
暴虐の森林地帯!ミュータントオタマジャクシの逆襲
霧深い山々に囲まれ、木材産業の衰退とともに寂れた森林の町。
町は今、豊かな自然を切り開いて建設される「巨大製紙工場」の誘致を巡って真っ二つに割れていた。
昔ながらの山の営みと自然保護に命を懸ける老人・のぶりん(87)と、その傍らに寄り添う奇妙な姿の宇宙犬チョロ足(見た目はただのコーギー犬)。この老人と野良犬は、製紙工場推進派の筆頭であり町の有力者である林和男とその一派にとって、目の上のタンコブだった。推進派の執拗な嫌がらせにも、のぶりんは頑なに森を守る姿勢を崩さず、両者の対立は限界まで高まっていた。
そんな緊迫した町に、突如として怪異が襲いかかる。
深夜の渓流沿いで轟く謎の爆発、山林火災、飼い犬たちの相次ぐ変死。当初、町の人々はそれを「変質者”パッチ”」の仕業ではないかと噂しあった。
と言うのもパッチと呼ばれるこの男、以前に家宅侵入して、そこの飼い犬に手をかけた忌まわしい過去があったのだった。
パッチは普段から『キンタマがなくなる、体に埋まってしまう』などと意味の分からない事をぶつくさ言いながら、青白い顔で町中を徘徊しており、町の人間からは気味悪がられていた。上半身は半纏、下半身はいつも黄ばんだヨレヨレのパッチのみを履いてる奇妙な格好をしており、いつしか彼は”パッチ”と呼ばれるようになっていったのだった。その奇妙さ、不気味さ、アンニュイさはkidsたちの嗜虐心の格好の標的となり、たびたびがきんちょどもから『きしょいんじゃ、パッチ!』などと罵声を浴びせられたり、水風船やそこらのドングリをぶつけられたりもしていた。
そしてとうとう、血生臭い殺人事件が勃発する。
最初の犠牲者は、そのパッチ自身だった。発見された彼の遺体は、何らかの強力な薬品を浴びたかのように、無残にも半分溶解していた。恐怖が町を包み込む中、さらに不気味なことに、パッチが殺されたあとも、依然として町中の飼い犬たちが次々と山の中で無残に食い殺されていく。
「あの偏屈じじいと化け物犬の仕業に違いない」
林和男とその一派は、一連の凶行をのぶりんとチョロ足による報復だと決めつけた。怒り狂った男たちは松明と火炎瓶を手に、のぶりんの古びた山小屋へと押し寄せる。闇夜に投げ込まれた火炎瓶が炎を上げ、老人の家を包み込んでいく。
しかし、炎に照らされた男たちの背後の川面から、無数の不気味な水音が響いた。
現れたのは、のぶりんたちではない。建設中の製紙工場から密かに垂れ流されていた、猛毒の化学廃液。それに浸かり、異常な進化を遂げたミュータントオタマジャクシの群れだった。
凶暴な牙を生やし、短気で獰猛な肉食獣と化した巨大なオタマジャクシたちが、川を割って一斉に推進派の男たちへと飛びかかる。真の恐怖を前に、燃える山小屋の前で男たちの絶叫が夜の森にこだまするのだった。
闇夜を切り裂いたミュータントオタマジャクシの襲撃は、思いのほかあっけなく幕を閉じた。凶暴な見た目に反してその肉体は脆弱であり、林和男一派の容赦ない反撃によって、またたく間にすべて叩き潰されたのである。この一件で「怪物」の脅威を排除し、のぶりんの小屋をも焼き払った林一派は、完全に勝利を確信していた。
翌日、町は一転して華やかな祝祭の空気に包まれる。豪華な町民ホールの一室で、巨大製紙工場誘致を記念する盛大なパーティが開催されていた。着飾った有力者たちがシャンパンを掲げ、林の功績を称えて拍手を送る。
その喧騒を切り裂くように、会場の扉が乱暴に押し開けられた。
現れたのは、全身に煤を浴び、ボロボロになったのぶりんだった。その腕には、ぐったりと息絶えた宇宙犬チョロ足(見た目はただのコーギー)が固く抱きしめられている。昨夜の騒動の最中、何者かの手によって、チョロ足は無残にも命を奪われていたのだ。
静まり返る会場。のぶりんは怒りに震える声で、愛犬を殺したのは林一派だと激しく糾弾した。そして、この汚れた金で建てられる製紙工場など絶対に建設させないと断言し、「裁判で勝負や!」などと叫びながら、チョロ足の冷たい遺体を抱きしめながらそのまま背を向け、毅然と立ち去ろうとするのぶりん。
しかし、林一派がそれを許すはずもなかった。
林の冷酷な目配せ一つで、屈強な男たちがのぶりんを取り囲む。逃げ道を塞がれた87歳の老人に、容赦のない拳と蹴りが浴びせられた。床に倒れ込み、なす術もなくボコボコにされていくのぶりん。
床に転がったチョロ足の遺体と、血に染まりながら咽び泣く老人。それを冷ややかに見下ろすドレスやスーツ姿の大人たち。会場には再び、何事もなかったかのように乾杯の音頭が響き渡るのだった。
ボコボコにされ、床に伏したのぶりんの身体には、普通の老人にはない狂暴な血が流れていた。彼はかつて恐れられた「人喰い族」の末裔だったのだ。現代では皆が真っ当なカタギとして静かに暮らしていたが、同胞の危機にその血が再び沸き立つ。のぶりんの呼びかけに応じ、全国から一見普通の中年や老人に見える、普段は普通の格好をしてる人喰い族の仲間たちが、例の裸みたいな人喰い族の民族衣装を纏い、弓矢や鉈を手に森林町へと集結した。
対する林和男一派も、製紙工場が資金に物を言わせて雇った完全武装の私設治安部隊を配備。こうして、深い緑に囲まれた田舎町を舞台にした血で血を洗う全面戦争の火蓋が切って落とされた。
運命の夜、町はちょうど「夏祭り」の当日を迎えていた。
煌々と明かりが灯る提灯、鳴り響く太鼓の音、出店に群がる浴衣姿の観光客たち。そのお祭り騒ぎの真っ只中へ、人喰い族と治安部隊の軍勢が激突しながら乱入する。お囃子のリズムに合わせるように、銃声が響き、肉を断つ刃が閃いた。
だが、地獄はそれだけでは終わらなかった。
お祭りの喧騒と、飛び散る新鮮な血の香りに誘われるように、近くの湖や川から「それ」が這い上がってきたのだ。
製紙工場の廃液でさらなる突然変異を遂げ、前日とは比較にならないほど巨大化・狂暴化した、新たな短気で獰猛なミュータントオタマジャクシの大群である。
お面を被った子供たちの間を、牙を剥いた巨大オタマジャクシが跳ね、治安部隊を文字通り喰らい尽くしていく。人喰い族の雄叫び、林一派の悲鳴、オタマジャクシの不気味な鳴き声、そして何も知らずに逃げ惑う観光客や町民の怒号が混ざり合い、夏祭りの会場は一瞬にして混沌の極みへと変貌した。
返り血を浴び、狂気の笑みを浮かべて林一派を追い詰めるのぶりんら人喰い族たち。太鼓の音が響き渡る中、山あいの町は五感を麻痺させるほどのパニックに包まれるのだった。
狂乱の夏祭り会場。巨大化した短気で獰猛なミュータントオタマジャクシの群れが牙を剥き、逃げ惑う群衆を次々と吞み込んでいく。阿鼻叫喚のパニックの中、一人の少女がその場に座り込んでいた。浴衣姿の紗希ちゃん(8才)だ。混雑ではぐれたのか、「おっちゃーん!おっちゃーん!」と涙ながらに声を張り上げている。だが、その小さな背後に、粘着質の粘液を滴らせた化け物オタマジャクシが、大きく口を開けて忍び寄っていた。
その時、一人の男が飛び出した。製紙工場推進派の有力者、林和男だった。
私利私欲に塗れていたはずの林だったが、眼前の小さな命を見捨てることはできなかった。間髪入れずに紗希ちゃんを突き飛ばすように抱き止め、猛然と庇う。しかし、獲物を奪われた化け物オタマジャクシは短気で獰猛故に怒り狂い、その標的を林へと変えた。鋭い牙が林の喉元へ迫る。
おのれの盾となった腕を噛みちぎられそうになり、林は「もはやこれまでか」と天を仰ぎ、ぎゅっと目を瞑った。
その刹那、夜空に一発の乾いた銃声が轟いた。
ドゴーン....!
鼓膜を震わせる音とともに、林の目の前で化け物オタマジャクシの頭部が激しく弾け飛ぶ。
救われた林が驚愕して目を開けると、硝煙が漂う向こう側に、銃口をこちらに向けた男が立っていた。返り血を浴び、ボロボロになりながらも眼光を鋭く光らせる男――それこそが、先ほどまで命を狙い合っていたはずののぶりんだった。
「身内」の命を何よりも重んじる人喰い族の老人が、敵であるはずの林の「男気」に、戦士としての敬意で応えた瞬間だった。のぶりんと林の視線が交錯し、言葉のない無言の火花が散る。
この一発の銃声を合図に、戦場の空気が一変した。
今まで殺し合っていた人喰い族、林率いる製紙工場推進派、そして近代兵器を持つ雇われ治安部隊。三つの勢力が紗希ちゃんを救った林とのぶりんの姿を見て、真の敵が誰であるかを悟ったのだ。
「人間」としての誇りを取り戻した彼らは、にわかに強固な共同戦線を結成。形勢は一気に逆転した。人喰い族の血沸き肉踊る豪快且つリズミカルな鉈捌きと、治安部隊の金に物言わせたハイテク武器による圧倒的な火力が連動し、さらには推進派の男たちも手にした武器で獰猛に吠える。
かつてない団結を見せた町の人々は、一丸となって化け物オタマジャクシの群れへと容赦ない反撃を開始するのだった。
人間たちの凄まじい反撃の前に、さしものミュータントオタマジャクシの群れを次々と肉片へと変えていった。人喰い族の熟練の包丁捌きが化け物の肉を裂き、治安部隊の重火器が残党を焼き尽くす。林一派の男たちも血煙の中で吠え、かつて対立していた者たちが背中を預け合う奇跡的な光景がそこにはあった。
やがて、夜明けの光が山の端から差し込む頃、森を埋め尽くしていた化け物たちの鳴き声は完全に途絶えた。静まり返る森林町。残されたのは、無数のオタマジャクシの死骸と、硝煙の臭いだけだった。
戦いが終わり、のぶりんと林和男は再び至近距離で対峙した。林の腕には、すっかり泣き止み、安心しきった紗希ちゃんが抱きしめられている。
林は無言のまま、のぶりんに向かって深く頭を下げた。それは、己の過去の過ちへの謝罪であり、命を救われたことへの、男としての最大限の感謝だった。
のぶりんは何も言わず、ただ地面に転がっていたチョロ足の遺体を静かに拾い上げた。その顔には、先ほどまでの狂暴な人喰い族の面影はなく、ただ愛犬を失った悲しい老人の表情が戻っていた。
※わざわざチョロ足の遺体を連れ回してたみたいです。
のぶりんはチョロ足を抱いたまま、朝日に向かって歩き出す。
数日後、町には静けさが戻っていた。巨大製紙工場の計画は完全に白紙撤回された。林とその一派は、工場が流していた廃液の事実を公表し、自らもその責任を背負う道を選んだのだ。
緑豊かな美しい山々を見つめるのぶりんの横顔は、どこか晴れやかだった。彼が守り抜いた清流は、今日も変わらず清らかな水を湛えている。
のぶりんは足元に転がる、チョロ足が大好きだった古びたボールを愛おしそうに拾い上げ、そっと川へと投げ入れた。
川のせせらぎに混ざって、どこからか軽快な犬の足音が聞こえた気がした。
ふとのぶりんが視線を戻すと、自宅の裏山の洞窟に横たえていたチョロ足の首輪が、突如として**「ボワワ〜ン」**と奇妙な青白色の光を放ち始めていた。これこそが宇宙犬たる所以、驚異の「細胞再生機能」の起動だった。
光の帯がらせん状にチョロ足の体を包み込み、破壊された細胞を瞬く間に再構成していく。ぐったりとしていた四肢に力強い血流が戻り、コーギー犬の尻がパタパタと激しく振られた。
「あうまん!」と元気いっぱいに吠えたチョロ足は、のぶりんが投げたボールを追いかけ、勢いよく水しぶきを上げて清流へと飛び込んでいく。のぶりんは呆然とした後、その皺だらけの顔をクシャクシャにして笑った。生き返った宇宙犬と人喰い族の老人は、光り輝く朝日の森の中で、いつまでも戯れ続けるのだった。
⚠️この物語はフィクションです。実在の人物や地名などとは一切関係ありません。