
違和感に気づいたら。
「何か違う。」
そう感じていた。
でも、その「何か」が何なのかは、
自分でもわからなかった。
人は、自分の限界に気づく前に、
違和感には気づいているのかもしれない。
でも、その違和感はあまりにも静かで、
小さい。
だから私たちは、「気のせい」と言って見過ごしてしまう。
これは、
私がその小さな違和感を見過ごし続けた先で、ようやく自分の声を聞けるようになるまでの話です。
楽しかったのに。
私は長年、アパレル販売の仕事をしてきた。
服が好きだった。
流行を追いかけることよりも、その人に似合う一着を一緒に探すことが好きだった。
「こんな色、自分では選ばないけれど、
意外と似合いますね。」
試着室から笑顔で出てきたお客様の
その一言が、何より嬉しかった。
服を売っているようでいて、
本当に届けたかったのは、
その人が少しだけ自信を持てる時間だったのかもしれない。
だから販売の仕事が好きだった。
売上も嫌いではなかった。
数字には理由がある。
何が売れて、何が売れないのか。
どうすればお客様にもっと喜んでもらえるのか。
考えることが好きだった。
その積み重ねが評価され、
私は店長を任されることになった。
嬉しかった。
もちろん不安もあった。
でも、それ以上に「もっと良いお店にしたい」という気持ちの方が大きかった。
スタッフが働きやすいお店。
お客様がまた来たいと思えるお店。
そんな場所を作りたいと思った。
だから私は、
できることを一つずつ増やしていった。
売上管理。
スタッフ教育。
レイアウト。
マニュアル作り。
本部とのやり取り。
顧客様へのご案内。
気づけば、仕事はどんどん増えていた。
それでも不思議と苦ではなかった。
忙しかったけれど、充実していた。
少なくとも、その頃までは。
⸻
今思えば、
変化は昨年の終わり頃から始まっていた。
最初は、本当に小さなことだった。
朝起きても疲れが残っている。
休日なのに身体が重い。
頭痛が増えた。
夜もぐっすり眠れた感じがしない。
年齢のせいかな。
忙しい時期だからかな。
そんなふうに思っていた。
だから深く考えなかった。
それよりも、お店のことが気になっていた。
売上はどうだろう。
スタッフは困っていないだろうか。
次のイベントの準備は。
新作の展開は。
私の頭の中は、いつも仕事でいっぱいだった。
⸻
でも、
身体よりも先に変わっていたものがあった。
心だった。
仕事へ向かう足取りが少し重い。
以前なら新作が入荷するとワクワクしていたのに、その気持ちが少し薄くなっている。
休日に好きなカフェへ行っても、心から楽しめていない。
好きだった洋服を見ても、
「かわいい」と思う気持ちより先に、
「売れるかな」という考えが浮かぶ。
仕事とプライベートの境界が、少しずつ曖昧になっていた。
私は販売員なのに、一人の「服が好きな人」でいる時間を失っていた。
それでも、
「店長なんだから。」
その言葉は、誰かに言われたわけではない。
私が、自分に言い聞かせていた言葉だった。
その一言で、自分を納得させていた。
責任がある。
任された以上、やらなければ。
私が頑張れば何とかなる。
そう思っていた。
⸻
ある日、ふと気づいた。
私は最近、笑っていただろうか。
もちろん笑顔ではいた。
接客中は自然に笑えていたと思う。
でも、それは仕事としての笑顔だった。
心から楽しいと思って笑ったのは、
いつだっただろう。
思い出せなかった。
その瞬間、少しだけ怖くなった。
好きだった仕事なのに。
好きだったはずなのに。
どうして私は楽しめなくなっているんだろう。
理由はわからなかった。
職場で何か大きな出来事があったわけではない。
突然、嫌いになったわけでもない。
ただ、心のどこかで、小さな違和感が積み重なっていた。
でも私は、その違和感に蓋をした。
認めてしまったら、本当に壊れてしまいそうな気がしたからだ。
だから私は、見ないふりをした。
まだ大丈夫。
もう少し頑張ろう。
そう言い聞かせながら、いつも通りの日々を過ごしていた。
その数か月後、
自分が骨折によって立ち止まることになるとは、この時はまだ思ってもいなかった。
立ち止まるしかなかった。
人生は時々、自分では止まれない人を、強制的に止めることがある。
私にとって、それは骨折だった。
ある日突然、右肩を骨折した。
利き手だった。
痛みももちろんあった。
でも、それ以上につらかったのは、
「できない」という現実だった。
服を着替えること。
髪を結ぶこと。
バッグを持つこと。
お風呂に入ること。
当たり前だった毎日が、一瞬で当たり前ではなくなった。
何をするにも時間がかかる。
誰かの手を借りなければできないことも増えた。
私はそれまで、「健康」は努力しなくても持っていられるものだと思っていた。
でも、それは違った。
健康は失って初めて、そのありがたさに気づくものだった。
⸻
仕事も休まなければならなくなった。
店長になって初めて、長い期間お店を離れた。
最初の数日は、身体よりも気持ちの方が落ち着かなかった。
お店は大丈夫だろうか。
みんな困っていないだろうか。
イベントの準備は。
売上は。
そんなことばかり考えていた。
スマートフォンを見るたびに仕事のことが気になった。
家で休んでいても、心は休めていなかった。
「早く復帰しなきゃ。」
その気持ちだけが先に走っていた。
⸻
でも、身体は思うようには動かなかった。
痛みをごまかして頑張れるようなものではなかった。
どれだけ気持ちが焦っても、骨はすぐには治らない。
私は初めて、「待つ」という時間を経験した。
それは、今までの私が一番苦手だった時間だった。
何もしない時間。
何も進まない時間。
成果が見えない時間。
最初は、その時間が怖かった。
置いていかれるような気がした。
役に立てない自分に価値がないような気さえした。
でも、毎日少しずつ過ごしていくうちに、
不思議な変化があった。
⸻
長く続いていた頭痛が減ってきた。
毎日のように感じていた
肩や首の張りが少しずつ軽くなった。
夜、眠れる日が増えた。
身体は、正直だった。
私はずっと、
「疲れている」と思っていた。
でも本当は、疲れているというレベルではなかったのかもしれない。
張り詰めたまま、走り続けていた。
気づかないうちに、心も身体も休むことを忘れていた。
骨折は、そのことを教えてくれた。
⸻
ある日、窓の外を眺めながら思った。
私は、いつからこんなに急いでいたのだろう。
何をそんなに急いでいたのだろう。
店長になってからの
毎日は、とにかく忙しかった。
売上を確認し、
スタッフの相談を聞き、
レイアウトを考え、
本部と連絡を取り、
顧客様へLINEを送り、
気づけば一日が終わっていた。
休みの日も、頭の中では仕事をしていた。
「あれを確認しなきゃ。」
「これを準備しなきゃ。」
そんなことばかり考えていた。
仕事が嫌だったわけではない。
むしろ好きだった。
だからこそ、自分でも気づかないうちに境界線がなくなっていた。
仕事と私。
店長と私。
その二つが、いつの間にか同じものになっていた。
⸻
骨折をして家で過ごすようになってから、
少しずつ生活のリズムが変わった。
朝、ゆっくりお茶を飲む。
窓を開けて風を感じる。
鳥の声が聞こえる。
季節が少しずつ変わっていく。
そんな当たり前のことを、私はしばらく忘れていた。
毎日をこなすことに精一杯だったからだ。
時間は、こんなにもゆっくり流れていたのか。
そう思った。
⸻
それでも、不安が消えたわけではなかった。
復帰できるだろうか。
また以前のように働けるだろうか。
店長としてやっていけるだろうか。
考え始めると、答えは出なかった。
でも、一つだけ確かなことがあった。
以前の私には戻れない。
戻ってはいけない。
そう思った。
この時間が終わったら、また同じように無理をしてしまう。
それだけは避けたかった。
まだ、この時は退職なんて考えていなかった。
ただ、「今までと同じ働き方は続けられないかもしれない」。
その小さな気づきだけが、心の中に残っていた。
それは、違和感が初めて言葉になった瞬間だった。
私はようやく、自分の心の声を聞き始めていた。
⸻
好きなのに、続けられない。
仕事に復帰した日。
久しぶりのお店は、少しだけ懐かしかった。
「おかえり。」
そう声をかけてもらえたことが嬉しかった。
お客様と話す時間も、やっぱり好きだった。
「待ってたよ。」
そんな言葉をいただくたびに、この仕事をしてきて良かったと思った。
私は改めて感じた。
販売の仕事は好きだ。
服も好きだ。
人と話すことも好きだ。
だからこそ、苦しかった。
⸻
復帰してからも、私は以前と同じように働こうとした。
店長だから。
みんなに心配をかけたくない。
休んでいた分を取り戻したい。
そんな気持ちがあった。
でも、身体は正直だった。
以前なら気にならなかった疲れが残る。
頭痛が続く日がある。
仕事が終わる頃には、心までぐったりしていた。
「今日は早く寝よう。」
そう思って眠っても、翌朝には疲れが残っている。
私は何度も自分に問いかけた。
骨折のせいなのかな。
まだ治りきっていないだけかな。
そう思いたかった。
でも、本当は少しずつ気づいていた。
身体だけではない。
心も疲れていたのだ。
⸻
以前なら楽しかったことが、心から楽しめない。
新しい商品が入荷しても、以前ほど胸が躍らない。
好きだった接客も、どこか気持ちが追いつかない日がある。
もちろん、お客様の前では笑顔だった。
笑うことはできる。
接客もできる。
仕事もできる。
だから周りから見れば、
いつも通りだったと思う。
でも、自分だけは知っていた。
何かが違う。
何かが少しずつ変わってしまった。
その違和感は、日に日に大きくなっていった。
⸻
私はずっと、「頑張ること」が得意だった。
苦しくても頑張る。
疲れていても頑張る。
困っている人がいたら、自分のことは後回しにしてでも動く。
それが当たり前だった。
だから、「もう頑張れない」という
感覚を認めることが怖かった。
頑張れなくなった自分は、弱い人間なのではないか。
店長失格なのではないか。
そんなことまで考えていた。
でも、ある日ふと思った。
私は本当に頑張れなくなったのだろうか。
違う。
私は、
もう十分頑張ってきたのではないだろうか。
その考えが浮かんだ瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
退職という言葉が
頭をよぎったのは、その頃だった。
でも、すぐに打ち消した。
そんな簡単に辞めてはいけない。
まだできることがある。
もう少し頑張ろう。
そうやって何度も考え直した。
それでも、心は同じ場所へ戻ってきた。
このままでは、自分が壊れてしまう。
仕事を辞めたいのではない。
販売を辞めたいわけでもない。
ただ、この働き方を続けることが苦しかった。
その違いを、
自分自身が理解するまでに、とても時間がかかった。
⸻
もう十分頑張った。
そんなある日、家で何気なく夫に話した。
「本当に辞めてもいいのかな。」
何度目かわからない、その言葉だった。
夫は少し考えてから、静かに言った。
「もう十分頑張ったんじゃない?」
たった一言だった。
励まそうとしたわけでもない。
答えを出そうとしたわけでもない。
でも、その言葉はまっすぐ心に届いた。
私はずっと、自分に対して厳しかった。
できていないことばかり数えていた。
もっと頑張れる。
もっとできる。
そう思い続けてきた。
でも、「もう十分頑張った」と言われた瞬間、
自分がどれだけ自分を追い込んできたのかに気づいた。
涙が出そうになった。
私は、誰かに「頑張ったね」と
言ってほしかったのではない。
本当は、
自分自身が自分にその言葉をかけてあげる必要があったのだ。
「もう十分頑張った。」
その一言を、
自分はずっと自分に言えずにいた。
その夜、私は退職を決意した。
仕事を諦めたわけではない。
人生を諦めたわけでもない。
むしろ、その逆だった。
これからも長く、
自分らしく働き続けるために。
好きな仕事を、嫌いにならないために。
私は立ち止まることを選んだ。
それは終わりではなく、新しい始まりだった。
⸻
違和感に気づいたら。
退職を決めてから、
多くの人に声をかけてもらった。
「寂しくなるね。」
「残念だよ。」
「またどこかで会えたらいいね。」
そんな言葉をいただくたびに、
私はこの場所で過ごした時間は無駄ではなかったのだと思えた。
私は決して、嫌な思い出だけを抱えて職場を離れるわけではない。
嬉しかったこともたくさんあった。
笑った日もあった。
お客様と一緒に喜んだ日もあった。
スタッフと悩みながら乗り越えた日もあった。
だからこそ、この場所には感謝している。
人は、不満だけでは辞めない。
本当に好きだったものだからこそ、離れる決断は苦しい。
私は販売の仕事が好きだった。
今でも好きだ。
服が好き。
人が好き。
誰かの笑顔を見ることが好き。
その気持ちは何ひとつ変わっていない。
変わったのは、働き方への考え方だった。
私は、ずっと「頑張ること」が
正解だと思っていた。
苦しくても頑張る。
疲れていても頑張る。
頼られたら応える。
期待されたら応える。
そうやって走り続けてきた。
でも今なら思う。
頑張ることと、自分を大切にすることは、
どちらかを選ぶものではない。
自分を大切にしているからこそ、
長く頑張れる。
そういう働き方もあるのだと知った。
骨折は、私からたくさんのものを奪った。
自由に動ける身体。
仕事をする時間。
当たり前の日常。
だけど同時に、
たくさんのものを与えてくれた。
立ち止まる時間。
自分を見つめ直す時間。
「本当はどうしたいのか」を考える時間。
もし、あの日骨折をしていなかったら。
私はきっと、違和感に気づかないまま走り続けていたと思う。
身体の声も。
心の声も。
聞こえないふりをしたまま。
だから私は今、骨折という出来事を
「不幸だった」とは思っていない。
もちろん、痛かった。
苦しかった。
経験しなくて済むなら、その方が良かった。
それでも、あの出来事には意味があった。
人生は時々、思いもよらない形で立ち止まる時間を与えてくれる。
その時間は、一見すると遠回りに見える。
でも振り返ると、
一番大切な時間だったりする。
私にとって、この数か月はそんな時間だった。
違和感に気づいたこと。
立ち止まったこと。
手放したこと。
そのどれもが、今の私につながっている。
最近、休日にゆっくり街を歩いた。
気になるお店に入り、時間を気にせず服を眺めた。
「この素材、好きだな。」
「この色、きれいだな。」
そんなふうに思えた自分が嬉しかった。
仕事としてではなく、
一人の「服が好きな私」が戻ってきた気がした。
失ったと思っていたものは、
なくなったわけではなかった。
忙しさや責任の中で、見えなくなっていただけだった。
だからこれからは、その気持ちを大切にしたい。
好きなものを好きと言えること。
疲れたら休むこと。
笑いたい時に笑うこと。
誰かの期待だけではなく、
自分の心にも耳を傾けること。
そんな当たり前のことを、当たり前にできる毎日を選んでいきたい。
これから先も、迷う日はきっとある。
不安になる日もあるだろう。
立ち止まることもあると思う。
でも、その時はもう無理をして走り続けたりはしない。
一度立ち止まって、
自分に問いかけようと思う。
「今の私は、本当に笑えている?」
「好きなことを、好きでいられている?」
もし答えが「はい」なら、
そのまま進めばいい。
もし答えが「いいえ」なら、
少し休めばいい。
方向を変えてもいい。
人生は一本道ではない。
何度でも選び直すことができる。
あの日、私が感じた小さな違和感は、不安ではなかった。
自分らしい人生へ戻るための、小さな道しるべだったのだ。
だから私はこれからも、その声を大切にして生きていきたい。
心が少しだけ立ち止まりたがっている時。
身体が少しだけ疲れたと言っている時。
その小さなサインを、もう見逃さないように。
あの日の私が教えてくれたことを忘れずに。
今日も私は、自分の歩幅で歩いていく。
急がなくていい。
遠回りでもいい。
あの日、私が感じた小さな違和感は、
人生を止めるサインではなかった。
自分らしい人生へ戻るための、
小さな道しるべだった。
だから私は、あの日の違和感に、
今は感謝している。
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