
スッタニパータ 第一 蛇の章【2,ダニヤ】-27
雨音の轟く通りの向かい、古びたアパートの一室。
直人たちの賑やかな家とは対照的に、六畳間の部屋には電球一つの穏やかな明かりが灯り、時計の秒針の音だけが静かに響いていた。
住人の健治は、定年を数年後に控えた独身の男だ。身寄りもなく、一人で生きて、一人で歳を重ねてきた。
テーブルの上には、湯飲みと読みかけの文庫本が一冊。 面倒を見るべき幼い子どももいなければ、養うべき妻もいない。誰かの世話に追われることも、誰かの行く末を案じて胸を痛めることもない。守るべき家族という名の大切な重荷は、この部屋には何一つ存在しなかった。
突風がガラス窓をガタガタと激しく揺らし、激しい雨足が窓ガラスを滝のように濡らす。向かいの家からは、嵐を吹き飛ばすような子どもたちの笑い声がかすかに漏れ聞こえていた。
健治は本からふと目を上げ、立ち上がってベランダの窓辺へと歩み寄った。
カーテンは開けたままだ。遮るものなど何もない。 彼は湯飲みから立ち上る湯気越しに、夜の帳を切り裂く稲妻と、激しく降りしきる雨をじっと見つめた。
「世話を焼く子どももいなければ、守るべき家族もいない。縛られる絆も、失うことを恐れるものも、ここには何一つない」
健治は静かに息を吐き、穏やかな笑みを浮かべて夜空を仰いだ。
「さあ、嵐よ、降りたいなら好きなだけ降るがいい。この身には濡れて困る執着など、最初から何一つないのだから。」
すべてを満たして嵐を迎え撃つ者の強さと、すべてを手放して嵐を受け入れる者の静けさ。二つの異なる平穏を包み込みながら、雨は街に等しく降り注いでいた。