
サロンを閉めた本当の理由
少し前まで、私はリラクゼーションセラピストをしていました。
お客様に心身ともに楽になっていただくことが嬉しくて、この仕事が好きでした。
施術が終わったあと、
「体が軽くなった」
「また来ます」
そんな言葉をいただくたびに、本当にやりがいを感じていました。
だから長い間、自分は好きな仕事をしていると思っていました。
でも、どこか苦しかったんです。
予約が入れば安心する。
予約が少ないと不安になる。
お客様に喜んでもらえると嬉しい。
でも、それ以上に、自分の価値が認められた気がしていました。
当時の私は、それを「仕事への情熱」だと思っていました。
けれどあるとき、気づいてしまったんです。
私はお客様を癒したかっただけではなく、
お客様に愛されるセラピストになりたかったのだと。
認められたかったのだと。
必要とされることで、自分の価値を感じたかったのだと。
もちろん、お客様への気持ちが嘘だったわけではありません。
でもその奥には、
「そのままの私では価値がない」
という思い込みがありました。
だから私は頑張りました。
もっと喜んでもらえるように。
もっと愛されるように。
もっと認められるように。
気づけば私は、
セラピストをしているのではなく、
「認められる私」
になろうとしていました。
好きな仕事だったのに苦しかった理由は、そこにありました。
私は仕事に疲れたのではありません。
本来の自分から離れ続けることに疲れていたのです。
そのことに気づいたとき、私はサロンを閉める決断をしました。
周りから見れば、もったいないと思われたかもしれません。
でも私にとっては、
好きな仕事を手放したというより、
「認められるために生きること」を手放す決断でした。
今思うのです。
人がストレスを感じるとき、
本当に苦しいのは出来事そのものではないのかもしれません。
自分以外の何者かになろうとしていること。
そのままの自分では愛されないと思っていること。
そのズレが、苦しさになって現れるのかもしれません。
だから最近は、
ストレスを感じたときに自分へ問いかけています。
私は今、何になろうとしているんだろう?
できる人?
優しい人?
愛される人?
認められる人?
その問いの先に、本当の自分からのメッセージが隠れている気がするのです。