ぼく、おれ、うち、わたし、そしてじぶん
自分の中で生じているズレの一つ。大きなノイズの一つ。性別。
「女の子なんだから」「言葉遣い」「気持ち悪い」
幼少期から感じていた周囲との隔たりは、大人になれば消えると思っていた。
「私は気づいてたよ」なんて言葉が支えになると思うのか。後ろめたい優しさが嫌い。どうせ中途半端なら、もっと傷つけてくれた方がマシだ。
物心がつき始めた頃。無意識に『ぼく』を選んでいた。この頃が一番素直だったのかもしれない。着せられたカーディガンのボタンの糸をハサミで切った時(母親にめちゃくちゃ怒られた)。父親の書斎にあったハサミで髪の毛を切った時。
七五三さんでの着物、化粧をされるのが嫌だった。最後の年にはゴネまくったけど、「七五三さんをやりたくない」という願いは届かなくて。着物と化粧だけは逃れた。
「男の子だってスカート履いて良いと思うけどな」小学校低学年の時の担任の先生の言葉。先生の言葉に対して反対の意見を述べるクラスメイト。今思えば、ああやって子ども相手に発言した先生は“まともな大人”だったのかもしれない。少なくとも自分にとっては。
こうやって思い返せば、ずっと違和感を感じている。
小学校3、4年。『おれ』を選んだ時。正直あまり覚えていない。担任に言葉遣いを指摘されることが不快だった。
不登校になった中学時代。「周囲に馴染めない」と感じ始めた思春期。『うち』を選んだ時。変えなきゃって思ってた。世の中が望む方へ。馴染めるようにと。
高校生。『わたし』を選んだ時。短期間海外に居て、帰国したときには変わってた。何がそうさせたのか。変化に対して「良かった」と言った親。
大学生。広い教室の後方の席に座って、そこから見た似たような格好をした女子の集団。ああはなりたくない。
二十歳のゴールデンウィークに伸ばしていた髪の毛をバッサリと切った。
ファーストキスも性行為も望んだものではなかった。気持ち悪い。ただひたすら気持ち悪い。体中の皮を剝ぎたくなる。
それでもどうにかして一致させようとしていたあの頃の自分。マジで頑張ってた。今になって、ようやくそう思ってあげられる。
違和感を呑み込まずに上手く吐き出せたら、違う世界が存在したのだろうか。相談をしていた教授が、他生徒にアウティングしなければ、上手く向き合えていた可能性はあるのだろうか。
男子とつるめば「男好き」だと言われ、女子の中に馴染もうとすれば的にされる。身内には「生物学的に不自然だ」と言う者が居る。「あの曲はゲイを歌ってるからキモい」という発言もあった。そんな環境の中で過ごせば、自分を“異質”だと思うようになるだろう。
アウティングされた段階で“選択をする”ということを諦めたのかもしれない。“選択をしてはいけない”と強いられているかのようで。
表面上は諦めたとしても、実際は根強く残っている問題なわけで。何年か越しに、改めて自分自身の性別と向き合うきっかけとなる出来事があったわけで。
急いで決めることでもないし、必ずしもカミングアウトする必要はない。曖昧にグレーの中を漂うことだって間違ってない。
選択肢は多い方が良いと思うことがある。同時に、種類がありすぎて選ぶことを投げたくなる時もある。シャンプーの種類多いな、面倒だな。もう選ぶ手間省くために一種類にしてくれないかな。みたいな。だけどこの件に関しては、日用品とか食事を選ぶみたいに「どうでもいいや」とはならない。考えれば考えるほど頭の中のノイズは大きくなる。
結局自分はどちらにもなれなくて、どちらになることも望んでいない。そもそも“性別”というものは、何らかの統計を取るためのものでしかないのでは…?とも思う。
今後をどう生きるか。自分のノイズを受け入れたとしても大きく生活が変化するわけじゃない。世間やら社会やらがジェンダーに関して言っている内容には以前から首を傾げたくなることが多いし、自分自身が活動家になるわけじゃない。
今年も歳を重ねた自分へ。
好むジャンルの服装が似合うだけでも幸せだ。
デニムとパーカーでどこへでも行けるし、古着だって似合う。ヒールよりもスニーカーで走り回っていたい。
ノイズは小さくなっても、きっと消えることはない。
それでも、前みたいに抑え込むことはしないと思う。そうでありたい。
なんだよ、結局自己一致かよ、ウザいな。