
大切な人の形見
おばあちゃんが成人祝いとして、フェミニンなオメガの時計を買ってくれた。
高級ブランドのものを成人祝いとしてくれるなんてとてもめぐまれた孫だと思う。
おばあちゃんは、
「これが私の形見ね。」
と言っていた。
そんな冗談、言わないでよ。
だけど、私はフェミニンなものが苦手だ。
だから、もらったときは初めに「いかにも女子っぽい時計だなぁ・・・」と頭の中では思いながらも、おばあちゃんに感謝を伝えた。
しばらくして、大学生のころは京都や大阪、実家の愛知をたくさん行き来していた。
長期休暇もあったため、遠出していることもしょっちゅう。
外出するときは、たまにおばあちゃんのくれた時計も身に着けていた。
実用品は使ってこそ意味があると思う性分なのでずっと家にかざっておくことはできなかった。
ある日、
おばあちゃんの時計を身に着けながら実家にむかうとき、
時計を身に着けることに窮屈さを感じて、はずしてしまった。
そして、実家についたときには時計がないことに気づく。
失くしたことを母に伝えると
「えええー!! あんた何してるのよ!!!」
と、今日いちばんの大声をあげていた。
失くした場所、時間がわからない。
だけど、大阪から愛知の間に落としたのは確実だ。
交通機関の忘れ物のセンターに問合せをした。
大阪の交番にも落とし物の届出をした。
正直、どれだけ大切なものを失くしたのか本当の意味でわかっていなかった。だから、当初は単なるなぐさめ言葉として、母からの言葉を聞きながしていた。
「本来、あなたにかかるつもりだった災難をその時計はきっと代わりに受けたんだよ」
と。
数年後、社会人になった今、ときどき失くした時計のことを考える。
それは、おばあちゃんに会うたびに次第に目に見えるように衰えていっているからだ。
おばあちゃん1人で、家族ですごすような家に住んでいた。
しかし、おばあちゃん1人では生活ができないぐらい体力が落ちていった。
旦那を亡くして、次第に衰えていっているおばあちゃんを見て耐え切れず、
母に、「実家に引っ越しさせたらどう?」と我ながら簡単なことをいってしまう。
「おばあちゃんはあの家が気に入っているんだよ。人付き合いもあるし慣れているからね。」
と母は答える。
意地でも引っ越ししなかったおばあちゃんは今年に入って、ついに老人ホームに移ることになった。
学生時代の私は、おばあちゃんが家に住んでいたころは夏休みなどで年に1回あるかないかぐらいだったのが、
老人ホームに引っ越ししてから、まるで後悔をしたくないかのように、2カ月に1回ぐらいの頻度で日帰りで会いに行っている。
施設で会うおばあちゃんは、会うたびに小さく、頼りなくなっていく。
ありがたいことに親しい人を亡くしたことのない私にとって、大切な人を亡くす経験はおばあちゃんが初めてになるかもしれない。
いままで想像もしていなかった、もしもを考えるようになった。
「おばあちゃんがいなくなったらどうなるんだろう」
と。
最悪なのが、その人が存在した過去をわすれることだ。
私は昔から記憶力に自信がない。
いつか一緒におばあちゃんの好きな中国ドラマを見て楽しんだ日々、おばあちゃんの声や、ソリティアに熱中している姿、ましてや笑顔さえわすれてしまうのではないかと怖くなる。
話せずとも触れずとも、せめておばあちゃんとのつながりを手元にとどめておきたかった。
その時、どうしても思い浮かんでしまうのが、あの時計だった。
でも、数年たった今は手元にない。もう戻ってこない。
買い直せばいいという問題でもない。
あの日、おばあちゃんが私のために選んでくれたあの時計じゃなければ、
意味がないのだ。
「これが私の形見ね。」
冗談だと思って聞き流した言葉が、今になって重くのしかかる。
ふつう、後悔は時間が経てばうすまるものだと思っていた。
けれども、この後悔はおばあちゃんの体が細くなっていくのと反比例するように、どんどん強くなっていく。
おばあちゃんとの唯一のつながりがあの時計なのだ。
わたしはここでやっと形見というものの大事な役割を知ることになる。
これからこの世に存在しなくなる人と、
後悔しないように何をしておくべきなのか、自分なりに考えている。
おばあちゃんは、これ以上おとろえないようにと懸命におりがみや口体操をしている。
そんな様子を見るたびに、私はいま、人生で一番、終わりのない後悔のなかにいる。