
小説 コーポ長谷川17.5|おまけやでぇ〜うどんが延びる前にとっとと喋らなあかん の巻
二人で、ずるずると音を立てて麺を啜る。
「しかし、おかしいよなぁ」
汁を飲み干しながら、田中さんが首を傾げて言った。
「ん?」
「なんであそこまでして、ゆいっぺを追いかけまわすん?」
「さぁ。なんでだろうね……。でも、あの人の立場になって一応いろいろ考えてみたんだ。そしたら、ほんのちょっとだけ、わかった気がして」
「そうなん?」
「うん」
小学生の頃、母の頭の中に大きな脳腫瘍が見つかった。
できた場所が厄介だったらしく、母の頭蓋骨は開かれては閉じられを、なんどか繰り返した。入院も長期に渡った。医療費がかさみ、車を手放した父は、隣町の病院に入院する母のもとへ、自転車で毎週見舞いに通った。私も、ときどき一緒に行った。
繰り返される手術の苦痛や入院生活のストレスを、母はときに父にぶつけた。
一度、父が持って行った菓子を「なんでこんなものばっかり持ってくるの」と顔に投げつけていた。あとから知ったのだけど、その日、母はどこかの子供に指を差され、「お化けだ」と泣かれたそうだ。
もともと、そこまで器量がよかったわけではない母が、女性の象徴とも言える長い髪を全て剃られ、まるで人造人間のように大きく縫われた頭と、手術で浮腫み上がった顔を鏡で見るとき、どんな気持ちだったか。同じ女性として、それは想像に難くない。
母は無事に退院したけれど、病気の痛手は精神にも及んだ。
昼間でも寝ていることが増え、表情は虚ろになった。後に「躁鬱病」と診断されるまでに、随分と年数がかかったけれど、その間に、私たちも気づかないくらいゆっくりと、密かに、母は“母ではなくなっていった”。
中学に上がる頃、私はクラスの真央ちゃんに「一緒にテニス部に入ろう」と誘われた。特にやりたいこともなかった私は、ただ頷いた。
でも入ってみたら、真央ちゃんはテニス部のほとんどの子たちとすでに顔見知りだった。小学生の頃から同じテニス教室に通っていたらしい。
何不自由なく暮らしている彼女たちは、私には眩しく見えた。好きなものも買ってもらえず、家の手伝いに明け暮れる“きらきらしてない”私は、徐々に仲間外れにされていった。
奇しくも、真央やその取り巻きの多くと、私はクラスが同じだった。一年生の間、私はずっと疎外されていた。
二年になってクラスが別れても、部活での状況は変わらなかった。
部活を変えたいと先生に訴えても、「がんばろう」と言われるばかりで、結局、三年間ずっと耐えるしかなかった。
家庭にも学校にも、安心できる自分の居場所がないと感じていた。
「田中さん、私もこう見えて、人、嫌いなんだよ。小さいころから、家庭環境がいいってだけで“勝ち組”みたいな顔してる子たちが腹立たしくて。呑気に笑ってるあいつら、みんないなくなればいいって、本気で思ってた」
「そうかぁ。ゆいっぺも、いろいろあったんやな。でも、ゆいっぺは人を攻撃せぇへんやろ? そこが決定的に違うよな」
「まぁね。でも、それってきっと、私がなんとなく現実から逃げ続けてるからじゃないかな」
「逃げてる?」
「うん。お母さんの調子が悪くなってから、家の雰囲気がずっと暗くてさ。そんな陰気な家に帰るたびに気が滅入るのが嫌で、それで、一樹の家に入り浸るようになったんだと思う。
一樹の家が火事になって、正直——“これで実家から逃げる口実ができた”って、思った。
……あ、でも火をつけたのは私じゃないからね?」
田中さんが笑う。
「本当はさ、父や母に寄り添って生きていくべきなんだろうけど……私、器が小さくて、そこまで向き合えないっていうか。ちょっと距離を置いて、見守るのが精一杯。……ひどい娘でしょ?」
私が残りの麺を啜っていると、田中さんが言った。
「それのどこが悪いん? 親を大事にするのもええことやけど、自分自身を守れるのは、自分だけやからなぁ。そばにおることでしんどいなら、離れたらええ。助けが必要な時に行ってやったら、それでええやん。
ゆいっぺは、もっと自分を可愛がってやれ」
「……そっか。そういえば、最近クロを連れて行くと、お母さんちょっとだけ笑うんだ」
「お。えぇやん」
———自分を、可愛がってやれ。
幼い頃、誰かに、そんなふうに言ってほしかった。
私は、責めることしかしてこなかったのだ。
親を責めた。
生活環境を責めた。
きらきらしたあの子たちを、責めた。
そしてそのたびに、自分を責めた。
今この瞬間だって、逃げ続けてきた自分を、どこかで責めている。
自分を許すことでしか、止まったままの時間の呪縛は、解かれないのかもしれない。
“ゆい、大丈夫。あなたは充分、がんばってる”
クロがこちらを見つめていた。小さなその瞳に背中を押されるようにして、私は——
幼き日の私を、そっと抱きしめた。
小さな段ボール箱の中から、ペンと便箋を取り出す。
———玉田真希様。