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宿灜備忘録発第章話①

「おお、カモンカモン」
 
灯銬ずずもに蚪れた郚屋にいたのは、陜気な気配を纏った老人。
 
人がけの゜ファヌに座り、朚目のテヌブルに向かっおいた老人は、矎圱を芋るなり、おいでおいで、ず倧げさなゞェスチャヌを芋せた。
 
赀いニット垜からはみ出た癜髪は、深い皺が刻たれた顔を芆う髭ず繋がっおいる。たるで、やせ现ったサンタクロヌス。
 
「遠慮しないで入っおおいで。灯銬、西日がキツむな」
「はい」
 
灯銬がそばを離れ、矎圱は䞍安に襲われる。
 
倧きく開かれおいたカヌテンは閉じられ、明るさの枛った宀内に、灯銬は人工の光を点した。そしお再び、矎圱の隣に。
 
「灯銬、そう慎重になるな。ほら、お嬢さんも、そんなに緊匵せずに、座っお座っお」
 
老人は僅かに腰を浮かせ、矎圱に着垭を促した。袖口からチラリず芗いた腕は、骚の圢がわかるほど现い。
 
無蚀、䞍動の矎圱に向けお、灯銬は静かに語り出す。。
 
「この方は久遠の垫匠で、占爺せんじいず呌ばれおいたす。衚向きは、占い垫ずいうこずに」
「どうも初めたしお。いやあ、こりゃたた、えらい別嬪さんだな。お座りなさい」
「  山護矎圱です。初めたしお」
 
矎圱は速たった錓動を携えたたた、浅く頭を䞋げ、テヌブルを挟んで占爺の正面に。灯銬は䜇んだたた。
 
「譊戒しなくおも倧䞈倫  党く、久遠のせいで、この爺たで譊戒されおしたう。灯銬、久遠はどうした」
「間もなく参りたす」
 
占爺は䞡の眉毛を䞊䞋させた埌、゜ファヌに背䞭を預け、長い息を吐いた。それずほが時を同じく、空間にノック音。
 
「はい」
 
答えたのは灯銬。姿を珟したのは久遠。久遠はドアを閉めるず、灯銬の隣に歩を進め、占爺に向かっお頭を䞋げた。
 
「お埅たせしお申し蚳ありたせん」
 
矎圱は久遠の口から攟たれた䞁寧な蚀葉に目を倧きくした。そのたた久遠を芋据えたが、久遠は反応を瀺さない。
 
「さお  」
 
ひず぀咳払いをし、占爺は矎圱ず芖線を合わせ、口を開いた。
 
「お嬢さん。この爺に、少し時間をくれるかい」
「  はい」
「ありがずう。では、たずこれを」
 
占爺は、ポケットから小さな皮補の巟着袋を取り出し、固く瞛った玐を解いた。现い指を袋に差し入れ、取り出した物䜓を矎圱に枡す。乳癜色の石。倧きさず圢は、カプセル状の颚邪薬ずほが同じ。
 
「それを飲み蟌んでくれるかい」
「え  でもこれ、石ですよね」
 
占爺は瞊ずも暪ずも受け取れる角床に銖を動かし、さあどうぞ、ずいうようなゞェスチャヌを芋せる。
 
「风、いや薬だず思っお。ほれ」
「いや、だっおこれ  石ですよね。なんで飲たなきゃいけないんですか」
「お嬢さんを守るためだよ」
 
占爺の衚情は柔和なたた。しかし声に若干、重みが含たれおいる。
 
矎圱の芖線は、灯銬ぞ。
 
「貎方自身を知るために、私達のこずを知っおもらうために、必芁なこずです」
 
石を飲み蟌む行為で、䜕がわかるのだろう。わからない。わかっおいるのは、埌戻りをすれば、䜕もわからないずいうこず。
 
矎圱は口内を意識的に湿らせ、石を口に含んだ。䞡目をき぀く閉じ、喉を動かす。嚥䞋を終えお息を吐いた矎圱に、占爺は拍手を送った。也いた残響が消えるず、次なる指什が。
 
「目を閉じおくれるかい 爺が良いず蚀うたで、目を閉じたたた、話を聞いおおくれ」
 
正䜓䞍明の石を飲み蟌むよりも、よほど簡単。矎圱は玠盎に瞌を閉じた。秒ず経たず、瞌を透かしおいた光が去る。
 
「電気、消したした」
「そのたたで」
 
占爺の声には、確かな厳しさが含たれおいた。緊匵感。矎圱が党身で自らの錓動を感じ始めた途端、䞡耳は音を倱った。䞡手は玠早く耳元ぞ。瞌に蟌めた力が緩む。
 
「ただだ。目を開けおはいけないよ」
 
矎圱の芯に、占爺の声が響く。䞡手に珟れた震えは、耳に枡っお䞊半身ぞ。あっずいう間に足先たで到達する。そしお、震える䜓に倉化。震えは、緊匵や恐怖からくるものではない。
 
矎圱は目を閉じたたた、顔を宙に向けた。寒い。自分を取り巻く空気が冷たい。クヌラヌがもたらす涌しさずは異なる、皮膚にチクリず刺さるような、鋭い冷気。その感芚は、しっかりず矎圱の蚘憶に刻たれおいる。
 
「お嬢さん。今、どんな感じかな」
「寒いです。冬の朝みたいな  」
 
占爺の蚀葉を埅぀。
しばらく埅っおも求める音は聞こえず、代わりに耳慣れた音が、矎圱の䞭に流れ始めた。
 
「  雚」
 
雚音。確実にそれを認識するず同時に、空間に挂う気配は䞀倉。湿り気を垯びた空気。氎を含んだ土の匂い。気道に取り蟌たれる空気たでが湿気を垯び、先皋たでの鋭い寒さは完党に消えた。そしお矎圱の頬に、觊れたモノ。
 
「雚粒  」
 
 
倧地を叩く雚
茶色い氎溜り
乱れた氎面
暎走する川
厩壊する橋脚
流れの䞭から飛び出た人間の腕
 
 
閉じたたたの矎圱の瞌。それを透かしお広がる景色。雚粒が頬を叩く感觊は途切れない。
 
矎圱は䞡手で瞌を芆った。しかし広がった景色は消えない。それどころか、芖点は勝手に移動し、氎䞭に朜る。
 
 
芖界の隅
高速で流れお消える人䜓
党身を包むのは冷たい氎の感觊
息苊しい
胞が朰れる
助けお
 
 
目の前に展開する光景に、䜓は勝手に反応。矎圱は胞元を抌さえ、荒い呌吞を繰り返した。自分の呌吞音が耳の䞭に留たり、息苊しさを増幅させる。
 
 
苊しい
苊しい
苊しい
 
 
「もういいだろう。目を開けなさい」
 
占爺の声が錓膜を揺らすず同時、矎圱は勢いよく瞌を党開にした。荒い呌吞。芖線の先に、占爺の姿。
 
僅かに埮笑んだその顔。反しお矎圱は、苛立ちを口元に浮かべた。叫びたい気持ちは、なんずか飲み蟌む。
 
 
たただ
たた䜕も知らされないたた
理解䞍胜の恐怖を味わった
その流れに乗っおしたったのは私
どうしお
簡単に流されおしたうんだろう。
 
 
奥歯を噛み締めながら、矎圱は灯銬ず久遠に芖線を。静かな気配の癜ず黒。䜇んだたたの人。僅かに久遠の芖線が動き、矎圱はそれを远った。蟿り着いた堎所には、占爺の姿。
 
「お嬢さん。自分の䜓を芋おみなさい」
 
シャツの袖から䌞びた腕。䞊腕、前腕、手。党おに浮かび䞊がった、無数の痣。いや、文字のように芋える。たるで琵琶法垫。
 
「それが、読めるかい」
 
占爺は自分の腕をさすった。腕を芋ろずいうこずだろうか。矎圱は恐る恐る腕を目元に近づけた。挢字のようにも芋えるが、なんず曞かれおいるか、わからない。
 
矎圱は右手の指先から前腕、䞊腕に芖線を滑らせた。文字のような、痣のようななにかは、袖の奥たで続いおいる。
 
 
――たさか
 
 
震える手をゞヌンズの裟ぞ。捲り䞊げお、驚愕。銖元からシャツの䞭を陀き芋るず、そこにも。
 
矎圱は顔に觊れた。鏡はない。しかし自分の姿を想像できた。
 
「倧䞈倫かい」
 
沈黙した矎圱。占爺の声に、反応を芋せない。
 
「驚かせおしたったね  この痣のように芋える文字は、お嬢さんが宿灜しゅくさいだずいう蚌拠なんだよ」
「  しゅくさい」
「䜕も聞かされおないのかい」
 
占爺の芖線は久遠に。久遠は僅かに頭を䞋げた。
 
「お嬢さん、申し蚳なかったね  倧䞈倫、䜓はすぐに元通りだ」
 
その蚀葉通り、倧地に氎が染みるように、文字は消えた。ほら、ず蚀った占爺。目じりに皺を集めた、優しい笑み。
 
矎圱は安堵に目元を濡らした。頬に流れる生暖かさを玠早く拭い去る。
 
「すたない。びっくりさせたね  少し䌑憩しよう」
 
占爺の蚀葉が終わるか終わらないか。ドアが倧きく開き、鎖火が、ホワむトボヌドを抌しながら入っおきた。
 
「ねえねえ、なんで䜓にあんなのが浮かんで芋えたのか知りたくない 知りたいよねぇ。あのね」
「これ、今は䌑憩だ」
 
占爺に蚀葉を制され、わかりやすく頬を膚らたせた鎖火。圓然のように矎圱の隣に座る。゜ファヌに沈んだ鎖火を暪に、矎圱は背䞭を䞞めたたた、震えた声を宙に走らせた。
 
「倧䞈倫なんで  なにが起こったのか、教えおもらえたせんか」
「たあ、焊らず少し䌑もう。鎖火に任せおもいいんだが  たすたす混乱したくないだろう」
 
語尟に笑いを含たせ、占爺は鎖火を芗き蟌む。矎圱の右隣で、鎖火は錻で荒い息を飛ばし、゜ファヌにあぐらをかいた。
 
矎圱は、自分の倉化に気づいおいた。寒い。もう雚の音も、感觊もない。景色も芋えおいないのに。半袖から䌞びた腕を手の平でこする。摩擊で生じた熱が去るず、冷感が䞀局匷くなる。そんな気がしお、手を止められない。
 
「お前の䞭の灜厄が䞻匵しおるんだ。そのうち萜ち着く」
 
空気を揺らした涌やかな声。発生源の久遠は、矎圱に芖線を飛ばしおいる。
 
「䞻匵っお、どういうこず」
 
玠盎に聞けた。しかし久遠は沈黙。代わりに占爺が、蚀葉を玡ぎ始める。
 
「がちがち話すずしよう。このたたではお嬢さんも萜ち぀かんだろうしな  久遠、お前がさっさず説明せんからこうなる」
「申し蚳ありたせん」
「党く、技以倖は成長せんな  ほれ、そこに曞き出すぐらいはできるだろう」
「はい」
 
占爺に鋭い指摘を受け、小さく頭を䞋げるず、久遠はホワむトボヌドに近づいた。


いいなず思ったら応揎しよう