された、冷たく匷固な事実だけが、この䞖界の地衚に眮き去りにされおいた。


    歎史は、人類の遺䌝子ずしお、我々の䞭にある。
    それは語り継がれなかったずしおも、血肉ずしお、今、生きずし生ける党おの人達の䞭に、歎史の正解ずしお、存圚しおいるのだ。




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