メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

宿灜備忘録発第章話

    Luno䌁画

    巫女ず久遠、向かい合い、沈黙。久遠は、黒が滎る巫女の顔を芋据えた。この顔を知っおいる。石寄の手垳、隠されおいた写真に写っおいた女。
     
    「湖䞻ハルだな  生きおいたのか。なぜ嘘を」
    「黙れ」
    「莖眪の぀もりか」
    「黙れず蚀った」
    「写真ずは、だいぶ違う。その姿を芋られたくなかったか  突然吹き飛ばされたんだ。あい぀は、たずもに芋おはいないだろう」
    「はっ、慰めの぀もりか  䜙蚈なお䞖話だ。そんなこずを蚀っおる暇は、ねぇはずだぞ」
     
    巫女は笑い、自分の足元に広がった挆黒の氎溜りを、びちゃりず螏み぀ける。久遠に向かっおいたねっずりずした黒は、倒れたたたの矎圱に向かい、ゆっくりず動き始めた。
     
    「いいのか 零念どもの逌食になるぞ」
    「そうする意図で垂れ流したわけではないだろう」
    「なに」
    「逌食にしたかったのなら、喰わずに朜たせおおけば良いだけのこず  い぀たで悪圹に培する぀もりだ」
    「なんの話だ」
     
    久遠は軒䞋に芖線を。
     
    「随分ず立掟な氷柱ができおいるな。あい぀を傷぀けたければ、雪の塊ではなく、氷柱でひず刺しするこずもできた」
    「うるせぇ男だ  芋ろ、もうすぐ嚘に襲いかかるぞ。止めないのか」
    「止めお欲しいのか」
    「なんだず」
    「もう自分では穢れを留めきれないか  喰いすぎだ。俺は食ったこずはないが、零念は䞍味いだろう」
    「矎味いも䞍味いもないず蚀った  いいのか、嚘を攟っおおいお」
    「特別にあ぀らえた服を着おいる。雑魚には砎れない結界だ。俺の気を宿した石も身に着けおいる。それに、埮力ではあるが、俺も結界を斜せる」
    「いざずなったら芪父の真䌌事か。小賢しい  嚘に持たせた石は、気宿石だな。おめぇは、それを通しお、その嚘が芋た幻を知った。自分は術に惑わされなかった」
    「気宿石の存圚を知っおいるんだな」
    「おめぇの芪父から教わった。人の気が宿るなんお、嘘みおぇな話だよ」
     
    巫女は顔面を黒く染めたたた、身を動かし始めた。その足取りは重く、畳の䞊に匕き摺られた袎は、黒い曲線を畳に残す。
     
    久遠は秋の間から動かず、巫女が足を止めるのを埅った。巫女は老婆のように腰を折り、隣宀ぞ。倏山が描かれた襖の前たで進み、ゆっくりず、襖に手を䌞ばした。
     
    若いはずの巫女の手。五指党お、節々がはっきりずわかるほどに皺枯れおいる。
     
    「巫女  お前には、もう時間がないんだろう 穢れを喰らい、穢れに喰らわれる。そこたでしお、䜕を望む」
    「望んだっお、なぁんも叶いはしねぇ」
     
    薄く笑い、巫女は穢れが滎った手の平を、倏山の皜線に被せた。指は皜線をなぞり、山を䞋り、滲んだ黒は萌える緑に圱を䞎えた。それを撫でながら、巫女は音を玡ぐ。
     
    「其の身に灜い封ずる生業の者有り。荒ぶる倩地川海に向かうほどに幟倚の灜厄宿りき。宿りし灜厄、身に纏いし結界に封ずるが、人智の及ばざる力なりお、あやしき者ず疎たれり。人目憚り陰に䜏たい、灜厄ず共に生きるほどに、あやしき力を以お蠢く穢れを滅する事芚ゆる。力衰えし地に赎き、蔓延りし穢れを祓い、再び陰に隠れり。其の者䜕時しか、宿灜ず呌ばれり  陰に䜏たい、陰に隠れ  それで䞀䜓、䜕が残る」
    「お前はなにを残したいんだ」
    「なんも残らねぇず蚀った」
    「いや、残した。お前は矎圱に、思いを残したい、枡したいはずだ  そろそろ本圓の話を始めおくれ。湖䞻ハルずしお、俺ず、あい぀ず話をしおくれないか」
     
    巫女は指先で襖を突き砎り、久遠の蚀葉を断絶。巫女は指を襖に捕らわれたたた、䞡膝を折った。
     
    畳に䌏した膝。そこから広がる穢れ。衚面は沞々ず動き出し、珟われた気泡は膚らみを倧きくし、匟けた。
     
    飛び出したのは、小さな矜虫を暡した零念。それは気泡が匟けるたびに生たれ、瞬く間に秋の間を占領。矜音も鳎き声も䞊げず、ただ䞍快な蠢きを携えながら集結し、久遠の前に、久遠の茪郭を持っお立ちはだかった。久遠はじっず、零念ず向き合う。
     
    「零れ萜ち、喰らわれ、再び零れ萜ちる  お前達は、悲しいな」
     
    䞀瞷の情を芗かせた久遠に、零念は抱き぀いた。黒髪の倩蟺から぀た先たで、ちりちりず现かな蠢きに支配された久遠。しかし、その姿は刹那。
     
     
    䞀陣の颚
    匕き剥がされる零念
    空間に散らばる黒
    突き抜ける雚粒
     
    散
    舞
    滅
     
    砕けた黒
    颚にさらわれ無に還る
     
     
    「はっ  おめぇず䞀緒にいる灜厄は、随分ず聞き分けがいい」
     
    巫女は湿った笑みを浮かべた。襖から指を抜き、畳に厩れ萜ちる。赀ん坊のような四぀ん這いの栌奜。䞊目遣いで、憎々しく、巫女は久遠を芋据えた。
     
    目錻から零れ萜ちおいた黒は消え、口元に残った黒だけが、いただ生々しさを持っお顔を染めおいる。䜓は、無駄に倧きな着物を纏った子䟛のよう。骚の圢状をあらわにした喉は、痛々しい動きを芋せる。
     
    「おらが、湖䞻ハル  そんな話、信じたのか」
    「どういうこずだ」
    「おらも、あの人も、䜜り話がうめえんだ  湖野で育っただげのこずはある」
    「お前は、あの写真の  赀ん坊を抱いおいた女だろう」
    「んだ  だども、湖䞻ハルじゃねえ  あっちは湖野の旧家のお嬢さん、おらは芪に、あの町の人間に厄介ものにされ、山に閉じ蟌められた、名前も忘れた人間だ  山護矎代は、こんなおらに同情したんだな  んだがら、あんな䜜り話を」
     
    荒い息遣い。過剰に䞊䞋する巫女の肩。あからさたな息苊しさを目の前に、久遠は声を朜めた。
     
    「その䜜り話、聞かせおくれないか。湖䞻ハルでなくおも、お前は山護矎圱の母芪。矎圱は、゜りダず、お前の嚘だろう」
     
    にたりず笑い、巫女は枯れた腕を繰り出し、畳の䞊をゆっくりず這い進む。そしお、
     
    「山護矎代は、おらずおんなじで、隙されお山に瞛り぀けられたんだ」
    「隙された」
    「本圓なら、矎代の先代で、山護は圹目を終えるはずだった。だども、湖䞻ハルが消えお、それを幎寄りどもは、山の祟りだず蚀っおな  矎代は優しい人間だ。山護を匕き受けるず蚀った。民話みおぇに、い぀かハルは戻っおくるかもしれねぇ  そんなこずはねえのに」
    「  湖䞻ハルは、既に死んでいた」
    「あの幎の、山隒祭の間にな  よその土地からきたや぀らに汚されお、山に捚おられた  芋぀かったのは、山隒祭が終わったあず。芪兄匟に芋せられるような状態じゃねがった  幎寄りどもは党郚知っおたんだ、ハルになにが起きたのか。んでも本圓のこずを隠した。山護は必芁だっおいう理由を䜜るためにな」
    「お前は巫女ずしお、九十九山で起きた党おを知っおいたんだな  山護矎代に話したのか」
    「話せるわけがねぇ  矎代は、孀独であるこずすら幞犏だず思っお生きる、山護である自分に誇りを持っお生きる、そんな人間だ  真実なんか、知らねぇほうがいい」
     
    巫女は朱袎の裟を尟のように匕き摺りながら、春の間ぞ。這うたびに黒が畳に移ったが、そこから新たな零念が生たれる様子はなく、久遠は秋の間に立ったたた、巫女に蚀葉を投げた。
     
    「䞇が䞀、あの写真を矎圱が芋た時に備え、お前達は口裏を合わせおおくこずにしたんだな」
    「矎圱も、真実なんか知らねぇほうがいい  山に捚おられた女が産んだ子どもより、行方知れずの旧家のお嬢さんの嚘であるほうがマシだ  たあ、あんな話を䜜る必芁もねがったな  矎圱は、矎代を信じお育った  あの嚘にずっおの真実は、山護矎代の孫。どっかがら匕き取られ、芪の顔はしらねぇ  可哀そうか いや、それでいがったんだ。血は繋がっおなくおも、䜜り話であっおも、矎代ずの絆があれば、それでいい。そのほうがいいんだ」
     
    久遠を振り返った巫女。久遠に向けられた目。がろりずひず぀萜ち、粉々に。それでも巫女は埮かに笑い、再び腕を動かし、畳を這う。
     
    久遠は倒れたたたの矎圱を振り返った。その䞡瞌はぎたりず閉じ、開く気配を芋せない。巫女の蚀葉は、矎圱の䞭にも流れ蟌んでいるのだろうか。僅かな可胜性を描きながらも、久遠は口を開いた。
     
    「真実を知らなくおもいい  ならなぜ、山護矎圱を呌んだ」
    「呌んだ芚えはねぇ  ずっず、忘れようずしおたんだ」
    「忘れようず、日々矎圱のこずを思った  結果お前は、あい぀を山に匕き寄せた」
    「  めんどうなもんだな、人間の気持ちっおや぀は」
    「䌚いたかったんだろう」
    「さあ  ただ」
    「  ただ」
    「どうにか、ここを出られねえもんかっおな」
    「湖野に、垰りたかったのか」
    「どこでもいい。ここじゃねぇなら、どこでも  なんで宿灜なんかに生たれた  」
    「自分が宿灜だずいうこずは、誰に」
    「おめえの芪父だ。おらがここさきお、すぐにな  埅っおたんだろう。厄介者が捚おられるのを」
    「そうじゃない。宿灜は他の人間よりも自然に近い。そういう存圚が、この䞖界に必芁だった  お前は、必芁ずされたんだ」
    「いらねぇから捚おられた」
    「違う。この空間には、確実にお前が必芁だった」
    「そう聞かされだずしおも、玍埗しお、喜んでくるわけがねぇ  」
     
    蚀っお巫女は、ぐしゃりず畳に䌏した。久遠はその傍らぞず急ぐ。
     
    「おめぇは矎圱を連れお、湖野さ垰れ  もうすぐ、屋敷の結界は消える。もう、もたねぇ」
    「もたない  たさか、灜厄を」」
    「巫女であり぀づけるのは、぀れぇ  心が壊れた人間はな、灜厄ずは䞀緒にいられねぇんだ  通じるっおのは、信じるっおこずだ  ゜りダも矎代も死んだ。もう信じられるもんはいねぇ」
    「いる。山護矎圱は、ただ生きおいる。本圓のこずを、真実を  あい぀はきっず、お前を信じる。お前も、あい぀のこずなら信じられるはずだ」
     
    巫女は僅かに顔を久遠に向け、笑った。残ったひず぀の目からは涙。
     
    「矎圱は、おら達が䜜った嘘を信じおくれたらいい  おらが、湖䞻ハル  誰に蚀うこずもねぇず思いながら、矎代ずトシず䞀緒に考えた。矎代もトシも真面目な人間だ。だども、䞀緒に䜜り話を、ああすっか、こうすっかっお  新しい民話でも䜜っおるみおぇだった  矎代は石寄っお男にも、最埌たで真実を語らねがった。トシは、矎代が死んでからも、秘密ず嘘を守り続けた  たいしたおなごらだ  もっず、話しおみたがった」
     
    匱々しく笑った巫女。残った目は、涙ずずもに零れ、砕けた。それでも巫女は曎に、指を前に䌞ばす。がずり。指がもげ萜ち、塵になる。䞀本、たた䞀本。
     
    久遠は、その姿から目を逞らさなかった。巫女の䜓が朜ち果おるのは、そう遠い未来ではない。その前に、本音を。
     
    「お前は、お前を巫女に据えた奎らを憎みながらも、぀ずめを党うしようずした。だからこそ、子を宿した自分が蚱せなかったんだろう 自分は育おられないずわかっおいながら、゜りダず身を亀えたこずも  䞀床連れ垰った山護矎圱を手攟したのは、自分に察する眰だ。さっきのお前の態床も  あい぀に停りを䌝え、憎たれ圹になるこずで、自分の気持ちにけりを぀けた。矎圱ぞの思いを断ち切ろうずした。だが、それで」
    「そっくりだな、その物蚀いが」
     
    久遠の音を断絶し、巫女は笑う。
     
    「芪父そっくりだ。声も、口調も、考え方も  あの男は、くるたんびに、おらを励たそうずしたよ。んでもな、なんにもわがっおねぇ  こんなずころさ閉じ蟌められた者の気持ちが、おめらにわがっおたたるか」
    「ああ、わからない。自らを滅しようずいう気持ちもな。お前は穢れを喰らうこずで自ら滅する぀もりだった。倧量に零念を宿せば、灜厄は拒むはずだ。自らの力をもっお零念を滅する。぀たり、灜厄を䜿った自死だ。違うか そもそもなぜ、倧量の穢れがここに なぜ、぀くも神ず山に棲むもの達は穢れたんだ」
    「぀くも神  あれは、神でもなんでもねぇ。穢れを運ぶために、ここさきおたんだ」
    「穢れを運ぶ」
    「あい぀らは穢れを眮いお町さ戻る。残った穢れを祓うのが巫女の、宿灜の぀ずめ。だども、それを祓い切れねがった。それどごろか、おらが穢れを垂れ流しおしたった  ぀たり、おら自身が穢れそのものなんだよ。だがら、祓うのは、祓われるのは圓たり前だ」
     
    久遠は矎圱を背負い、巫女のもずぞ。目を倱い、厩れゆく顔を芗き蟌む。巫女の唇はずうに膚らみを倱い、黒い隙間を宿した空間のみが存圚しおいる。その暗い穎が、埮かに動いた。
     
    「おめぇの芪父は、宿灜ず混ざり者を救いおぇず蚀っおた。その術を芋぀けおぇず  人が背負うには、酷なさだめだず  そんな術を、早く芋぀けおくれればいがった」
    「他には、䜕か」
    「おらが心を乱せば、山神の庭は長い眠りに぀く。だがら、そうならねぇように生きろず  だどもおらは  そのほうがいい  そう思った」
    「眠り  眠りず蚀ったのか」
    「ああ  したらば、しばらぐ巫女もいらねぇべ。矎圱や、他のもんが山に瞛られる心配もねぇ」
    「それが、お前の願いなんだな」
     
    ああ。そう聞こえた埌、巫女の顔は厩れ、人の茪郭を倱った。
     
     
    䌚いおがった
    䌚わねぇでおこうず思えば
    たすたす
     
     
    指を倱った巫女の手が、矎圱に䌞びる。久遠は膝を折り、巫女の手に矎圱の手を圓おた。
     
    「矎圱は真実を知りたがっおいる。真実を知るためにここにきた。石は誰のものなのか、灜厄は誰のもずからやっおきたのか」
     
     
    それなら゜りダず蚀え
    髪の色も
    身の䞈も
    ゜りダにそっくりだ  
     
     
    久遠は矎圱を畳に寝かせ、銖に巻き぀いたチェヌンから、氎色の石をちぎりずった。チェヌンを巡った衝撃に、矎圱は反応。その瞌が薄っすらず開き始める。完党に芚醒する前に、现い䜓は颚に乗った。䜓は宙を移動し始め、䞀瞬、確かに開いた目が久遠に向けられる。口元が動く。埅っお――そう聞こえた音は匷颚に裂かれ、矎圱の䜓は宙を舞っお門を超えた。
     
     
    本圓に
    おめえの灜厄は聞き分けがいい
    よぐよぐ考えれば
    おらも独りではねがった  
    灜厄ず
    ずっず䞀緒だった
    ひずりではねがったのに
     
     
    「自分を責めるな。お前は人間だ。孀独を感じお、他人に愛情を求めおなにが悪い。灜厄は既にお前を離れた。もういいんだ  巫女、最埌にひず぀、教えおくれるか」
     
    ずうに動きを倱くした巫女に寄り添い、久遠は最埌の問いを静かに枡した。


    あなたぞのおすすめ