
”火の見櫓”が消えた日に、忘れていた記憶が鮮明によみがえる。
6月のはじめ、シトシトと静かな小雨の降る朝に、
予定通りに一つのシンボル的存在が永遠に消えた。
県道から枝分かれする道の角に建っていた鉄製の ”火の見やぐら” は、
数年おきにペンキが塗り替えられて、見た目は昔と変わらずに、凛とした姿でそこにあったけれど、今はペンキを塗る人もなく、老朽化を理由に撤去となったのでした。
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遠くに住んでいる知人に、取り壊される前の ”火の見やぐら” の写真を添えて、LINEでこのニュースを伝えたのでした。
すると即座に、
『火の見櫓がなくなったの?寂しいことですね。実家に行くたび、一番に帰ってきたと思うのは、あの角に立ってた "火の見櫓“ だったのに。もう見えないのですね。なんだか分からないけれど涙が止まらない。親が亡くなったとき位、涙が出てくるわ!すごく寂しい….』と、悲しい顔の絵文字入りの返事。
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知らせなかった方がよかったのかな?
….と後悔するよりまず先に感じたことは、
同じ世代であの場所を知る人は、皆それぞれに何がしかの想いがあるということ。それに思いを馳せるとき、一瞬にして記憶が呼び戻されるのだ。
それは遠くて古い記憶と繋がる一つの座標が失われたように感じて、少し不安で寂しい気持ちになるのだろうか…..。

生まれる前からそこにあった”火の見櫓“ は、コンクリートの土台の上に建っていて、友達との待ち合わせの間、腰を掛けるのにちょうどよい高さでした。
当時、すぐ前にあった海をぼんやりと眺めながら、暑い夏にはアイスクリームを食べたものでした。
夕暮れ時には、近所の少しお年を召したご婦人たちが、一人、二人と寄ってきて、コンクリートの台の上にちょこんと腰を下ろして、しばしおしゃべりをする場所でもありました。
それが、台ごとなくなってしまったのです。

まだ小学生だった頃、人に見つからないように恐る恐る登ったのは、火の見櫓のほぼ上部にある小さな鐘を鳴らしてみたいと思ったからでした。もちろん、鐘は緊急時に鳴らされるものだと知っていたから、鉄のはしごの途中から引き返した記憶がよみがえる。
鐘は慣らさずとも、てっぺんまで登り切っておけばよかった….と、
いまさらながらに残念に思う自分がいます。
忽然と跡形もなく消えてしまったあの昭和の時代の建造物、
もう誰もあの “火の見櫓” には会えないけれど、
忘れてしまっていた古い記憶とともに、この恋しい気持ちを
どこに保存したらよいのやら….?
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