
『【国宝はLINE?】川崎大師の久寿餅を食べたら、空海のヤバすぎる伝説(とアドベンチャーレース無双説)に行き着いた話』
川崎大師の参道には昔から伝統的なお土産屋さんが軒を連ねてます。トントンと飴を切ってる痰切り飴も有名ですが、自分は断然、「久寿餅」が大好きで何かの折と言っても初詣とかですが、親が買ってきてくれたり、最近ではデパートの催にもたまに出店していたら、すかさずGETしています。
「何が好きか?」
と言われたら、独特な風味のある餅自体に癖になる美味しさもあるのですが
やっぱりきな粉と黒蜜のハーモニーですね!この組み合わせは自分の中で絶対ですね。同じ理由で「信玄餅」も大好きです。

ちょっとnoteを書くようになって色々と調べたりする癖がついたので久寿餅についても調べて見たのですが、川崎大師の久寿餅と関西のくず餅は全くの別物であり関西のくず餅は葛を使った綺麗な半透明の餅ですが、川崎大師の久寿餅は全く違います。
デザートの中では極めて珍しい発酵食品であるという事を初めて知りました。
小麦粉の澱粉を1年〜1年半乳酸菌発酵させて作るという製法は世界でも極めて珍しいと思います。
「独特のギチッとした歯応えと変わった風味は発酵の賜物だったんだなぁ」
と気付けたのはnoteを始めたおかげです。
と、いかに久寿餅が大好きかを語ってきたのですが、やはり川崎大師と言ったら真言宗の空海さん。別名は弘法大師としても有名ですね。とても凄い、お坊様では、あるのですが

ちょっと宗教から切り離して見てみると、とても人間味のあるnote
のネタの宝庫みたいな人なので、ちょっと語ってみたいと思います。

まず川崎大師の御本尊なんですが、完全に非公開なんですが、鎌倉時代に海に網を投げたら
「光輝く弘法大師の木造」が見つかったのが由来とされているんです。
昭和のプロレスのようなギミックです。もっと言うと
真言宗では高野山の奥之院で今だに空海は祈りを捧げていて朝と昼に精進料理?を運ぶというギミックが生き続けています。
すごい事だと思いませんか?、その昔、マスクマンのスーパーストロングマシーンに
「おまえ平田だろ!」
と何故か言ってしまってギミックを一瞬でぶち壊した藤波辰巳というレスラーがいましたが高野山では1200年続いています。この熱狂は凄いですね。空海劇場です。
そんな空海さんは若い頃は今でいう大学に通っていて官僚を目指していましたが、「こんなの意味がない」と勝手に辞めて、四国の山に籠ります。
しかしこの山籠りはプロレス的なギミックではなく超ガチの山籠りでした。ヤングライオン時代の空海さんの話です。
断崖絶壁をよじ登ったり、何日も山中を不眠不休で歩いたりする過酷なトレーニングを20代の全盛期にこなしていたため、現代のトレイルランナーや登山家も真っ青の超人的な体力や脚力を獲得しました。
ここで思ったのが、もしも空海がアドベンチャーレースに出場したら無双したんじゃないか?という妄想です。
皆さんご存知でしょうか?
この「アドベンチャーレース」自分はテレビで偶然知ったのですが、トライアスロンが散歩レベルになってしまうような過酷なレースです。
1. 「動力」は己の肉体のみ(基本マルチスポーツ)
レースは数日間に及びますが、移動手段はすべて人力です。
マウンテンバイク(MTB)でトレイルを激走し、
カヤックやラフティングで激流を下り、
自分の足(トレッキング、トレイルラン)で道なき山を爆走する。
これをステージごと(チェックポイント)に乗り換えながら、ひたすらゴールを目指します。 まさに、四国の山々を駆け巡り、瀬戸内海を渡った空海のフットワークそのものです。
流石に平安時代にマウンテンバイクはありませんが空海のポテンシャルを持ってすればパタゴニアのMTBアンバサダーも引くくらい簡単に乗りこなしたでしょう。
2. スマホ・GPSは完全禁止!「ナビゲーション」が命
これがアドベンチャーレースの最もシビアで面白いルールです。
現代の必需品であるスマホ、GPS、スマートウォッチ等の電子機器は「持ち込み禁止」(運営に没収されるか、封印されます)。
頼れるのは、大会直前に渡される「1枚の等高線が書かれている地形図(地図)」と「コンパス(磁石)」だけです。
大自然の中に隠された「チェックポイント(CP)」を自分たちの力で見つけ出し、通過しなければなりません。
どんなにフィジカルが強くても、地図が読めないチームは遭難して一発アウト。まさに諸葛亮や司馬懿並みの「知略」と「地形把握能力」が求められます。
しかしこれに関して空海は何の問題もありません。コンパスがない平安時代に四国山地で男らしく荒々しく暴れ回って遭難しない空海さんです。コンパスという道具を貰っただけでチートになります。
3. 「男女混合の4人1組」で、全員同時にゴール。個人戦ではありません。
基本ルールは「男女混合の4人1組(男性3・女性1など)」。
しかも「チームの4人が常に100メートル以内にいなければならない」という絶対ルールがあります。
1人だけ足が速くても意味がありません。一番バテている仲間の荷物をみんなで持ってあげたり、声をかけ合ったりして、「4人全員で」ゴールをしないと失格になります。
組織のマネジメント能力、まさに「現場監督」としての手腕が試されるルールです。
ここも全く問題ありません。1200年続く真言宗の開祖です。南斗の仁星シュウを凌駕する仁の心でチームワークはバッチリです。ただ聖帝十字陵を歩かされている空海さんは可哀想なんで見たくないです。
4. 時計は止まらない!「睡眠時間」すら戦術
レースは24時間ノンストップで時計が動き続けます。
「夜になったからホテルで一泊」なんて甘いものはありません。
3日間〜1週間(長いものは総距離800km!)のレース中、いつ、どこで、何時間寝るかはすべてチームの自由。
「ここで30分だけ泥の上で仮眠して、夜間のうちにライバルを抜くぞ!」といった、睡眠時間の削り合い(タイパの極限)が勝敗を分けます。
究極のタイパヘアスタイル剃髪の空海です。
これ、20代のヤングライオン空海さんなら、チームメイトを引っ張って30分睡眠の超タイパ至上主義で爆走していたはずです。
おそらく空海をリーダーとしたチームはチームメイトも吉野や四国で一緒にゲリラ修行していた私度僧(もぐりのお坊さん)とかがいるんでレジェンドクラスのチームが完成すると思われます。
しかし唯一の懸念点があります。この頃の空海は20代から30代の健康な男性です。このアドベンチャーレースは男女混合チームじゃないと出られません。
夜も極々小さいテントで睡眠を取ったりしなければいけない中、果たして空海さんは煩悩を封印する事が出来るかどうか?
疲れきって2時間くらい眠ろうとした時に煩悩と闘う空海さん。
「おのれ!煩悩め!」
と般若心経を唱え始める空海。真夜中の野宿中に突然響き渡る般若心経の詠唱。普通に怖いしチームメイトの睡眠妨害になってしまいます。高野山を女人禁制にしたのはやっぱり煩悩対策かもしれません。
ここまで自分の妄想でした……
軌道修正して実際の空海さんです。
四国の山の中で自分を追い込み続けていた空海ですが、そんな時、いきなり朝廷から声がかかります。
最初の方で大学生だったと書きましたが、
当時、空海の通っていたのは「大学寮」という超弩級のスーパーウルトラエリート官僚養成学校でした。当然狭き門なのにほぼ世襲で都の貴族のボンボンが推薦で入ってきますが、空海の実家は田舎の豪族でガチの筆記試験で新入生総代くらいの学力で入ってきた超天才でした。
超天才だからこそ
「机上の勉強なんていみないじゃん」
と悟って一人修行に出てしまったんです。
地元の親や親族からしてみればとんでもないフィジカルとメンタルとロジカルさを合わせもつモンスターなんですが将来の安定を
あっさり
捨てた空海に当時は親族一同怒り心頭だったことでしょう。
そんな四国の野生児に都の役人がヘトヘトになってやってきて空海にお願いしたのが
「遣唐使」になって唐に言ってくれ。
というものでした。
当時、日本政府(朝廷)は「最新のトレンド(仏教や国のシステム)」を仕入れるために、命がけで海を渡る「遣唐使」を派遣しようとしていました。
そこで、「四国で鍛えた並外れた体力(遭難しても死なないタフさ)」と「チート級の語学・文章力」を併せ持つ31歳の空海さんに、突然「国費留学(請益僧)」の白羽の矢が立ちます。まさにヤングライオンが、一気に「日本代表」として世界ヘ羽ばたくことになったわけです。
しかし当時のスマホもWiFiもない時代、日本から唐への留学は「20年間」が基本パッケージでした。
しかし、長安に着いた空海さんはこう思いました。
「20年もここにいたら、俺が日本で最新の教えを開く頃には爺さんになっちまう。タイパが悪すぎる」
そこで空海さんは、当時の密教界の最高権力者・恵果(けいか)和尚の門を叩きます。すると和尚は、空海さんの圧倒的なポテンシャルを見抜き、「お前が来るのを待っていた!」と、数千人いる先輩弟子を全員ごぼう抜きにして、わずか数ヶ月で全ての奥義を空海さんに継承してしまいました。そして
「時はきた。それだけだ。」
そう確信した空海さんは、残りの18年を秒で切り捨て、「全てのカリキュラムを履修完了したから帰ります」
と、わずか2年で日本行きの船に飛び乗ったのです。
しかし、20年の約束を2年で破ってドヤ顔で帰ってきた国費留学生を待っていたのは、大拍手……ではなく、朝廷からの「ナニコラ!タココラ!」という大激怒でした。
「何が時はきた。だコラ!20年つったろコラ!何がしたいのか!はっきり言ってやれコラ!紙面飾んなって言ってんだろコラ!」
太宰府で記者会見を開いている空海に朝廷の長州力のような偉い人が殴り込みにきました。
そして
「跨ぐなよ。跨ぐな。」
と入京を完全にブロックされてしまいました。
現代で言えば、会社の金で長期海外赴任に行ったエリートが、2年で「全部マスターしたんで帰ってきました!」とドヤ顔で早期帰国し、就業規則違反でソッコーで自宅警備員(謹慎)を命じられたようなものです。東大首席超えの男が、まさかのニート生活スタートです。
しかし、ここからの空海さんは、三国志の司馬懿仲達並みの引き篭もり戦術と打って出る時の神速ぶりを発揮します。
自分をアピールするために、朝廷に「僕が長安で爆速インストールしてきた最新密教データのカタログ」を送りつけます。
これに一発で釣られたのが、すでに日本の仏教界で超エリートスターだった真面目な先輩・最澄さん(天台宗の開祖)です。「うわ、空海くんが持ってるデータ、めちゃくちゃ最新じゃん!貸して!」とアプローチしてきます。
空海さんからすれば、「最澄先輩のインフラと人脈をハックして、都に返り咲くチャンス。」
ここから二人の、現代でいう「LINEのやり取り」のような手紙の往復が始まるのですが、これがなんと後世に『国宝(風信帖)』として全世界に流出してしまいます。内容を現代風に言うなら、こんな感じです。
最澄
「空海くん、お疲れ様!大宰府での謹慎、大変そうだね……。ところでさ、例のカタログで見た長安の最新密教OSのデータ、めちゃくちゃ興味あるんだよね。もしよかったら、テキスト(経典)を何冊か一括ダウンロードさせて(貸して)くれないかな?🙏」
空海
「最澄先輩、お疲れ様です。別に貸すのは構わないですよ。でも、あれってただのテキストデータ(文字)を読めば使えるような代物じゃないんですよね。ガチの現場(実践修行)で体感しないと意味ない仕様になってるんで。本当にインストールしたいなら、プライド捨てて僕の弟子になって僕のスクール(密教)まで来てください。あ、ちなみに今ちょっと忙しいんで返信遅れます(既読スルー)」
最澄
「えぇ……(そこまで言われる!?汗)
でも、どうしてもあのデータが必要なんだ。弟子になるのはさすがに立場上難しいから、代わりに僕の一番優秀な部下(弟子の泰範)をそっちに行かせるよ!彼に最新のOSを学ばせてやってくれないかな?」
空海
「了解っす、預かります。」
〜 数ヶ月後 〜
最澄
「空海くん、そろそろウチの泰範を戻してほしいんだけど……。あと、前に頼んでた別のテキストの件もよろしく!」
空海
「いや、泰範くんなら『空海さんの現場の方が圧倒的に成長できるんで、最澄先輩のところにはもう戻りません』って言ってますよ。ウチに完全移籍(FA宣言)しました。あと、テキストだけ欲しがるの本当にやめた方がいいですよ。これ以上はブロックしますね」
最澄
「(ブロックされてる……嘘だろ……)」
実際にこんなやり取りをした文章が国宝『風信帖(ふうしんじょう)』として展示されています。
完全に現代風に書きましたが、おおまかにはこんな内容です。本人達は絶対に流出して欲しくなかったであろうこのLINE。弘法大師空海の美しい字もあるのでしょうがガラス張りで厳重な警備体制の元、全世界に公開されてます。
こうして世論を完全にハックし、最澄さんというインフルエンサーを踏み台にして(言い方)都に鮮烈な返り咲きを果たした空海さん。
ちなみに、この空海さん、ヤングライオン時代に鍛え上げられたフットワークが凄すぎて、日本全国に「弘法大師が杖で地面を突いたら温泉が湧いた(弘法湯)」「一晩で庵を作った」という伝説が、北海道から沖縄まで何千箇所もあります。
計算すると、空海さんが3人くらいに分身して24時間365日ノンストップで日本中をドラゴンボールの瞬間移動をし続けないと辻褄が合わないレベルです。平安時代のインフラでその移動距離は絶対にバグってます。
実は彼、唐にいたわずか2年の間に、密教だけでなく中国の最先端の土木技術や水利工学のデータまでついでに爆速でインストールして持ち帰っていました。本業の修行をしながら、当時の世界最高峰の科学技術までスクラップブックにまとめていた、とんでもないマルチタスク男だったのです。
そんな彼に、朝廷から「お前、ちょっと地元(四国)のヤバい現場を直してきてくれ」と、一見無理難題のようなリアルな現場仕事が下ります。
それが、台風が来るたびに決壊しては周囲の農村を沈めていた、日本最大の欠陥インフラ「満濃池(香川県)」の改修工事です。
エリート官僚たちが何年もかけて、いくら国費を注ぎ込んでも直せなかった巨大な大穴。これを任された空海さんは、なんとわずか3ヶ月で完璧に直してしまいます。
なぜそんなことができたのか?
ここで、長安で仕込んできた「最新の土木テクノロジー」と、ヤングライオン時代に培った「現場主義」が火を噴きます。
当時の日本の常識だった「波に対してまっすぐ頑丈な壁を作る」という力押しの設計をあっさり捨て、わざと水を迎え入れるように弓なりにカーブさせる日本初の「アーチダム」の原型を設計したのです。水の圧力を真っ向から受け止めるのではなく、両サイドの山の岩盤へ逃がす。現代の最新土木工学と全く同じロジックを、1200年前に長安のデータからハックして実践してのけました。
さらに、現場マネジメント(仁の心)も天才的でした。
都から来た偉そうなお役人とは違い、空海さんは自ら泥まみれになって作業員と一緒に汗を流します。さらに、過酷で暗くなりがちな工事現場を盛り上げるために、太鼓や音楽を鳴り響かせ、美味しい食事とお酒を振る舞いました。
キツい労働を、「みんなで参加するお祭り(フェス)」へと変えてしまったのです。
かつて「聖帝十字陵を歩かされる空海は見たくない」と書きましたが、この満濃池の現場の空海さんは、サウザーに無理やり歩かされているシュウとはワケが違いました。
自ら進んで現場のトップ(現場監督)として泥まみれになり、音楽を鳴らし、飯を食わせ、キツい労働を「みんなで参加するフェス」に変えてしまったのです。サウザーもびっくりの、これが空海流の「仁の心」のポテンシャルです
「あのお大師様が長安のすごい技術で直してくれている!しかもメシも美味いし、なんか楽しいぞ!」と現場のモチベーションは爆発。圧倒的な突観工事でインフラハックを完了させ、地元の人々から神様のように崇められるレジェンドとなりました。
しかし大変ですよね。いくら最新の土木技術による現場でも当時は全て人力ですからね。
空海と地元の人たちも本当に日の出かは日の入りまで働いて汗まみれになっていたでしょう。しかし空海さんの究極のタイパヘアスタイル剃髪は当時のきれいな四国の清流で洗い流せばそれだけでスッキリ。現代の僕も2mmの坊主ですが、坊主最高です。
空海さん、散々、仏罰が下るようなイジリをしてしまって申し訳ありません(笑)
美味しい久寿餅ごちそうさまでした!
今回は以上です。読んで頂きありがとうございました。