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「伏線に気づく」時代は終わったのか?

    ※本日17時半頃、この記事の後半を一部修正しています。

    note でも人気の酒本歩さんの単行本が3月に発売され、話題を呼びました。
    なぜ話題を呼んだか。
    それは、なんと言っても、この理由でしょう。

    プロローグ:伏線をゴシック体にしたミステリー


    は?

    って思いませんか?

    私は、好きなジャンルといえば「ミステリー」です。どちらかというと、犯人やトリックを当てるのが楽しい「本格ミステリー」よりは、その背景や心情に焦点をあてる「社会派ミステリー」のほうが好きではあります。

    でももちろん、どちらも好きです。なんなら何でも好きです。
    サスペンス、イヤミス、警察ミステリー、叙述ミステリー、ハードボイルド、医療、リーガル……細かく分ければキリがないですね。

    ミステリーの醍醐味のひとつは「謎解き」です。
    謎解きのために必要なのが、「伏線」です。

    どんな興味深い事件が起きたとしても、伏線がまったく無かったら
    「じゃじゃーん、私が犯人でしたー」
    「あんた誰?」
    「初登場でーす。実はこの理由で殺しましたー」
    「被害者とどこで繋がってた?」
    「バレたらつまらないから全部隠してましたー」
    「・・・」
    って、なるじゃないですか。

    事件が起きる前から、起きている最中から、解決に至るまで。
    ミステリーは、ずーっと気を配って読んで、
    「これがこう繋がるのではないか」
    「このセリフが気になる」
    「あの表情、なんか意味ありげだな」
    って、「伏線に気づく」のが楽しいのです。
    (なんなら、気づいたと思ってニヤけて、最後に全然違った!って赤面するまでがセットで楽しい)

    だから作家さんは、あらゆるところに「伏線をはって」いて、読者が「気づいた・気づかない」と楽しんでいるのを楽しんでいる、と思うのです。

    だからですよ。
    だから、あらかじめ「伏線をゴシック体で書いちゃった!」なんて小説、聞いたことないです。

    どーゆーことですかっ??

    ※こちらの本は、第一章から第五章まであり、プロローグとエピローグでガッチャンコ挟まれています。
    そのタイトルの雰囲気を真似てタイトルをつけています。

    第一章 それ、おもしろいのかしら


    自分で「気づくのが面白い」と思っている「伏線」。
    それが、あらかじめ分かりやすく提示されていることって、本当に面白いのかしら。

    もしかして、あれかしら。
    ミステリー初心者にも「分かりやすく」という配慮なのかしら。
    令和のご時世、何でもかんでも誰にでも「分かりやすく」的なものが求められているのかしら。
    「ファスト映画」とか、すぐAIに「要約して」とか、「@Grok、説明して」とか、言うじゃないですか。
    そういう時代かー。

    なんて邪推もして、やれやれ、とも思ったりしました。

    ただ、本の紹介や帯には「読者への挑戦状」と書かれています。
    そうですよね。
    これは、初心者向けではない。
    むしろ、ミステリーを読み込んだ人に向けての、今までになかった挑戦状なのだ。
    受けて立とうじゃないか!
    と勇んで購入。

    本をパラパラめくってみます。
    私の第一声が

    「ほんとにゴシックで書いてある🤣🤣🤣」

    明朝か、ゴシックか、の違いだけではなく、ゴシックは「太ゴシック」なので確実に目立ちます。
    しかも、最初の10ページくらいの間に、6つくらいの太ゴシックの文章がある🤣ウケル。

    正直に言います。
    本を読むときは、その物語の世界に没頭する・したい派なのですが、最初の数十ページは、全然はいり込めませんでした。
    もう、ゴシック体を見るたびに面白くなってしまっていました。
    ごめんなさい。

    ですが、徐々に慣れてきます。
    慣れると同時に、疑問が湧いてきます。

    第二章 本当に伏線なのかしら。本当に……

    なんか、違和感があるんですよ。
    伏線って言ったら、誰かの行動がちょっとあやしいとか、どこかに不自然なものが置いてあったとか、過去になにかありそうだな、とか。
    そんな感じの部分はピンとくるのですが、ゴシック体で書かれているものが、そうとは限らないのです。

    「ん? これのどこが伏線なの……?」

    という雰囲気の文章が、けっこう多く太ゴシックなのです。
    まだ事件自体がはっきり分からないから、という伏線を出すタイミングも関係しているのかもしれません。

    勉強になりますねー。
    ミステリーの全容が判明した時、「あ、あれも伏線だったのか!」って二度目、三度目で気づくことって普通によくありますもんね。

    気づきにくい伏線には、凶器や動機につながる直接的なものなどではなく、ちょっと背景に絡んでるとか、その程度のものもあったりします。
    だから、一度読んだだけでは「伏線だった」と気づかないまま本棚にしまってしまうでしょう。

    それが、全て読み終えた今となっては、パラパラ見直しただけで「あ、ここにもあったのか」と気づきやすく・・・太ゴシックだから。ある意味「分かりやすい」。
    やれやれとか言ってたけど、配慮に感謝😂

    第三章 この本の〇〇にゴシックが眠っている

    実は、発売翌日に読み始め、その後ワケあって読了が遅くなりましたが、読み始めてすぐに、あることに気づきました。

    どうしても言いたい!
    でも、まだ発売されたばっかりの本の、もしかしたら「大きな大きな伏線」かもしれないことをポストしたらマズイ!
    ということで、でも以下のポストをしました。どの本の話、とは書いてませんが。

    ミステリーの謎解きに関わる部分で、アレが絶対アレだと思う、と今の段階でふんでいることがある
    が、今喋るのはダメだと思う
    が、後からそうだと思ってたと言っても絶対嘘だと思われるので
    誰かに言っておきたい
    というジレンマ

    でもその部分は多くの謎のうちの1つでしかない、とは思う

    — 豆島 圭@文学フリマ東京 G23 (@mameshima_k) March 6, 2025

    「読み始めて比較的早いうちに、ある太ゴシックに気づいた」
    というポストです。

    ただ、まあ、最後まで読んだ結論としては・・・

    が、
    大抵の場合「全然違った🤣」となる

    — 豆島 圭@文学フリマ東京 G23 (@mameshima_k) March 6, 2025

    これに近いかも。
    だから、「どこのゴシックのことですよ」と書いてしまってもいいのですけど。
    やめておきます。

    「大いなる伏線」ってわけでもないかー?
    いや、あれがあれ、という意味でとらえたら、大いなる伏線、か。
    あっちだったら、あの言い方ではないもんな。
    実は、あれ、だから、その言い方、なんだよな。うん。ごにょごにょ。

    うん。黙っておきます。

    でも気づいたときには、鳥肌たちました!!

    (けれど、その時点では物語の展開は全く分かりませんでした)


    【追記】
    この記事を読んでくださった酒本歩先生ご本人から「それ、どこのゴシックのことですか?」との問い合わせアリ。
    DMで少しお話させてもらったところ……

    が、
    大抵の場合「全然違った🤣」となる

    — 豆島 圭@文学フリマ東京 G23 (@mameshima_k) March 6, 2025

    コレだったことが判明しました。
    またこじらせ推理しちゃいました。
    全然関係なかったみたい。

    あの鳥肌は何だったの🤣🤣🤣

    追記ココマデ


    第四章 の前に慌てて読み返したんです


    第三章の終わりに、大きな展開がありました。
    衝撃でした。

    詳しくは書きませんが

    「しまった!」と思いました。
    騙そうとしてる書き方には見えなかったんですよね。
    油断してました。

    そこまでは、結局のところ、誰が何をしたのか全く分かってませんでした😂
    (挑戦状を受けて立ったんじゃないんかい)

    ちょくちょく怪しいところはあるけれど、全体がつかめないというか。
    読者への挑戦状は、いったん脇に置いて、とりあえず読み進めていた感じです。

    そこで、第四章が始まる前に、あわてて全部、読み返しました。
    その時に、太ゴシックがあると便利😂
    少なくともそれらの文章はチェックできました。

    あ、そっちの意味だったか。
    などの伏線がボロボロ出てきました。

    そして、あれがあれでどうなって、というのを自分なりに整理してから
    「よし。ここから解決編だぞ」
    という感じで気合を入れて読み進めました。

    そして第四章でも、新たな事実が明らかになります。

    えっ!!

    と驚いて最初のほうのゴシックを読み返し、また戻り、読む、などして読み進めました。


    第五章 この本には最後まで騙された


    もう、ここまで来たらゴシックうんぬんという話ではないです。

    感想文をnoteに書こうと思っていた私。
    第四章まで読み、ここのあれが感動したとか、この人の心の中にはホニャララの存在がとか、とても悲しい、だけど温かい物語であることも伝えなきゃとか……

    そんなことを考えながら読み進めた第五章。

    えっ?

    あっ!

    あー、うんうん。

    ……。

    えっ。

    ええっ!!!

    の連続です🤣

    もう、伏線がどうたらとか、ゴシックがどうたらとか、この時点ではどうでもいいです。

    ゆっくりと、しっかりとした説明がありながらも、怒涛の展開、新たな事実判明、判明、また判明、みたいな。

    ひとことで言うなら


    おもしろっ!


    私もnoteで小説もどきを書き、好きなクリエイターさんも多くいて、どの作品も大変楽しく読ませてもらっていますけれど

    ここがプロとアマの違いなのかなぁ

    と激しく思いました。
    ここまで思いついて、組み立てて、読者をコロコロ転がすことができるのが、ミステリー作家さんなんだな、と。
    いや、違いを感じたからといって、別にさみしくはありません。
    ただ、普通に楽しい読書ができてうれしかったです(≧▽≦)


    エピローグ:伏線をゴシック体にしたミステリー


    は?

    って思いませんか?

    あらかじめ「伏線をゴシック体で書いちゃった!」なんて小説、聞いたことないです。

    どーゆーことですかっ??

    と感じたあなた、実際におためしくださいませ。


     
     
    2022年〜小説公募開始。読む書く共に「重い・イヤミス」好き。noteでは創作大賞2024ミステリー小説部門で中間選考通過。2023,2024ベストレビュアー賞受賞。 春ピリカグランプリ個人賞受賞。高田純次同盟会員No.3。アイコン画は橘鶫さん作。

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