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Photo byfine_whale2872

自分は大人になれたのか悩む時期

    こくぞう


    こんにちは

    皆さんには
    自分が大人になれたのか悩む時期は
    なかっただろうか



    大人とはなんだろう

    まだ自分は子供なのだろうか

    20歳を越えた頃わたしは悩んだことがある

    まわりを見ればしっかり仕事をして
    中には結婚して
    子供までいる同級生もいた

    大人だ

    居酒屋で話をすれば、そんな事を考えているのか

    そんな事を思ってるのか

    何を経験したのだ

    大人だ

    それに比べ自分はどうだろうか

    その頃のわたしは

    仕事は見習い中

    考え方も子供の頃から変わらない

    大人だとか子供だとか
    その事に対して気にするのは、大人ではないと
    子供のような屁理屈をこねながら
    心の片隅では気にしていた
    ずっと、気付かないフリをしていた


    なぜそんなに悩んだのだろう

    それから2〜3年経っただろうか
    仕事がうまくいかない
    いまだにわたしの肩書は見習いのまま

    まわりの成長に置いていかれてると感じる
    自分がいる

    仕事も続けてはいるがこの先自分が
    立派な職人になっている想像は全く出来ない

    自分は何者にもなれないのではないか

    日に日に不安が増していく

    お客様で来てくれている学生さんも
    高校生から大学生
    卒業して仕事を始めた子もいる

    自分より年下の子がどんどん大人になっていく

    わたしはまだ、子供のままだ


    自分が子供だと気付いた時

    大人か子供かというのは絶対的なものではない
    とわたしは思う
    凄く大人だと思っているあの人も
    年を重ね続ければ
    子供のような老人になったりもする

    両親から見ればわたしは子供に見えるし
    小学生から見たわたしは大人に見えてるだろう
    そうであってほしい

    ある時わたしは自分の間違いに気がついた

    そもそもわたしは
    誰もがわたしを大人と見てくれなければ
    大人という存在になれないと思っていたのだ


    自分が大人になれたかどうかを
    気にしていたのではなく
    人から大人に見られているかどうかを
    気にしていたのだ

    そう思った時
    自分はまだ子供なのだと
    痛感した

    本当に大人になれているのなら

    自分自身を、大人だと認められてるのなら

    大人に見られたいという欲求は生まれないだろう



    悩みは解決した

    自分が見習いであるとか
    社会に貢献できていないとか

    そういった事は自分が大人たるかに
    あまり関係は無いのだとわたしは思う

    大人か子供かというのは絶対的なものでなく
    相対的なものだ

    ある人から見れば大人に見られ
    ある人から見れば子供に見られる

    ちなみに子供が大人を見て
    大人かどうかを判断するポイントは

    我慢できるかどうか

    だそうだ

    わたしはその事だけに気を付ける事で
    少し大人になれたのかもしれない


    こんな風に悩む方は多くはないと思いますが
    誰かの何かの参考になれば幸いです

    最後まで読んで頂きありがとうございます


    何かを真剣に考えていそうな
    カラスの雰囲気に惹かれました
    大人だ
    沖縄散歩人様ありがとうございます

     
     
     
    読んで頂きありがとうございます わたしが伝えたい事がnoteを通して 誰かに届いたら嬉しい限りです 読むのも好きです 色んな事を書いていけたらと思います 自然が好きです よろしくお願いします 現在書く事に専念中です スキは返せませんが とても励みになります ありがとうございます

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