
ゲンノショウコ
おじいちゃんは体が大きく「怖い」というイメージをみんなは持っていたようだ。
私はそんなイメージはなかった。
保育園に通っていた頃は母が来るのをおじいちゃん、おばあちゃんの家で待つ、という毎日だった。
おじいちゃんはいつもみかんを剥いてくれた。
スジもきれいに剥いてくれる。
丁寧に扱われたみかんは温かくなっている。スジがないのは嬉しいが、生温かいみかんは少し残念な気持ちになる。時間をかけて丁寧にまた剥いてくれるのを待つ。自分で剥かなくていいので私は大人しく待っていた。そして、食べ終わると「るね、寝るよ」と、おがくずストーブのそばにゴロンと横になり呼ぶのだ。
私は保育園でお昼寝をしてきたばかりで、眠いはずがない。
断れない私は渋々おじいちゃんの横に転がる。大きいおじいちゃんは暖かい。
私は目を閉じても眠れる訳もなく…。
まもなくして、おじいちゃんの寝息が聞こえてくる。
おじいちゃんが寝たら、毛布から抜け出す。
おじいちゃんはいつも「何か」を飲んでいた。小さなヤカンがおがくずストーブにいつも乗っていた。
それを湯呑みに入れ飲んでいた。
母にあれは、なに?と聞いたことがある。私の知っている日本語ではないものが返ってくる「ゲンノショウコだよ」
「ゲ?ゲンノショウコ??」
茶色くて、いい香りとはいえなくて、そしておいしくないお茶だった。
おじいちゃんはこんな味が好きなのか?と不思議だった。
寝ているおじいちゃんの横で私はイタズラしたくなる。
暇なので…。
ゲンノショウコを湯呑みに足してみたり、そばに置いてあるマンガの本を開いてみたり…。
そして、実は一度だけおじいちゃんに怒られたイタズラがある。
姉とみかんを食べていた。
そんなに食べれるわけもなく、「みかん」では、さほど時間は潰せない。
2人でせっせとみかんの皮を剥き、そして、ひとふさずつ、せっせとおがくずストーブにのせていく。
みかんでいっぱいのおがくずストーブ。ひっくり返すと、少し焦げていた。
ふと、起きたおじいちゃんはそれをみて私たちを叱った。
どんな言葉で叱られたかは忘れてしまったが小さいながらに理解したのは「食べ物を無駄にするな。もったいないから、その焼いたみかんは全て食べなさい」そんな内容だった。
私と姉は必死にその焼きみかんを食べた。私は食べながら、「こらなら、おじいちゃんがスジをむいてくれる生温かいみかんの方がおいしい」そんなことを考えながら食べていたのを覚えている。
おじいちゃんは私が7歳の時に亡くなった。初めて人の死に遭遇した。
おじいちゃんの想い出は
「生温かいみかん」と「ゲンノショウコ」
おじいちゃんがいなくなってからゲンノショウコを見たことはなかった。
あの味だけが残っている。