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「ありがとう」を25,000回言うと、どうなるのか。私の場合。

    「ありがとう」という言葉を25,000回言うと、奇跡が起こるらしい。
    知ってましたか。

    還暦過ぎのこの年になって、今さらながら人間関係に悩むことが多くなってきたこの頃。
    なんか毎日ため息ついてる。
    遠くへ行きたい。
    私のことなんか誰も知らない遠い所へ。
    とは思うものの、もう動くのもめんどくさい。
    結局、逃亡先はおフトンの中。
    休みの日になると寝て過ごし、夜はすることもないのにダラダラと夜更かしをする。
    ダメだなー。

    そんなある日、こんな動画がYouTubeのおすすめに上がってきた。

    「ありがとう」25,000回?
    よくある引き寄せの法則とか、言霊系かな。
    普段ならスルーしてしまうような動画だったが、なぜか気になり再生してみた。
    ぶっちゃけ私、小林正観という人も、それを紹介しているひすいこたろうという人も、知らんのです。
    どうもすいません。
    でも、とにかく「ありがとう」を心をこめなくていいから、25,000回繰り返せばいいらしいという内容だった。
    そのお手軽さにひかれて、ちょっとやってみようかなと思ったわけです。

    「ありがとう」25,000回ゲームのルール

    まず、「ありがとう」と口に出すわけだけど、まったく心をこめなくて良いらしい。
    ただただ、「ありがとう、ありがとう」と機械的に言い続ければいいだけ。
    しかしもしも、言ってる途中で、1回でも「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言ってしまうと、1からやり直しという過酷なルールがある。

    これ、天気のことも言っちゃいけないらしい。
    急に雨が降ってきたりすると、「うわっ!雨降ってるやん!」ってポロっと言ってしまうと思うけど、これお天気に対して文句言ってることになるからNGだそう。
    ただし、心の中で言うのはセーフ。
    もし口に出してしまっても、10秒以内に「今のナシ!」って言えばOKだそうである。

    そして、25,000回言い終わるころには、心からの感謝の気持ちがあふれてきて、バスタオルがぐちょぐちょになるくらいの涙が出てくるという。
    ほんまかいな。
    (↑これもほんとは言っちゃダメ)

    「ありがとう」25,000回ゲームスタート

    その日は朝から雨で、1日中雨の予報だった。
    こういうチャレンジにはちょうどいいお天気だ。
    少々寝坊してしまったので、10時45分からスタート。

    100回目。
    この週は、仕事でも私生活でも心労が重なり、体調は最悪。
    身体全体バキバキに固まってて、めちゃくちゃ重かった。
    本当は何もせずずっと寝ていたかったのだけど、100回言う頃には目が覚めて頭がクリアになってくる。

    1,000回目。約10分で達成。
    「ありがとう」が「オリゴ糖」になってきて笑える。
    ジョイマンかよ。ナナナナー。

    10,000回目。
    「ありがとう」の「り」と「と」を言うときに、舌が上あごに触れるため、なんだか舌が痛痒くなってきた。
    舌が痛くなるほど、今まで音声を発し続けた経験がない。
    1日中しゃべり続けているという明石家さんまの舌は、いったいどうなってるんだろうと思った。

    15,000回目。
    ここで、朝あんなに重かった身体が少し軽くなっていることに気付く。

    20,000回目。
    全体の80%を終えた。
    始める前は長く感じていたけれど、もう少しで終わると思うとなんだか寂しくなってくる。
    ここからは丁寧に、心をこめてゆっくりと言ってみようという気持ちになる。

    21,336回目。
    このあたりで、はっきりとした異変が起きる。
    いろいろなことに感謝の気持ちが溢れてくる。
    そりゃもう、いろんなことに。

    外は雨。
    なのに、私は部屋の中にいて濡れずに済んでいる。
    天井がある。壁がある。窓がある。
    なんてありがたいんだ。
    窓にカーテンがある。
    このおかげで外気を遮断できて、暑い夏も寒い冬も快適な室内環境を保てる。
    このカーテン縫ってくれた人ありがとう。
    てか、カーテンの布地作ってくれた人ありがとう。
    縫うための糸を作ってくれた人ありがとう。
    最初にカーテン考えてくれた人ありがとう。

    部屋にエアコンが付いている。
    なんてこった。
    エアコンが付いてるなんて。
    ありがたすぎる。
    このエアコン作ってくれた人、エアコンの部品を作ってくれた人、組み立てるためのネジを作ってくれた人、ネジを作るための機械を作ってくれた人、
    みんなみんな、ありがとう。
    そもそもネジの原料になるものは、地球から摂れるものだ。
    すごいな地球。
    その地球に住めてるってすごくない?

    「ありがたい」は、「有り難い」と書く。
    「有る」ことが「難しい」、つまり滅多にないこと、奇跡なのだと聞いたことがある。

    確かに、自分が生きてるということは奇跡だ。
    今まで自分一人で頑張ってきて、一人で生きてきたつもりになっていたけど、全然違う。
    今自分の部屋の中にあるもの、何一つ自分は作っていないじゃないか。

    今こうやってキーボードを叩いてる指さえも、私の意志で作ったものじゃない。
    おそらくは生まれてから今まで、何億回もの細胞分裂を経て、今ここにある。
    その指が、何の支障もなく動いている。
    「ありがとう」の言葉を数えている。
    こんな素晴らしいことが他にあるだろうか。

    私以外の誰かのおかげで、今の私は生活できている。
    それは当たり前のことなんかじゃない。
    「有り難い」のだ。
    親、友人、夫…。今まで出会ってきた人の顔が次々と浮かんできて、「ありがとう、ありがとう」と言いながら、自然に涙がにじんできた。

    24,597回目。
    ああ、もう少しで終わりだ。
    私はおもむろに立ち上がり、家中歩き回りながら、目に留まるものひとつひとつに「ありがとう」と言っていた。
    そうせずには、いられなくなっていた。
    もはや、感謝しようと思ってするのではない。
    開きっぱなしの蛇口のように、溢れかえってくるのだ。

    照明、冷蔵庫、電子レンジ、テーブル、椅子、ベッド、枕、パジャマ、タンス、タオル、カレンダー、カレンダーに書いてある文字、文字を印刷したインク、ああそうそう、トイレを忘れてはいけない。トイレに水が流せる。水が自由に出せる。ガスがついてお湯が沸かせる。お風呂に入れる。
    もうキリがない。

    そして最後の25,000回目は、窓に向かって大きな声で「ありがとうーーーーーー!」と叫んだ。
    この世界は、なんて素敵なんだ、コンニャロメーーーーーー!!!

    終わってみて

    終わった瞬間、達成感はあったが、ちょっと寂しい気持ちもした。
    もっと「ありがとう」を言っていたい。
    これくらいではまだ、感謝し足りない。
    朝10時45分くらいから始めて、昼食や休憩などはさみながら、19時くらいに終わった。
    結局、8時間強、かかったので、そこでやめてはおいたけど、あと1時間くらいは言っていたいなという気持ちだった。
    涙はにじんだくらいしか出なかったけど、始めたときとは明らかに気持ちが変わっていた。

    今まで、「感謝」の気持ちは大事だと、子供の頃から教育され、あらゆる書物で読み、頭ではわかっているつもりだった。
    でも、つらいことや悲しいこと、ムカつくことがあったりすると、ついその考えにとらわれてしまい、ふさぎ込んでしまうことがよくあった。
    それではいかんと思い直し、明るく前向きな気持ちを持とうして、たとえば感謝日記とか、いいこと日記とか、つけてみたりするのだけど、1回書いたらアホらしくなってやめてしまう。
    私は5年日記をつけているが、過去の記述で感謝すること3つとか書いているのを見つけると、「ああ、この日はイヤなことがあったんだな」と思ってしまう。
    ほんとはそんなこと、心から感謝してるわけでもないのに、無理やり書いてる感じが見え見えなのだ。

    しかし25,000回も「ありがとう」を言うと、当然だが頭の中が「ありがとう」でいっぱいになる。
    他の思考が入ってこない。
    せいぜい、「トイレ行きたい」と「腹減った」くらいである。

    「ありがとう」で埋め尽くされた脳は、何に対しての感謝なのかを自ら捜す。
    その結果、ありとあらゆる物事に対して、自然と感謝の気持ちが出てくるのではないか。
    私はそう思った。

    今までは、「感謝しなきゃ!」と思っていたのだが、ぼーっとしてても感謝の念が頭に浮かんでくる気がする。
    頭でわかったつもりになっていたことが、本当に、心底、内臓から理解できる感覚。
    「腑に落ちる」とは、こういうことなんだと思った。

    25,000回その後

    さて、「ありがとう」を25,000回言い終わるとどうなるのか。
    冒頭の動画によると、6ヶ月以内に、本当に感謝したくなるようなことが現実に起きるらしい。
    動画のひすいこたろうさんは、6ヶ月めに作家デビューを果たすという、ほんとうにおめでたい現実がやってきたという。
    私は25,000回達成してから、まだ1ヵ月くらいなので、奇跡と呼べるようなことは起こっていないが、日常が少し変わってきたのを感じている。

    それは、あまりイライラしなくなったな、ということ。
    わりと細かいことが気になるタチなので、毎日何かしらイラっとすることはあるのだが、いつまでも引きずらない。
    というか、誰が何をしようが何を言おうが、どうでもよくなってしまった。
    淡々と自分のやるべきことをこなすだけである。
    いい意味で、無関心になった。

    イライラが減ってくると、今までそれに割いていた脳のリソースが空き、他のことができるようになった。
    一番は、以前より積極的に身体を動かすようになったこと。
    疲れただのなんだのの言い訳が減り、毎日コンスタントに運動を続けられている。
    しかも、わりと楽しく。
    去年から手話を勉強しているが、勉強時間も以前よりずいぶん増えた。
    週に1回手話サークルに通い、オンラインの手話教室もGW明けから受けることになっている。

    これからも続けます

    25,000回達成したら、次は50,000回、さらに年齢×10,000回というステップもあるらしい。
    私も50,000回目指して、毎日1,000回ずつコツコツと積み上げていっていた。
    カウントするには、スマホのアプリを使用している。
    こうすることで、「徳を積む」という目に見えない行動が可視化されているようで、楽しみでもある。
    不平不満を言うとリセットされてしまうため、数字が積みあがってくると、これを0にするのは「もったいない」という意識が芽生え、おのずと不満を口にしなくなってくる。
    なんかセコいけど。

    実をいうと、50,000回にチャレンジしているとき、40,000回あたりで、うっかり職場で文句を言ってしまった。
    痛恨のミス。
    やはりそう簡単に、変わるわけではない。
    で、自分を戒めるためリセットし、今現在も25,000回チャレンジを継続中である。
    でも、なにかゲームをやっているような感覚になり、これもまた楽しい。

    25,000回副作用?

    ただひとつ、困ったことがある。

    私のnoteの記事は、文句が多い。
    でもただ文句を垂れ流すだけじゃなくて、それに対してどう対処するか、どうなりたいかを書いて、自分を奮い立たせているフシがある。
    そんな記事には、共感のコメントをいただくことも多いので、自分だけじゃないんだなと救われる気持ちにもなる。

    しかし、文句を言ってはいけないという縛りがあるため、noteのネタに困っているのである。
    というか、文句を言いたくなることがあっても、すぐ忘れてしまうのである。
    毎日、朝起きて夜寝るだけの、何事もなく終わる1日が、たまらなく愛おしくて、特筆すべきことが何もない。

    おや?
    もしかしたら、これも文句になるかもしれない。
    あわわわ!これはナシね!ナシ!

    ということで、更新がなかったら、機嫌よくやってるんだなーと思っといてください(笑)。

    そして、最後まで読んでくださったあなた。
    ありがとうございます。
    ……いやほんと、長かったですよね。
    お疲れ様でした。



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    京都在住の60代おひとり様女子。日々感じたこと、考えたことを残してます。 2025年度手話奉仕員養成講座入門•基礎修了。 興味・関心:本・漫画読むこと、映画観ること、散歩しながら写真撮ること、脳にいいこと 苦手:団体行動、並ぶこと、待つこと、人ごみ。パーソナルスペースは広めです。

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