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物語を書くということ

    ちょきぽん

    ごあいさつ

    こんにちは。

    今回で連続投稿が
    200日目になりました。

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    昨日のスクショです

    とはいえ、これといって
    記念企画とか考えてない…
    というより、
    本当にネタがないんですよ。

    仕方がないので、
    今日すこしだけ考えたことを
    書きたいと思います。

    題して、私にとって
    「物語を書くこと」とは、です。


    書くということ

    以前に参加させていただいたQ&A企画で、
    私は「書くこと=話すこと」だと書きました。

    そうなんです。
    エッセイなどはこの感覚で書いてます。

    言いかたは悪いですが
    その場で書き捨て、みたいな。

    無論、「話す」ということは
    「聞き手がいる」ということを
    当然に考えねばならないので…

    最低限の礼節はわきまえようと
    心掛けているつもりではあります。
    (えーっ!って言った人、
     後で体育館の裏に来なさい)

    では、「物語」はどうなのか。


    物語を書く動機

    これですね。
    あくまで私の場合は、なんですが。

    「人に見てもらうため」
    …というのも、
    ないと言えば嘘になりますが。

    そう、前にも書きましたが
    「ぼくがかいた、おもしろいおはなしみてー!」
    的な部分もありますよ、たしかに。

    だからといって、
    「すごいねー!」と言ってほしい的な、
    承認欲求のようなもので
    書いてるわけでは、決してないんですよね。

    いや、ほんとうに。

    本質は、そこじゃない気がします。
    じゃあ、どこなのか。


    根源的な問い

    これ、言ってしまえば…

    「自分の心を癒すため」
    …ではないかな。

    物語を書くことによって
    癒される自分がいるんですよ。

    (そりゃあ、見てくれる人がいればいいけど)
    誰も見てくれる人がいなくても、
    私は「物語」を書くと思います。

    生い立ちとか、
    どういう辛い経験を乗り越えたとか、
    いま、どんなことで苦しんでるとか、
    そういうことは見せたくない。

    代わりに、
    「物語を書く」ことで
    なんかこう、自分で自分を
    救っているといいますか…。

    どうも、うまく日本語になりませんが。

    だから、
    素手でみずからの臓腑をわけて
    その血で作品をしたためるような
    「作家」というものは
    自分には向いていないんでしょうね。

    どうしても、
    自分のナマの感情ではなく、
    そこに一枚ヴェールを掛けて、
    見苦しくないパッケージにして
    出したい気持ちがありますから。


    覚悟と心境

    でも、
    自分の内面に深く潜って
    そこから紡ぎ出した物語には
    違いありません。

    いいかげんな気持ちではなく
    魂を削って書いてはいるつもりです。

    もし「つまらない」「面白くない」
    という感想があれば
    甘んじて受けたいと思います。

    それは技術の不足から
    くるものであり、
    まだまだ伸びしろがあることを
    意味するものだからです。

    なぜなら、
    なにも心が動かない作品には
    わざわざ「つまらない」とは
    言わないでしょうからね。





    そんな私が
    先ほどアップした物語です。

    最新話は第7話

    祝日とnote連続投稿200回を記念して
    (いつもは金曜の夜ですが)
    早めに公開しました。

    …とかいって宣伝を入れるから
    良さげなこと言っても
    台なしになるんだよなぁ(^^;)

     
     
     
    気の向くままに雑感などを書いています。 あと昔に書いた小説なども。

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