
夏休みの宿題はいつも終わらない
今日は、集中して本が読みたくて図書館に来た。当たり前だが人の声はほとんどなく、本のページを捲る音や足音、時折おっさんのダイナミックなくしゃみが響く程度の静けさであった。
図書館までの運転の道中、道路脇の草木が太陽の日差しに、その青々とした葉っぱを自慢するかのように茂らせているのを見て、夏がもうすぐそこまで来ていることに気付かされた。
私は四季の中で夏が1番好きである。日照時間が長いためか、1日の時間が長くなったように感じられて、得した気分になる。そしてどこまでも高く伸びる清々しい程までの青を纏った空は、世界の輪郭をはっきりと映してくれる。そんな夏は私の心のモヤを取り払って、気分まで晴れやかにしてくれるのだ。
そして、私が夏が好きな理由はもうひとつある。それは匂いだ。夏の匂いに不思議な力がある。夏の昼下がりに窓を開け、体の全てを床に預けてぼーっとする。
すると、草木の青い香りを乗せた風がカーテンを揺らしながら、鼻腔の奥を掠める。その瞬間、その香りとともに、「あー、あと半分以上ワーク残ってたな、あ、読書感想文の本もまだ読んでないや」と夏休みの残り日数と、終わっていない宿題のページ数を頭の中で照らし合わせていた小学3年生の夏休みや、部活の午前練習が終わり、母が作った昼食を食べ終え、まどろみながらお昼のニュースに耳だけ貸していたあの時間を、まるでタイムスリップしたかのように鮮明に思い出させてくれる。
きっと夏というワードを聞いて思い浮かぶのは、好きな人と行った花火大会の甘酸っぱい思い出や、友達と海ではしゃいだ晴れた日の午後など、その1ページだけを切り取っても絵になるような眩しいものだろう。振り返れば、私にもそういう夏は3ページ分くらいある。
しかしそれ以上に、何歳になっても窓際で大の字になった時にだけタイムスリップできるあの瞬間が堪らなく愛おしいのである。