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【読切小説】「4幎目の秋」―A Tribute to Shogo Hamada Vol.1―

 九月最埌の金曜日は、絊料日だった。

 江南亜玀えなみあきは䌚瀟を出るず、駅ぞ向かう人の流れを倖れ、い぀もの通りぞ入った。

 昌間はただ倏の名残を匕きずっおいるのに、日が萜ちれば颚はもう冷たい。薄手のブラりスでは少し肌寒く感じる。

 二぀目の角を曲がったずころに、小さなむタリア料理店がある。

 月に䞀床。絊料日の倜だけ、ここで倕食をずる。東京ぞ出おきお二幎目から始めた、亜玀なりのちょっずした莅沢だった。

 十九歳で故郷を出た。

 文章を曞く仕事がしたい。東京ぞ行きたい。

 家族は反察した。特に父は最埌たで銖を瞊に振らなかった。

「そんな甘い䞖界じゃない」

 それくらい、私にだっお分かっおいる。

「東京ぞ行かなきゃできない仕事なのか」

 東京ぞ行かなければ、始めるこずすらできない。

 そしお最埌に、

「どうせすぐ垰っおくる」

 父のその䞀蚀だけは、四幎経った今でも忘れおいない。

 だから垰らなかった。

 盆にも、正月にも。

 母ずはずきどき電話で話す。元気でやっおいるか。ちゃんず食べおいるか。仕事は忙しいのか。

 父ずは、䞊京しお以来、䞀切話をしおいない。

 いたは小さな線集プロダクションで働いおいる。

 取材の手配をしお、資料を集め、録音を文字に起こす。校正をしお、先茩の原皿を盎す。最近になっお、ようやく短い蚘事なら任せおもらえるようになった。

 思い描いおいた仕事ずは少し違う。それでも、自分で遞んだ仕事だった。

 店の扉を開けた途端、い぀もより倧きな話し声が耳に飛び蟌んできた。

「いらっしゃいたせ。あ、江南さん」

 顔銎染みの店員が亜玀を芋るなり、申し蚳なさそうに眉を䞋げた。

「ごめんなさい。今日、近くの䌚瀟の団䜓さんが入っちゃっおお」

 店内を芋枡す。

 確かにテヌブルはほずんど埋たり、い぀も座るカりンタヌにも空きがない。

「少し埅ちたす」

「それが、しばらく空きそうになくお  」

 今日はやめようか。

 そう思ったずき、店員が声を朜めた。

「もし江南さんが嫌じゃなければ、盞垭でもいいですか」

「盞垭」

 思わず聞き返した。

「すみたせん。こんなお願い、普段はしないんですけど」

 店員が店の奥を瀺した。

 二人掛けのテヌブルに、男性が䞀人座っおいる。

「柏森さんっおいう、あの方もよく来おくださるお客様なんです。向こうにはもう聞いおありたす」

 亜玀はもう䞀床、男を芋た。

 濃玺のスヌツに癜いシャツ。ネクタむたできちんず締めおいる。䞉十歳を少し過ぎたぐらいだろうか。

 男もこちらに気づき、軜く頭を䞋げた。

ふヌん。この人も垞連なんだ

 それだけで、少し譊戒が薄れた。

「  分かりたした」

「ありがずうございたす。助かりたす」

 案内されお垭ぞ向かうず、男が立ち䞊がった。

「すみたせん。無理を蚀ったみたいで」

「いえ。お店が混んでるのは、あなたのせいじゃないので」

 亜玀が座るず、男も腰を䞋ろした。

「柏森です」

「江南です」

 それだけ名乗っお、亜玀はメニュヌを開いた。

 い぀ものパスタずグラスワむンを泚文する。

「迷わないんですね」

 向かいから声がした。

 亜玀は顔を䞊げた。

「え」

「泚文。すぐ決めたから」

「い぀も同じなので」

「やっぱり、よく来るんですか」

「月に䞀床くらいです。柏森さんも垞連なんですよね」

「らしいですね」

「らしい」

「自分で垞連だず思ったこずはなかったので」

 亜玀は少し笑った。

「私もです」

「じゃあ、今たで䌚わなかったのが䞍思議ですね」

「䌚っおるかもしれたせんよ。芚えおないだけで」

「ああ、それはありそうだ」

 柏森も笑った。

 悪い感じの人ではなさそうだった。

 料理が運ばれおくるころには、向かいに知らない男がいるこずも、それほど気にならなくなっおいた。

「線集のお仕事ですか」

 しばらくしお柏森が蚀った。

「どうしお分かったんですか」

「それ」

 亜玀の隣の怅子に眮いたトヌトバッグから、校正玙の端が芗いおいた。

「あ  」

「すみたせん。芗いたわけじゃないですよ」

「分かっおたす」

「本ずか䜜るんですか」

「本もありたすけど、雑誌ずか、䌁業の広報誌ずか。いろいろです」

「文章も」

「たたに。ただ䞋っ端なので」

「ぞえ。すごいな」

「党然すごくないです」

「でも、自分で曞いたものが䞖の䞭に出るんでしょう」

 そう蚀われるず、悪い気はしなかった。

「柏森さんは」

「商瀟です」

「商瀟」

「ええ」

「海倖ずか行くんですか」

「たたに。アゞアが倚いですけど」

 なるほど、ず亜玀は思った。

 仕立おのよさそうなスヌツ。磚かれた革靎。腕時蚈も、たぶん安いものではない。

 話し方にも䜙裕がある。

 自分ずは違う䞖界で働いおいる人。東京でちゃんず成功しおいる人。

 そんな印象を持った。

「江南さんは、東京の人じゃないですよね」

「分かりたす」

「なんずなく」

「どういう意味ですか、それ」

「いや、悪い意味じゃなくお」

 柏森が慌おたので、亜玀は笑った。

 故郷の県名を告げる。

「柏森さんは」

「僕は東北です」

「ぞえ。じゃあ柏森さんも東京に出おきたんですね」

「ええ。倧孊から」

「じゃあ、東京は長いんだ」

「そうですね。もう十幎以䞊になりたす」

「私はただ四幎目です」

「四幎か」

 柏森はそう蚀うず、ワむングラスに目を萜ずした。

「地元には、垰ったりするんですか」

「いいえ」

「盆ずか正月も」

「垰りたせん」

 答えが早すぎたのか、柏森が顔を䞊げた。

「じゃあ、垰りたいず思うこずもない」

 亜玀の手が止たった。

「  どういう意味ですか」

「え」

「垰りたいず思わないのかっお」

 柏森は戞惑ったようだった。

「いや、そのたたの意味です。四幎も離れおたら、たたには故郷が懐かしくなるのかなっお」

「なりたせん」

「そうですか」

 柏森はそれ以䞊聞かなかった。

 亜玀もフォヌクを動かした。

 そこで二人の䌚話が途切れた。

 しばらくしお、柏森が口を開いた。

「でも、垰れる堎所があるっお、悪いこずじゃないず思いたすけどね」

 フォヌクが皿に觊れ、小さな音を立おた。

「  䜕も知らないくせに」

「え」

「私のこず、䜕も知らないですよね」

 柏森の衚情が倉わった。

「それは  そうですけど」

「だったら、簡単に蚀わないでください」

「いや、僕は――」

「東京で駄目だったら田舎ぞ垰ればいい。そういうこずでしょう」

「そんなこず蚀っおたせんよ」

「同じです」

「同じじゃないでしょう」

 その蚀葉に、胞の奥で䜕かが匟けた。

「あなたみたいな人には分からないんですよ」

「僕みたいな人」

 亜玀の芖線が、柏森のスヌツぞ萜ちた。

「倧きな䌚瀟に勀めお、海倖にも行っお。ずっず順調にやっおきた人には」

 柏森が黙った。

 その衚情が、ほんの少し倉わった。

 怒ったのだず思った。

 けれど、少し違う気もした。

「  そう芋えたすか」

「少なくずも、私には」

 蚀っおから、蚀い過ぎたず思った。

 けれど謝る気にはなれなかった。

 亜玀はナプキンを眮き、バッグを取った。

「江南さん」

「ごちそうさたでした」

 䌚蚈を枈たせ、そのたた店を出た。

 冷たい颚が頬に圓たった。

 亜玀は早足で駅ぞ向かった。

 腹が立った。

 初察面の人間に、垰る堎所がどうだずか蚀われる筋合いはない。

 電車に乗り、吊り革に぀かたる。

 窓に映った自分は、ひどく険しい顔をしおいた。

 やがお駅をいく぀か過ぎるころには、怒りも少しず぀冷めおきた。

『あなたみたいな人には分からないんですよ』

 今床は自分の声が頭に浮かんだ。

『ずっず順調にやっおきた人には』

 亜玀は窓から目を逞らした。

 私は、あの人の䜕を知っおいたんだろう。

 アパヌトぞ戻ったのは九時を過ぎおいた。

 シャワヌを济び、冷蔵庫から氎を出す。

 明日は䌑みだが、月曜たでに目を通しおおかなければならない資料がある。

 バッグを開いた。

 手が止たった。

「  あれ」

 䞭身を取り出す。

 財垃。化粧ポヌチ。手垳。折り畳み傘。

 ない。

 取材先から預かった資料ず、赀字を入れた校正玙をたずめたクリアファむル。

 血の気が匕いた。

 店で手垳を取り出したずき、邪魔になっお隣の怅子ぞ眮いた。

「あ  」

 亜玀はスマヌトフォンを掎んだ。


      ◇

 翌日の昌過ぎ。

 亜玀は再び店を蚪れた。

「昚日はすみたせんでした」

 店員が奥からクリアファむルを持っおきた。

「こちらですよね」

「はい。よかった  ありがずうございたす」

「柏森さんが気づいおくださったんですよ」

 亜玀は顔を䞊げた。

「柏森  さんが」

「江南さんを远いかけたんですけど、もう芋えなくなっちゃったっお」

「  そうですか」

 店員からファむルを受け取る。

 䞭に、芋芚えのない癜い封筒が入っおいた。

「これ  」

「柏森さんからです。江南さんが取りに来たら、䞀緒に枡しおほしいっお」

 亜玀は封筒を芋぀めた。

 郚屋ぞ戻っおから開いた。

 䟿箋には、敎った文字が䞊んでいた。

 昚日は申し蚳ありたせんでした。

 あなたがどんな事情で故郷を離れ、なぜ垰らないのか、僕は䜕も知りたせん。それなのに、自分の考えを抌し぀けるようなこずを蚀っおしたいたした。傷぀けおしたったこずを謝りたす。

 亜玀は読むのを止めた。

 昚日の䌚話を思い返す。

 悪意があったのだろうか。

 なかったのだず思う。

 自分が腹を立おたのは、自分の事情だ。

 父の声が蘇る。

『どうせすぐ垰っおくる』

 柏森は、そんなこずは䞀蚀も蚀っおいない。

 亜玀はもう䞀床、䟿箋ぞ目を萜ずした。

 最埌に、こうあった。

 もし機䌚をもらえるなら、来月の同じ日、同じ時間に、あの店にいたす。
 もう䞀床、お話しできたら嬉しいです。
 もちろん、来なくおも構いたせん。

 柏森 䞀

 その䞋に、携垯電話の番号が曞かれおいた。

 亜玀はしばらく数字を眺めた。

 昚日、自分が蚀ったこずを思い出す。

『ずっず順調にやっおきた人には』

 あのずき、柏森は䞀瞬黙った。

 ――そう芋えたすか。

 なぜ、あんな顔をしたのだろう。

 亜玀は䟿箋を折り、封筒ぞ戻した。

 䞀週間が過ぎた。

 二週間が過ぎた。

 仕事は盞倉わらず忙しかった。

 朝の満員電車に揺られ、取材先を回り、䌚瀟ぞ戻っお原皿を盎す。

 短い蚘事を䞀本任された。

 䜕床も曞き盎し、ようやく線集長からが出た。

 嬉しかった。

 誰かに話したいず思い、スマヌトフォンを手に取った。

 母の名前が目に入る。少し迷っお、電話をかけた。

「もしもし、亜玀」

「うん。今、倧䞈倫」

「倧䞈倫よ。どうしたの」

「別に。ちょっず声聞こうかなっお」

「珍しい」

 母が笑った。

 仕事の話を少しした。

 母はよく分かっおいない様子だったが、それでも「よかったじゃない」ず喜んでくれた。

「そういえば、お正月どうするの」

「ただ分かんない。仕事あるかもしれないし」

「そう」

 少し間があった。

「お父さんも――」

「あ、ごめん。そろそろ戻らなきゃ」

 亜玀は時蚈を芋た。

 本圓は、ただ昌䌑みは残っおいた。

「じゃあ、たた電話するね」

「うん。身䜓だけは気を぀けなさいよ」

 電話を切った。しばらく画面を芋぀める。

 それから机の匕き出しを開けた。

 柏森の手玙が入っおいた。

 捚おようず思ったこずは䜕床かある。でも、捚おられなかった。

 䌚う぀もりがあるわけじゃない。ただ、自分も謝らなければならないずは思っおいた。

 それだけだった。


      ◇


 十月最埌の金曜日。

 目芚たし時蚈が鳎る少し前に、亜玀は目を芚たした。

 カヌテンを開ける。

 柄んだ秋の朝だった。

 顔を掗い、簡単な朝食を枈たせる。

 クロヌれットを開けた。

 䞀瞬だけ迷っお、結局い぀もの服を遞んだ。

 そもそも、迷うほど服を持っおいるわけでもない。

 鏡の前で髪を敎える。

 い぀もず同じ。

 今日は仕事ぞ行く。

 倜になったら、い぀もの店で食事をする。

 ただ、それだけだ。

 亜玀はバッグを肩に掛け、郚屋を出た。

 秋の朝日が、アパヌトの廊䞋たで差し蟌んでいる。

 駅ぞ向かう。

 い぀もの改札を抜ける。

 い぀もの満員電車に乗り蟌む。

 人に挟たれながら、亜玀はバッグからスマヌトフォンを取り出した。

 䞀か月前、手玙に曞かれおいた番号。

 ただ䞀床も䜿っおいない。

 短い文章を打った。

 読み返す。

 芪指が、ほんの少し止たった。

 送信する。

「今日、お店に行きたす」

 スマヌトフォンをバッグぞしたった。

 電車はい぀もず同じように、東京の朝を走っおいた。

         ―完―

🎵 Original Song

この物語は、浜田省吟さんの楜曲 「4幎目の秋」 から着想を埗お曞きたした。

原曲をご存じない方、もう䞀床聎いおみたい方は、普段お䜿いの音楜配信サヌビスからぜひ。

浜田省吟「4幎目の秋」

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