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「昭和ストロングスタイル」を体幹に持ち、令和にアジャイルした中年最強説。

昭和を懐かしむ話ではありません。

昔のやり方を、そのまま令和に持ち込む話でもない。

昭和で身についた「体幹」だけ残して、やり方は何度でも書き換える。

そんな中年、案外これから強いんじゃないか、という話です。

私は50代です。

若い頃には、スマホなんてありませんでした。

Slackもない。
ChatGPTなんて、もちろんない。

分からないことがあれば、人に聞くか、本を読むか、自分でやってみる。

仕事なら、とりあえず現場に行く。
失敗する。
怒られる。
直す。
またやる。

今考えると、ずいぶん乱暴な育成システムですw

理不尽なことも、それなりにありました。

長時間労働。
意味のない上下関係。
我慢すること自体が美徳になる空気。
「若いうちは苦労しておけ」という、よく分からない精神論。

ああいうものまで残したいとは思いません。

なので、
「昭和は良かった」
という話では、まったくありません。
ただ。

あの時代を通ってきたことで、結果的に身についたものはあります。

まず動く。
現場を見る。
分からなくても、自分なりに考える。
失敗しても、もう一度やる。
最後は、自分で決める。

最近、私はこういうものを勝手に、

「昭和ストロングスタイル」

と呼んでいます。

根性論そのものではありません。

もっと身体的なもの。
いわば、体幹です。

問題は、その体幹と一緒に、昔のやり方まで全部持ってこようとすることです。

ここで、だいたい事故が起きます。

「俺たちの頃はこうだった」
「昔はこれでうまくいった」
「若い奴も一回苦労した方がいい」

これを始めると、一気に古くなる。

昔の経験が悪いわけではありません。
ただ、Situationが変わっています。

環境が違う。
道具が違う。
情報量が違う。
働き方が違う。
人との距離感も違う。

昔うまくいったやり方が、今もうまくいくとは限らない。

それだけです。

だから、残すものと変えるものを分けた方がいい。

残したいのは、昭和の「仕様」ではありません。

その中で身についた体幹です。

まず動く。
現場を見る。
失敗しても戻る。
最後は自分で決める。

そこは残す。

でも、
長時間働く。
上司の言うことは絶対。
分からなくても聞かない。
気合いで何とかする。

そういうものは、今のSituationに合わせて変えればいい。

言い方を変えるなら、
COREは残す。
Specificationは変える。

全部残す必要もない。
全部捨てる必要もない。

最近、この分け方がけっこう大事なんじゃないかと思っています。

AIを使っていても、よくそう思います。

私は今、普通にChatGPTを使います。

文章を一緒に考える。
画像を作る。
音楽も作る。

50代のおじさんが、夜中にAI相手に、
「ああでもない」
「これは違う」
「こっちの方が面白い」
とやっている。

昭和から見たら、かなり意味不明です。

でも、別にいい。
使えるものは使えばいい。

「昔は全部自分の頭で考えた」
と言って、新しい道具を拒否する必要はないと思っています。

むしろ最近は、AIが出てきたからこそ、経験が別の形で効いてくる気がしています。

AIは案を大量に出せます。
100案でも、1000案でも。
でも、

「これは違う」
「これは残したい」
「上手いけど、今じゃない」
「こっちはちょっと面白い」

と判断するのは、まだかなり人間側です。

生成する力は、AIがどんどん強くなる。
でも、何を残すかを決める力は別です。

そして、その判断基準は昨日今日で突然できたものではありません。

仕事をして。
失敗して。
人に会って。
本を読んで。
音楽を聴いて。
格好いいものも見て。
時代に合わなくなったものも見て。

たぶん、その蓄積から出てくる。
そう考えると、歳を取ることも、そんなに悪くありません。

経験は、
「昔はこうだった」
と語るためにあるのではない。

新しいSituationに出会ったとき、
何を残すのか。
何を変えるのか。
何を捨てるのか。
それを判断するためにある。

最近は、

Experience = Judgment Asset.

経験は、判断するための資産。

くらいに考えています。

ただし、経験には罠もあります。

経験を「判断材料」に使えば資産になる。
経験を「答え」にすると、たぶん老害になる。


「昔これで成功した」
だから、
「今もこれが正しい」
になった瞬間に危ない。


過去の成功体験は、未来の正解ではありません。

考えてみれば、私たちくらいの世代は少し変な世代です。

紙からデジタルへ。
電話からメールへ。
メールからチャットへ。
テレビからネットへ。
PCからスマホへ。
検索からSNSへ。
そしてAI。

何回仕様変更するんだ、という話ですw


でも逆に言えば、
「昨日まで普通だったものが、普通ではなくなる」
という瞬間を、何度もリアルタイムで見てきた世代でもあります。

ここは案外、大きい気がします。

若い人には、新しいSituationに最初から適応している強さがあります。
新しい道具を自然に使える。
昔の常識に縛られていない。
これは強い。

一方で、中年には中年の強さもあります。
古いSituationから、新しいSituationへ移る途中を何度も通ってきた。

つまり、
「変わった経験」がある。
ここは、けっこう大きい。

だから本当は、中年こそ変化に強くなれるはずです。
ただし条件があります。


過去の成功体験を、答えにしないこと。
経験を、判断材料として使うこと。
昭和のまま令和を生きるのではない。
昭和を全部捨てて令和になるのでもない。

体幹だけ残して、また仕様変更する。
小さく試す。
違ったら戻す。
良ければ残す。


Situationが変わったら、また変える。
言ってしまえば、
アジャイル中年ですw

根性だけでは古い。
最新ツールを使えるだけでも弱い。

でも、
泥臭く動ける。
人と話せる。
現場を見られる。
失敗しても戻ってこられる。

そのうえで、
AIを使う。
オンラインで動く。
若い人の価値観を知る。
昔の常識を捨てる。
必要なら、昨日の自分まで書き換える。

こうなると、けっこう強い。


昭和を捨てる必要はありません。
でも、昭和のままでいる必要もない。

残したいのは、昔のやり方ではなく、そこで身についた体幹。

そして、新しいSituationに出会うたびに、

何を残すのか。
何を変えるのか。
何を捨てるのか。
それを自分で判断して、また試す。

変わらないものを持ちながら、変わり続ける。

おそらく、そこなんだと思います。

昭和最強説ではない。

昭和で身についた体幹を残して、令和仕様に自分を何度でも書き換えられる中年最強説。


私は、こっちですw

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