
50歳、解雇から始まった人生の作り直し

2026年1月14日、突然仕事を失った。
① 解雇
前日まで、いつも通り仕事をしていた。
当日は練馬の現場に直行し、打ち合わせを終えて昼休みを取っていると、社長からショートメールが届いた。
「今日は何時に戻りますか?」
午後は現地調査があるため直帰予定だと伝えると、すぐに返信が来た。
「大事な話があるので、遅くなってもいいので必ず戻ってきてください」
会社に戻り、会議室で社長と二人。
いつも通り報告を終えたあと、机の上に一枚の紙が出された。
「本日で解雇になります」
怒りはなかった。
現実味もなかった。
「そうですか」
自分でも驚くほど、静かに受け止めていた。
② 空白の時間
その日は何も言わずに帰宅し、翌日もいつも通りの時間に家を出た。
どうしようもない現実を前に、やることだけをこなすしかなかった。
数日間は手続きで動き回り、その後、時間だけが残った。
空いた時間の中で、以前から気になっていたAIに触れ始めた。
そして、アメブロの延長のような感覚でnoteを書き始めた。
③ 書くという行動
過去に書いていたブログを読み返しながら、記事を作り直した。
息子のサッカー、悩んだこと、インターネットでは出てこない現実。
自分の経験を、もう一度言葉にした。
AIにリライトを頼むと、不思議なことが起きた。
文章が整うのと同時に、自分の中も整理されていった。
書いているのに、整っているのは自分の心だった。
そして3日目。
500円で出した記事が売れた。
通知を見た瞬間、驚きと嬉しさが同時に込み上げた。
「これで生きていけるかもしれない」
そう思えた最初の瞬間だった。
④ 家族と現実
解雇を伝えると、奥さんに言われた。
「できるだけ早く働いてほしい」
当然の言葉だった。
仕事を探しながら、自分の人生を見つめ直した。
年齢、経験、これからの可能性。
その中で浮かんだのが、米農家という選択だった。
高校時代の仲間が新潟で新規就農していたこと、
そして、お金に依存しない生き方を考え続けていたこと。
ただ、現実は簡単ではない。
息子はプロを目指し、大学進学を考えている。
娘もこれからお金がかかる時期に入る。
自分の挑戦で、子供の未来を狭めるわけにはいかない。
調べ続けた中で見つけたのが、地域おこし協力隊だった。
収入を確保しながら、次の人生を作る時間が持てる。
奥さんに伝えた。
「地方に行って、米農家をやりたい」
返ってきたのは、シンプルな言葉だった。
「私は行かないよ」
それでも、自分の中の決意は揺るがなかった。
⑤ 選択
東京は、何をするにもお金がかかる。
地方には、水があり、土地があり、可能性があった。
山も海もある遊佐町。
ここなら、自分のやりたいことができると思った。
米と水があれば、生きていける。
そこに自分の好きなことを掛け合わせればいい。
農業を軸に、スケートボード、バイク、登山、キャンプ。
仲間が集まり、物を作り、売れる場所。
「自分の基地を作る」
そう考えた時、未来は不安ではなくなっていた。
⑥ これからの生き方
会社に所属して生きるのではなく、
自分で仕組みを作って生きていく。
過去の失敗も含めて、全部使う。
好きなことだけではなく、
好きなことを成立させる仕組みを作る。
50歳からでも、人生は作り直せる。
そう思えるようになった。
だから今日も、
自分の人生を、自分で作っている。
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もしよかったら、同じような経験がある方や、
人生をやり直した方の話もコメントで教えてもらえたら嬉しいです。
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